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巫行133 曲者

「ミクマリ!? 早いのう!? まだ使いに出した鳥も戻っとらんのやが。入れ違いになったか?」

 イワオは目を丸くした。

「へへへ……」

 照れ臭そうに頭を掻くミクマリ。張り切り過ぎて、報せの白烏兎(シラウト)を追い越してしまったらしい。

「ま、何でもええか。それよか、おまんがこの前ここを出てから、募集掛けたり、旅人に聞いて回ったんやが、参加者はまずまず集まったぞ」

「ありがとう御座います! 何人位集まりましたか?」

「二十人程度やろか? 村興しには充分やが、里となると物足りん位の人数やな」

「いえいえ、充分です。今、里には既に新しい方が三人居ますけど、楽しくやってますよ」

「ほー、楽しくかあ。ま、これからはそうも言ってられんと思うが」

 イワオは渋い顔をした。

「どうしてですか?」

「そりゃあな。人が増えれば色々起こるやろうしな。それに……」

 言い淀み彫りの深い顔に皺が刻まれる。

「それに?」

「流れ者や、元々住んでた処から出る羽目になった連中や。本人の気質に問題があったり、禍事(マガゴト)を引っ張ってるもんもおる。邪気や穢れはおまんの里には心配ないやろうが、人間同士の諍いは、そうも言っとられんからな」

「成程……」


 先に稲霊(イナダマ)の村から移住した者達もそうであるが、出生地を離れたり、根無しの者は何らか経歴や心身に瑕疵(カシ)を抱えているのが常である。

 漁師に転向したアカシリや、トウロウの里から竹林へと移った少年も元は悪人だ。


「大丈夫ですよ。里の地は豊かです。住める土地もありますし、後は私が何とか出来ます」

 迎え入れた老人の知により、農業の基本と建築の蘊蓄(ウンチク)は習得済みだ。

「まあ、おまんがそう言うなら平気か。偸みや喧嘩なんぞ、物が足りてないから起こるんが大抵やしな」

「ですね」

 ミクマリは笑顔で答える。



 里興しに参加する人々は、中々の曲者(クセモノ)揃いであった。それでも一応は、イワオが分かる範囲で経歴を訊き出して、“血の臭いのする者”は断ったと云う。


 “(ムシ)”と呼ばれる村の者と恋仲になり、双方の村から爪弾きにされた夫婦。

 親が咎人(トガニン)になった為、居辛くなって自ら村を去った青年。

 気心知れず、口も利かない難しい性質な為に、村長や両親から見捨てられてしまった少年。

 幼い頃から盗癖が抜けず、村の成人の儀式の後に手を付けて滔々(トウトウ)追い出された青年と、そのお目付け役の親友。

 大地が干上がってしまい、その地を見捨てて放浪の旅を続ける家族。

 虚言妄想が過ぎて、嘘吐きとして各地で爪弾きにされ続ける若い娘。

 それから、逃げた生贄の娘。彼女は元巫女だそうだ。

 その他諸々。事情を話さぬ者も、話さぬだけの理由を抱えている様だ。


「皆さん、お若いのに色々あったんですね」

 憐憫の目を向ける慈愛の巫女。

「おまんも大概やと思うが……。まあ、若いのが多いのは幸いやな。単に年寄りが追い出されたら、生き残れんだけやも知らんが」


 互いに挨拶を済ませ、愈々(イヨイヨ)出発の段となった。

 彼等は旅の初めは、余り言葉を交わされなかった。イワオ曰く、人間不信というものだそうだ。流れた回数が一度では済まない者も多い。生まれた地を追われ、何処かへ身を寄せようと試みるも、傷物の部外者を受け入れる集落はそうそうない。中には村の安全の大義の下に殺害され掛った経験のある者もあった。


「良いか、ミクマリ。こいつ等はおまんの事を最後の頼みの綱やと思って、ここに集まったんや。確りやってやれや!」

 イワオの言を反芻する。


――頑張ろう。皆には絶対不自由はさせないんだから!


「きゃー! ミクマリ様! ミクマリ様! 蛇です!」

 道中、ミクマリが帯を締め直していると、若い娘がけたたましく叫び始めた。

「へ、蛇」

 たじろぐミクマリ。蛇はにょろにょろしているのでいけない。

「蛇! 腹の足し! お前にはやらんからな!」

 青年が素早く手を伸ばし、蛇の首根っこを掴むと手早く圧し折った。

「やれやれ、君はまだ腹が減ってるのか。今朝は僕の分を盗った癖に。欲張るとミクマリ様が哀しむよ、他の満たされてない人に上げなよ」

 はしこい青年の傍にいる同年代の男が言った。

「ちぇっ、手が出るのは只の癖じゃ。ま、お前が言うならそうするけどよ。おーい、誰か蛇食わんかー? 今ならこの芋虫もつけたるぞー!」

 振り向き、後続へと声を掛ける盗癖の青年。

「うちに貰えへんかー? その芋虫、うちの子の好物なんやー」

 後方で声が上がる。


「はぁー、助かった。あのね、ミクマリ様! 私ね、私ね、村に住んでた頃に、蛇の化け物に魅入られて、嫁に来いって言われた事があるんですよ! こーんなでっかい大蛇! こーんな!」

 娘は両腕を一杯に広げて解説する。

「蛇がね、とーっても格好の良い男の人に化けてね、毎晩うちの小屋を覗くのよ! それで、最初は恐くって寝た振りをしていたのだけれど、あんまりにも甘い声で誘うから我慢出来なくなって……」


「貴女、嘘を吐いてるでしょう? そんな大きな蛇が居る筈ありません!」

 娘のお喋りに割って入るは、これまた若い娘。彼女は黒い長髪を持っていたが、(イビツ)に切れて乱れた髪型をしている。逃げた生贄の巫女だ。


「居るわよ! うちの村じゃ岩だと思って腰掛けたら大体は大蛇よ!」

「どんな危険な村ですか! そんな嘘ばかり吐いていたらミクマリ様に追い出されますよ!」

「う……誘惑されたってのは嘘よ。本当は丸呑みにされたの。それでお尻からぽーん! って抜け出て事なきを得たの!」

 嘘吐き娘は手振りを交えて語る。

「また嘘吐いて!」

「嘘じゃないもん! おりゃー!」

 嘘吐き娘は唐突に巫女の娘に抱き着いた。

「ちょっと!? 何で抱き着くんですか!?」

「蛇のうんこ攻撃。お尻から出たからね!」

 直後、悲鳴が響き渡った。

「何で悲鳴上げるの? 嘘なんだからへーきでしょ?」

 勝ちを得て歯を見せる嘘吐き娘。

「ぐぬぬ……」

 唸る巫女。彼女は何処かの村で巫行に就いていたのだが、土術や占術が及ばず、畠の実りも獣の姿も失ってしまい、その責を取らされて村民全員に追い回されて柱に括りつけられてしまったらしい。元より不満の過多な村民達とは険悪だった為、彼女は手慰み程度の火術で縄を切り逃亡したのだそうだ。

 因みに、ミクマリは仲裁してやりたかったが、大蛇も蛇に魅入られる話も実際にあるものだから、苦笑するしかなかった。

 きっと、この巫女の住んでいた村では、悪霊の類の問題が少なかったのであろう。


「へえ、そちらさんの家族は川の氾濫で。うちはサイロウの所為で湖が干上がって村を棄てたんですわ。湖は元に戻ったんやけど、村を出る時に土地にしがみ付くもんに酷い啖呵を切ってしまったもんで、戻るにも戻れずですわ」

「おらは親が火事起こして人死に出しちまって。自分が悪うなくても、居辛くなる事ってありますよなあ」

「そうそう、俺もなー、俺やなくって手が悪いんじゃよなー」

「君の場合は、君自身が悪い。僕まで付き合わされて根無し草だ」

「別に一緒に村を出てくれなんて頼んどらんがなー?」


 蛇騒ぎを切っ掛けに、民達が互いに会話を始めた。会話の種が己の不幸や罪が中心ではあったが、彼等の心からは邪気を感じない。

 里長は彼等のお喋りを背に、秋の穏やかな太陽と微笑みを交わし合った。


 旅は鈍行。虚言盗癖でちょっとした諍いはあったものの、彼等は悪迄も癖でやっており、害意は薄い。謝罪や返却、冗談や誤魔化しにより他の者も慣れ始め、旅の妨げには為らなかった。

 追い出されても生き残った者達は、社の里から提供された弁当が費えても食事には困らず、難所は互いに手を取り合い突破した。


 そして、落ち葉が散り始め肌寒くなった頃に、一行は全員無事に新たな里へと辿り着いた。


「姉様、お帰りー。うわ、話には聞いとったけどなー、めっさおるなー……」

 アズサが目を丸くする。矢張りミクマリは旅の途中で何度か空駆けで戻って報告をしていた。

「ミクマリ母さんお帰りー。御食事、沢山集めたよー」

 モチコが栗や団栗(ドングリ)を衣の裾に貯えて現れた。


 互いに挨拶を済ませ、新入り達は豊かな地に感嘆の声を上げた。

「よっしゃ、どうやら小屋が足らんみたいですな。わて、小屋建てるのやった事ありますで」

 干乾びた地出身の家族の家長が力瘤を見せる。

「私も、こんなでーーっかい神殿建てた事あるよ!」

 両手で山を描く嘘吐き娘。

「そんな大きな神殿が……ってその位だったら祠程度じゃないですか」

 突っ込みを入れる逃げた巫女。


 さて、そんな彼らを尻目に、ミクマリはまたも独りで森へ踏み入った。

 それから木を一本拝借し、小屋の窪地へと大轟音と共に柱を突き立てた。

 唖然とする民を余所に、あっという間に小屋が一つ出来上がる。


「この調子で皆さんの分を支度します! 皆さんは(クツロ)いで居て下さい!」

 大袖捲りミクマリが鼻を鳴らす。


「おー、噂には聞いとったが、ミクマリ様は本当に凄い御人じゃ……。おらも何かせんとなー」

「わ、私もミクマリ様の様な巫女に成らないと……」

「あ、あの、僕にも何か手伝う事はありませんか?」

 感嘆の声が何故かくすんだ色を帯び始めた。


「大丈夫ですよ。これは憑ルベノ水(ヨルベノミズ)という水術に依る身体操作の技で、別に鬼とか怪物ではありませんよ」

 不安がらせたか、ミクマリは安心させるように努めて言った。


「ミクマリ様、そう言う事ではないんじゃないかのう」

 稲霊村の老翁(ロウオウ)が苦笑いをした。

「え? どう言う事ですか?」

 ミクマリは首を傾げる。


「多分、爺様が考えてる通りですわ。わて等も折角新しい里に来られたんやし、何やお役に立ちたいんですわ」

 家長が笑って言った。

「そうですよ。ミクマリ様は神様じゃなくて、僕達と同じ人間なのですから」

 青年も微笑み言った。


「で、でも、神様にも色々で、何でも出来る訳じゃないから、私が頑張らないと……」

 たじろぐミクマリ。

「はー。姉様はやっぱし、くそあんごやなー。姉様が何でもやったらなー、皆が(カス)になってまうなー」

 アズサも呆れ顔だ。

「そ、そっか。そうよね、ごめんなさい……」

 空回りをした娘は恥じ入り、股で手を結び小さくなった。


「なあ、せやったらあの小屋は俺が貰ってええか?」

 盗人の男が何か言った。



 さて果て、曲者だらけの里興しが本格的に始まった。これから一体、どうなる事であろうか。



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