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巫覡、寿ぐ(ふげき、ことほぐ)  作者: みやびつかさ
結ノ章 終止符を
112/150

巫行112 母親

「早駆けで先陣を切ったあいつが(タオ)された様だが、まさかこの(ワラベ)()ったのか?」

 知らぬ男の声。

「幼き巫女の癖して見事な魂。あれならば、我等の母も喜ぶであろう」


 ミクマリは静かに声の方を見た。

 黒き衣、額から鼻先に向けての(ヤジリ)の入れ墨。その憎き者は満足の貌を湛えていた。


「何をしたの?」

 問い掛けと共に持ち上がる(タナゴコロ)。それは、術師の左胸に重ねられる様に翳された。


 ()心臓(イノチ)、欲するは招命ノ霊性(マネキノタマサガ)

 肉より引き摺り出される男の心臓。


『止せ、ミクマリ!』

 連れ合いの制止。しかしその霊声は虚空を反響し、ミクマリの掌は静かに綴じられた。


 黒衣(コクエ)の術師は絶叫し、紅き果実は熟れ過ぎ地に落ちた。


「おい! やられたのか!?」

 新たな気配が二つ。驚愕の声と共に男の骸を揺らすのは、見知らぬ男女。その手には鉄槍と鉄の剣。


 ミクマリはその者達の顔は知らぬが、入れ墨と衣は良く知っている。

 滔々(トウトウ)に染まった紅の両手。最早顧みる事無く、唯、己の大切を奪った悪鬼達へ罰を下すのみ。


 ()血液(イノチ)傀儡(クグツ)るは探求ノ霊性(モトメノタマサガ)

 心臓を失った血肉が爆ぜ、無数の棘となり、仲間の胎に、首に、瞳に突き刺さる。


 (キタナ)き絶叫と共に転げ回る人間達。まだ、生きている。


 ミクマリは妹の亡骸を降ろすと、立ち上がり、“あれ等”よりも遥かに(キタナ)く微笑んだ。


『ミクマリ! もう止せ! この場を離れるぞ!』

 師の再度の警告。


 ミクマリは霊気の行使を止めた。しかしそれは、最後の(ホダシ)に引かれての事ではなかった。


 下を睨めば、地より這い出る無数の気配。

 魂の末路はその輝きと、寿ぐ巫覡が決める。肉の末路は母の欲するがままに。


 いつかの水術師の様に、山へ入った老婆の様に。

 蟲達が、憐れな“この子”を覆い尽くしてゆく。


「お前にくれてやるものか!!!」

 怒髪天を衝く絶叫が、大地へと叩きつけられる。

 濁りの気魄とは裏腹に、聖の最たる(ハラエ)の気が放出された。黄泉(ヨモツ)よりの使者が霧散する。


『黄泉からの蟲を祓いおった。験した者は多いが、出来た者は居らぬ……』


「アズサはやらない。誰にもやらない!! 私のものだ!!」

 巫女の象徴を結わえる絵元(エモト)が爆ぜる。解き放たれし髪が宙を舞う。


 女の胎に高まる気配。


 それは、明らかな(ヨコシマ)の極み。赤と黒の二色が織りなすは夜黒ノ気(ヤグロノケ)


『糞っ! ミクマリ、何もするな! 力を使うな!』

 守護神の言葉は届かず、巫女は奪われ掛けた娘の身体を見詰めて微笑むと、


 それにくちづけた。


 その肉体(イノチ)(ホド)き欲するは探求ノ霊性。

 “アズサだったもの”が小さき指の先から、一縷の赤糸(セキシ)へと変じてゆく。


『何をしようというのだ!? もうアズサは……もうアズサは死んでしまったのだぞ!』

 哀し気に響く霊声。

『……いかん! まだ気配がこちらに近付いている。一等強い術師だ。糞っ! この気配には覚えがあるぞ!! ミクマリ!! 備えろ!!』


 村の外から巨大な霊気。それには夜黒ノ気も織り込まれていた。


 僂指(ルシ)の間も無く、黒き焔の塊が村を包み込んだ。

 乾いた音を立てる栗の植木、干上がる春の畠。泯滅(ビンメツ)の大火焔が人の暮らしを呑み込もうとする。

 しかし、村は燃ゆず。(シタタ)き守護の結界が邪悪な術を遮った。


『アズサの護った村を焼かせはせん!!』

 術の発せられた方角へ飛び行くゲキ。


 彼方より現れるは、老年の地蜘蛛(ジグモ)

「守護神か。神器だけの村だと思って侮ったか!」

 辺りを見回し、仲間の無残を見届け、皺だらけの顔を歪ませる老人。


『貴様の顔には見覚えがあるぞ! ここで滅してくれよう!!』

 人魂の周囲に円を描く様に生成される気弾。

 それは二色。だが、白と黒に非ず。白と白の二色。神霊の二つなり。


「我等に怨みを持つ者か? 顔のない霊魂よ、嘗ての贈りの筆頭の力を知るが良いわ!」

 一方、黒衣は白黒の力を繰り、焔を(オコ)し、風を()て、土と石に命じた。


 烈しくぶつかり合う術と術。辺りに飛び散る様々な気と豪音。


「神の気、可也のものだ! だが、所詮は守護神。護りに比べて、攻めは足らぬと見える!!」

 苛烈を極める黒衣の攻め。自然術に押される始める素の気弾。


『糞が! 手加減しているに決まっておろう。俺は夜黒に頼る訳にはいかぬのだ。ミクマリが、俺の大事な巫女が鬼に成ってしまう!』

 それでも、これまでに見せた事のない発気。極大の気弾が練り上げられる。

「そこの女は“何”か? 巫女の様にも見えるが、あれは最早、人ではあるまい。神か? 鬼か?」

水分(ミクマリ)の巫女だ。俺の巫女だ! 人間の娘だ!』

「あの術は、憑ルベの領分では無かろうが。儂は知っておるぞ……」

 黒衣の老人は術を編みながらミクマリを見やった。


 童女の肉体をばらばらの糸に解き、織り直す姿。

 水気ではなく、他者の命そのものを繰る血操の術。


「あれは、与母ス血液(ヨモツイノチ)の術」

 黒衣の貌に謎めいた笑み。彼の頭上には極大の白が迫る。

「はっ!!」

 気弾は所詮、気弾ものかはと、大した気も練らずにそれを叩く黒衣の術師。

 極大の一撃は軌道を逸らされ、天へ昇り空の果てへと消える。間髪入れずに繰られる夜黒の炎。黒衣の放ち返す術の力は更に強大。


『攻める隙はくれぬか……!』

 防戦一方。攻撃の手が止まり、守護の力が展開された。結界は黒衣の術を全て遮断する。


「矢張り、護りには長けるか。人の領域では、決して破れぬ守護神の結界。為らば、神の力に頼る他あるまい!!」

 老人は術の行使を止めると、未だに耳障りな悲鳴を上げ続ける男女の傍へと飛んだ。


「お前達、我等が友サイロウよりの任は失敗だ。“叢雲呼び起し天地繋ぐ剣”も大した品ではなかった様だ。その上、我等の癒し手は敗れ果てた。お前達も、そうなってしまっては生きる道はあるまい。その黄昏(タソガレ)を目前とした命、使わせて貰おうぞ!!」

 両手を天へ衝き、二色の気を送る黒衣の術師。一度晴れを見た空が、再び雷雲に染まる。


國津(クニツ)(カンナ)より、天津(アマツ)高天(タカマガ)へと願い申す。ここに捧げたるは、女の(ウロ)と男の(ツルギ)。招きに応ぜられるのならば、我が身を御槍で貫きませい!」


 招く祝詞に呼応して、天津の雲より、雷槍(ライソウ)降り来る。瞬刻(シュンコク)に消滅する男女の身体。

 黒衣を纏った古木は光に呑まれ、処女(ハジメテ)神和(ケイケン)したのと同じ神気を宿した。


「……()は火と雷を司りし古ノ(イニシエノ)大神(オオカミ)也。二つの見事な贄を捧げし老人よ。貴様の泯びの願いを聞き届けてやろうぞ」

 老人の喉は重厚な男の音色を発した。その貌は幾分か若々しく、精と力に(ボッ)している。

 瞳に雷光、衣に火雷(ホノオイカヅチ)。天地切り裂く大神が顕現した。


『最悪だ。まさか、お前とやり合う羽目に為ろうとは』

 守護霊が呻く。


「ふむ、先程呼んだのは貴様だったか? 此度は、陣営が違う様だが? ……思い出したぞ。数月前、いや、こちらでは百年は前か? 生きた()の身体に降りた事もあったな?」

『思い出させるな。俺はあの後、大変だったんだぞ』

「あれは心地の良い男の身体であった。吾と同じく神と成ったのは喜ばしいが、肉を失っては物足りんな。身体がぶつけ合えぬのなら、術をぶつけ合う他あるまい?」


 老人の身体が宙へと飛ぶ。地の引く摂理を無視した浮遊。応じて浮き上がる霊魂。


「そうだ。先程の降臨の際も、村を背にした愚かな(カワズ)比売(ヒメ)を滅するのが、贄との引き換えであったな」

 雷神は皺が消える程の笑みを浮かべ、黒衣の腕を天へと翳した。


『俺をあの程度の神と同じと思うなよ』

 不敵な霊声。


「受けてみよ。吾が八つの雷迅(ライジン)。……一ノ迅雷(イチノジンライ)火雷迅(ホノオライジン)

 雷神が守護神へ指を向ける。


 大炎上を熾す祖霊の魂。

 しかし炎弱まりて、現れるは光の玉。解かれし結界より、涼しく揺らめく御霊の姿。


「無傷! 範囲と引き換えに堅牢を得たか。如何に吾の力であろうとも、この一端のみで滅するは至難か。……面白い」

 翳される二つの(テノヒラ)

覡國(カンナグニ)は今は春か。春は良い。儚さより生まれ(イズ)る美は、高天のそれを超えるとは思わんか? ニノ迅雷(ニノジンライ)咲雷迅(サキライジン)


 二つの雷球が地上へ稲妻を散布する。野原の一つが悲鳴を上げたが、雷球そのものが結界に包まれ、追撃を不発に終わらせ砕け散る。


「砕けたな。自身から離れて展開すれば力は弱まるか。為らばこれはどうだ? 嘗て、無知なる比売がやった様に、己を盾を成す事が出来るか?」

 振り上げられる雷衣(ライエ)の袖。

三ノ迅雷(サンノジンライ)大雷迅(オオライジン)

 天空に坐する火雷神の広大な領域が、天と地を繋ごうと神気の粒子を放出する。


『……』

 神威(カムイ)を上回る広域に、薄く延ばされた神霊の気が膜を張る。

 但しそれは、密度を濃くする為か、施術者の居る上空までは護らなかった。


 土砂降りの霹靂(カミトキ)が結界と霊魂を撃つ。


 無言で撃たれる守護神。下方、人里には(キズ)一つ無し。


「ふむ。広域用の術では、流石に大した打撃は無いか。為らばこれはどうだ?」

 翳される左手に(イカヅチ)。それは一本の槍の形を成す。


「吾は其の魂を貫こう。四ノ迅雷(ヨンノジンライ)若雷迅(ワカライジン)!」

 振りかぶり、その腕より離れた雷槍(ライソウ)

 その矛先は、雷神より離れれば離れる程に太く、鋭く、熱く変じてゆく。まるで、父より離れた子が独りでに成長するかの様に。


 一点集中の一撃は、展開された自衛の結界に突き刺さった。

 雷神が腕を翳せば、それは更に、更に深く刺さってゆく。

 点滅する結界。無数の(ヒビ)


「驚いたな。よもや吾の白兵最強の術をも喰い止めるとは。……しかし、それまでの様だな」


 雷槍と共に消滅する結界。魂の猛りを小さくしたゲキは、呻きと共に高度を下げてゆく。


「懸命だな。地に近付けば、大雷迅をもう一度止める事が出来るであろう。だが、その時は其の魂は費える。実に惜しい。贄を受け取った以上、約束は反故には出来んからな。滅されるが良い」

 再度、天に翳される雷神の腕。


『何て奴。この前に俺が呼んだ時は、仕事の途中で帰った癖しおって……』

 力無く笑う霊声。


「この地と共に果てよ。三ノ迅雷、大雷迅」


 火雷神の雲から、雷が沛然(ハイゼン)と降り注ぐ。


 しかしそれは、光りこそ烈しいものの、くぐもった万雷(バンライ)を辺りに響かせ、その爪を大地に届かせる事は無かった。


 空気の歪み。土地一体を優しく包み込む、陽炎(カゲロウ)

 揺らぎは雷を受け止めると、雲も無しに雨に変じ、静かに地へ降り注いだ。


「これは、水術の結界か?」

 雨を掌に首を傾げる雷神。


「天津神……古ノ大御神……。お前達は、私からあの人まで奪おうと言うの?」


 跳躍。(クウ)に生まれる水の足場。


「血の臭い……貴様は誰だ?」

 神の問い。闖入者は答えず。


 その女の装いは(クレナイ)の衣、紅の袴。大袖と袴の裾は過剰に余り、まるで焔の巨鳥の如く。


「……私から奪うひとは皆、消えて頂戴」

 神へ向けられる掌。


 艶やかな髪と光無き(マナコ)で宣言したるは、神殺し。


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