1-3 依頼が来たらしいですよ(3)
俺は現在大河と共に電車に乗っていた。
「ふふっ。実況者専用ゲームか。一体どんなものなのだろうな!」
「……元気だな」
「当然だ! これから僕たちの未来が決まるかもしれない大仕事なのだからな!」
依頼のメールが来てから今日で一週間だ。
この一週間はなんというか、本当に地獄だった。
いや、別にゲーム実況動画を撮って編集して投稿するって作業は嫌いってわけじゃないぞ?
だけど、休憩ほぼなしで撮りっぱなし。喋り続ける事になったからな。
編集作業は集中力を異様に消費するし、肉体的精神的共に疲れ果てたって感じだ。
つまり、疲労がやばい。
俺はこんな感じでグデングデンになっているっていうのに、大河の奴は撮影も編集も一緒にやって、同じだけ疲れているはずなのに、この通り元気だ。
ビルに到着し、一階の受け付けでおそらく前に話した時と同じ人に鈴木の名前を出すと、これまた前と同じ待合室に案内された。
場所は同じだけど、出されたお菓子は前回と違っていた。
「お? これはお茶も別の奴か?」
「ふむ。そのようだな」
目を瞑り優雅な感じでお茶を飲んでいる大河。
自分の世界で楽しんでいらっしゃる大河をじと目で見つつ、俺はお茶をもう一口。
「お待たせしてしまいましたね。トラウトのお二人。今日は良く来て下さいました。
やって来るなりいつもの笑みを浮かべてそういう鈴木。
「依頼の件について、返事は決まってくれましたか?」
前の席に座るなり、早速本題へと入った鈴木。
その問い掛けに対して、俺はそっと隣の大河を見た。
俺の視線に気が付いたのか、大河は一度頷くと口を開いた。
「ふむ。今回の件、我々に取っても実に素晴らしいチャンスだと思う。是非とこちらから言いたいほどだ」
「ふふっ。それでは引き受けて下さるのですね?」
「無論だ」
「それは良かった。それでは早速部屋の方に移動して貰いたいのですが良いですか?」
嬉しいに頷いた後、すぐさま立ち上がりそう言う鈴木。
「移動?」
「何を惚けているのだ。一ヶ月間僕たちが泊まる事になる部屋に決まっているだろう」
「あっ、なるほど」
そういえば施設内のみでの行動になるって言ってたもんな。
寮部屋みたいな所に案内されるって事か。
エレベーターに乗り、結構長い間待っていると、鈴木が「どうぞ」と言いながら降りた。
行き先は上だったし、待ち時間からして結構高い所まで来たっぽいな。
エレベーターホールから一枚扉を通ると、そこに広がっていたおそらく二階分が吹き抜けになっている天井の高い部屋だった。
「今回の移動可能範囲は、エレベーターホールを除いたこのフロア全体とさせていただきます」
たった今通った扉の先を除いた全てが、これから一ヶ月間の行動範囲になるらしい。
すぐ近くにあったこのフロアの地図を見るみると、どうやら大きく分けて五つのエリアに分かれているみたいだ。
全体図は角が扇状になった正方形に近い。
ここはエントランスエリアで丁度扇状に切り取られた正方形の角にあるエリアだ。
正方形の角がそれぞれ扇状の四本 エリアになっていて、それを除いた十字のエリアが住居スペースになっているみたいた。
「ここはエントランスであり、ゆっくり出来る場所という事か」
あたりを見回してみると他の実況者たちなのか、至る所に設置されているソファーに座ってゆったりとしている人たちがいた。
「まるで病院の待合室だな」
「それにしてはリラックスしてるけどな」
それに随分と広いし。
「あらかじめご連絡しましたが、外部との連絡は基本禁止となっています。携帯電話などの通信機器はここでお預かりしております」
「了解だ」
扇の直角部分にあるカウンターで携帯電話を預ける事になった。
それはこの一週間でしたメールでのやり取りで言われていたからなんら問題はない。
「ご協力ありがとうございます。それではトラウマのお二人の部屋はこちらですね」
「うむ。行くぞウマ」
「へーい」
ここに来て鈴木以外の人の目もあるからな。
本名を公開していない以上、ここからはそれで呼ぶ事は出来ないって事だ。
いやはや、大河は相変わらず判断が早い事で。
「それではお二人にはこの部屋で過ごして貰います」
一つの部屋の前まで案内されたのだが、鈴木の言葉に俺たちは固まった。
「……えーと、鈴木さん?」
心の中では気軽に鈴木と呼び捨てにしているわけだが、流石に現実ではさんを付けましょう。
と、そんな事はどうでも良くて、どうしても確認しなければならない事案が発生したわけなのだが。
「これから一ヶ月間はお二人同じこの部屋で寝泊まりして貰います」
「…………」
俺たちが確認しておきたかった事をピンポイントで答える鈴木。
え、本気ですか?
こちとらお年頃の男女ですよ?
いや、確かにコンビを組んでいたら後々こういう事もあるかもしれないのだけど、男女だよ?
一ヶ月という結構長い期間を二人同じ屋根の下?
いやまあ、仮に部屋が別だったとしても、同じビルの中で生活するわけだから同じ屋根の下って事になるのだろうけど、これはそういう話ではなく、あー、うん。相当混乱してるな俺。
混乱が行き過ぎて一回転。逆に冷静になりつつあるな。うん。
「……ふむ。問題あるまい」
「え、トラ?」
大河の発言に思わず彼女の顔を見ると、腕を組んだままチラリとこっちを見返した。
「これから一緒に依頼のゲームを実況するのだろう? ならば同じ部屋で生活した方が効率出来だろう? 何か問題あるのか?」
「いやいやいやいやいやっ!」
大河の奴は一体何を言っていやがるんだ!?
なんでそんな不思議そうに首を傾げているんだ!?
「それにこの一週間だって一緒にいたではないか」
「いや、それはそうだけど」
確かにこの一週間時間がないからと、大河の奴は俺の家に泊まっていたし、同じ部屋で寝泊まりしていたりする。
無論、同じベッドで寝るなんて事はせずに、大河はベッドで寝かせ、俺は前に買った寝袋でぐっすりだ。
「いや、だけどそれとこれとじゃ話が別……じゃないのか?」
確かに考えてみれば場所が俺の家からここに変わったってだけなのか。
それなら問題ない……のか?
「どうやら納得して下さったみたいですね。フロアの地図は中にもございます。また、依頼に関しての詳細も用意させて頂いております」
「今回の詳細はちゃんとしたものなのだろうな?」
「はい。前回と違い今回は既に依頼を受けてもらっておりますので、もう隠す必要もありませんので」
「うむ。そうだな」
前回の詳細はもはや詳細とは言えないレベルで穴だらけだったからな。
わかってる事といえば、実況者専用ゲームって事くらいだ。
「それでは皆様がお集まりになり次第放送を掛けますので、それまではご自由にどうぞ」
「了解だ」
「お疲れ様です」
一礼してから去っていた鈴木の後ろ姿を見送った後、俺たちは一度顔を見合わせ、一言もなく部屋の中へと入った。
「ほう。中々に広いな」
「広いけどシンプルだな。って、こっちに風呂あるぞ?」
「トイレもあるみたいだな」
お風呂とトイレはちゃんと別々になっている。部屋は二つ。ツインベッドのある寝室と、そしてもう一つは。
「なっ! これってまさか!」
声には出していないものの、隣で一緒にそれを目撃した大河は、目を大きく見開いていて興奮しているのが一目でわかった。
そこにあったのは初めて見るゲーム機。
ゲーム機まで新作なのかと思ったけど、それ以上に興奮すべき点があったんだ。
ゲーム機とコードで繋がれたカメラ。
そして、同じようにコードで繋がれたヘルメットのようなもの。
「これってつまりそういう事だよな?」
「うむ。そうだろうな。あんなにもわかりやすい形をしているのだ」
ゲームをするから画面が必要になるのは至極当然の事だが、この部屋にそんなものはない。
その代わりがあのヘルメットとなれば、つまりこれは。
「VRゲームって事か」
VRゲーム、つまりバァーチャルリアリティのゲーム。
自分自身がまるでゲームの中に降り立ったかのような、そんなリアリティを感じる事が出来る次世代型のゲームだ。
元々は物語の中にしかない空想の産物とされていたVRゲーム。
だけど、人間の技術って奴は素晴らしく、それを現実で生み出そうとしているってのは知っていた。
知ってたし、それなりに世に出ている。
既にVRは空想ではなく、現実のものだ。
だけど、この感じ。一般公開せずに情報規制を徹底したこの現場。
VRが現実になったとはいえ、空想の世界にあったそれと比べれどうしても劣ってしまう部分があった。
だけど、だからこそ期待してしまう。
これが本物と呼ぶべきVRなんじゃないかって。
「実況者専用ゲームの正体は新たなVRゲームという事か」
「ああ。そうみたいだな。どんな気分だ大河」
「ふふっ。そんなものは決まっている。最高だ」
俺の問い掛けに大河が最高のニヤリ顔を披露した瞬間、放送前になるような音が響いた。
『それではお揃いになりましたので、皆様自室へと戻り機器のある実況室に入って下さい。内鍵を閉めた状態で機器の電源を入れ、ヘルメットを被り、ソファーに腰を掛け、背凭れに体重を乗せた状態でリラックスしお待ちください』
鈴木が言っていた放送はこれの事だな。
それにしても。
「随分と細かい指示だな」
確かにゲーム機の前には一人用のソファーが二つ並んで置かれている。
長時間ゲームをするなら、おしりが悲鳴をあげないようにするためにも、ふかふかなソファーが必須になる。
「準備の良い事だな」
「うむ。部屋の数からして今回呼ばれた実況者は三十組程度か。中々に良さそうなソファーだ。これを人数分となると、中々の出費になっているだろうな」
「……そうだな」
いきなり金銭的な発言をする大河。
若干引いたけど、まあ大河に普通を求めるのは間違いだ。
特に、今のキャラの大河はな。
「そういえばこのゲーム部屋のみ監視されているのだったな」
「そういえばそんな事書かれてたな。んじゃ減点されるのも嫌だし早いとこ言われた通りに待機するか」
「うむ。そうだな」
リビングに置かれていた施設詳細・自室に書いていた内容を思い出した。
他の部屋にはないようだからプライベートはちゃんと存在するか。
とはいえ、時間割りを見る限り、そんな時間はあまりないっぽいけどな。
「よし。準備おっけー」
ソファーに座り、背凭れに体重を預け、全力でリラックスした。
目元まで覆うヘルメットを被ると何も見えない。
中から鍵を閉めれば外から開ける事は出来ないタイプの鍵だったから、鍵を閉めた以上誰かがやってくるって事はないんだけど、それでもこう暗闇ったのは恐怖を感じるな。
『それではこれより、実況者専用ゲーム[ファントムサバイバル仮称]を開始したします』
そんな放送が耳に届いた瞬間、視界に光が差した。
……題名に仮称って付けるなよ……。
次回更新は月曜日の午後六時です!
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