自分の世界を壊す第一歩
時空転移を行う条件は、転移石の所持。ただ、持っているだけではできない。本人が時空転移能力を持つか時空の扉を利用する必要がある。
前者の場合は、大天使以上が条件で付与される能力で行先も指定できる。時空の扉は、大天使以上の許可証を持って通ることが義務付けられている。その許可証に行先が指定されており、時空の扉自体には行先を指定する機能はついていない。無暗に通ろうとすると、どこに飛ばされるか分かったものではない。更に、許可証がないと転移地点が消えてしまった場合、戻ることができなくなってしまう。そのため、時空の扉には『普通の』天使は仕事の時以外、絶対に近づこうとしない。
そう、普通ならな。
廊下でとんでもない幼女との問答の後、見た目上よろしくないので猫の姿に戻れくださいと土下座した。さすがに、幼女を異世界から誘拐してきた変態クズ天使見習いの称号はもらいたくない。
猫の姿に戻った彼女を肩に乗せ、一時帰宅し、上司に命令された仕事を幼女に早く終わらせろと蹴られながら、泣く泣く終わらせた。そして、迎えた夜。騒ぎを起こさず、起きたとしてもすぐに大事にならないよう仕事をこなしてカモフラージュし、夜に時空の扉に向かうことにしていた。幼女も何故か、夜のほうが都合がいいそうなので。
そして、時空の扉の前にいるわけなんだが。
「なんで、俺も剣を持ってこなきゃいけなかったのか説明願えますか?」
天使には、見習いといえど世界視察の際に何が起こるかわからないので、武器が支給されている。俺が持っているのは、両刀剣だ。形も普通で特に、追加効果があるようなものではない。それを、幼女に持ってくるように言われたのだ。あ、通信端末はいつの間にか壊れてました。俺、何もしてないのに。
「なんで?当たり前でしょう?滅びかけの世界だったら、滅ぼしに。生き生きとした世界なら、そうね、一国ぐらい滅ぼす勢いで。」
「お前の力を試すのにそこでしなきゃいけないのか、びっくりだ。」
一々、物騒である、この幼女。つか、滅ぼすことしか考えてなくてマジで怖い。しかも、とても楽しそうに笑顔で言うから鳥肌が立つ。意外と俺、まだ天使の性が残ってたんだな。
「ほら、うだうだ言っていないで、早く開けて?」
目をキラキラさせながら言うな。怖い。
時空の扉は、他の世界でいう教会のような建物の中に鎮座している。サヴィースには、5ヶ所の時空の扉がある。街中の東西南北それぞれに1ヶ所ずつ。そして、『時空監視庁』の地下に1つあるらしい。らしいというのも、そこには限られた天使しか入ることができない。だから、俺もうわさ程度に聞いたことがあるくらいだ。今じゃ、その噂も大層な尾びれがついていた気がする。興味がなかったから、右から左へ流れていったけど。
そして、この扉を開けるためには、さっきも出てきた許可証が必要である。そこに鎮座している分には、只のでかい真っ白な扉が立っているだけであり、裏に回っても只の扉だ。だがいざ開くと、なんでも吸い込むブラックホールのような奴なので、開かないように鎖付きの南京錠がついている。その、南京錠の中央にくぼみがあり、そこに許可証をかざすのだ。許可証といっても紙切れではなく、なんかよくわからん光る珠だ。今、俺の手元には使用済みの許可証しかない。許可証は、不正に行き来できないよう1回使ったら使えなくなるようになっている。ので、こいつをかざしたところで、扉は開かない。
「…許可証がないから開かないんだった。」
「クズ」
「すいません、俺が見習いなばっかりに。」
なんで謝る必要があるんだ。俺、悪くなくね?とも思ったが、どうしても存在がトラウマになりつつあるのか、条件反射で罵られると謝ってしまう。お礼を言わないあたり、俺はMじゃないんだと実感した。よかった。
すると、幼女が仕方ないとでもいうように、ため息をつきながら扉の前に立った。
「あのー、何をする気なんでしょうか?とてつもなく、いやな予想が立ってるんですけど。」
「開ける手段がないなら、ごり押しするしかないじゃない?」
「うん、その理論俺嫌いじゃないけど、お前にできるのそれ?」
なに当たり前なこと聞いてんだ、このクズと言わんばかりの軽蔑の眼差し。こいつのデフォルト視線は、軽蔑の眼差しなんじゃないだろうか。
この時、俺は完全にこの幼女をなめくさっていた。俺と同じひょろひょろで小さい女の子がそんなことできるはずがないって。できたとしても、魔法で何とかしてしまうんだろうなって。次の瞬間、その想像を全部ぶち壊された。
幼女は、影を操り武器を作り出した。もう今更、猫から幼女になるような奴だから、そんなことでは驚かない。驚いたのは、武器の方だ。
「…お前、そんな身丈に合っていない武器使えるのか?」
そう、柄の長さが明らかに幼女の2倍以上のデスサイズ。鎌の部分もかなりでかい。これを振り回すのか?いやいや、見た目だけで魔法を使うための杖代わりなだけだろ。
「おるぅあああっ!!」
とっても威勢のいい、幼女には似合わない声を出しながら振り下ろした。すると、大きな鎖付きのカギが真っ二つに割れ、埃を巻き上げながら落ちた。真っ白な大きな扉がゆっくりと開いていく。
「ほら、開いたわよ。」
「うん、開いちゃったね…」
俺は、呆然としながら扉が開いていく様子を眺めていた。幼女はいつもの軽蔑の眼差しを呆けてしまっている俺に向けて右腕をつかむと、引っ張るようにして時空の扉の中へと入っていった。
扉を抜けた先は、夜だった。森の入り口のような場所に立っていた。の割には、とても騒がしい。
「扉の鍵を破った時点で、十分なくらい見せてもらった気分なので、もう帰りたいです。」
「何言っているの!これからじゃない!!」
楽しそうだな。俺は全然楽しくないぞ。
「よりによって、とっても元気な世界ですね…」
「ええ!!!とっても素敵だわ!!!!!」
「戦争真っただ中じゃねーかよ!!!!バカ!!!!」
騒がしい方に目を向ける。そう、自分たちがいる場所から少し離れた場所で『兵器』を使っての戦争が行われている。歩兵もいるが殆ど『兵器』の攻撃に巻き込まれていて、地獄絵図状態だ。そもそも、俺が『兵器』と形容したそれらも、本当に平気なのかわからない形をしている。四足歩行をする動物かむしのような形をしており、人が乗っているのかもよくわからん。敵だけではなく、味方であろう人間すらまとめて踏みつぶしながら兵器同士で戦っている。なんなんだ、この戦争?
更に恐ろしいことに、この幼女は単身で突っ込んでいこうとしている。確かに、滅茶苦茶とんでもない力を持っているのは理解している。けれども、流石に万単位の人間や『兵器?』を相手に一人で戦うのは、無謀にもほどがあるだろう。大体、あのよくわからん『兵器?』に潰されかねない。
「ちょっと、掴んでる手を放してくれない?」
「いやいやいやいやいや、お前、何考えてんの?力を見せてもらうのはわかってるけど、無謀すぎるだろ!!」
「何言ってんのよ。これを全部潰してこそ、でしょ。大体、この程度じゃ私の力を証明できるわけじゃないし。」
「はあ?」
もう意味が分からん。さっき、どでかい南京錠を破壊した時点で、とんでもない力をお持ちなのは理解できてる。けど、この小さい体にそれ以上の力が詰まってるとは、どう考えても想像ができない。
「ほら、さっさと行くわよ。」
「え、俺も行くの?」
「私一人でもいいんだけど、あのわけわかんないデカブツに踏みつぶされるのも嫌だし、護衛してちょうだい。近くで見たほうがよくわかるでしょ?」
まじかー。俺行かなきゃだめですかー。
護衛したって、俺よりもはるかにデカいんだから一緒だと思うんだが。後味が悪いのもあれなので、渋々ついていくことにする。
「そういえば貴方、天使でしょ?どういった能力を持ってるの?」
「いやー、魔法使えるけど使えないんですわー。ので、物理オンリーで行きます。」
「はあ?何言ってんの?天使が魔法使えないとか、使えな」
「頼む、言わないで。自覚はしている。攻撃魔法は味方に飛んでいき、回復すればダメージが入り、強化すれば弱体するような魔法、いらんだろ。」
再三のゴミでも見るかのような、軽蔑の眼差し。いや、冗談抜きでこんなもんなんだ、俺の魔法スキル。ぐうゴミ。
「…仕方ない。黒魔法系なら私も使えるからいいけど、回復魔法は使えないから、自分の身は自分でどうにかしてね。」
「え、君が怪我をした場合は…」
「自分を回復する手段はあるわ。それ以前に、貴方が護衛するのだから怪我はしないわよね?」
睨まれた。かしこまりました。しっかり護衛させていただきます。
この世界の情勢が分からないし、まず、この世界がどこなのかもわかっていない。見た目からして、二つの国が戦争をしているようだが、どちらを潰す気でいるのだろう?いや、まさかな。しかし、今までの流れを考えると…。
「もちろん、事情なんて関係ないからどっちも潰す。そこに居るのが全て敵よ。」
「うん、知ってた!やっぱり、お前頭おかしいわ!!一応、まだこの世界は滅びる予定ないぞ!これがきっかけで、滅亡が始まったらどうする?!」
「なら、世界ごと消すまで。」
だと思ったー。これ以上、事を大きくしたくないんですけど。
しかし、それで捕まって『消滅』させてもらえるなら儲けもんかな。前向きに考えれば、この下らない生から解放されるんなら、こいつを手伝ってやるのはありだ。そうか、俺がこいつを拾ったのは偶然ではないんだな。どっかのよくわかんない神様が俺に気を利かせて、拾わせてくれたんだ!どっかのよくわかんない神様ありがとう!!!
「言っておきますけど、貴方の事は『消滅』させる気はありません。気に入ってますから。」
「なんだろう、見た目かわいい幼女に言われて嬉しいはずなのに、中身がアレ過ぎて喜べねぇわ。」
「どっからどう見ても、絶世の美少女でしょう?性格含め。」
「世界破壊を望む性格が可愛いと判断される判断基準が、どこの世界にあるのか教えてもらっていいか?」
どっかのよくわかんない神様、お恨み申し上げます。とんでもねぇ悪魔じゃねぇか、こいつ!!!
ご機嫌で戦場に突っ込んでいく悪魔な幼女の後ろを、死んだ目をしながらついていく。この時、十分地獄だったのに、更に地獄を見る羽目になるとは思ってなかった。
戦場が近くなるにつれて、血の匂いが強くなってくる。気持ち悪い。
ムカつくけど、どっかの後輩の言う通り、戦闘部隊なんて俺に向いていないんだろう。…ここは少し異常だが。あの『兵器?』は、相変わらず敵味方関係なく人間を踏みつぶし、砲撃で敵の『兵器?』を攻撃している。地面は、血で染まり人間『だった』ものが至る所に散らばっている。人間の形を留めているモノを探す方が難しいだろう。そんな中に、とっても楽しそうにデスサイズ抱えて立つ幼女が一人。もう、笑い話にもならないくらい怖い。トラウマになる。
「ああ、素敵。こんなにひどい戦争、滅多にお目にかかれないわ。」
「……。」
もう、ツッコミや返事をする元気もなくなってきた。なんで、こいつの言うこと聞いてここまで来てしまったのか。今更、後悔の念が湧いてきた。これだけ人間が死んでいるのに、これ以上殺して力を示すとかもう、本当に頭がおかしい。
「そういえば、どうして戦場を選んだのか、明確な理由を伝えてなかったわね。」
「人間を殺せればいいんじゃないのか。」
「それもあるけれど、それ以上に今、お腹がすいてるのよ。:
「あるんかい。…って、は?腹がすいた?」
「そう、お腹がすいたの。だって私、
吸血鬼
だから。」
「はえ?吸血鬼?お前が?」
「そうよ。超大雑把に説明すると、吸血鬼になった人間だったものを食べた猫よ。おかげさまで面白おかしく生活させてもらってるわ。」
なんだか、とんでもないことサラーっと言ったぞ、この幼女。吸血鬼になった人間だったものを食べた猫?どれが本体なんだよ。そもそも、どうなってそうなった?どうなってるんだと。いろいろツッコミどころ満載だが、ツッコむ暇もなく死屍累々の中へ走っていくので、追いかけることに意識をシフトした。
次の瞬間、文字通りの血祭りが始まった。幼女が一薙ぎで周囲にいた人間を一掃した。多分、二桁以上はいた筈だ。これくらいは、南京錠の件があるから驚くほどのものでもないかもしれない。デスサイズを振るう幼女の後ろに多数の影が浮かび上がった。それは、血だまりの中から出てきており、段々と人間の形を取り始めた。
「あぁ、貴方達もお腹がすいていたのね。どうぞ、好きなだけ食べるといいわ。」
幼女の言葉を聞いて、影だった者たちは一斉に戦場の中へ駆けて行った。あちらこちらから、悲鳴が聞こえてくる。こんな事、俺は、望んでない。望んでなんかいないはずなんだ。さっきだって、血の匂いで気持ち悪くなったじゃないか。
「あら、さっきまであんなに嫌そうだったのに楽しそうね、トワロ。好い笑顔よ。」
自分でもわかるほどだ。そう、今、俺は笑っている。そうだよ、そうじゃないか。人を人とも思わない奴らが気に入らなかったじゃないか。こいつらは、正にそれじゃないのか?だったら、今この戦争に参加している人間どもは粛清すべきだ。壊したいって思っていたじゃないか。この子とならそれができる。
「あー、うん。…楽しいのかな。」
「なんだか、煮え切らない返事ね。」
「楽しいとも違うかなって。やっと、自分で手を下せる時が来たんだなって。」
天使は、規律に沿って生き公正であること。
物心ついた時から言われてきたことだ。俺からすれば、規律自体が天使の都合で作られたものなんだから、公正であるはずがないんだ。なら、そんなもんぶっ壊してしまえ。ここの奴らには申し訳ないが、ちょいと釣りの餌になってもらう。
「ちょっと、俺もやっていい?…お口の周りがケチャップを口にかっこんだようになってますが。」
「お食事なうよ。お好きにどうぞ。護衛さえ忘れなければ。」
お食事なうって…。その見た目で、男らしく口を拭うな。
護衛いらねぇだろと思ったが、口には出さないでおく。俺は餌になりたくない。
「一応、聞いておくけどどういう気の変わりようなのかしら?」
「君と一緒にいる限り、『消滅』はできないみたいだから、天使を『やめて』やろうかなって。」
ここまで来たら、堕ちるとこまで堕ちたっていいじゃない。どうせ、全部ぶっこわすんだから。
幼女は、俺の言葉を聞くと嬉しそうに笑い、デスサイズを構え直した。
「やっぱり、貴方には素質があったのね。貴方の目の前で行き倒れたふりをして正解だった。」
「わざとだったんかい。」
「あと、私の事を蹴飛ばしかけたの、忘れてないからね?」
「あれは、わざとじゃないって!!」
「私にいっぱい餌をくれたら、チャラにしてあげる。」
本当になんちゅう幼女だ。
まあ、どっちにしろやることは同じだ。ここで暴れまくっていれば、あいつが来るはずだ。
今の俺は、きっと世間一般でいう天使のイメージからかけ離れた笑顔を浮かべているんだろう。それほどに、気分が高揚している。
護身用にと持ってきた剣を右手にしっかり握り、餌を前に暴れている幼女の背中を追いかけた。