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たとえ前日にどんだけ大きなイベントがあったとしてもそれはゲームの中での話。学校はいつものようにある。だからこそ僕たちはいつものように学校へと向かわなければいけない。とはいえ、さすがは大人気ゲームの一大イベント、学校での話題はそれ一色だった。
「なあ! 見た? 昨日のトーナメント」
「ああ、見たよ。すごかったなぁ」
「格好良かったよな〜俺もアマツみたいになりたいよ」
「無理無理レベルが違いすぎるっての」
「なんだとー」
僕、咲風遥歩はクラスメートがそんな話題で盛り上がっているなか、それを尻目に自分の席に着く。それにしても、さすがというべきか『太陽』すごかったな。おかげでヨミの調子も良さそうだし……てかこんなに学校でも話題になるなんてやっぱりこのゲームは人気なんだよね。
僕は昨日のイベントのことを振り返る。アマツ、あいつはヨミの知り合いだ。だから僕にとっても全くの他人、というわけではない。でも、あえて知り合いだとひらかすようなことは絶対にしない。僕はそれが意味がないことを知っているから無用なことはしない。それに今は別のことに関心があるからね。この間のアップデートでまた新たな高難度戦闘のクエストが追加されたし。それも12神シリーズ、『ポセイドンの嘆き』。今日からその打ち合わせも兼ねた話し合いが行われるだろうね。
「おはよー」
「あ、春山さんおはよー」
そんなことを考えていたら、急に教室の入り口の方が騒がしくなり、一人の少女が入ってくるのが見えた。整った顔立ちをしており、ちょっとぱっちりした二重により漫画のようにまん丸な目をした人目をひく美少女だ。体型もすらっとしており女の子らしい魅力に溢れている。クラス1の美少女、春山葵だ。そして、彼女に早速話しかけに行くのは彼女の親友、霧雨絢香。こちらも春山葵に勝るとも劣らぬ美少女だ。あえて違うところを挙げるとすれば、葵が清純系美少女だとするならば絢香は活発系美少女だ。タイプが異なる二人なためにそれぞれにファンのクラスメートがいる。
「ねえねえ、葵ちゃん! ついに『フロンティア』でレベル45になったんだって?」
「う、うん昨日ついにね。でもレベル上がるの本当に早いねー私まだ初めて一ヶ月だよ?」
「そこまでは早いんだけどねーそこからきついのなんのって。私ももう8ヶ月になるけどまだレベル72だよ? ほんと上がりにくいわ」
このゲームは配信が始まってもうすぐ4周年を迎える。そうなってくると問題になるのが新たに始める人と既存のプレイヤーとで差ができてしまうことだ。単純にプレイ時間の差だからしょうがない面もあるが、新しくアップデートされる内容は高難度戦闘に関することが多い。そのためほとんどの新規は楽しむことができないということが発生する。それを救済するために一番はじめのレイド参加可能のレベル45までの必要経験値の半減、1日一本一時間経験値2倍ポーション配布、レベル40以下限定経験値とゲーム内通貨の大量取得クエスト配布などなどかなり力を入れた。それによって本気でやろうと思えば一週間でレベルは45までは成長する。ゆっくりやる人でも2ヶ月あれば余裕でたどり着く。その分そこからはなかなかレベルが上がりにくく、というか自分のレベル以下の敵を倒しても得られる経験値はかなり激減する。5以上差があればもう雀の涙だ。
ということは、春山さんもレイドに挑戦するのだろうか。ここで僕は一つのことを思い出す。うちのクラスメイトたちで一つギルドを作っているということを。そんなことをクラスメイトたちが話しているのを聞いた覚えがある。まだ二人は会話を続けている。
「そうなの? 大変なんだねー」
「どうした? 春山さんもやってたのか?」
「あ、赤井くん。うんそうなんだ。赤井くんもなの?」
「ま、まあね」
そんな時に彼女たちに話しかけてきたイケメンがいた・大抵こういう場合はイケメンだと相場が決まっていると思うのは僕の偏見だろうか。まあ、それはともかくちょっと長めの髪の毛が特徴的な男子は赤井真一。このクラスの中心人物であり、活発でお人よし、と好青年を絵に描いたような人物。僕とは一生関わり合いに合うことがない存在だろう。
「こいつかなり強いんだぜ。まだ初めて半年だっていうのにもうランクBまでいってるし」
「それは、まあ、たまたまだよ」
「それは俺に対する当てつけか? お前すこしでA行きそうじゃねえか」
「ははは」
そして真一に連なるように話しかけたのは青山健二と緑口三蔵。二人とも赤井くんとなかがいい。というかあそこで一つのグループを作っているんじゃなかったっけ? 一方で春山さんは突然出てきた単語の意味がわからずに、赤井くんたちに質問している。
「ランク? よくわからないんだけどすごいんだね」
「そ、そうかな、なんか照れるな」
「そういえばさ、春山さんはギルドどこに入るのか決めたの?」
「ギルド? うーん。まだ決めてないな〜結構声かかるんだけどね」
「「「あ〜」」」
春山さんの言葉に僕も思わず同じように言葉が出そうになった。春山さんがよく誘われるのには、一つ理由がある。それはフロンティアがVRを利用しているということだ。つまり特殊な機械を使うことでゲームの世界にそのままダイブするような感じだ。その際に自分の分身となるアバターの設定をいじることはほとんど不可能で現実世界の姿そのままになる。ゲームの世界で可愛かったら当然現実世界でも可愛いことになる。
春山さんはそのことに気がついていないのか自分がたくさん声をかけられたことに不思議そうにしていた。実際に顔でギルドメンバーを選んでいることも少なくはなく……まあ可愛い子とプレイしたいと思うのも男の性と言われても仕方がないそ、そういう点でトラブルが起きているのも事実である。ただ、ガチ勢となればそこのところは気にしない人も多いけれどね。
それに、ギルドについて別にレベル等の制限はないが加入に条件を設けているところもある。人数が増えることによるメリットといえばギルド対抗戦に有利になるとか、その程度だ。あとは高難度戦闘などは同一ギルドでパーティーを組むことが基本なのでレイド参加メンバーを確保するという意味でもメンバーが増える利点はある。
それでも、春山さんはすごいことには変わりはない。それに初対面の人とコミュニケーションを取ろうとすることはそれだけですごい。僕にはできなかったことだし、本当に尊敬する。そして、春山さんがまだ無所属だと知った霧雨さんは春山さんを勧誘しようとした。
「葵! 一緒のギルドでレイド回ろうよー赤井くんたちもそれがいいよね?」
「うん、あ、俺たち同じギルドに入っているんだ。ていうかうちの高校をメインに誘っているんだけどさ」
「へ〜でもまだ色々と見て回りたいな。だからごめんね?」
「そうか? うちのクラスだと他にも紫山とか黄戸とかもいるよ」
「う、うーん……入っていない人っているの?」
「え? うーん、そもそも他にフロンティアプレイしてる人いたっけ?」
どうやら春山さんはまだギルドに入ることをしないみたいだ。まあ人それぞれの楽しみ方があるし、僕は深く追求する気もないけどね。それに、どうやら赤井くんたちは僕がプレイしていることを知らないみたいだけど、僕としては別にいうつもりはない。だって、なんか面倒ごとに巻き込まれそうだし。そう思って彼らから離れようかなと思ったけど、春山さんは目ざとく僕に気がついたみたいだ。
「あ、ねえねえ咲風くんは?」
「え?」
急に話題を振られて僕はかなり驚いてしまった。まさか僕に話しかけてくるなんて思ってもみなかった。春山さんは僕に向かって満面の笑みで聞いてくる。えっと、その笑みがなんか怖いんですけど。
「咲風くんはプレイしてないの?」
「そういえば聞いたことなかったな。どうなんだ?」
春山さんに追随する形で赤井くんたちも僕に視線を向けてきた。一度にそんなにたくさん見つめられて、僕は思わず正直に答えてしまった。無理だ。この状況でどうやってごまかすことができるっていうんだよ。
「えっと、プレイしてるよ?」
「そうなんだ! それで、咲風くんもギルドに入ってるの?」
「あ、うん入ってるよ。でも赤井くんとは違うかな」
「そうなのか」
春山さんと話しているうちにいつの間にか5人に囲まれてしまった。誰か助けて欲しいと教室を見渡すけれども誰も助け舟を出してくれそうにない。いや、まあなんていうか、僕がぼっちなのはわかりきっていたけどさ。こういう時にもう少しコミュニケーションを取っておいたほうがよかったと思うよ。
「へえ、なんて名前?」
「え?」
そんなことを僕が考えているとは知らないだろうし、春山さんが笑顔で僕に質問してくる。その質問に僕はなんて答えたらいいのかわからずにちょっと戸惑ってしまう。でも、その戸惑いを赤井くんは別の意味に捉えたみたいだ。
「俺たちのも言っていなかったな俺たちのは『山吹峠』っていうんだ」
「あ、ここが山吹町だから」
「そうだね」
そうだったのか。知らなかったな。いや、ギルドを作っていたことは知っていたけどさ。というか、僕が知っていることなんてギルドメンバーの過去、ギルドメンバーの知り合い、それぐらいだし。
「それで?」
「え?」
「だから、咲風くんの入っているギルド名は?」
「……」
その言葉に僕はまたしても、少しだけ悩んでしまった。別になんとしても隠しておきたいということではないのだけど、ただ、それでも隠しておけるのなら隠しておきたかった。そう思っていたら霧雨さんが助け舟を出してくれた。
「まあまあ葵ちゃん、こういうのってあんまりグイグイ聞くものじゃないよ」
「そうなの?」
霧雨さんの言葉を聞いて春山さんは不思議そうな顔をした。それも当たり前で彼女はまだゲームの常識とかネットリテラシー、マナー等を詳しく知らないのだろう。僕としてもこれで終わったのなら特に嫌な感情になることはないし。ネットに詳しくない人間がこういう発言をしてしまうことはよくことだし、それを訂正したり正しいマナーを教えるのも慣れた人間のするべきことだろうと思っている。まあ、これで終わったの話なんだけどね。
「え? 春山さんフロンティア始めたの?」
「まじかーじゃあ俺たちのギルドにこない? こんなオタクは放っておいてさ」
間が悪く大槌大河と小倉真澄の二人が話しかけてきた。彼らはなんていうか、僕のことを目の敵にしているというかオタクのことを下に見ているような感じがする。あくまで僕の勝手な偏見だけどさ。
「あれ? お前らもしてたっけ?」
「あ、赤井。そうなんだよ〜俺たちは『火の鳥』ってところに入っているんだけどさ。よかったら春山さんも入らない? 俺たちの口利きで入れるよ?」
「え、えっと」
二人の誘いを聞いて、春山さんはかなり戸惑ったような表情をする。僕は頭のなかですぐに『火の鳥』と呼ばれるギルドを検索してみたけど思い当たらない。まあ、僕もそこまでたくさんのギルドを知っているわけじゃないし。そして急に割り込んだ二人を前にして赤井くんは不満そうに彼らを注意した。
「おい待てよ。春山さんに先に声をかけたのは俺たちだぞ」
「は? お前らって『山吹峠』だろ? 聞いたぜ〜こないだ『アテナの知恵』失敗したんだってな。その点俺たちは凄いぜ、何と言っても『ヘルメスの冒険』をクリアしたからな。この近くで俺たち以上のギルドなんて見つからねえよ」
ふーん、僕は大槌の言葉を聞いて彼らの今の実力を測る。どちらも12神シリーズのレイドではあるけどその推奨レベルは大きく異なる。アテナよりもヘルメスのほうが難しかったはずだ。シリーズものであってだんだんと難易度は上がって行っている。ギミック数が増えたり体力が増加したり、運営もそこらへんの調整をきちんとしているのか『ヘルメスの冒険』は推奨レベル90といっても同レベル帯と比べてもかなり優しい難易度だったと思う。
そして赤井くんたちは何も反論しないんだ。まあ、大槌くんの言っていることはある意味事実でもあるんだよね。難易度の高いクエストをクリアしているということはそれだけ装備等が充実していることに他ならないし。そして反論がないことをいいことに二人は気を良くしてどんどん勧誘をすすめる。彼らの目的が単にクラスのヒロインを引き込もうとしていることが見え見えだったね。別に僕は好きなところでギルドなんて決めたらいいと思ってるんだけどね。
「で、でも……」
「いいからいいから。俺たちに任せとけって。装備もいいモノあげるしさ」
「それはやめやほうがいいよ」
「「はあ?」」
「咲風くん?」
うん、さすがにこれは見逃せない。ってかつい言ってしまったけど大丈夫だろうか。まだ話を続ける春山さんたちについ、口を出してしまった。二人は僕に向けて胡散臭そうな視線を向けてくる。僕はその視線に怯みながらも、それでも次の言葉を話す。
「そういうのはさ、本人が望まない限りしちゃダメだよ。この手のゲームは自分で装備を揃えてこそだし」
「はあ? お前何言ってんの。キモオタクのくせにさ」
「そうだよ。気持ち悪いんだよ」
「うぅっ」
強く言われて思わず固まってしまった。これがゲームのなかならもう少し言い返すことができると思ったんだけどね。そして固まってしまった僕を見て、何も見ていないように春山さんへ語りかける。
「まあ、いいや、じゃあこうしようぜ。春山さん今日夜何か予定入ってる?」
「え? あ、う、ううん入っていないよ」
「よし、今日の夜に俺たちのギルドとお前らとでそれぞれ春山さんをサポートしながらレイドを一つ攻略するってのはどうだ? それで入るギルドを決めてもらおう」
「は? なにそれ私たちってことは咲風くんも巻き込むってこと?」
「え?」
あの、それはどういうことなの? 霧雨さんの言葉に僕は今日一番驚いてしまう。なんでいつの間にか僕まで巻き込まれてしまっているのだろうか。そして春山さんは何が何やら分かっていない様子で霧雨さんに質問している。
「えっと、どういうこと?なにが起きてるの?」
「あなたを巡って私たちと大槌くんたちとで争いあってるの」
「ええ!? 私まだどっちのギルドに入るとも決めてないよ」
「ああ、そっちが勝ったらひとまず保留ってことでどうだ? それならお前らも納得するだろ?」
「そっちにデメリットがないじゃん」
「だってこれってただの勧誘だし」
「それを止めろって言っているの」
「だからそれを体験するために一度一緒にするのもいいだろ?」
「それはそうだけど」
「じゃ、決まり! それじゃあ春山さんまた夜に」
そう言って大槌たち二人は自分の席のほうに言ってしまった。あまりの急展開に僕たちは固まってしまった。一番最初に回復したのは霧雨さんだ。
「ど、どうしよう〜てか咲風くんってどうなの? 得意?」
「ま、まあ」
「大丈夫かなぁ」
正直逃げ出したい。これ僕完全にとばっちりだよね。不安そうな春山さんの言葉を聞きながら、僕はそこまで不安にはならなかった。なんとかなることは間違いないだろう。情けない話ではあるけどギルドメンバーに助けを求めたらある程度は協力してくれるだろうし。そんなことを思いながら、僕は思いっきりため息を吐いた。