1−4
「決まっている、どういうことかな?」
突然現れたユキさんが言い放った言葉を聞いて、カヅキさんが不思議そうに聞き直す。正直言えばそんなこと聞きなおさなくてもいいんだけど、
「ハル?」
「なんでもないです」
心の中で考えていたことを読まれてしまった。ユキさんに睨まれてしまったので、僕はそのまま口をつぐむ。これ以上は何を言っても意味がないから。そして、ユキさんは、向き直ると、
「pvpでしょ? お互いに代表を出して戦わせる。基本的な決め方でしょ?」
「ユキさん?」
「ふむ、間違ってはない、か」
確かに間違ってはいない。いくら僕たちが日本人で話し合うことで解決を図ることを好むといっても、ここは所詮ゲームの世界。ある程度は原始的に武力で決めることもある。まあ、これは昔が多いだけで今は話し合いをすることも多くなってきているみたいだけど。
「つまり、あなたたちが勝てばアオイちゃんを自分たちのギルドに入れてしまえばいいし、ハルが勝てば保留、これでいいでしょ?」
「あの、どうして僕が戦う流れに?」
「え? ハルあなたアオイちゃんに戦わせるの?」
「うっ」
それを言われてしまったら僕としてはないも言い返せない。ここでは僕以外アオイの味方になる人がいないし、僕が戦うしかない。ユキさんも味方として捉えることができるけれどさすがに彼女に任せるなんてできない。
「なるほどね。俺たちはそれを受けよう」
「ちょ、ちょっと待って! ハルホくんやカヅキさんはもうレベル90でしょ? 私たちで戦えるのってサンぐらいしかいないのじゃないの?」
「いや、俺は戦わない。ちょうど帰ってきているギルドのメンバーに頼むとするよ。それくらいは待ってくれてもいいだろう?」
「ええ、私もハルも構いませんよ」
「それじゃあ、探してくる」
そう言って、カヅキさんはギルドホームの中に入っていった。多分だけど、もっと戦闘が得意な人を探しに行ったのだろう。そして、残された僕たちといえば、
「ど、どうしよう」
「一番レベルが高いのはサンだけど……」
「ごめん、俺は無理だ。戦えなくはないと思うけど、ここの人たちって俺たちが無理だったレイドをクリアしているんだろう?」
「うん……」
「ああ、もちろん参加しなくてもいいわ。でも、アオイちゃんはそう決めたのよね?」
「え、えっと」
「大丈夫! よほどのことがない限りハルが負けることはないわ」
「そう、ですか」
アオイからの視線を受けて、僕はうなづく。まったく、ユキさんの言っていることは相変わらず無茶苦茶だけど……今日のはまだやりやすい感じだな。そして、シンイチは僕たちの会話を聞いて、
「わかった。それじゃあ、ハルホに託すよ」
「シンイチ?」
「俺たちには勝てないんだ……ならハルホに託すしかない」
「わかったわ」
「というわけで、頼むぞ?」
「もちろん」
シンイチの言葉を聞いて僕はまたうなづく。そして受け入れる。僕としてもアオイを助けたいという思いはあるからだ。そして僕たちの方で、話し合いが済んだ時に、
「待たせたね」
「ああそちらが対戦相手ですか? ちなみに、このシンイチくんたちは棄権しました。なのでハルとだけ戦ってもらいます」
「そう。逃げたんだね」
カヅキの言葉を聞いてシンイチたちは黙り込む。まあ、戦うなんてもう廃れた文化だし彼らが尻込みしたとしてもおかしくはない。そして僕はカヅキさんがつれてきた男の方を見る。その男は全身を黒い鎧で固めていた。そして顔には切り傷がある。うーん、あれ変更したのか。すごい度胸だな。
「彼はリンぜ。そしてこちらが、ハルホ? くんだね。そこのお嬢さんを賭けて勝負することになる」
「へえなかなか綺麗な女じゃねえか。すごいな」
「ハルホです。事情は把握しましたか? それでは向かいましょう」
挨拶もそこそこに僕は外向かって歩き出す。ギルドホームを含む、ここの街の中では戦闘は不可能だ。だから一旦外に出る必要がある。それに、リンぜという男のアオイを見る目が明らかにいやらしかったのでその視線からアオイを守る意味も込めて僕は外へと向かっていった。向かう途中でユキさんが僕に話しかけてきた。
「ハル、大丈夫?」
「平気ですよ。それよりも、どうしてきたのですか?」
「え? 面白そうだったからって言ったよ?」
「そうですか?」
まともな言葉が返ってくるとは思ってなかったけれど、ここまでとは思ってもみなかった。アオイはずっとリンぜさんたちの視線から逃れるようにアヤだけでなく……僕までも盾にしてきた。近くにいるのが僕だったからだろうけどね。でも、正直そのせいで進むのが遅れてしまったのは少し嫌だな。そんなことを思いながら、やっと到着した時にはちょっとホッとした。
「ここならいいか」
「そうですね」
「私が審判をするわ! まず、ルールの確認だけどハルが勝てばアオイちゃんは一旦保留、そしてリンぜさんが勝てばリンぜさんのギルドに加入。これでいいわよね?」
「ああ」
「うん」
僕とリンぜさんが少しだけ距離を置いて立つ。そしてその間に位置するところにユキさんが立って仕切り始める。審判といっても最初の号令を出すぐらいだし、他の人がしたとしても問題がない。
「それじゃ、試合開始!」
そして僕とリンぜさん、両方が準備ができたのを確認すると、ユキさんは試合開始の号令をかける。それを受けて相手の職業等を確認する。リンゼさんが選んでいる職業は攻撃職の『戦闘狂』で、使っている武器はなし。職業の中で唯一武器を所持しないことで攻撃力が増加するし、まあ自然か。下手な僕よりも火力がでるからね。
「あ? お前巫女なのかよ。ひ弱で女と間違えられたか? 『バーサーク』」
「そうなんですね。『光の啓示』」
初手でお互いに能力を上昇させる。基本的にpvpに置いて相手を一撃で倒すなんてことはほぼほぼ不可能だ。レベル差があったりクリティカルを当てたらできなくもないが、同レベルではほとんど起きないと言ってもいい。だから僕もリンゼさんも自分の能力を高める特技を使用する。向こうは防御力が低下する代わりに攻撃力が大幅に上昇し、僕のは、クリティカル率を上げる。攻撃力がない巫女という職業にとってクリティカル率を上げるというのは仮初めの攻撃力上昇と同じだと思っている。
「お得意のダメージ遮断はしなくてもいいのか?」
「ええ、する意味がありませんし」
そんな僕を見て、リンゼさんがあざ笑うように言ってくる。ダメージ遮断。それは巫女という職業を特徴付ける特技だ。仮初めの体力増加みたいなもので付与することである一定以内のダメージを打ち消すことができる。回復職の中でも、かなり変則的な職業だ。そして向こうの戦闘狂。前衛職の一つとして考えられているが、その中でもっとも攻撃力が高い。まあ、このゲームの中にある9つの職業を、前衛、攻撃、回復をそれぞれ数を合わせて3つにした結果前衛職として数えているだけなんだけどね。ほら、3って縁起いいから。それでも前衛としてカウントされるのはその圧倒的な体力と物理防御力。このゲームの攻撃には大まかに分けて物理攻撃と魔法攻撃の二つがある。さらに突き詰めたら属性攻撃というのもあるけどね。
「舐めるなよ! 『馬鹿力』」
その言葉とともに、ぼくに向かって一直線に突っ込んでくる。『馬鹿力』魔力消費が少ない、強力な物理攻撃。拳に力が入っているのかそこにオーラが溢れているのが見える。でも、それだけだ。他に何かフェイントとか仕掛けてくるのかと思ったのだけど、全くそんなことはない。まあ巫女だし力押しでなんとでもなると思ったのだろうな。
「『』」
リンゼの体が僕に肉薄する。そしてその衝撃によって辺り一面に土煙が発生する。その煙が晴れた時……僕の目の前でリンゼが固まっているのがはっきりと見えた。
「え?」
「何が、起きたの?」
カヅキさんとそれからアヤたちの拍子ぬけた言葉が僕の耳に入ってくる。リンゼが固まっている理由は単純で彼には今、硬直がかかっている。異常状態の一つにしてもっとも厄介な状態異常『硬直』。一度これにかかってしまえば、移動はおろか特技の使用もできなくなる。それに、今はほとんど関係ないが特技の再使用時間の経過も止まってしまう。ただし、硬直状態なのは5秒だけ。でも、その5秒があれば充分だ。
「『13』」
僕の持っている『死神の錫杖』から黒い雷がほとばしると、固まっている状態のリンゼに襲いかかる。そして、その攻撃によって、リンゼのHPは全て削り取られ、戦闘不能になる。
「馬鹿な! 一撃で倒すだと?」
「え? 何が起こってるの?」
僕が立った一つの特技だけで倒したことに驚きを隠せない様子のカヅキさん。そして何が起きているのかまったくわかっておらず困惑するしかないアヤたち。それを尻目にゆっくりとリンゼさんから離れていく。
「待てよ、まだ勝負は終わってない」
「……」
後ろから立ち上がる音が聞こえてくる。これが、戦闘狂のもっとも強いところ。24時間に一回しか使用することができないが、一度だけ、HPが0になっても、自動的に復活することができる。そして、リンゼは僕に近づいて攻撃しようとして……一歩踏み出した瞬間に彼の体は地面に崩れ落ちた。そしてすぐに光る粒子となって消えていく。プレイヤーが死んだ時の合図だ。これがレイドとかなら死んだ後も体がその場に残るが、今はそれではないのですぐに消える。
「か、勝った」
「嘘だろ!?」
リンゼさんの体が消えたのを確認すると、シンイチたちは口々に勝利の声をあげる。それを聞きながら、僕は彼らの元に近づいていく。
「これでいいですよね? 僕が勝ちましたのでアオイのギルドは一旦保留。アヤたちも、それでいいね?」
「……お前、いったい何をした」
「秘密です」
カヅキさんの疑るような視線を受けて、僕ははぐらかす。あんなの、普及されても困るだけだろうし、それに口止めはされていないが他人に言う気はないしね。
「そうか。なら、一つ教えてくれ。お前のギルドはどこだ?」
「……」
「いいわ。言っても」
そして所属ギルドを聞かれる。これはこれで答えずらいので(下手に恨みを買うかもしれない)ユキさんの方を向いたら特に意に返していないみたいだった。まあ、もともとこういう人だったよね。
「僕たちは『白夜の旅立ち』です」
「そうか……覚えておいた方がいいな」
「覚えなくてもいいですけどね」
「そうかな……タイガ、マスミ。帰ろう」
そう言って、カヅキさんは背を向けて歩き出した。タイガたちはその背中を追うように走り出した。最初の感じからしてもう少しイチャモンをつけられるのかと思ったけど、そうでもなかったみたいだ。
「それじゃあ、僕も帰るよ。ユキさん、戻りましょう」
「待って!」
「アオイ?」
これ以上ここですることがないだろうと思い、ユキさんに言って帰ろうとした。その時に、僕たちを止める声が聞こえてきた。後ろを向いたら、僕に声をかけてきたのは、アオイだった。
「どうしたの?」
「ねえ……私を、ハルホくんのギルドに入れてくれない?」
「……え?」
僕の視線を受けたアオイはその瞳に強く意思を乗せて、僕に向かって言ってきた。えっと、いったいどうしてそうなったんだ? 確かにユキさんに言われてその手段も考えたけどさ。
「私、ハルホくんのギルドに入りたい」
正直、アオイが何をどのように感じて僕たちのギルド、かつて居場所を失った者たちがもう一度居場所を作るために生み出したギルド、『白夜の旅立ち』に入りたいのかわからなかった。
……でも、これが、僕たちが立ち直るキッカケの一つになったのも、事実なのだろう。これは新たな旅立ちの物語。僕たちがもう一度立ち直り、乗り越えていく物語である。