ユリには霊感があるそうです
どうぞ気楽に読んでください。
これは、私が中学一年生の時の出来事です。
私が入学したのは、中高一貫の女子校でした。
一年二組は三十人。いずれも電車通学で、みんなが初対面です。
だけどその中でも気の会う友達は見つかるもので、各々が学校生活に慣れ始めた頃、クラスメイトの個性も段々分かってくるものです。
中でも際立った個性を放っていたのが、ユリでした。
「わたし、霊感あるねん」
これがユリの口癖です。
私を含めた全員が、半分冗談、半分本気でとらえていました。
時々、「憑いてるで」と誰かに言っては背中を強く叩いて「祓ったからもう大丈夫」というユリ。
全員が戸惑いながらも、そういうキャラなんだと何となく受け入れ、学校生活を過ごして一ヶ月。
事件は、五月に起こったのです。
この学校では、一年生は五月に一泊二日の校外実習が行われます。
ざっくり言うと、片田舎で集団生活をしてみて親睦深めようぜ、というもの。
宿泊するのは、なかなかの雰囲気の民宿。そう、なかなかの雰囲気の。
いかにもユリが良からぬことを言い出しそうな、という意味で。
「ここ、いるで」
ほらやっぱり来たよ。
全員がそう思ったことでしょう。
ユリがそう言ったのは、十人が寝泊まりする予定の広い和室。
私も同じ部屋でした。
「ちょっとやめてや。今日泊まるのに」
ヨリちゃんという子がそうユリを諌めます。皆も頷きますが、ユリは止まりません。
自分のキャラ作りに余念がないのか、それとも本当に何かを感じているのか。
「だってホンマにいるんやもん。あそこの暖房機の裏」
そうユリが指を指したのは、部屋の床の間に無造作に置いてあるヒーターです。
年季が入っているもののごく普通のヒーターですが、そんな風に言われると曰く付きに見えるのはなぜでしょう。
「ねえ、ホンマにやめてやユリ」
「でもいるんや。ちゃんと供養せんと。この近く、お墓とかあるんちゃう?」
そんなことまで言い出して、いつもの教室と違った場所ということもあり、ユリの言葉に妙な信憑性を感じて、段々全員の不安が募っていきます。
カナちゃんという子がすすり泣き始めました。急にお腹が痛くなってきた、と泣きながら言うと、ユリは霊のせいやと返します。
集団心理とは怖いものですね。
カナちゃんにつられるように、数人が泣き始めました。
他の部屋の生徒たちはとっくに部屋に入っていますが、私たちの誰も部屋に入れません。
そもそもこれを先生に訴えても、霊がいるなんて理由で部屋を代えてくれるものなのでしょうか。
頑なに霊の存在を主張するユリとすすり泣く生徒たち。
そんな空気を変えたのは、カナちゃんの背中をさすっていたエリカでした。
エリカは泣いていませんでした。
「じゃあこうしようや。全員であの暖房機の裏見に行って、何もなかったらこの話は終わり。いようがいまいが見えなかったら一緒やん」
その言葉にユリ以外の全員がどこか安心したように同意しました。
ユリだけは「いるし!」と頑なに主張していましたが。
これでお札なんかあった日には、誰かが失神しユリはきっとハイテンションになるのでしょう。
全員で押し合いへし合い、恐る恐る部屋に入り、ヒーターに近づいていきます。
その間も「ちょっと押さんとって」「前は嫌や先行って」など、それぞれ必死でした。
…どうしてユリは先頭じゃないんでしょうね。
ようやくヒーターの前に辿り着き、驚くべき緊張感の中。
「い、行くで。…せーの!」
そうして覗き込んだヒーターの裏、そこには。
一枚の、真っ白いブリーフが。
「「「「「ぎゃああああああああああああ!!!!!」」」」」
悲鳴は民宿中に響き渡りました。
だってブリーフですよ、ブリーフ。
お札かと思ったら、まさかの。
悲鳴を聞き付け鬼の形相で駆けつけたのは、一組の担任のおばちゃん先生。
「あんたら、やかましいわ! 何を騒いどんねん!!」
先生の声も十分やかましかったのですが、部屋を飛び出し廊下で泣き崩れる私たちを見て、さすがに驚いたようです。
部屋の中を指差し、モッチーという子が涙をぼろぼろ流しながら先生に訴えます。
「だ、だって先生、あそ、あそこに、ブリーフが」
「はあ?」
「もうやだぁ!!」
泣き叫んだのはカナちゃんでした。
後になって冷静に考えると、もうこれ笑い話なんですが、この時は本当にパニックでした。
幽霊疑惑で高まった恐怖が、なぜかそこにあったブリーフで爆発するというこの状況。
女子校の中学生というのもまずかったかもしれません。多感な時期に、男物の下着なんてとんでもない。
しかも白ブリーフです。パニックです。
先生は躊躇いなく部屋に入り、皆が恐慌状態に陥りながらも何とか伝えたヒーターの裏を覗き込みます。
「あっホンマやブリーフや! ちょっと民宿の人呼んでくるわ」
大人の女性って強いんやなあ。全員が何だかそんなことを思いました。
ほどなくして、民宿のおばちゃんがやって来て、ヒーターの裏をひょいと覗き、何の躊躇いもなくブリーフを摘まみました。
「何かごめんなあ。昨日泊まって行った学生さんの忘れもんやと思うわ。ここ消毒しとこ(笑)」
…大人の女性ってホンマに強いんやなあ。ブリーフ片手にははっと笑うおばちゃんに、私たちはおののきました。
ちなみにこの後カナちゃんは、貧血になって先生の部屋に連れていかれました。
…どうやら月のものだったようです。お腹も痛くなるはずです。
一難去って何となく全員が拍子抜けした後、エリカがぽつりと呟きました。
「ユリ、すごいな。まさか霊感でブリーフを見つけるなんて」
「えっ」
私たちは一斉にユリを見ました。
ブリーフ発見からユリはずっと静かでしたが、彼女もあの瞬間は悲鳴を上げていたように思います。
「いや、ちゃうねん! ホンマにおってん!」
「ブリーフの霊が?」
「ブリーフの霊て何やねん!」
「じゃあ持ち主の生き霊?」
「ちゃうわ! ホンマにちゃんとおってんから!」
正直、全員がこう思っていました。
もういてもいなくてもどっちでも構わへん。
ブリーフは無くなったんやから、と。
この校外実習以降も、ユリは霊感少女を貫き通していました。
皆も普通にそれを受け入れていましたが、パニックになることはもうありませんでした。
これ実は、作者の体験談です。
多少の脚色はありますがほぼノンフィクション。
ユリ(仮名)元気かなぁ?