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巫覡、寿ぐ(ふげき、ことほぐ)  作者: みやびつかさ
結ノ章 終止符を
122/150

巫行122 二人

 王の館からそう離れていない村。嘗て村だった黒き残骸。王の法に依り、処罰された地。

 決闘はそこで行われる事となった。噂を聞き付けてか、付近から住民達が集まって来ている。

 見物人は戦士や巫覡だけに留まらず、戦に於いて弱者である者達までもが見守っていた。


 自身の仕事を放ってまで現れた見物人達。彼等は決して卑下た笑いを浮かべたり、血の餓えを見せたりはしていない。

 希望こそは抱いてはいないが、自らを押さえ付ける王と、それに真っ向から反する者の戦いを見届けずにはいられない様子であった。


『ミクマリよ。あの太刀を用いた剣技には警戒しろ。俺がやり合った時には、持っていなかった代物だ。先程の一撃には、霊気の類は特に込められてはいなかった。神器の力のみだ。それでも、俺の結界に響いた』

 巫女の胎の中で守護神が助言する。二人は手早く神和(カンナギ)を済ませて一つに為っていた。


「一応聞くが、見物人を下げる必要はあるか?」

 正面。程離れた処に立つ王が訊ねる。

「無闇に怪我人を出す事もありません。私としては、下げて頂いた方が闘い易い……」

 相手の手の内は分からぬが、何より誤射が恐い。

「良かろう」


 サイロウは返事をすると、群衆へ向かって大声で呼び掛けた。


「これより俺は、名馳せし水分(ミクマリ)の巫女と、命を賭けた戦いを行う! 貴様等もこの娘の慈愛の噂位は知っておろう? この者は俺の所業に依り、里を(ホロ)ぼされておる故に、慈愛の他にも大義をも備えておる。これは、俺と奴の“たましい”と矜持のぶつけあいだ。御互いに手を抜く余裕はない。依って、死にたくない者は、早々にこの地より立ち去るが良い!」


 王の宣言。どよめく群衆。しかし、彼等は一向に立ち退く様子がない。


『厄介だな』

 腹の中で歯噛み。身体の主も同意する。


「どうした、何故去らぬ? 俺がいつもの様に一太刀で片付けると信じておるのか? 此奴はこれまでの雑魚とは違うのだぞ。術師共もそれを分かっておるだろうに」

 サイロウの表情に不快が見えた。


「……んじまえ」

 見物人から声が上がった。


「死んじまえ! サイロウ! お前なんか、死ねばええんや!」

 怒鳴る民。

「そうだ! 皆、お前が嫌いだ!」

「水分の巫女様に退治されてしまえ!」

 次々と王への罵声が上がり始めた。


「は、は、は、は、は! ……・俺もそう思う。貴様等、気に入ったぞ! 巫女が勝てば、貴様等は自由だ! だが俺が勝てば、貴様全員を斬る! 」

 叛逆の声を切り裂き、高らかに笑う王。


「皆さん! 彼は知っての通り、強大な力を持った術師です! 見物をしては、怪我だけでは済みませんよ!」

 慈愛の巫女も声を掻い潜らせ警告する。


「気にすんな! 俺達はもう淹悶(ウンザリ)なんや! 死ぬなら死ぬで良い。やが、奴が死ぬのを見る機会があるなら、絶対に見届けたる!」

 群衆の一人が言った。賛同の声、怒りと哀しみ、誰かを返せと愛しき者を呼ぶ声。邪気高まり空気が淀む。


『霊気を練っている者もおるな。戦いの足しには為らぬと思うが……』


「どうする? ミクマリの巫女よ。俺は奴等の事を気に掛ける心算(ツモリ)は無い。力で捩じ伏せる暴虐の王、全てを欲する豺狼の王である故に!」

 サイロウが長き太刀を正眼に構えた。妖しく濡れる布都(フツ)なる刃が、由良由良(ユラユラ)と揺れている。


『この地から離れて奴を誘い出すか?』

『そうすれば、彼等は斬られてしまう。彼の気配が変わりました。私達も背中を向けるのはもう危険です』

 胎の中での会話。


「……仕方ありません。貴方が自身の信条に従うと言うのならば、私もまた自身の信条を貫きます。彼等の無念は、彼らの前で晴らしてやります。そして、また新たな哀しみを生まぬ様にも」

「良くぞ言った! それでこそ、俺を殺すに相応しい! 太陽が天を叩きし時に開戦とする!」


 既に日盛り目前。互いの気が直ぐ様に練られ始めた。


「いざ!」

 叫ぶサイロウ。

「尋常に!」

 応じるミクマリ。


『「「勝負!!」」』


 幕切れ。互いに水術、霊気を込めた早駆け。黒鉄の刃が風となる。後ろへ飛ぶミクマリ。


「早い。大して鍛えて居らぬ娘の肉付きだが。水術の扱いは俺を優に超えるか!」

 愉悦と共に乱切り。距離は離れたまま。


 起こる風に霊気。


 ミクマリは瞬時に水気を集めて壁を作る。霊気の込められた風の刃が水飛沫(ミズシブキ)と共に消える。


「はっ!」

 ミクマリの発気(ハッケ)と共にサイロウが大きな水の膜に包まれる。


 飛沫操るは探求ノ霊性(モトメノタマサガ)

 水の粒子の一つ一つを音の早さの如き(ツブテ)と成し、膜の内部で掻き混ぜる。


 爆発。高温の蒸気が辺りを包む。群衆から悲鳴、直後に何処かの術師が風の結界を張った。

 しかし、ミクマリの霊気の籠った水は空気運ぶ風の摂理を無視する。水の主は直ぐ様に高熱の水気を手繰り寄せてやった。


『ミクマリよ、視界に頼るな。気配が来るぞ。霊気はもっと込めろ。奴もお前程ではないが相当に水術が使える。上書き注意だ』

 警告を受けながらも、既に薙ぎ払いを回避。


(クウ)に逃げたか、愚か者め!」

 空間が斬れる。縦に両断されるミクマリ。しかし彼女は顔を歪める事もなく、水の飛沫となって消えた。


「幻影か!」

 続いてサイロウが地面を強く踏んだ。周囲の土が空高く跳ね上げられる。土砂の雨の中、僅かに娘の悲鳴。

「そこだ!」

 大地借り、炎()ちて焼殺(ショウサツ)せしめるは招命ノ霊性。

 土砂の雨が熱に(トロロ)く。


 直後、サイロウの肩が爆ぜた。

 高熱で揺らぐ空気の中に、水弾を携えたミクマリが無数に立っている。


「ぬう……霊気が読めぬ」

 サイロウは歯噛みし、即座に傷を癒して、風の刃に依る結界に自身を包み込んだ。


『周囲の水気全てに限界まで霊気を込め、自身の力は敢えて落として一体化したのか。故に察知が出来ぬのだな。我が弟子ながら、中々に(コス)い奴。だが、それでは自身も水の許容と同程度にしか力が扱えぬ』


 竜巻の中からサイロウが出た気配は無い。加減無しに水術を撃ち込むも、全てが弾かれる。


「出て来ないのかしら?」

『油断するなよ。いかに水術で傷が癒せるとはいえ、首を撥ねられればそれで終いだ』


――別の気配!


 師の警告の直後、背後に僅かな神気(カミケ)の胎動を感じた。飛び退いた後に炎上。

『焔の神器か?』

 火力こそは人の丈程度であるが、その神の炎は容易には消える事がない。


 次々と立ち上る聖なる篝火。本来、何者にも屈せぬ筈の火の粉が霊気の風に巻き込まれ、巨大な焔の渦へと変じた。

「蒸し焼きに為っちゃいそうだけど……」

 呟くミクマリ。


『ミクマリ、“下”だ!』

 地面を見るとサイロウの気配。土は彼の支配下。それでもミクマリは土中の水気に命じてその動きを鈍らせる。

 飛び出して来る彼本人。太刀を降れぬ距離。男の剛腕が娘を打つ。


――重い!


 往なしきれず打撃を受けるミクマリ。火垂(ホタル)の巫女と打ち合った時とは比較にならぬ威力。

 吹き飛ばされ、群衆へと突っ込む紅白の衣。


「終わりだ!」

 霊気を乗せた十束(トツカ)の長刀が薪を割るかの如く振り下ろされる。

 空間が切れ、大地が割れ、死の境界が群集とその中に居るミクマリへと迫った。


「矢張り、自身の國の民の命等、どうとも思って居らぬのだな」

 男の声。サイロウの放った一撃は群衆の一人の眼前で白い結果により阻まれた。


「これは、守護神の結界か。お前の方ともやりたいと思っていた処だ。正体を現せよ、鬼!!」

 サイロウの身体から立ち上る夜黒ノ気(ヤグロノケ)。人の群れからも一点の黒。気丈にも霊気比べの見物を決め込んでいた連中が、蜘蛛の子を散らすかの如く逃げてゆく。


「怖気付いたか。ま、少々、派手に動き回るからな」

 人の波が引け、男声を発する巫女だけが取り残される。“彼”は頭に挿した霊簪(タマカンザシ)を抜くと、懐にしまった。

 金色の瞳。艶やかな娘の唇から覗く糸切り歯。(ボッ)する二本の(シルシ)


「こちらの術を使うのは久し振りだ。鬼と鬼の力のぶつけ合いもまた、一興」

 人の身のままに黒き焔を編み始める豺狼の王。

()でよ、世燃ス焔(ヨモツホノオ)

 続いて、起こるは黒き風。

「巻き起これ、四方津ノ風(ヨモツノカゼ)


「込める気が違うだけだな。芸が無い」

 嗤う鬼。薙ぐ。大袖一閃。王の剣技と同等の横薙ぎが空を(ハシ)る。

 飛び躱すサイロウ。爪の追撃。夜黒の熱風を纏いし腕が止める。続いて払われる白い大袖。


 手首が血と共に宙へ舞った。

「夜黒は俺の方が上の筈…・…!?」

 呻くサイロウ。

 再び振られる袖は首を狙う。

「読めた!」

 鉄石(テッセキ)に命ずるは探求ノ霊性。硬化した神器の剣が袖を受け止める。

 続いて鬼の爪。こちらは黒き力を宿した腕が往なし、武芸者はそのまま回転し、刀の(ミネ)で鬼の身体を叩き吹き飛ばす。

 サイロウは走り、自身の手首を拾い繋げる。

 飛び掛かる鬼。白袖(シロソデ)黒爪(クロツメ)が乱れ舞う。


 白は白で往なされ、黒は黒で往なされる。辺りを、耳を(ツンザ)く金属音が繰り返し繰り返し響き渡った。


「防戦一方だな?」

 鬼の貌に愉楽。

こちら(・・・)に力を注いでおったものでな」

 王も嗤う。


 二人を取り巻く黒き焔。それは夜黒の遠慮がちな微風(ソヨカゼ)に流され、辺りを無数に漂って居る。


「爆ぜよ!」

 己の炎に命ずるは調和ノ霊性(ノドミノタマサガ)

 その焔は最早、見掛けのみ。超過の夜黒の塊が爆発を起こし始める。


 空へ跳躍し、爆ぜた袴を修復し、腿を癒す鬼。


「追え!」

 自身の気に命じ、無数の黒き焔が由良由良(ユラユラ)と浮上する。


「鬼を断つ!」

 振り翳される大太刀(オオタチ)


 天に鬼、地に人。二人の視線が交錯する。



 玉響(タマユラ)、國が光る。音無き轟音。空に命ずるは探求ノ霊性。肉に雷糸(ライシ)結ぶは招命ノ霊性。

『支度をしていたのは、貴方だけではありません』

 鬼の胎で練られた策と術。


「雷術だと!?」

 刀取り落とし、全身を(クス)ぶり(クユ)らすサイロウ。


 続いて、男同士の決闘の外で呼び込まれた雷雲が雨を降らせ始める。神気と清めの気の籠った優しき慈雨。

 黒き揺らぎも、未だ地に残る神の焔も区別無く鎮火してゆく。


 鬼は天で雨を蹴り、身を翻した。その手には清めの気配。

 巫女の提髪(サゲガミ)が雷光に光り、その間にも王の身体を二度()かせた。


「治療が追い付かぬ……」

 睨むが精一杯か。自身の霊気そのものと天の気が結ばれている以上、如何に彼とて逃げる手立ては無し。


「終わりだ! お前の魂を高天へと送ってやろう!」

 飛燕(ヒエン)の如き滑空。


 正邪穿つ矛を成すは探求ノ霊性。

 鬼の手が握るは穢清(アイサイ)の水。人神一体の二人が織り成す清穢(セミナ)水矛(ミズボコ)


 ゲキとミクマリの二人が、豺狼の王へと盟神探湯(クカタチ)の審判を下す。


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