2−4
「アオイさん! 回復が遅れてます」
「え? 嘘! 『無垢なる祈り』」
アオイから回復魔法が飛んでくる。いや、正直危なかった。残り体力が1000を切っていたからね。予想通りというべきか、アオイはまだこういう戦闘に慣れていないみたいだった。だから、こうして僕やヨミがある程度助けることができる状況で経験を積んでもらうことにしたのだけどね。
「『13』」
もう一度特技を発動させる。これによって目の前にいた蟻がそこそこの数、吹き飛んでいく。残り時間はあと60秒。もう終盤だ。クロナのおかげで特技の使用ペースがかなり早いけれどこの時間だったらギリギリ間に合う。巫女が魔力の能力値が高い職業で助かったよ。
「もう一つ、『死者の泪』」
そしてもう一つの攻撃魔法を発動させる。『13』に比べると威力は落ちるがそれでも充分な火力を誇る魔法だ。それに、僕の目的は倒すことじゃない。
「ヨミ! こいつらはあと10秒後に倒れるから遠目のやつを中心に攻撃してくれ」
「わかりました、クロナ、お願い」
クロナから出ている光が僕の周辺ではなく、遠くにいる蟻たちを狙うようになった。
「え? この近くにいるやつは?」
「たどり着くまでに倒れるから同じように僕たちに回復魔法と障壁をお願い」
「う、うん」
『死者の泪』は追加効果として、呪いを付与する。まあ、毒とかと同じスリップダメージだ。蟻たちは僕の魔法を受けたあとに継続的にダメージを受け続けることになり、目的地である木箱にたどり着く時には丁度HPが0になる。だから、一手間余計なことをしなくて済む。こういった長期間の戦闘に置いて、これはかなり重要だ。
「あと少しだから頑張って」
「う、うん」
「ヨミ、準備はいい? 『13』」
「大丈夫です、『クロスフレア』」
僕の出す雷に合わせてヨミが持っている杖から焔が飛び出して、蟻たちをことごとく焼き払っていく。そして、その攻撃を受けた蟻たちは僕からヨミの方へと向きを変える。でも、たどり着く前に、風が吹いて、周囲にいた蟻たちが全て消え去った。
「え?」
「時間です。ありがとうございました」
「えっと」
「5分経ったんだよ。これでクエストクリア。それじゃあ戻ろうか」
そして、突然木箱の隣にここに来る時に見た扉が現れる、そして、僕たちは、その扉をまた潜って、ギルド会館の受付に戻る。そして、
「報酬だよ、受け取ったらいい」
「え? でも、これってヨミちゃんのでしょ? 私の分をあげるよ」
「あー、受け渡しとかはギルドホームでしよう」
僕たちは報酬を受け取る。手に入るのは『精霊の愛』が10個ほど。アオイが受け取ってすぐに、それをヨミに渡そうとしたので、他にも受けている人がいることを考えて、僕たちは足早にギルドホームへと帰って行った。
「二人とも、ありがとうございました」
「いいよ、これ、はい」
帰ってから、僕はヨミに自分の分の報酬を渡す。プレイヤー間では基本的にほぼ全ての素材を渡すことができる。奪うとなると、また少し話が変わるけどね。とにかく、僕はもらった報酬を全てヨミに渡した。
「ありがとうございます」
「あ、さっきも言ったけど、私のもあげるよ」
「いえ」
「貰っておいたら? 次にこのクエストを受ける時がいつになるかわからないし」
「……そうですね。アオイさん、ありがとうございます」
そしてアオイも同様に渡そうとしたけど、ヨミはそれを固辞しようとした。ただ、このクエストは定期的に実施されるものの次に実装された時に受けることができるかといえば、それはわからない。もしかしたら受けることができない可能性だって十分に考えられる。そして、受け取ったヨミといえば、
「ねえ、ハルさん」
「うん?」
「50レベルぐらいの巫女ってどんな素材がいるの?」
「え? まあ、アオイがどんなスタイルで行くか決める感じだからな……ここは無難に特技のレベルを上げる書物でいいんじゃないか?」
「そうですね。アオイさん」
「はい」
「変わりと言ってはなんですが、いくつか書物を渡したいと思います」
「え? いいですよ」
「受け取りなよ。それがマナーだ」
一方でアオイも同様に固辞しようとしていた。でも、それはよくない。無条件に一方的にものを与えるのはよくないけど、こういう風に与え合うのもまた、コミュニケーションの一つだし、自分が何かを与えて変わりにとものを渡されたら受け取るのはれっきとした礼儀だ。
「え? ハルホくんは」
「僕は別ので手伝ってもらったことがあるからね」
「そういうものなんだ……じゃあ、もらうね」
「どうぞ」
「ありがとう……ってこんなに?」
「余っていたし、私にはもう必要がないものですから」
特技のレベルは全部で4段階あり、下から順に、初級、中級、上級、超級となっている。そして、それらのレベルを上げるのに必要なものとして書物があるが、この書物は特技のレベル上げ以外で使われることがほとんどない。だから必然的に余ってしまう。アオイはヨミの言葉を聞いて、僕の方を向いてきたけど、僕はそれにうなづいた。多分、ヨミが言っていることが本当なのか、確認したかったのだろう。
「では、私は自分の部屋に戻ります、クロナたちにあげようと思います。改めて、アオイさん、手伝っていただきありがとうございました」
「ううん、私こそ、色々とありがとう!」
そして、ヨミは自分の部屋へと戻っていった。ここに残されたのは僕とアオイのみ。アオイは僕の方を向いて、
「私、まだ避けられてた?」
「まあ、初日だし、こんなものだと思うよ」
「そうだね、もっと、ヨミちゃんと仲良くなりたいなぁ」
「なれると思うよ」
なんだかんだ言って、クラスの中でもコミュニケーション能力が高くてクラスの中でも人気者であるアオイだ。すぐにヨミとも仲良くなるだろうことは予測できる。僕が力強くうなづいたのを見て、アオイは少しだけ自信を持ったみたいだ。
「そっか。あ、ハルホくんもありがとう」
「え?」
それから、アオイから感謝の言葉を告げられる。でも、その言葉には全く心当たりがない。いったい僕が何をしたと言うのだろうか。本当に感謝される理由がわからない。
「私に、色々と教えてくれたでしょ? 今日だけでたくさんのことを学べたよ」
「まあ、このギルドだとレイドもするから」
だから、いざ、レイドをするとなった時に、アオイだけが参加できないという事態だけは避けたかった。レベルの問題ではなく、知識面の問題で。レベルなんて正直どうでもいいとわかっているし、それよりも大切なことがある。……ってなんで僕はアオイが入っていないのに一人で進めているだろうか。
「ただいま〜ってあれ? アオイちゃん?」
「あ、ユキさん」
「お、お邪魔してます」
二人で話していたら、ユキさんがログインしてきた。そしてアオイを見て、目を丸くする。今日来ることは連絡していたんだけどな。そしてユキさんは僕の方を向いて、ニヤニヤと笑うと、
「へえ、なんだかんだ言ってハル、アオイちゃんをギルドに入れることを認めたんだ」
「別に入りたいっていうのなら、それを拒絶する理由がないですからね」
「へえ、でもそれだけ?」
「他に何があるんですか」
「あの、今までもこのギルドに入りたいって人はいなかったのですか?」
「どうだっけ?」
「多分いなかったと思いますよ」
僕がからかわれていることに気がついたのかどうかはわからないけど、僕とユキさんの会話の間に入るようにアオイが口を挟んできた。そして、その言葉を聞いて、ユキさんと顔を見合わせる。記憶を辿ってみても、このギルドに誰かが来たとかそういうことはなかったように思える。というか、
「そもそも外でほとんど活動なんてしていませんし、なんなら募集もしていないのに来るわけないじゃないですか」
「それもそうね」
「まあ、サキさん以外後から入ったと言えなくもないですよ」
「あはは、でもアオイちゃんが8人目ね」
「え? そんな簡単にいいんですか?」
「別に構わないわ。このギルドについての説明はハルから聞いてる?」
「はい」
「そう……あと、多分ハルのことだから絶対に何も言わなかったと思うけどこのギルドは、辞めることを推奨してるから」
「え?」
ユキさん……やっぱり言ったよ。予想していたことだけどね。そして、その言葉を聞いたアオイは間の抜けた言葉が口から出て行く。うん、誰だってそうなるよね。
ユキさんからの、衝撃的な言葉を聞いて、アオイのギルド加入は一旦幕を閉じた。