2-1 サバイバルが始まるそうですよ
まるで海を潜り続けているような感覚に襲われた。
苦しい感じはしない。ただ、そんな感覚が俺の意識を支配したんだ。
少しずつ視界に光が広がり、そして気が付けばどこか知らない、だけど良く見るようなごくごく普通の部屋の中にいた。
「どこだここ?」
思わずぼそりと呟いた瞬間、視界の端に半透明の文字らしきものが浮かんだ。
「って、これって思いっきりメッセージウインドウじゃん」
視界そのものがゲーム画面になっているような感覚。
首を動かし、周囲を観察しても違和感のようなものは全くなかった。
「VRってここまでリアリティに溢れる技術だったか? それに、ヘルメットを着けてる感覚が全くない」
もしかするとこれはただ位置センサーが内蔵されたヘルメットによってVRを世界を映し出しているんじゃなくて、なんかこう、電気的に脳と接続して強制的に夢を見せているとか、そんな感じなのではないだろうか。
ベッドに机にタンスに本棚。良くある私室のような部屋。
観察を続けていると、偶然左側に設置されていた姿見鏡に視線を奪われた。
そこに見えたのは、完全に俺そのものだった。
「マジかよ」
確かゲーム機の横にカメラがあったはずだ。
あのカメラで撮った映像からこの身体の再現したって事か?
今の技術ってここまで進化していたのか? こんなリアルに、現実とゲームの境界線がわからなくなるレベルだぞこれ。
「人間の進化は一体どこまで行くつもりなんだ?」
そういえばさっき現れたメッセージウインドウにはなんて書いてあったんだろう。
いつの間にか視界から消えていたんだよな。
「あ」
とか思っていたら、また視界の端っこに半透明のそれが出現した。
「えーと、ここで初期服を選択してくださいっと。へいへい」
つまりここで着替えろという事か。
クローゼットとタンスをそれぞれ開けば、そこにはこれでもかっていうぐらいに大量の服たちが収納されていた。
あれだな。きっと収納したのはその道のプロだな。
なーんてくだらない事を思いつつ物色しているのだが、気になった事がある。
「何故下着まであるんだ?」
いや、ぶっちゃけそれは良い。
下着があっても別におかしい事じゃない。いやまあ、若干おかしいような気もするけど、たった今俺の手にある三角形状の布と比べれば問題なんてないのと同じだ。
「……これって俗に言う、パンティーだよな」
言うまでもない事だが、女性物だ。
さっきから視界の端に見えるあれはブラジャーと呼ばれる奴だな。
「あー、そっか。性別指定とかしてなかったもんな」
世の中には男の娘って言葉もあるくらいだからな。カメラからの情報だけで性別を判断するのもきっと難しいんだろうな。
だから男女両方の服が揃っているのか。
あるいは、ネカマのための配慮か?
いやいやいやいや、身体はリアルのそれと同じなわけだし、ネカマ無理じゃね?
「あっ、というか条件ってそれなのか?」
俺たちトラウマが今回の依頼で呼ばれた理由の話だ。
俺たちトラウマは顔出しをしているからな。
他の実況者たちと同じフィールドでゲームをする場合、そうじゃないと困るのか。
「なーるほどね」
大河と共に実況を始める際に、顔を出すか出さないかで悩んだんだけど、あの時の選択がチャンスになったってわけか。
まあ、顔出しって結構なリスクもあるわけだし、オススメはしないけどな。
「まっ、こんなんで良いか」
俺は後々実体験として世に出す本の表紙になっているであろう服装に着替えると、メッセージウインドウに導かれるまま扉を開けた。
「おおっ」
閉じた瞬間スゥーっと消えていく扉に思わず感動した。
感覚としては本当にリアル、現実にいる気持ちだからな。まるで魔法を見ている気分だ。
もどり道が消えた事だし、俺は近未来チックな廊下を進んで行った。
さっきのごく普通な扉と違い、円形の機械的な扉。
真ん中に手のマークのようなものがあって、メッセージウインドウにはそこに手を当てろという指示があった。
『あなたの名前を教えてください』
機械音と呼ぶにしてはあまりにも綺麗な声。
合成音声技術まで未来っぽいな。もしかすると今回のゲームはSF系なのかもしれないな。
「ウマだ」
『ウマ様ですね。確認しました。それではウマ様のお部屋へと接続します」
これがキャラクター名の設定って奴だな。
本名ではなく、実況者としての名前を登録してくださいってメッセージウインドウの方にあった。
ちゃんと大河の奴はトラで設定しているのだろうか。
まさかトラウマで登録したりしてないよな?
(おっと危ない危ない。これはフラグって奴になりかねないからか)
こうやって自覚しておかけば、フラグが折れるフラグが立つはずだ。問題ない。
『接続完了しました。どうぞお通りください』
上下左右斜めと、いろんな方向に引かれて開く扉。
そんな先にあるのは、魔方陣のようなものが地面に描かれた円形の部屋。
神殿とかそういう神々しいオーラを感じる場所だった。
「中心に立てと。はいはい」
相変わらずメッセージウインドウの導きに従い、魔方陣の中心に立った。
「うおっ!」
その瞬間、世界が光った。
視界が真っ白に染まったのは一瞬で、すぐに色が入れられた。
「……すごっ」
さっきも球状に近い、ドーム状の部屋だったけど、今度は完全に綺麗な球体の中にいるような部屋だった。
半球ではなく、完全なる球体。
何故そんな事がわかるかというと。
「って怖っ!」
足元が透明のガラスで出来ていたからだ。
完全なる球体の中にガラスでまっすぐな足場を作ったって感じだな。
ガラスの下も綺麗な球体になっている。
「扉も見えないし、こんな綺麗な球体状の建物。まず現実じゃ作れないだろうな」
真球を作るってのは、想像以上に大変らしいからな。
完全なる球体ってなると、たとえ小さく奴だとしても、作れるのか怪しいんじゃないかな。
「ん?」
そんな事を考えていると、突然隣が光った。
「わわっ。凄いっ転移魔法みたい!」
「…………」
「あっ」
光の中から現れた大河と、光の中から現れた大河と目が合った。
大切な事だから、更にもう一回。
光の中から現れた大河と目が合った。
「うむ。どうやら合流出来たみたいだな」
「……そうだな」
俺は優しい笑みを浮かべながらそう言った。
「……忘れてくれ」
「何をだ?」
「……そうか」
大河の格好は俺と同じようにリアルの方とは違う。
どんな格好なのかは、俺と同じく表紙を見て貰った方が早いだろうな。
俺も大河も、表紙に描かれていなくても、最初のページに多少はこんにちはしているはずだから。
そっちも確認してみて欲しい。
ただそういうのは見ない派だって言う人たちに向けて言うと、俺はまあ普通だ。
量産型のちょっとイケてる男子の服装を思い浮かべてくれ、多分それだ。
大河の方は、ボーイッシュな服装にプラスして。
「……トラ。なんだそのマントは」
マントである。
「うむ。カッコ良いだろう?」
「……良かったな」
カッコ良いのかは別として、大河が満足そうだから良しとして置くか。
リアルじゃマントなんてつけられないもんな、恥ずかしくて。
ゲームの中でくらい、大河の欲求を満たしてやろうじゃないか。な? お前もそう思うだろ?
「おいウマ。貴様は一体どこに向かって顔芸を披露しているのだ?」
「顔芸なんてしてないが?」
「むう。そうか? ならば良いのだが」
顔芸……か。なんだろう。なんか悲しい……。
「あ、一応確認するけど、ここに転移する直前の登録名は何にしたんだ?」
「そんなものトラ決まっているだろう」
「そっか。なら良いんだ」
ふう。よかった。
ちゃんとフラグブレイカーが発動してくれたみたいだな。
「それにしてもウマ。この先はどうすれば良いのだ?」
「そうだな」
メッセージウインドウの方には、待機して下さいとしか書かれてないんだよな。
「まあ、待機してればいいんじゃないか?」
「……うむ。それもそうだな」
待機しろと言われれば素直に待機していれば良いんだよな。
「それにしても、このVRは凄いな」
「そうだな。ここまでリアルに再現されているとは。まるで異世界にでも来たかのようだ」
「確かにな」
実はVRゲームじゃなくて、意識を異世界に転移させるための機械だった……とかだったら面白いんだけどな。
「ふっ。異世界なんて創作の中にしかない想像の産物なのだがな」
「まあそうだよな」
異世界転移したり転生したり、まあそういうのを夢見るお年頃って奴だ。
「お?」
大河とそんな会話をしていたら、メッセージウインドウの内容が更新されていた。
「どうやら始まるみたいだな」
メッセージウインドウの中身は次の通りだ。
『これより本ゲームの説明を始めます』
(まんまだな)
そんな事を心の中でつぶやいた瞬間、球体状の壁に光が広がった。
「うおっ! なんだこれ!」
「くっ!」
足場になっているほぼ透明のガラス床を除いた全てが輝き出した事に、隣の大河もまた動揺しているみたいだった。
「これは、ディスプレイ?」
光が収まり、周囲をキョロキョロとした所で大河が呟いた。
「なんだこれ、部屋のすべてが画面になっているのか?」
言った通りの現象が起きていた。
足元、ガラス床の下には緑が、草原が広がっていて、上の方には青い空が広がっていた。
「ウマ! 前を見るのだ!」
キョロキョロとしていた俺は、大河の言葉にハッとして前を向いた。
すると、そこには黒のスーツを着込んだサングラスの男が映っていた。
『お初にお目に掛かります。私はこのゲームの進行役を演じさせていただくセバスチャンという者です。どうぞお気軽にセバスとお呼び下さい』
セバスチャンといえば執事の名前というイメージだけど、今画面に映っている男性な執事って感じはしない。
キチッとしているんだけど、なんだかな。
ああ、ガタイがあまりにも良すぎるからか。
なんとなく執事って細身のイメージがあるからな。
そんなくだらない事を考えていると、セバスチャンは咳払いをした後に説明を開始した。
『これより皆様にはこのVR世界内でゲーム実況を行っていただきます』
セバスチャンの言い回しに引っかかった。
VR世界のゲーム実況じゃなくて、VR世界内でゲーム実況と言っていた。
『本ゲームは確かにVRゲームですが、現在皆様の意識のあるその肉体でゲームをするのではありません。このVR世界の中でしか作り出す事の出来ないゲームの実況をして貰います』
こちらの疑問を予め見越していたのか、セバスチャンはそう説明を続けた。
『一見は百聞に如かず』
そう言ってセバスチャンが指を鳴らした瞬間、何もなかった部屋に突然光が生まれた。
「これって大河が来た時と同じだな」
過去の例からして、この光は何かが転移してくる時のエフェクトと言った所だろうか。
どうやらその仮定は合っていたらしく、光が収まるとそこには見た事のないコントロールが二つ置かれていた。
「なるほどな。現実で作りには技術的問題があり過ぎる球体状のディスプレイを使ったゲームをやらせるためのVRって所か」
「うむ。そういう事のようだな」
VRの中でなら、どんな物でもプログラムすれば簡単に作れるからな。
『全方向がゲーム画面の中、実況をしてもらうのですが、注意していただきたい事があります。現在皆様がいる部屋にはマイクも機材も何もありませんが、実況スタジオと同じ設備となってあります。つまり、部屋全体に見えないマイクが設置されているとでも思ってください。そして、マイク電源を切る事は出来ません』
マイクの電源を切る事が出来ない。これはある意味生放送みたいな状況って事か。
普通なら実況者が気分のままに生放送で実況をするけど、その時間を指定され、実況し続けなければならないって事か。それは大変だ。
『その部屋にあるのは、マイクだけだはなく、カメラもあると思ってください』
カメラ……だと?
つまりこの空間は監視されているって事か?
『このカメラもまた、電源を切る事は出来ません。現在は共に電源を切っていますが、実況バイトが始まってからはVR世界に居続ける限り、常に記録されます』
居続ける限りって事は、これからやるゲームからログアウトすればじゃなくて、VRゲームの方から抜ければ監視されなくなるって事か。
『またカメラとマイクの管理は実況者様ごとで別れております。パーティーメンバーに一人でも女性がいる組には女性が担当員を務めていますので、ご安心ください。それは現実世界でのゲーム部屋も同様です』
隣で小さく息を吐く声が聞こえた。
相手も仕事とはいえ、男に常に監視されてるってのは、女性としては辛いだろうからな。
中々良い配慮ではないか。
『このVR機能は現実では再現不可能な設備を用意するためのものであり、ゲーム本体は一人称のゾンビホラーとなっています』
ゾンビホラーゲームか。
ちらりと隣を見てみるが、大して動揺は見られない。
『また特殊機能の一つとして、ゲーム内での状態は皆様方にも起こるようになっております』
確か大河はゾンビとかホラーが苦手だ。特に、スプラッタな感じだと最低だ。
とはいえ、それは映画やドラマの時限定で、ゲームの時は平気そうにしているんだよな。
ゾンビホラーなんて大河にとっては最悪なんだろうけど、やっぱりゲームだから大丈夫なんだろうか。
『ーー以上で基本説明は終了でございます。それではこれより実況バトルを開始させていただきます』
俺が大河に気を取られている間に、セバスチャンの開始宣言が聞こえた。
「さてと、やるか」
すぐにでもゲームが始まると思ったのだが、どうやらこのゲームは一パーティーで一つらしい。
俺のキャラと大河のキャラ。どちらを使うかの選択画面が表示されていた。
「いつも通りでいいよなトラ?」
「当然だ」
俺たちの実況スタイルは大河が実際にゲームをし、俺は会話相手みたいな感じだ。
大河のゲームスキルは低いわけじゃないけど、だからと言って高いわけじゃない。
とてもじゃないが、神業実況みたいな芸当は不可能だ。
だから俺たちのウリは二人の会話だ。
俺が大河に茶々を入れたりして、賑やかにゲームをするんだ。
そうして少しでも見てくれている人たちに楽しさが伝わってくれれば、それでオーケーなんだ。
次回更新は明日の午後六時です!
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