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巫覡、寿ぐ(ふげき、ことほぐ)  作者: みやびつかさ
結ノ章 終止符を
123/150

巫行123 無残

 往なされる刺突。


 正邪混濁の気を孕んだ矛に抗するは、同じく二色の気を孕んだ神器。


「学んだぞ、こういう手もあるか」

 膝を付きつつも、繰り返し放たれる突きを止め、逸らすサイロウ。

 しかし、その間も雷糸(ライシ)が天地を結び続け、王の動きを封じ続けている。


「もう一つ、学んだ事がある。いや、思い出したというべきか」


 矛が肩を貫く。燃える血飛沫。男は構わず鬼の腕を掴んだ。


「俺もまた男覡(ダンゲキ)。そしてお前は、鬼だ」


 鬼を祓いたるは巫覡の清め。サイロウの治療が途中で停止し、光に包まれる。

 清らかなる力の()裂が起こり、巫女と王の二人が吹き飛ばされた。



 先に立ち上がったのは巫女。


「……」

 彼女は、自身の若い娘の(タナゴコロ)を見詰めていた。

 その瞳は黒く美しく、罪の如き柳眉(リュウビ)を乗せ、その上の額もまた滑らかであった。


「後、一歩であったな」

 身体から赤黒い蒸気を立ち上らせながら、男が立ち上がった。


「……」

 娘は自身の胎を摩った。厭に軽い。



「鬼は、祓った」

 男覡、サイロウは言った。

 霊気(タマケ)励起(レイキ)を受けた神の刀が由良(ユラ)ぐ。


「ゲキさ……」

 崩れ落ちる娘。


――いけない。立たなきゃ。


 まだ、滅されたとは決まっていない。兎に角、勝て。立って勝つんだ。

 手を付き起き上がろうとする娘。


「……?」

 その視界の先には、見慣れた兎革の(クツ)達。それは紅き液体を流し、地面を転がっていた。


「これまでの誰よりも強かった。技と気では俺よりも上。術を込めれば(タイ)も上回る」

 王は静かに言った。


――痛い!!!


 遅れて来る両の足の痛み。早く繋げなければ。

 己の血液(イノチ)(フル)わすは調和ノ霊性(ノドミノタマサガ)。切断された両足首を引き寄せ、治療に依り即座に繋ぎ合わせる。


「……! 何と早い治療だ。有り得ぬ。水術では無い、のか!?」

 王から余裕が消える。


――勝たなきゃ! 立たなきゃ!


 痛みの残滓に頬(ハゲ)しく染めながら、娘はもう一度立ち上がる。


――私は勝って、帰るんだ! ゲキ様! アズサ!


 指先振り上げ、天に命ずる断罪の(イカヅチ)。雷糸が王を目掛けて降臨する。


「ぬう!」

 敢えて剣を突き上げ受け、その身を焦がしながらも、天へ霊気の突風を注ぐサイロウ。


「もっと! もっともっと!」

 巫女が天に命じて雷落とす。更に巫女は命じて雨を編む。

 生まれるは水の竜。神気込められしその姿は、正に神。


「雨を解いたのは失策だったな!」

 瞬く間に燃え広がる空間。炎の護りが結ばれて、熱が科戸(シナト)鍛えて天へと昇る。光らぬ雷鳴。熱風()てられ、雲が果てる。


 雷が止み、傷を癒し切るサイロウ。繰り返しの再生の代償か、豪傑の身体は貧相なものへと変じていた。

「人が神を造るか。小娘にしては面白い考えだ。だが、神を剋すのもまた人!」

 王はその御魂(ミタマ)を込めて(ツルギ)(ツカ)う。活力漲る布都(フツ)の一振りは、巫女の組成した竜を容易く切り伏せる。

 四方八方へ透き通った血飛沫を上げる竜。


「終わりです!」

 飛沫が無数のミクマリを浮かび上がらせた。全ての彼女の掌に浮かぶ水弾。姿は虚像。術は実体。 


 自然の水気を操るは探求ノ霊性(モトメノタマサガ)

 手心無し。人の身へと迫る無数の水弾。


 サイロウは不完全ながらも炎の衣を手早く編み、水弾の嵐の中を駆ける。時に水が蒸発し、時に肉が血を噴き上げる。

 それでも彼はその足を止めず、また無表情を護り続けた。


 彼の者の瞳に映るは無数の娘。サイロウはその内の一人の腹を迷わず刺し貫いた。



「どうして……?」

 唇から垂れる赤の一筋。



「お前だけ、温かかった」

 血塗れの男が告げる。


 横薙ぎ。娘の腹が裂ける。絶叫。

 返す刀で再び斬撃。空を切る。


 憑ルベ(ヨルベ)与母ス(ヨモツ)の複合。瞬きの間にミクマリは遥か後方へ飛んだ。

 痛みに依り乱れる霊性(タマサガ)。血を戻し切る前に傷が塞がる。


――私も剣を。


 娘は流れた己の命を刃と成し、残った三色の気の多くをそれへと賭ける。

 十束紅ノ剣トツカクレナイノツルギを構え、燃える鼓動で足りぬ血液(イノチ)を補い身体に命ずる。


 追い縋る痩せた男。


 ふと、彼は足を止めた。


「憐れな。マヌケと言った方が良いか?」

 彼は纏った炎と気を爆ぜさせ、辺りの水気を吹き飛ばした。

 それから、碌に霊気も練らずにミクマリの方へと歩き始めた。


 由良由良(ユラユラ)大太刀(オオタチ)揺らし、ゆっくりと近付いてくるサイロウ。


「やあっ!」

 娘が斬り掛る。


「武芸を極めし者とは、心技体(シンギタイ)を極めし者。術を極めし者とは心身霊(シンシンタマ)を極めし者。剣術の真髄もまた心に有り」

 軽く身を躱すサイロウ。

 血の刃は肉に届かず(クウ)を斬った。長過ぎる刃がぬるりと大地を別つ。


「矢張り、剣術の心得は無しか。得物の力だけでは(ワザ)とは成せぬ」

 サイロウは刀を振った。細き腕で、術も策さず。

 ミクマリが悲鳴を上げる。衣裂け、紅い筋。傷と共に衣の裂け目が塞がる。


「何故、衣までも直すか。この剣の前では、その衣の神威(カムイ)は無きにも等しいのは分かっておろう」

 軽く振られる刀。浅い斬撃が娘の胸に血平線(チヘイセン)を描く。

 苦悶の声と共に治療。衣も繋ぎ合わされる。


「今の傷は、肉体の動作には影響せぬ程度のものだ。血もお前の武器ではないのか? 衣の修復も不要だ。無駄が多い」

 無表情。対する娘は歯軋り。既に傷は完治。男へと、人の限界を超えた速度で、大振りの一撃をお見舞いした。


 宙を舞う紅の剣。その柄には握る拳を付けたままに。


 絶頂と紛う娘の悲鳴。暴れる腕を押さえ、背中震わせ、繰り返し喉から漏れる嗚咽。


「肉の痛みから逃げるな。精神の鍛錬が足りぬ。お前の心は、既に故郷へ帰った気になっておるのだろう?」

 撫ぜる様な逆風(ギャクフウ)の太刀。顎から瞳、額に掛けて痛みが走る。

 思わず立ち上がり、顔を抑える娘。

「止めて!」

 やっと振り絞るは、赦しの懇願。


「もう遅い」


 娘の茜の袴が裂け、初々しき臓物が地に零れ落ちた。


「呼び付けるよりも、帰る場所を奪ってからおびき寄せるべきだったか。もう一度言う。お前は、お前達は確かに俺を上回っていた。霊気、術力、知識、機転。その全てで。里を泯滅(ビンメツ)せしめられ、これまでも俺が多く巻き起こして来た憎しみと哀しみの地を多く歩いて来た故に、その心も俺を包むが如くと感じた。お前にならば、殺されたいと思えた。だが、その心の強さは(ホダシ)に依る、見せ掛けだったのだ。俺達は間違っていた。人は独りで強くあって、初めて(ヒト)成り」


 付近に夜黒ノ気(ヤグロノケ)と赤き霧。無数の血の弾丸が結ばれる。

「哀しみに頼り過ぎだ」

 講釈を垂れる男は油断無く刀をもう一度薙いだ。娘が二度音を立てて地に転がる。


――痛い。痛い痛い。痛い痛い痛い!!! 痛いよ……。


「考えてもみれば、俺とお前とでは生きた時の長さが遥かに違う。心の鍛錬は経験の差だ。だが、俺は敬意を表そう。地ではなく、天へと送ってやる。お前も、お前の(トモガラ)の全ても」


――私は死んでしまう。私にはまだやらなければいけない事があったのに。アズサが私を信じて帰りを待って居るのに。


 ミクマリは虚ろな瞳で空を仰いだ。


――私も、あっちへ行くのね。


 色を失いつつある虹彩(コウサイ)


「去らばだ、水分(ミクマリ)の巫女。慈愛の娘よ」

 視界に現れる男、少しだけ彼は哀しそうな貌をした様に見えた。


 無垢なる胸が、冷たき刃を受け入れる。

 若き実に終わりが挿入され、花と共に弾け散った。


 娘が最期に聞いたのは“妹”の祈りの声だった。


 引き抜かれる刀。


「まだ瞳に光が……?」

 男は何かを期待したのか、悲愁(ヒシュウ)の娘の顔を覗き込む。


「否、太陽が映り込んだだけか」


 孤独の王は嘆息を漏らし、処女の血で濡れた刃を見詰め、静かに佇んだ。


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