十二歳誕生日
全知神のところでチートをもらい、体が光に包まれて……
「起きなさいギル!」
目を開けるとそこには、何十年も前に見た俺の母親の顔があった。
「お、おふくろ……?」
思わず涙腺が緩んでしまいそうになる。
「なぁにがおふくろよ! 気取った言い方して、この子は本当に……!」
あきれ返ったようなおふくろの顔に懐かしさを感じつつも、つい先ほどまでの出来事を思い起こす。
(さっきまでの出来事が夢……なら良いんだけどな)
もし先程までのことが夢なら、なんと長い悪夢であろうか。
仲間が死に、愛する人が死に、お世話になった人が死ぬ。
そして最後は自分も死んで――
あれは間違いなく夢などではない。
(現実……これは現実……! なら俺がやるべきことは……!)
生々しい光景を思い浮かべ始めた思考をおいやり、自身に言い聞かせる。
「え、あー今日って何日だったか?」
俺はわざとらしく、おふくろに今日の日付を確認する。
「アンタって子は……そんなにわざとらしくしてさ。そんなに十二歳の誕生日おめでとうって言って欲しいのかい?」
「誕生日……ということは今は春の三月十一日か……!」
「アンタ……熱でもあるんじゃないかい? 昨日も今日のご飯が楽しみだってうるさかったじゃないか」
おふくろが訝しげに見ているが、今はどうでも良いことだ。
俺の頭に一つ引っかかることがあったからだ。
(そういえば、十二歳の誕生日って何かあったような……)
思い出せそうで思い出せない。
喉に小骨が刺さったような感覚だ。
俺が思考を巡らせていると、おふくろは何を言っても無駄だと思ったようで、一度だけ溜め息を吐いた。
「まあいいか、ところでさ……今日のご飯は何料理が良い?」
おふくろがその言葉を紡いだ瞬間、世界が凍る。
(な、なんだ?)
周りの景色がスローモーションになり、俺の思考のみが働く。
体も動かないし、声も出せない。
(もしかしてこれが【分岐感】の能力か……?)
心当たりはそれしかない。
しかし、運命の分岐という割に、その選択内容は今日の献立だ。
(これで何かしらの運命が変わるとは思えないんだが……)
しかし、ないがしろにして、本当に重大な運命をとりこぼしてしまっては困る。
ここは真剣に答えを出さねばならないだろう。
(これは多分、以前の俺がとりこぼした選択肢だ。俺が覚えている範囲で、十二歳当時の俺に何か悪いことが起こった覚えがない。何かを忘れている気はするが、自身に関係するようなことではないはずだ。つまりは……この当時の俺が選ばないような選択をすればいいということだろう)
「そうだな……俺は魚が食べたいな」
「そうかい、やっぱり肉が――って、えええぇぇ! アンタ本当にどうしたんだい?!」
おふくろは俺の体をペタペタと触って色々と確認する。
確かに子どもの頃は好き嫌いが多く、食わず嫌いをしていたが、旅をしているときはそんなことも言っていられず、実にいろんなものを食べた。
昆虫や蛇などに比べたら、魚なんて上等な部類なのだ。
「偶には魚を食べたいときもあるだろ?」
「そ、そうかい? なら悪いんだけどね……釣ってきてくれるかい?」
「え……? 今日は家の手伝いをしろって言ってなかったか?」
誕生日のときは「美味しい料理を作ってほしいなら働け」と必ず母親に家事を頼まれていたのだ。
「ああ、そのつもりだったよ。でも魚を食べるっていうなら免除してやろうと思ってさ。どうせ魚は釣らなきゃ食べられないからね」
この展開は、確実に以前の俺が体験していないモノだ。
「分かった。朝の内に行って早めに戻ってくるようにするよ」
「気をつけていくんだよ?」
「ああ、行ってきます」
自身の家を後にし、近くの川へと向かう。
「とりあえず魚を釣るか……」
濡れないように靴を脱ぎ、ズボンの裾をめくり上げる。
これで準備は万端だ。
釣り針に餌をつけ、水面へと投げ込む。
それからはただゆったりとした時間が流れていく。
(本当にこれで良いのか?)
確かに以前と違う道を歩んでいるのは間違いないが、あの選択肢が正解だったという保証はない。
「俺何してるんだ……?」
少し前まで命のやり取りをしていた俺は、今の平和でのどかな雰囲気に馴染めないでいた。
子どもの頃は当たり前だったことも、大人になればそうではなくなる。
俺の心には、大人になって最後にここに来たときのことが、思い浮かんでいた。
炭化した家屋、汚濁に塗れた川の流れ、そして無残に転がる亡骸達。
彼の家があった場所も見る影はなく朽ち果てていた。
そうなってからひと月以上経ち、全てが風化しかけている中、親の墓を造り、家族以外の遺体はまとめて埋めた。
もう誰も参ることなどないであろうが、せめて墓だけは造ってあげかったのだ
「あれはいったい何があったんだ……?」
「何がですか?」
一人ごちていた俺の後ろから不意に掛けられた声。
「だれだ?!」
俺は飛びずさるように横へと飛んだ。
後ろに飛ばない理由は川があったからだ。
「ご、ごめんなさい、驚かせたみたいですね?」
そこにいたのは今の俺と同い年くらいの少女だった。
「いや……大丈夫だ」
俺はその少女を注意深く観察する。
なんとなく懐かしく感じる顔だが……村の人間ではないはずだ。
そんなに大きな村ではないが、俺と歳が近いのであれば知らないはずはない。
「その……あんまり見られると恥ずかしいんですけど……」
「あ、ああ、悪い。見かけない顔だったもんだからな」
不味い……大人の頃の俺に引っ張られているな。
【死神】と呼ばれていた頃の俺は、人を注意深く観察するようにしていた。
あまりに近しくなり過ぎると皆死んでしまうので、俺は極力他人に好かれないように行動することが多かった。
人に好かれないようにするのは至極簡単だ。
その人が求めていることをしなければいい。
だから俺はあえて気の利かない人間を演じていた。
だが、今は子供だ。
あまりに警戒心が強かったり、人間観察なんてしていたりすると不自然だろう。
「ああ、そういうことですか。まあ確かにそうでしょうね。私は王都から来ましたから」
「王都……?」
「はい、この近くに封印門があるでしょう? 私はそこに用があるんです」
(封印門だと……? そうか……!)
そこで彼は思い出した。
十二歳の誕生日に、封印門から現れた魔物を勇者が、全ての力を懸けて撃退したという話を。
(つまりこの子が、勇者か)
少女はこのあと死ぬのだろう。
可哀想な話だとは思うが、問題はそこではない。
この後の出来事が重要なのだ。
普通勇者が力を失った場合、すぐに新しい勇者が選ばれる。
しかし、このときはそうではなかった。
今後、勇者が現れ、世界を救うことは二度とないのだ。
基本的に勇者の天啓は、教会から下る。
それがあるから教会は力を持ち、人々の救いたりえたのだ。
しかし、天啓が一切降りなくなった教会の求心力は、今後はどんどん低下していくことになる。
教えは廃れ、腐敗の一途をたどり、偽勇者を祭り上げるまでになった。
――俺みたいな……な。
だが、さっき知ったことではあるが、俺が勇者っていうのはあながち間違いではなかったようだ。
「すいません、そろそろ行きますね」
「なあ……?」
去っていこうとする背中に、俺はなんとなく声をかけてしまった。
深い理由なんてない。ただの気まぐれであったが。
「なんで、俺に声をかけたんだ?」
「え……?」
少女は驚いたように足を止める。
「うーん……そうですね……。私は一つ一つの出会いを大切にしたいんですよ。そうしていればいつか私の一番大切な人に出会えるかもしれませんからね」
俺はその言葉を聞いて、とても懐かしい気持ちを覚えた。
(あいつも似たようなことを言ってたな……)
「それにあなたが……いえ、何でもありません」
「途中でやめるなよ、気になるだろ?」
「いえ、何だか懐かしい気持ちになった気がしただけですよ」
「そうか……俺もだ」
「子どもなのにナンパですか?」
「そんなつもりはない。それにお前も同じだろ?」
「……そうですね。やっぱり声をかけてみて良かったです」
「それでは」といって去っていく少女を、俺は「ああ」という言葉で見送った。
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