やろうか、試合。
文字少なくて済みません。
僕は部屋に帰り、清水とはじめて話した時のことを思い出していた。そのときまで、お互い顔は知っていたが直接話したことはなかった。
ー中三の秋
「成瀬さん、今日の練習試合は出ないんですか?」
「君達の代になったんだし僕が出るのはおかしいだろ?一応道具は持ってるけど。」
僕は引退して受験生になっていたが、割と余裕だったので顧問の先生から後輩の引率を頼まれていた。総体に出れなかったことはそれで許す、と言われたのでやることにしたのだ。ちなみに一吾はこの頃必死に勉強していた筈だ。
「でも相手は県大会優勝の三年が二人出るみたいですよ?」
「え?引退してないの?」
「なんか高校でも続けるからってまだ引退してないみたいです。」
「へぇ〜、僕はもうやらないからなあ。」
「そうなんですか?成瀬さん強いじゃないですか!総体だって出てれば県大会は優勝してましたよ。」
僕を見るキラキラした目が痛い。
「買いかぶりすぎだよ。ほら、そろそろ君達の出番だ。君も僕にばっか構ってないで部長として部員をまとめてくれよ。」
「はいっ!見ていてください!」
若干力みすぎだが、大丈夫だろうか。
「わかったよ、じゃあ頑張って。」
今日の相手は県でも強豪の学校だ。僕の学校はそこまで強くないけど、相手も新体制なのでまず近所のうちと練習試合をしたいようだ。
「それでは、練習試合を始めます。礼ッ!」
「「お願いしますっ!」」
ー
後輩たちはそこそこ善戦している。まあ負け越してはいるけど。
しばらく試合を続けていると、向こうの三年が二人、参加し始めた。県大会で優勝した、男子の田中と女子の清水だ。うちの後輩は当然負ける。全員当たったが結局勝てる奴は一人もいなかった。
そりゃあそうか。一吾でさえ田中と県大会の決勝で当たって接戦の末に負けたらしいからね。
「そんなもんなのかお前らの学校は!」
手応えがなかったのが不満なのか、田中が明らかに見下した態度でなにやらほざいている。
「弱すぎだろ!そこで見ている三年の奴も雑魚なんだろ⁉︎」
うん?何回か大会で当たって君に勝ってるけど?
まあ面倒だし流そう。
「まあそうかもね、でも後輩はそんなに悪く言わなくてもいいだろ?経験が違うんだから。」
「雑魚を雑魚つって何が悪いんだよ。三年でもお前らの前の部長も雑魚だったじゃねえか!こいつらもどうせもう一年やったって雑魚のままだろ!ハッ!所詮弱小校だな!」
これはキレてもいいと思った。
「そう悪く言うなよ。」
「なんだ?文句あんのか?雑魚部長に義理立てしてんのかよ?悔しかったら一本でも俺から取ってみろよ!」
一悟のいないこの場でそれを言うんなら、僕がけじめをつけねばなるまい。
「やろうか、試合。」
道具を持ってきていて良かった。心からそう思う。
ー
試合は一瞬で終わった。
僕は全く容赦しなかった。試合が始まった瞬間に田中の面をカチ割る勢いで打った。
田中はよろめいて倒れる。
「一本ッ!」
道場が一旦静まり返り、すぐに喝采に転じた。
「流石っす、成瀬さん!」
後輩たちは涙を流さんばかりだ。気恥ずかしいのでやめてほしい。
するともう一人の向こうの三年が話しかけてきた。清水だ。
「見事な試合だった。うちの者がすまない。私から謝らせてくれ。」
「気にしないでいいよ。今ので満足したし。」
「ところで、私とも試合をしてくれないだろうか。」
「もう勘弁してくれよ。僕は受験生なんだ。」
ー
これが清水との知り合ったきっかけだ。
高校で再会し、剣道部に熱烈な勧誘をされたのはのちの話。