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巫覡、寿ぐ(ふげき、ことほぐ)  作者: みやびつかさ
結ノ章 終止符を
113/150

巫行113 神殺

()を滅するだと? 戯謔(ギギャク)が過ぎる。神を叩いて現るならば、貴様は巫女か?」

 不愉快そうに老人の顔を歪める雷神。

 雷神は火球と雷球の術を手早く編み上げ、(アカ)き衣を纏った巫女へと放った。


 神の炎はミクマリの衣に当たると消滅し、雷は袖に払われて消える。


「面白い。人の領分で何処までやれるか、見てやろう」

 雷神の指がミクマリへと向けられる。

 発火せず。


(ヌル)いわ。ねえ、アズサはどうして死ななければいけなかったの?」

 色のない瞳が問い掛ける。

 瞬きと共に、衣から次々と射出される血の弾丸。


 黒衣(コクエ)の肩から出血。雷神は眉を上げ、稲妻の如き速さでその場から逃げた。

「吾の神気の護りを容易く……!」

 持ち上がる左腕、その中に若き雷霆(ライテイ)。間髪入れずの投擲が為される。


 容易く貫かれる娘の腹。悲鳴と共に吹き出る若い血。肌と衣を走り続ける電流。

「……痛くない」

 術に苛まれ、術に癒され、ミクマリの身体は紅い蒸気を上げながら崩壊と再生を繰り返す。


――あの子の苦しみに比べたら、こんなもの!


 主失いし血液(イノチ)、操るは探求ノ霊性(モトメノタマサガ)

 散った衣の欠片が花弁の様に舞い始める。


 舞いて散る散る、時雨(シグレ)血桜(チザクラ)。柔らかな血刃が雷神を宿す仇の肉体に飛び掛かる。

 雷神は身を(カワ)すも、その術は弾丸とは違い、彼方へ過ぎ去りはしない。風に吹かれる様に向きを変えると、繰り返し繰り返し斬り付けた。


「厄介な黄泉(ヨモツ)の術。あの女の恩寵を受けた者か? しかし、気配が違う」

 何事か呟く雷神。

「まあ良い、先ずは願いを果たそう。大雷迅(オオライジン)の術を受けよ」

 血陣の中、肉体を擦り減らしながらも両手を掲げる雷神。


「あの人が言ったでしょ? アズサの護った村なのよ」

 広範囲の結界の展開。周囲に水底の様な音色が流れた。雷嵐(ライラン)は遮断され、再び慈雨(ジウ)だけが地へ届けられる。


「攻めと守りの双方を同時に扱うか。吾も応えよう」

 生成される若雷迅(ワカライジン)。矢継ぎ早に雷槍(ライソウ)が投げつけられる。


 膨れ上がる黒き気配。血衣(チゴロモ)が膜を作り、娘の身体を男神の貫きから護る。


「恐ろしや。それだけの力を持つのであれば、吾の様に高天(タカマガ)に属せば良いものを。黄泉は臭かろう」


「高天は嫌い。黄泉も嫌い。皆、覡國(ワタシ)から全てを持ち去ってしまうから」


「言っている事が分からぬ。力には力、知には知。夜黒には夜黒。五ノ迅雷(ゴノジンライ)黑雷迅(クロライジン)

 雷神の腹から、ぬるりと黒き稲妻が生まれる。それは這う蛇の様に宙を彷徨い、血の膜を潜り抜けると娘に達した。


 娘が辺りに血を撒き散らし、天地を昏くする大絶叫を上げた。

「……痛くない」

 傷を癒し雷神を睨むミクマリ。


「何故、死なぬ!?」

 雷神は眉を上げた。

「成程、霧神の恩寵も受けているのか。益々(マスマス)分からぬ奴」

 ミクマリの破れた血衣から覗くは、穢れなき白。


「だが、終わりだ。この地と共に泯びよ」

 両手を掲げる雷神。黒雲が呼応し、無数の雷を射出する。

 だが、それは人里や獣の暮らす地へは落ちず、全て娘の身体へと吸い込まれていった。またも悲鳴を上げるミクマリ。

「……痛くない」


「貴様を撃った心算(ツモリ)はなかった。今度は何をした?」

 再び雷神の両腕が天を衝く。


 ……空に命ずるは探求ノ霊性。


 次に雲が穿ったのはその主の身体。空に広がる神威(カムイ)は最早、娘の(タナゴコロ)の中。


「吾の雲を(ヌス)むとは、畏れ入った。雷の摂理を見破ったか。だが、雲だけではないぞ」

 翳される右腕。爆音。大地からさかしまに伸びる稲妻がミクマリを撃つ。


「……痛くない」

 唇乾き、己の髪の焦げる香り鼻を衝き。嘘を零し。

 それでも彼女はもう一度、血の花を咲かせた。


 敵が紅き花吹雪に覆われる。


「は、は、は、は、は!! 矢張り、土雷迅(ツチライジン)では(タオ)せぬか。次の迅雷にてその身を縛り、吾が最後の雷、伏雷迅(フシライジン)を以て葬ってくれよう」

 切り刻まれながらも高笑いを見せる神。

 彼は一頻り笑うと、大きく息を吸い込んだ。


七ノ迅雷(シチノジンライ)鳴雷迅(ナリライジン)!!!」


 何処かで見た術。空気の震えに神気が宿る。


――音術!


 ミクマリは大気の水分に命じ震わせ、神の声を相殺した。

 稲妻も電撃も視えぬのに、痺れる全身。


「……アズサ! アズサ! アズサ!」

 亡き妹を叫ぶ姉。その血肉を狂った様に乱舞させ、弾丸と成し、鞭に振るい、敵の神代(カミシロ)を攻め立てた。


 黒衣霧散し、老人の皮裂け、肉爆ぜ、骨が砕ける。


「最早、器が持たぬか。女よ、見事な力だ。……(ケダ)し、戦いとは問答也。気狂いでさえなければ、今後の神の世を、信仰の憂いを共に語れたやもしれぬ。だが、矢張り女には、道理は分からぬと見える」


 雷神を宿した器が赤い灰へと変じてゆく。

 侮辱の言葉と共に立ち退きつつある神の気配。


「……逃がさない」


 ミクマリは何かを握る様に拳を突き出し、嗤っていた。


『貴様……!』


 神に命じるは招命ノ霊性(マネキノタマサガ)

 神の気、神そのものを掴み取り、天へ逃げ帰る卑怯者を引きずり下ろす。

 神を降ろすは巫女の役目。しかし、その器たる胎を満たすは紅き穢れ。女の怨みが、憎しみが、その身体から伝播して神を黒く染めてゆく。


『吾を夜黒に染めようというのか。だが、無意味である。抑々(ソモソモ)の吾の生まれは黄泉也。穢れ如きではお前の様に正気を失いはせん』

 嘲笑うかの様に、急速に夜黒へ転じる雷神の気配。


「……マヌケな神様」

 反転。漆黒に染まった娘から、純白の輝き。


(ハラエ)の霊気!? 貴様、一体いつの間にそれだけの祓の気を……』

 動揺に包まれた霊声(タマゴエ)


 おもむろに現れた聖なる気配。二面性を示すは神の荒魂(アラミタマ)和魂(ニギミタマ)だけに非ず。人もまた正邪二つ持って、初めてヒトと成る。

 神を崇め奉り、生むのがヒトであるならば、神を滅するもまた人間ノ本能(ヒトノサガ)


「悪霊は消えて頂戴」

 冷たく言い放つ巫覡の女。


 空が光に包まれ、音のない爆発が起こった。

 雷雲は立ち去り、古ノ大御神の一柱である火雷神の一端が消滅する。静かに訪れる落陽の時。


『な、何て奴……。これならばサイロウにも勝てるやも知れぬが……だが』

 浮上する祖霊。

「サイロウ……」

 西の空を睨むミクマリ。

 彼女の瞳には太陽が映っていたが、繰り返し(コイネガ)った無垢な祈りの煌めきは失われている。

『少し休め、頭を冷やせ。骨しか残っておらぬだろうが、アズサの弔いを済ませよう』

 ゲキは諭す様に揺らめく。その翡翠の如き光は、いつもより一層強く、そして白いに近い(マバユ)さを見せていた。

「アズサ……」


 虚ろな瞳。ミクマリは師には応じず、裂けた紅の衣を翻すと、西に向かって空を駆け始めた。


『何処へ行く気だ!? お前の得た力の性質は鬼だ。無理をするな。俺も夜黒を抑える(コツ)を掴んだ。息を合わせて共に技に磨きを掛けるのだ。二人でならばサイロウにも勝てる。今はまだ行くな。今のお前の心は黄泉に片足処か、半身を浸しておる!』

 追従する守護霊。娘は答えず疾駆と跳躍を繰り返す。


『そもそも、お前が向かっておるのはサイロウの國であろう? 奴は今、北の地の何処かで活動をしておると聞いたではないか? 急がず、これまで通りに地上を行脚しよう。北の地でサイロウが起こした禍事(マガゴト)を、お前の慈愛で塗り替えてやろう』

「これまで通り? アズサは死にました。殺されました。もう戻りません。大方、神器を求めて地蜘蛛(ジグモ)に命じたのでしょう。根はサイロウ。奴に対しては、白に染め返すだけでは生温いのです」

 娘の顔が歪む。笑いである。斜陽に光るは犬歯。


『……待て、何をする気だ? 俺は行かぬぞ』


「ですから、黒く染め返してやるのです。私達は里を奪われました。大切な人達を奪われました。サイロウも王です。首長ならば自分の國や民は大切でしょう? 仮にそれが慈愛に依るものでなくとも、執着をしているのは明らか。若しかしたら、長く生きているのだし、あれにだって大切な人間の一人や二人、居るかも知れませんよ?」


 ミクマリは、連れ合いを見て、子供が(ハシャ)ぐかの如く声を立てた。その瞳は金色に輝き、縦に長い瞳孔を見せる。


『おい!!!』


 静止し、怒鳴るゲキ。


 しかし、その言葉は届かず、嬌声に掻き消される。


 夕陽沈む空の中、唯々二人は、その距離を離し続けたのであった。


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