2-3 サバイバルが始まるそうですよ(3)
「ふふふっ」
「どうしたのだウマ」
「いや、楽しいなーっと」
「確かに面白そうなゲームだとは思うが、なんともまあ羞恥心にダメージを与えてくるものだな」
「そうだなー」
街の中に入り、服屋っぽい店を探しているのだが、中々見当たらない。
ガソリンスタンド(崩壊)やマンション(倒壊)やゲームセンター(半壊)などはあるのだが、服屋は見つからない。
と、大河は嘆いているみたいなのだが。
「ぐぬぬ、ウマ。服屋は見つからないのか?」
「そうだな。服屋は見つからないな」
嘘は言っていないぞ。
確かに服屋は見つけていないが、布屋は見つけた。
草の服を作れると言った事から察しているだろうが、このゲームではプレイヤーが素材を集める事で、アイテムを作る事も出来るみたいだ。
若干というか、割とパクリのような気もするのだが、今の世の中こういったゲームが増えている事だし、問題はないのだろう。
俺はそういったゲームを多少やっているから、なんとなくやり方がわかるのだが、残念な事に、いや喜ばしい事に大河は一切やっていない。
そう。大河は完全に初心者なのだ。
そんでもって、現在進行形で焦っている。
口調はいつもの感じに戻っているものの、内心では盛大に慌ててくれているのだろう。
だから闇雲に服の現物を求めているのだ。
自分で作るという思考はないのだ。
「……なあウマ」
「どうしたんだトラ」
服屋が見つからないため、最も服の現物がありそうな民家(半壊)の中を探索していると、少し焦りを含んだ色で大河が声を掛けてきた。
「気のせいか? さきほどから中々の空腹を感じるのだが……」
「確かに言われてみればそうだな」
確かにお腹が減った気がする。
いや、言われて自覚したけど、これは結構空いているぞ?
「とはいえ、昼食を食べてからそれなりに経っているだろうし、当然じゃないか?」
「いや、このレベルはありえない」
「何故言い切れる?」
「そ、それは……」
何故か焦った感じの声になる大河。
いや、これは焦ったというよりも、恥ずかしがっているのか?
「……ウマ。お前まさかいつも夜食べてないなんて事ないよな?」
「ギクリ」
こいつという奴は……。
十中八九理由はダイエットだろう。
喋り方はこんなでも、お年頃の女の子である事に変わりはない。
体重の事が気になるってのもわかるし、理解しているつもりだ。
だが、ハッキリいて大河は細い。
それに過去何度か栄養失調で倒れた事もあるはずだ。
だから食事制限タイプのダイエットは禁止していたはずなのだが、こいつ隠れてしていやがったな?
「そ、その話は後で聞く! それよりも今は重要なのはこのありえない状況についてだ!」
「大袈裟だ……と、言いたいところだが、確かに腹が減ったな」
背後から「ふぅー」と安堵の息が聞こえたので、すかさず「御説教は後でな」と声を掛けておいた。ふふっ。
どうして俺が御説教を後回しにしたのか。
大河の感覚を信じたから?
そんなわけがない。
そんな理由で御説教を後にするなんて事はない。
ならば何か。
その理由はズバリ、感覚だ。
大河のではなく、俺の感覚だがな。
俺は性格的にというか、体質的にというべきなのか、ゲームをしている間はお腹が空かない。
カッコ良い感じに言うと、ゲームに熱中し、集中力が高まっている時には、空腹というデバフが発動しないって感じだな。
今はまさにゲーム中だ。しかも、実況なうという、さらに集中力が高まっているはずの時間だ。
だと言うのにだ。
俺は今、空腹を感じてしまっている。
異常事態。想定外。ルール外。
……いや、最後のは違うな。
ともかく、いつもならばありえない事が起きてしまっているんだ。
「トラはそのまま探索を続けてろ。俺はヘルプを読み漁る」
「うむ! 頼むぞ相棒!」
実に良い笑顔を見せてくれているであろう大河。
いつも俺たちのチャンネルで動画を見てくれる視聴者たちには、ゲーム画面と声だけのご提供のため、せっかく大河みたいな可愛い子が顔出しをしているというのに、この笑顔はいつも俺だけが独占して来た。
だけど、現在この画面ってゲーム会社の女社員さんがモニタリングしているんだよな。
今回の実況依頼に顔出しの条件があったわけだし、おそらく依頼完了後、この一ヶ月間で取った実況内容は一般公開されるのかもしれない。
もちろん常識的に考えて、俺たちの方でも編集させてもらえるだろうけれど、企業としては大河の笑みは完全にセールスポイントになりうる破壊力だから、そこをカットするのはアウトだろう。
別に今まで意図して大河の笑みを独占してきたわけじゃない。
普通に考えて、美少女の笑顔が、大河のように性格と声で人気を得ているアイドル的実況者ならば尚更、出した方が人気が出るに決まっている。
(あれ、おかしいぞ。なんだこの気持ち)
俺にとって大河は幼馴染で、仕事のパートナー。
俺は誰よりも彼女の近くにいる。隣にいて当然の存在だ。
だというのに、何故だろう。
今だって隣にいるのに、距離があるように見えるのは何でだ?
「むう? ウマどうしたのだ?」
突然黙ってしまった俺を不審に思ったのか、大河は後ろを振り返った。
その光景を、俺は見た。
そして、二人の目が合った。
「なななななななっ!」
あっこれはやばいな、と俺は不思議と冷静に思った。
視界に映るのは下着しか身に付けていない大河の後ろ姿。
女の子座りをしているため、若干ずれた下着の隙間からチラリとのぞく桃のような谷。
白く手入れのされた柔肌。
そんな純白がほんのりと赤く染まって行き、次の瞬間!
「アァール指定はだめなのーっ!」
いつもの凛とした声ではなく、丸っこいというか美少女らしい甘い声で叫ぶ大河。
そして同時に迫り来るのは、彼女の柔らかな手のひらだ。
パシンッ
良い音と共に俺の頬へと痛みが走った。
「痛ったっ!」
「ウマウマが悪いんだからね!」
大河が人気の秘密は、このギャップだ。
いつもの女らしくない喋り方が素ではない事には多くの人が気が付いていただろうが、本来の大河は何とも女の子らしい、そこらへんの女の子よりも女の子らしい。男が求める女の子らしい性格をしている。
どうして生来女の子女の子した性格の大河が、あんか話し方になってしまったかというと、理由は単純。中学生の時にとある病に、愛らしい病に発症してしまったからだ。
その病の名前は、恋の病。
ーーではもちろんなく。皆様の想像通り、中二病と呼ばれるものだ。
言ってしまうと、大河は可愛い自分ではなく、かっこいい自分になりたがっているのだ。
男が願う理想の女の子と、女が願う理想の女性の形は違うのだ。残念な事に。
……まあ、大河の求めたそれは一般的な女子が求める理想像からは方向性が若干、いや、結構ズレてしまっているのだが、それは言わないお約束だ。
理由? その方が面白いからな。
大河にビンタされた後、俺が痛がっているのを無視して大河はゲームを進めていた。
俺が自分の頬を撫でながら無駄に思考を高速回転させている中、ぶつぶつと小言を漏らしながらゲームに集中しようとする大河。
我らがチャンネルでは日常茶飯事いつもの光景だ。
頬はピリピリとあったかいけれど、頭は冷静にヘルプを読み漁る。
いや、読み漁るというよりも、検索している?
「あっ、見つけた」
「…………」
思わず出た言葉に大河は無言だったれけど、わずかに動いた気配がした。
いや、気配というよりも、動いた音?
って、この感じは連続でやっちゃだめだな。視聴者が飽きてしまうだろう。
「トラ。空腹の原因がわかったぞ」
「……どうしたのだ?」
さっきの事で怒っているのか、一瞬返事を渋る様子の大河だったが、俺の声色から何かを感じ取ったらしく、少し緊張した声で返事をした。
「……なあトラ」
「もう一度言う、どうしたのだ?」
「もしかするとこれ……」
「む?」
ヘルプに書いてある事。
そして、このあまりにも密封された、軟禁にも近い環境。
「このゲームーー」
喉を鳴らした後、俺は恐る恐るそれを口にした。
「ーーデスゲームかもしれない」
「……え?」
次回更新は土曜日の午後六時です!
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