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巫覡、寿ぐ(ふげき、ことほぐ)  作者: みやびつかさ
結ノ章 終止符を
114/150

巫行114 反転

 闇夜の空を女の嗤い声が木霊する。


 神の視点から見れば、敵の根城は一目瞭然。この夜黒の瞳は、夜目が効いて便利だ。

 月の無い夜。鬼が大國の要へと降り立つ。

 羽衣煩わしく、術解きて、その肉の力だけでの着地を披露。木造の神殿の蜈蚣(ムカデ)に似た意匠の屋根が悲鳴を上げる。


 自身の醸す気配は濃厚か。足元の神殿から、大きな館から、村落を囲う守りの砦から、力のある者達が集まって来る。


「曲者だぁーっ! 濃い夜黒ノ気(ヤグロノケ)が現れたぞ! 巫覡に祓わせろ!」

 松明(タイマツ)や火術の灯りを携えた術師達。ここは社の流派の分社か、紅白の衣を着た女の姿も数多く見られる。


 巫覡達が(ハラエ)の気を放出する。

 ミクマリは、にやりと笑うと、神気(カミケ)の護りで祓を防いだ。


「神気!? どうやら、夜黒に染まった神らしい。霊気をぶつけて削り倒せ!」

「太陽の神殿を傷付けるな! 武術の心得のある者よ、前へ出よ!」


 風切りの音が耳元を掠める。弓矢か。石の鏃には霊気が込められている。


「ふうん」

 ミクマリは飛来する矢を見抜いて掴み取ると、適当に投げ返した。弓術師の男の肩へと突き刺さり、悲鳴が上がった。


「あぁっ……!」

 その様を見て、喉が艶冶(エンヤ)な音を鳴らした。


 一人の武芸者が屋根に飛び乗る。この跳躍、この気配。水術の心得有りか。手には長い石棒。石には霊気と祓の力。

 気合一発。男が若く快活な発声と共に、鋭い突きを披露する。

 敢えて胎でそれを受けるミクマリ。臓物を震わす衝撃が、肺から空気を追い出し、胸と股を震わせる。


「撫でてるのかしら?」


 紅の花が満開になる。胴回し一閃。

 男は霊気の籠った石棒で蹴りを防御するも、その得物は粉々に砕け、呻きと共に屋根から宙へと身を躍らせる。

 受け身の間も無く、人の暮らしに依り踏み固められた大地が、男の身体を雑に受け止めた。


「大丈夫ですか!?」

 転がる男に縋る巫女。穢れ無き白き衣、緋袴(ヒバカマ)に黒き堤髪(サゲガミ)。こいつも水術の心得有りか。女から男へと癒しの霊気が流れるのが視える。


 ……ミクマリの耳は、二人が確かに互いの名前を呼び合うのを聞いた。


「赦さない」

 治療を終えた若き巫女が立ち上がり、こちらを睨む。揺れる提髪、黒く芯の通った瞳。腹が立つ。


「……許されないのは貴女でしょうに。神和(カンナギ)の巫女の癖に!!」

 ミクマリは天を指差した。

 空は黒く、目には何が起こっているかは見当が付かない。唯、霊気が一点に向かって集中している。


 若き巫女に編まれた水の蛇が飛来する。ミクマリは袖でそれを容易く払うと、指を天から巫女へと移し替えた。

 空に命ずるは探求ノ霊性(モトメノタマサガ)。肉に雷糸(ライシ)結ぶは招命ノ霊性(マネキノタマサガ)

 霹靂(カミトキ)が恋する巫女へ仕置きを与える。衣爆ぜ、若い肌を曝け出し、そこへ大地の(ヒビ)を髣髴とさせる雷花(ライカ)を咲かせた。

 悲痛な叫びと共に、身を掻き抱き震える巫女。その醜く爛れた背中を篝火が仲間達へと晒し、辱める。


「ふふっ」


――気持ち良い。


 力の行使とはこの様に気分の良いものなのか。戦いとは、この様に愉しいものなのか。


――ごめんね、ホタル。私が間違っていたわ。


「この際、太陽の神殿は捨て置け! サイロウ様が御戻りに為るまでに直せば済む事だ!!」

「ふん、奴にとって神殿は飾りだ! 一度も神事に参加した事が無いだろうに!」

「何でも良い! 有りっ丈の術を叩き込め!」


 地面が亀裂を作り、神殿が傾く。風が板を引き剥がし、猛る炎蛇(エンジャ)に加勢した。


 手早く編んだ水球で身を護り、全ての術を遮断する。

 水の結界の中から、術師達を見やるミクマリ。


――どいつもこいつも必死ね。


 連中はそれなりの術師なのだろう。多分だけれども。

 ミクマリは欠伸をする。


 ふと、先程の罰してやった女が、男に癒し返されているのを見つけた。


「不愉快だわ」


 伸びる爪、自ら切り裂く結界。跳躍。男女の(ホダ)しを罰する鬼の邪爪が振るわれる。

 割って入る一人の武芸者の影。筋骨隆々の髭面。霊気は大して感じぬが、その太い両腕でミクマリの撃ち下ろしを確かに受け止めた。


 小気味の良い音を立てて(ヒシャ)げる腕。

「ぐう! 流石は鬼! 何て怪力や!」

 顔を真っ赤にして笑う益荒男(マスラオ)

「せやけどなあ、この腕が二度と使えなくなろうとも、俺の妹はやらせねえ!」


「……っ!」

 咄嗟に身を引くミクマリ。

「私は鬼じゃない!」


「どう見ても鬼やろが! 角生やしおって!」

 男は隙を見逃さない。腰に下げた二本の石斧を掴むと、ミクマリへと叩きつけた。


 痛みは無い。呻いたのは折れた腕を使った男の方だ。だが、自身の額に手をやり、二本の短い印を見つけた娘の顔は、苦痛に歪んでいた。


 後ろから熱気、髪が風で揺らぐのを感じる。咄嗟に飛んで回避する。「あちち! 何処、狙ってるんやい!」と男が吠えた。


「宙に逃げたぞ! 有りっ丈の術矢を放て!」


 石矢、火矢、破魔矢、加えて多くの自然術が飛び掛かる。


 ミクマリは茜と紅の二重(フタエ)の袴をくるりと翻すと、その全てを拒絶した。


「皆、嫌いよ!!」


 手加減無しの攻撃は反射され、あちらこちらへ飛散。木の圧し折れる音や、跳ねる土煙、人間の悲鳴に変換された。


「鬼の反撃のせいで村落に火の手が上がったぞ!」

「非戦闘員に怪我人が出るぞ! 薬師と水術師は一旦退却!」


 遠く、家々が燃える音が耳に届く。


「私じゃない!!」

 身を護っただけなのに。


 子供の声が耳に届く。助けを呼んでいる。恐がっている。


――ああ……。


 ミクマリは目を固くつむり、耳を塞いで立ち尽くした。

 それでも頭蓋を苛む子供の泣き声。


――どうして聞こえるの? 耳を塞いでいるのに! 目も閉じているのに!


 その間も加えられる攻撃。だが、水、血、気の三色の護りは決して主を裏切らない。


「来てはいけません!!」

 術師の一人が声を上げた。女だ。


「お母さん、帰って来て! 一緒に居て!」

 幼い娘が、傾いた石の鳥居を駆け抜けて現れる。腕には泣きじゃくる小さな赤子を抱いていた。


「お母さんはね。皆と悪い鬼を退治しなきゃいけないの。ちゃんと仕事を果たさないと、お父さんの様に首を切られてしまうわ。ここに来たら危ないわ。ほら、良い子だから……」


 追撃。大地が揺れる。護りが破れぬなら、それごと呑み込めば良いと考えたか。土に宿る精霊が埴ヤス大地(ハニヤスダイチ)に従い、揺れと共に鬼の足元へ亀裂を生じさせ始めた。

 地が揺れれば、そこに立つものも揺れるのは道理。ミクマリはよろめいた。そして、傾いた石の鳥居が、我が子を逃がした術師の頭蓋を目掛けて振り下ろされるのを見た。


「お母さん! いやあああああっ!!!」

 童女の絶叫が(ツンザ)く。


 耳を塞ぐ鬼。その胸中では、同じ悲鳴が反響している。


 嘗て、赦しと慈愛を語って憚らなかった娘は、その両の腕を血に染めた。(キタナ)き所業に両足沈め、毒水吸い上げた性根。

 気付けば牙が伸び、爪は黒く尖り、同じく額には二本の(シルシ)

 その他者を害する為の腕を以て行うのは、無敵の身を単なる音から護る事のみ。


――ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい!!


 繰り返される謝罪。されど身体は動かず。剰え、その意識は黒き闇の中へと沈んで行く。

 制御を奪われる慈愛の巫女。消えゆくミクマリの意識。遠ざかるまほろばの願い。



 角が怒張し、更に鬼の力を増し、その腕の一振りは倒れる石柱を吹き飛ばした。



「……これではあべこべではないか」



 唇から漏れるは男の声。金色の瞳は、恐怖で尻を地に着けた女を見下ろした。



「お母さん!!」

 童女が舞い戻り、忘我の母へと縋る。

 母は我に返ると子等をその腕に収め、燃える瞳で鬼を見上げ睨んだ。


「全く、止める為に俺が憑依する事になるとは。隙を見つけ出すのに苦労したぞ」


 鬼は頬の濡れを拭うと、安堵の溜め息一つ吐き、再び闇夜へと舞い戻って行った。



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