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夕飯を食べ終えた僕は、そのままギルド会館へと向かっていった。向かいながら僕はずっとどうやって自分の正体を告げるのかずっと考えていた。一応顔立ちは似ているとはいえ、それを当てにすることはできない。似た人が話しかけてきたと考えることも可能だし。
「はぁ」
考えれば考えるほど行き詰ってしまい、ため息ばかりが出てきてしまう。それに、コミュニケーションできたとはいえ、彼らの本名などをうっかりと言ってしまわないようにも気をつける必要が有る。気をつけておかないとつい、いってしまうことがあるのだ。このゲームで活動していることが多いのでこの手のトラブルを聞いたことがある。
「ん?」
目的地に着くと、目の前に明らかに初心者っぽい感じでキョロキョロと視線を泳がせている少女がいた。見た目からして、間違いなく春山さんだろう。彼女は水色のワンピースを着てギルド会館の前に立っていた。
「えっと……名前はアオイ。うん、間違いないね」
万一のことも考えて僕は名前を確認する。このゲームでは目の前の人の名前、職業、それからレベルがすぐに表示されるようになっている。だから僕は彼女の名前を確認して、本当に春山さんだと確信して、彼女に話しかけに行った。
「あの」
「!、は、はい」
「えっと……」
話しかけに行ったのはいいものの、予想以上に過剰に反応されてしまい、驚いてしまう。まあでも、これも無理のない話だよね。彼女からしてみれば僕は全く見知らぬ人に話しかけられたわけで、しかもこのゲームを始めてそこまで時間が経っていないし、よく声かけられるって話もしていたし、当然な反応だろう。でも、それだと僕が困る。
「えっと、僕は咲風です。春山さん、だよね?」
「えっ?」
「ちょっ、アオイ! 静かに」
固まってしまっているアオイに僕はその緊張を取るようにと本名を伝える。アオイが春山さんであっていたみたいで、すぐに緊張はなくなったみたいだ。でも、それと同時に彼女は大声をあげてしまったのであたりの人が何事かと僕たちの方を向いてしまった。すぐに静かにするように言ったら、彼女も察したようでこれ以上騒ぐことはしなかった。
「ご、ごめんね。でも、よくわかったね」
「あー、他人を見つめてたら名前とかが表示されるはずだよ?」
「そういえばそうだったね。それで、咲風くんは」
「できることならハルホって呼んでくれないかな? 僕もアオイって呼ぶし」
「あ、だからさっき私のことをそう呼んだんだね」
アオイは僕の言葉を聞いて納得の表情を浮かべた。本名が葵だからいきなり異性からファーストネームで呼ばれてしまって驚いたみたいだ。そのことに気がついて僕もちょっと恥ずかしくなったけど、これがゲームの話だと割り切ることにする。僕とアオイがそんな話をしている時に、僕たちに話かけてくる人たちがいた。
「おーい、アオイちゃん!」
「あ、えっと……アヤちゃん」
全部で4人。そして先頭にいた女子の名前を確認したのだろう。アオイは嬉しそうにその女の子に駆け寄る。僕も確認すると、そこにはアヤ、シンイチ、ケンジ、サンとある。間違いなく赤井くんたちだろうな。そしてアヤはアオイに向かって話しかける。
「よくわかったね!」
「うん、ハルホくんに教えてもらったの」
「えっと。ハルホ、さん?」
「もしかして咲風か?」
「そうだよ」
シンイチが確認するように聞いてくる。それを受けて、僕も短く答える。僕が本名で呼ばれることを嫌ったのわかったのか、シンイチたちはすぐに声を潜めてくれた。
「え? あーハルホ? くんレベル90なんだ、すごいね」
「そうなの?」
「だって今の最高レベルだよ?」
「誰もそのうちできるだろ」
僕のレベルを見たのだろう。霧雨さん……アヤが驚いたように僕に言ってくる。でも、これはそこまで珍しいことではない。確かにレベルは上がりにくくはなるけれど、上がらないというわけではない。地道にコツコツと頑張れば1年もあれば余裕で90に到達するだろう。頑張ればもっと早くできるし。……それにしても、自分で名付けておいてあれだけどハルホって呼ばれるのなんか違和感があるな。みんなハルとしかよばないし。
「あ、そういえばハルホくんって『巫女』を選んだんだね」
「うん」
「へえ、男の巫女って初めて見るな」
僕の職業を見てアヤが今気が付いたと言う風に聞いてきた。そしてシンイチがしみじみといってくるけど……これは初期バグだから。性別が男で『巫女』になっているのは僕だけ……らしい。別に男がなれないというわけではない。男がこの職業を選ぶと神主となるだけである。初期の初期のみデータの入れ違いか何かで男も女も全て巫女になった。幸いというかすぐに修正された。でも、僕は別のバグを引き起こしてしまったので巫女になっている。まあ得られる特技などは一切変わらないので問題ないけど。
「それにしても、お前がこんなにやり込んでいるなんて知らなかったぜ」
「そうだよね! ねえ、これはラッキーじゃない? こんな近くにこんな高レベルの知り合いがいるなんてさ。ねえ、こんどレイド手伝ってくれない?」
「それは……いいのか?」
「まあ、多分」
シンイチが恐々僕に聞いてきたのはおそらく他のギルドに手伝いにいくことを嫌う人がいることを知っていたからだろう。でも、僕のギルドではそんなことはない、はず。ユキさんはきっと快く許可を出してくれる……どころか下手したら手助けに来る可能性がある。
「じゃ、決まり! それじゃあアオイちゃんのことはさっさと終わらせましょ!」
僕の返事を聞いたアヤは嬉しそうにそう言い放った。僕的には少しばかり面倒なことに巻き込まれたような気がするけど何も言わないでおく。こういうときに女性の行動力は凄い。下手に反抗というか反対するともっと痛い目にあうということは割と身にしみている。
「さて、それじゃあ大槌くんたちと合流しようか」
大槌くんたちの本名を口にするので気持ち声の大きさは押さえておく。それにしても、どうしてわざわざ大槌くんたちと会う前に合流したのだろうか。そう思っていたらアヤは僕の思っていることがわかったのか、
「だって先にアオイを仲間にできたらそれで終わりでしょ?」
「それは……」
あっけらかんと言っているがどうなのだろうか。確かにアオイが入るギルドを決めてしまえばそれで解決なわけで一番簡単な道筋なのだろう。でも、だからと言って先に勧誘するのはどうかと思うが……まあアオイが納得しているのなら別にいいのだけどさ。
「ま、私としては高ランカーと知り合いになれてラッキーかな。少し余裕がないとハルホくんと話せなかっただろうし……あ! そうだ。よかったら誰か知り合い紹介してよ。レベル90ってことは知り合いがいるんじゃない?」
「ごめん……それは無理かな」
「なんでよ」
「アヤ……さすがにそれはマナー違反だと思うぞ」
暴走気味のアヤだったけれどシンイチの言葉を聞いて下がる。思わずほっと息を吐く。こればっかしは譲れないものがあるし、シンイチの援護は本当に助かる。知り合いもいるし、多分言えば助けてくれるだろうけど、さすがに遠慮はしたい。
「あれ? お前らもう集まっているのか?」
「こんばんはー!」
「ああ、えっと、タイガにマスミ、こんばんは」
僕たちに話しかけてくる二人がいた。名前からして大槌くんたちで間違いないだろう。そして二人の案内でタイガたちのギルドホームへと移動していく。タイガたちは積極的にアオイに話しかけている。アヤもそれに混ざる形で会話に加わっている。
「ねえ、タイガくんたちのギルドってどんな感じなの?」
「ああ、そうだな。普通のギルドだと思うぜ? でもギルマスはかなり優秀かも。レベル90の凄い人でさ、装備とかもかなりやばいんだぜ」
「へえ、そうなんだ」
「だからアオイもうちにきなよ。俺たちもかなりアドバイスとかしてもらったしさ。おかげですぐにレベルも上達したし」
「い、いや」
「ほらほら! 二人とも、アオイを困らせないの」
アヤが混ざっているおかげで二人はアオイに必要以上に踏み込むことができないでいる。ここに来る前にかなりアヤも積極的に勧誘していたように思うのだけど、まあ、彼女はそんなことを忘れているのだろうな。二人はアヤの言葉にたじろぎながらも、ひるむことなく話を続ける。
「いやでも、実際にレイドのノウハウっていうのはあると思うぜ? それを学ぶためにうちにくるのはアリだと思うぞ?」
「それは平気よ! ハルホくんが教えてくれるし!」
「え?」
「ん?」
突然僕の名前が聞こえてきたので前を向く。そしてその言葉を聞いたタイガたちは僕の方を向いてきた。そういえば僕のことを紹介していなかったよね。
「誰?」
「えっと、咲風くんだよ」
「は? まじかよ」
「ハルホくんも90レベですごいんだよ?」
僕の正体を知った二人は僕の方を向いて嘲るような表情をする。僕だからここまで舐めた態度を取ってくるのだろうか。まあ、今はそんなことはどうでもいいのだけどさ。
「でもさ、レベル90って言ってもレイド経験はあるのか?」
「まあ、それなりには」
「それなりって……それで他人に教えることってできるのか?」
「うーん」
多分無理だ。経験はあるけど、なにかアドバイスできるのかっていえば無理。そして、僕が煮え切らない態度を取っていると、これ以上の話は無駄だと判断したのか、タイガは前を向いてアオイたちの方に戻る。
「ボチボチなら何も学べないよ。だから俺たちのギルドにきなよ!」
「え、えっと」
「……」
アオイはかなり押され気味になっている。もともとおとなしい性格だと思っているし、人からの強い頼みごとを断るのはほとんど無理なのだろう。あと、気になるのはさっきからアヤが無言で僕の方を睨んできているということだね。僕なにか彼女にしてしまっただろうか。そして、そんなことを考えていたら目的地に到着した。そこには一人の男性プレイヤーが居た。名前はカヅキ。そしてタイガたちは彼に話しかける。
「カヅキさん、お疲れ様です」
「おう、おつかれー」
カヅキさんは気安くタイガたちに挨拶する。カヅキさんは戦闘をする予定がないのか、黒色のスーツをきている。よくいるビジネスマンという感じだ。見た目で判断するのは良くないけれど、おとなしそうな感じはする。
「それで、見学したいっていうのは誰だ?」
「ああ、それはあいつですよ」
「は、初めまして。アオイともうします」
アオイはタイガに庄解されて慌てたように頭を下げた。すごいな。知り合い以外の人と話してこうしてすぐに会話ができるなんて。僕だったら間違いなくもっとどもっていただろう。カヅキさんはアオイを見て、
「ああ、君ね」
そう言って値踏みするような顔でじっと観察している。その視線を受けてアオイはかなり固まってしまった。そしてそれを見たシンイチは、
「あ、あの! 俺はシンイチと言います。このギルドはどんなギルドなのですか?」
「うん? 君は」
「アオイの知り合いです……そして、俺たちもアオイを勧誘しています」
「嘘だろ」
そう言って、アオイをかばうように前に立つ。そして、カヅキさんに対してやや挑戦的な表情をしている。この言い方には僕も驚いたけど、驚いたのは僕だけじゃなくてアヤたちみんなもだった。初対面の人間にここまで出ることができるのはシンイチもだったみたいだ。でも、もう少し角が立たない言い方とかはできなかったのだろうか。これでは余計な火種ができてしまうだろうし。
「なるほどね。アオイといったね?」
「? はい」
「うん、うちにきなよ」
「え?」
唐突にカヅキさんがアオイに向かってそういった。その言葉を聞いてアヤとかが叫んだけど僕も彼が急に何をいっているのかがよくわからなかった。何を言っているんだろう。
「うちに興味があるから見学に来たんだろう? ならいいよ」
「ちょっと待ってください! アオイは別に」
「君には聞いていないよ」
「……!」
言葉はかなり丁寧だけど有無を言わさぬ口調でカヅキさんは言い切る。まあ、彼の言っていることは特に間違っているとかそういうわけではない。さて、と。どうしようかな。
「いいだろ? タイガやマスミの知り合いだって言うし二人を中心にサポートすればすぐに上手くなるよ」
「い、いえ。私はまだ考えたいです」
「だからお試しってことで」
「ほら! アオイは嫌がっているじゃないですか。やり過ぎはダメですよ」
僕から見ても少しやりすぎな勧誘になっているように感じていたので、アヤも同じように思ったのだろう。慌てて止めに入る。僕も不快になるくらいだし、当事者である彼らはかなり苛立ちを覚えるのだろう。事実アヤの言葉もややきつめだ。
「やめてもらえますか? アオイ嫌がっているじゃないですか」
「だから君たちがどうして出て来るんだ? 本人の気持ちが大切なのに」
「わ、私は」
「うん、特に否定しないってことは肯定だよね? それじゃあ手続きをしよっか」
そのままやや強引にアオイの手を引いてギルドホームの中へと連れ込もうとする。アオイの表情がかなり不安そうだし、これは連れ込むという表現がピッタシだろうね。だから、
「あの」
「君もなにかあるのかい?」
「やめたほうがいいと思います。さすがに強引過ぎますので」
だから、僕は止めに入った。さすがにここまで強引な勧誘は見ていて気分がいいものではない。僕の言葉を聞いてカヅキさんはやや苛立ちげに、
「だから! それは!」
「アオイはどうしたいの?」
カヅキさんの言葉を遮るように、僕はアオイに質問する。カヅキさんもいっているようにアオイがどうしたいのかが一番重要だ。だからこそ、彼女の気持ちをはっきりさせておきたい。アオイは少しだけ顔を青ざめさせながらも、強く言い切る。
「私は、このギルドに入りたくないです……でも、アヤちゃんたちのところにも」
「そっか、なら、これでいいですか? カヅキさんも、アヤも」
「なんで私まで」
「やってることは変わらないよ」
不快かどうかかと聞かれたら多分アオイは違うと応えてくれるだろう。でも、それはアヤがアオイと知り合いだからだ。客観的に見てみれば、彼女がしていることはカヅキさんがしていることと何も変わりがない。そして……みんな気がついているのかいないのかわからないけど、ここが騒ぎになっていて、あたりからの注目度が高い。さすがにギルド会館の中というかなり目立つところでするような会話じゃなかったか。まあどこかのギルドホームってなればそれはそれで面倒だし、しょうがないか。カヅキさんは少し鬱陶しげに、
「はあ、というかさ、こういう時って見学=入りたいってことじゃないの?」
「アオイはまだ初心者ですから……そんなことを言われても」
「いつそんな話になったんだよ!」
「タイガ?」
「アヤたちも同じことしてるから責める権利なんてないよ」
「ちょっと、ハルホくんって誰の味方なの!?」
みんなが口々に好き勝手言い合っている。そしていつの間にか口を出した僕にまで飛び火が来てしまった。でも、それの答えなんて決まっている。
「僕はアオイの味方だよ?」
「え?」
「嘘」
「……え?」
僕が答えを言った瞬間、あたりの空気が固まってしまった。その空気を感じて、僕は自分の発言の中に、なにか不自然なことがないか確認する。でも、特になにかおかしなことは言っていないはず。その時だった
「あははははは。やっぱりこうなったんだね。いやー来てみて正解だったよ」
「誰だ?」
突然、僕にとっては聞き慣れた、でもここにいるはずのないユキさんの声が聞こえてきた。でも、それが幻聴であることはなく、後ろを振り向けばそこにユキさんの姿があった。
「ユキさん?」
「ふふっギルドに加入するかって話だし、ここにきて正解だったね。それにしても、こうなったらすることは一つだよね?」
そして、ユキさんはみんなの視線が自分に向いていることを確認すると、なんでもないことのように、みんなの前で宣言した。