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「ヨミ? 大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
呼んでくるついでに個別チャットで連絡して、僕はヨミの自室に入る。かなりシンプルな部屋でたくさんぬいぐるみが置かれている。
「ごめんなさい」
「いや、アオイも気にしていないみたいだし、それに僕も悪かった」
いくら事前に連絡をしていたとはいえ、ヨミの過去のことを考えたら他に人がいるかどうかの確認ぐらいはしておくべきだったと思う。それをしなかったのは紛れもなく僕の落ち度だ。
「いえ、私は大丈夫です。それに、ハルさんが変な人を連れてくるわけないとわかってますから」
「ははは、ありがとう。それじゃあ、向かおうか」
「はい」
ヨミにそう声をかけて、僕たちはアオイが待つリビングへと戻っていった。さりげなく僕のことをかなり信頼してくれているのがわかってなんか嬉しくなったな。それに、アオイならきっと、ヨミを含むみんなと仲良くできるって信じているから。戻った時に、アオイはすぐに僕たちのことに気がついて、
「あ、ヨミちゃん」
「準備は大丈夫ですか?」
「クエストのかなり具体的な内容は、行きながら伝えるよ」
「うん、ありがとう」
三人でギルド会館の方へと向かう、そこでクエストの受注なども行うことができるからだ。そして、行きながら、僕は簡単に説明する。具体的にはこのクエストに出てくるモンスターについてだ。
「今回出てくるモンスターは一種類だけ、でかい蟻だ」
「蟻?」
「うん。気をつけないといけないのは使ってくるスキルの蟻酸。あれに当たっちゃうと確定で毒、確率で麻痺になるから気をつけて」
「わ、わかった」
異常状態の毒と麻痺。毒はまあ一定時間スリップダメージを受けるだけで済むけど、麻痺になると痛い。かなり俊敏、つまり移動速度が落ちてしまうからだ。今回みたいな何かを守るクエストにおいて移動速度の低下はかなり痛い。まあ、確率だからしっかりと耐性を整えておけばある程度は安心だ。
「麻痺か……あれ結構しびれるんだよね」
「まあ、今回盾役は僕がやるからアオイが攻撃を受けることは少ないと思う」
「え? ハルホくんが?」
僕の言葉に驚くように言ったけれど、僕たちの職業が巫女二人に召喚師だから誰かが慣れないことをするしかない。召喚師も分類するのなら攻撃職に分類されるからね。だから、攻撃の役目はヨミにしっかりとしてもらうことができる。
「私は?」
「回復……というか僕にダメージ遮断をずっとつけておいて」
「え? それならハルホくんの方が強いんじゃない?」
「そうだけど、じゃあアオイが盾役をする?」
「それは……やめておく」
まあ、盾役は盾役でモンスターの攻撃を直接受けるということだからゲームの中ということが頭の中ではわかっていたとしても、最初のうちは恐怖で竦んでしまうこともおかしくない。一応チュートリアルとかでそこらへんの経験はするけど、アオイは後衛職だし実際に前衛をするのとでは勝手が違うだろう。
「着きましたよ」
「うん」
「それで、どうしますか? レベルは」
「あー」
「え? どういうこと?」
ギルド会館に到着して、今から受付をするという段階になってヨミが僕に聞いてきた。アオイはなんのことかよくわかっていないみたいなので、僕はそれに答える。
「どうせならアオイのレベルに合わせようかってこと」
「え? どうして?」
「うーん、お互いにどんな立ち回りなのか知るために?」
高レベルの人と低レベルの人が一緒にする時に、そのままのレベルで戦ったとしても問題はないが、それだと窮屈になる時もある。特に低レベルの人の育成のための時はこれが逆に不便になる。そういう時を解消するために、高レベルの人のレベルを低レベルに合わせることができるシステムがある。正式な呼び方は決まっていないけど、まあ、勝手に弟子とか師事とかそんな感じで呼んでいる。
「わかった。じゃあ、レベルを合わせるね」
「アオイさん、改めてよろしくお願いします」
「うん、よろしくね!」
僕とヨミはアオイとレベルを合わせる。アオイのレベルは今51とほぼほぼ半分だ。すると自分の能力値は大体半分程度になる。まあ、と言っても優秀な装備をつけているから同レベルの人と比べたらまだ高いけど。
「あれ? 外に行かないの?」
「はい、これは特殊クエですのでギルド会館から直接ワープします」
「そうなんだ」
まあ、クエストを行う場所を普通のオープンワールドのところに入れるわけにはいかなかったのだろうと思っている。ちょっと変わった場所でクエストが行われるみたいで、受付の隣にある扉をくぐって、別の場所に移動する。扉をくぐると、僕たちは養蜂場にある蜂の巣がある木箱が置かれてある野原に移動していた。
「ここは……ってきゃあああああ」
「あー、やっぱ初めてみると、これはキツイよね」
「気をしっかりと持ってください。すぐに来ますから」
そして、アオイが辺りを見渡した瞬間に盛大な悲鳴をあげる。あげたくなる気持ちはわかる。だって、この野原には、僕たちと同じくらいの大きさの巨大な蟻が大量に蠢いているのが見えたからだ。
「ハルさん、初撃をお願いします」
「任せておいて『13』」
僕は錫杖を構えると、そのまま特技を発動させる。錫杖から飛び出した黒い雷が蟻たちに向かっていった。そして近くにいた蟻が数匹吹き飛んで行った。
「これでタゲは取れたと思う。アオイ」
「え?」
「障壁、お願い」
「わ、わかった『安寧の禊』」
アオイは僕の言葉に少しだけ戸惑いながらも僕に障壁を貼ってくれる。『安寧の禊』、僕たち巫女が使う基本的な特技。使えばある一定以内のダメージを全て無効化してくれる。ただし、注意しなければいけないのは、ダメージを無効化できるのは物理ダメージのみという点だ。魔法用は別にある。もっと言えば無属性攻撃と言い換えてもいいかもしれないが。ここの蟻たちの攻撃は大体が体当たりとかだと説明していたからきちんとこっちの障壁を使ってくれた。
「ありがとう」
「でも、さっきの魔法で、ヘイト稼げるの? なんかすごそうだけど」
「大丈夫です。ハルさんのあの特技は、現状でもっとも威力の高い魔法ですので」
「そうなの?」
ヨミの言葉にかなり驚いた様子で僕の方を見てくる。僕としてもその言葉にきちんと反応してあげたいけど、さすがに無理。蟻の群れが襲ってきたからだ。でも、ヨミの言っていることは何も間違っていない。ただ、火力指数で言えば巫女という職業のせいで素の魔法攻撃力が小さいので最大とは言えないけどさ。それでも今の状況ならこれで充分だ。
「『従者召喚』お願いクロナ!」
ヨミの言葉とともに、ヨミの足元が光り輝いた。召喚師の基本的な特技、契約獣が召喚されるときの光だ。その光が収まったときに、ヨミの前には男の小人のような存在が浮かんでいた。
「クロナくん?」
「これは時の精霊『ゼノ』、特技の再使用時間を減少させるのでいつもよりもかなり早いサイクルで特技をまわせるはずですよ」
「でも、魔力の枯渇だけは気をつけてね」
「あ、うん」
「クロナ、お願い」
ヨミの言葉を聞いて、クロナが飛び出し、その手から黒い光を飛ばしていく。すると、その光に当たった蟻たちの体がどんどんと崩れていく。これが、時の精霊の力。クロナに任せておけば、火力は充分だろう。もともと推奨レベル50だし。
「すごい」
「適宜、ハルさんに回復魔法をお願いします」
「あ、はい!」
ヨミの言葉に従って、僕に回復魔法が飛んでくる。うん、ダメージ遮断があると言ってもHPが減ることもあるからね。当然僕もある程度は自分でしようとは思っているけど、どうしても『13』を使用したいから、魔力の配分を考えないとね。定期的に攻撃しとかないとヨミの方にヘイトが行ってしまう可能性がかなり高いし。
「それで、どれだけ待てばいいの?」
「5分間です。頑張ってください」
アオイの悲鳴じみた言葉にヨミが律儀に答えている。うん、今から300秒間、必死にあの木箱を守ろう!