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1-2 依頼が来たらしいですよ(2)

「お待たせ致しました」

 十分ほど経って現れたのはビシッとしたスーツ姿の男性だった。

「実況コンビ、トラウマのお二人ですね。私は今件の担当責任者をしております、鈴木信次と申します」

 そう言って名刺を差し出す鈴木。

 大河はマイペースに俺は慌てて立ち上がると、ドギマギしながらそれを受け取った。

「えーと俺……じゃない、僕はトラウマのウマこと佐藤秀馬です」

「僕はトラこと田中大河だ」

「佐藤秀馬さんに田中大河さんですね。確か本名は伏せていましたよね?」

「はい。だからオフレコって事でいいですか?」

「わかりました。それではどうぞお座り下さい」

「はいっ」

 隣に座っている大河の奴は随分と落ち着いていやがるな。

 向こうはプロだから当然として、俺だけ緊張して恥ずかしいじゃねえか。

「ふふっ。そんなに緊張しないでもいいですよ。どうかいつも通りのトラウマのお二方を見せてください」

 そう言う鈴木だが、これはどっちだ?

 言葉を鵜呑みにして本当にいつもの俺に戻っていいのか?

 ただの社交辞令って事もあるよな。というかその可能性の方が高いよな。

 ……うん。ここはしっかりしないとだな。

「社交辞令ではありません。どうかいつものお二人を見せてください」

 そう言って少し表情が柔らかくなった鈴木。

 こっちが態度を緩めるために、相手が先に緩めてくれたって事かね。

「わかりました。ふぅー」

 一度深呼吸をして肩の力を抜くと、鈴木は嬉しそうに笑っていた。

「それでは今回の実況依頼についてのお話をしたいのですが良いですか?」

「……やっぱりあのメッセージは本物だったって事なんですか?」

「ええ。その通りです」

 まあそうだよな。十中八九そうだとは思ってたけど、これで完全なる確定か。

「一つ聞いてもいいですか?」

「どうぞ」

「どうして俺たちに依頼をしようと思ったんですか?」

 今回の件が詐欺だと思った最大の理由。

 俺たちのレベルと企業のレベルが明らかに釣り合ってないんだ。

 だから思い切って、理由を聞いてみようと思ったんだ。

「俺たちはまだまだ駆け出しの実況コンビです。こんな有名会社から依頼してもらえるなんて、明らかに役者不足です」

「そうだね」

「……」

 即答で肯定されたんだけど。

 え? 上げて落とすって奴?

「確かに君たちの知名度や実績から考えればこうして実況依頼をする事はなかったでしょうね」

 笑み浮かべながらそういう鈴木。

 この人はあれだな。笑顔で人を殺せるタイプって奴だな。

「……えーと、それならどうして?」

「条件に一致したからです」

「条件?」

「はい。条件です」

 鈴木は笑みを深めると一束の資料を俺たちに渡した。

 どうぞと促され資料を開くと、それは今回の依頼で使われるゲームの詳細についてだった。

「実況者専用ゲーム?」

 見慣れないというか、初めてみる単語の羅列だった。

 元々あるゲームの一部を変えて、実況者専用バージョンが存在しているって知ってたけれど、開発の最初から実況者専用となってるゲームなんて初めてだ。

「今回のトラウマのお二人にプレイして欲しいゲームは実況者専用という新しいステージで攻めようと思っています」

「実況者専用というのは具体的にどういう事なんですか?」

「申し訳ございませんが、それは現時点ではお伝えする事が出来ないのです」

「……それはどうして?」

「秘密保持のためです」

 まだ俺たちとの契約が完了していないから話すわけにはいかないって事か。

 随分と慎重だな。

「どうして実況者専用としているのかその新システムまではお教えできないのですが、こちらが依頼に関しての詳細となります」

 新たに別の資料を渡された。

「えーと、これってどういう事ですか?」

 資料を順に読んでいると、気になる一文を見つけた。

 俺の言葉に反応して、さっきから静かに淡々と最初に貰った資料を読んでいた大河は顔を上げると、俺が指差す場所を覗き込んだ。

「一カ月泊まりでの仕事だと? 泊まりになるのか?」

「はい。秘密保持のために一カ月の間はこちらで用意する施設内のみでの生活となります」

「外には出れないって事ですか?」

「そうなります。また外部との連絡も一切禁止させていただきますので、携帯電話などはこちらでお預かりする事になります」

 秘密保秘のためにそこまでするのか。

 この実況者専用ゲームってのは、この会社にとってそこまで大きなプロジェクトって事だよな。

 そんなプロジェクトに参加出来れば俺たちの名前を広める事だって出来るだろう。

 期間は一カ月。どうせ夏休みで時間はある。

 時間はあるんだけど……。

「一カ月泊まりでの仕事って事は、その間実況動画を新しく上げる事も出来ないって事ですよね?」

 外部との連絡が禁止って事は、動画のアップも出来ないだろうからな。

 そもそもとして撮影とかも出来ないか。

「そうなりますね」

「俺たちは毎日投稿を基本にしているんですけど、それが出来なくなる事をファンの皆さんに伝えるのはオーケーですか?」

「はい。それは構いません。我々からの依頼で一カ月間は投稿が出来ないというご連絡をどうかしてください」

 今回の依頼を受けたら一カ月通常更新は完全にできなくなるって事だよな。

 俺たちトラウマが活動を開始してからは毎日投稿をしてるから、初めての休載って事になるんだよな。

「大河どうする? 一カ月穴開けるか?」

「……うむ」

 腕を組み、身をつぶって一人思考の渦へとダイブした大河。

 こういうのは今までずっと大河の判断に任せてきた。

 俺たちがここまでやってこれたのは、大河の冷静な判断のおかげだ。

 俺はちょっと感情的になりやすいからな。

 まあ、だからと大河が理性的な大河なのかって聞かれると、怪しいんだけどな。

「そうだな」

 パッと目を開き、そう切り出した大河。

「鈴木と言ったな。一つ聞いても良いか?」

「ええ、どうぞ」

「依頼の開始日は、つまり拘束されるのはいつからになる」

「今回の依頼は条件にあった複数の実況者様方に出していますので、全員からの返答が来てからになりますね」

「ほう、なるほど。やはりそうだったか」

 複数の実況者ね。

 その条件とやらは教えてもらえないが、それに合致したから俺らも呼ばれたって事か。

 なんだ。唯一じゃなかったのか。

 大河は予想してたらしいけど、俺はしょんぼりだ。

 まあ、だからこそ俺たちのところにまで依頼が来たって事なんだもんな。喜ぶべき場所か。

「トラさんが考えている事は想像が付きます。こうして話している時間も勿体ないと感じておられると思いますので、依頼開始日は今から丁度一週間後からとさせていただきましょう。それで良いですか?」

「ほう、一週間か。それだけあればどうにかなるな」

「……大河?」

 どうしよう。二人の会話についていけない俺のレベルの低いのか?

 それとも二人のレベルが高いだけ?

「秀馬。何を惚けている。そんな時間はないのだぞ!」

「へ?」

 気がつけばいつの間にか大河の姿は隣になく、扉の前にまで移動していた。

 鈴木も立っていて、何やら微笑ましいものを見るような視線を俺に向けていた。

「うおっ!」

 俺が気がつくのと同時に大河の奴は退室していた。

 慌てては鈴木に一礼した後、俺は彼女の後を追った。

「おい大河! 何勝手な事してんだよ!」

「勝手ではない。もう話は終わったのだ」

「はあ!? 終わったって、受けなかったのか!?

「いいや。受けたぞ」

「はあ!?」

 受けなかったのなら早々に話を終わらせたってのも納得出来るけど、受けたってどういう事だ!?

「おいっ! 受けたなら詳細を聞かなくてもいいのかよ!」

「詳細は後日メールで送って貰う事にした」

「はあ!?」

 確かにこういう企画案件は詳細の書類があればそれで問題ないような気もする。

 何か質問があれば、それはそれでこちらからメールして聞くって手もある。

 一度顔合わせするのは大切だと思うけど、毎回面と向かった打ち合わせする必要なんてないの、か?

「というか、なんでそんなに急いでるんだよ!」

「急ぐ理由か? そんなの決まっているだろう」

「はぁ!? なんだよそれ!」

「はぁ、仕事で投稿出来ない一カ月分の動画を先にアップ予約しておくに決まっているだろう」

 確かにあの動画投稿サイトには投稿予約って機能があったはずだ。

 その機能を使えば、一カ月サイトにアクセスする事が出来なくても、変わらずの毎日投稿が出来る。

 それはわかるけど。

「いやいやいやいやいやっ。一週間で一カ月分の動画とか無理だろ!」

「何を言っている。無理ではない。やるのだ!」

 この女は本当に一度決めたら曲げないというか、頑固というか。

「わかったよ! やりゃいいんだろ!」

 電車の中じゃ急ぎたくても急ぐ事なんて出来ない。

 大人しく座りながらこの一週間をどう有効に無駄なく使うかの相談をした。

 俺たち[トラウマ]は現在三種類の動画を投稿している。

 月曜から土曜まで、二種類のゲーム実況動画を交互に投稿し、日曜日は顔出し動画を投稿している。

 これから長期休暇である夏休みだって事もあって、現状撮り溜めはないに等しい。

 ただただ動画を撮って投稿するって聞くと、すごく簡単そうに聞こえるが実際はそうじゃない。

 確かに世の中にはただただ動画を撮って、それをそのまま投稿している人たちもいる。

 だけど、トップレベルの人たちは勿論それだけでなく編集という作業がある。

 たった二十分の動画を投稿するのに、二、三時間かけるのが俺たち動画投稿者って生き物なんだ。

 一カ月分って事は三十一本分の動画撮りと編集をしないといけないって事だ。

 単純計算で九十三時間は掛かる計算だ。

 一日二十四時間で、一日八時間寝るとしたら残り十六時間。

 一週間だから作業に使える時間は百十二時間だ。

 となると一応十九時間の余裕はあるんだけど、一週間でたったの十九時間だ。

 食事とか風呂とかトイレとか娯楽とかを全部合わせて十九時間って考えると、めちゃくちゃ短いな。

 というか、今日の時点で既に数時間消費してしまっているわけだし、十九時間も余裕ないな。

 俺たちが動画実況をしているって事は親も知っている。

 だから人目を気にする事なく、自宅で用意を始めた。

「ゲームセッティングオッケー」

「マイクオーケーだ!」

「パソコンもオーケー」

「よし、それでは早速始めよう!」

「だな」

 実況動画って事は当然喋るって事だ。

 という事で軽く咳払いと「あーあー」っと発声確認をしてから録音を始めた。

「がおー、トラだぞ!」

 さてと、一週間頑張るとしますかね。


   ☆ ★ ☆ ★


 次回更新は明日の午後六時です!

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