メンデレーエフだろ
次の日の朝から訓練は始まった。まずは魔法の訓練だが、朝に弱い僕はぼんやりしながら説明を聞く。今日も昨日と同じ老人が説明をしていた。
「大分申し遅れましたが、儂は魔法師団団長のロッタスと言いますじゃ。」
ロッタスっていうのか。見た目でいうとメンデレーエフなんだけど。僕は化学の教科書を思い出す。
「なあ水月、どう見てもメンデレーエフじゃね?」
「全くもって同感だ。」
やり取りが聞こえたのか、清水に睨まれる。だがちょっと笑いを堪えた表情だ。他にもニヤついてる奴がいる。やっぱりメンデレーエフだろ?
メンデ…ロッタスさんは続ける。
「ここでは主に通常魔法の使い方を教えますじゃ。通常魔法と言うのは魔法陣を作って魔力を流し込んで発動させる魔法ですじゃ。昨日ご説明した固有魔法は人によって発動の仕方が違うので、それは各自で見つけて欲しいですじゃ。」
みんなのテンションが上がってきたのがわかる。かく言う僕も少しワクワクしてきた。前回は苦手だったが、千年後なら魔法も簡単になっているかもしれない。
ー
魔法は難しい。それは普遍らしい。
さらに説明を受けて、実践を始めてから一時間程。僕は全く成功していない。魔法の発動というのはまず自分の魔力を把握する事から始めるのだが、一悟のそれに付き合っていたら無駄に時間を食ってしまった。僕は出来ると、たかをくくっていたんだ…。魔法の形態がこんなに変わっているなんて。
「お!できた!」
そんな事を考えながら練習に励むこと数分、初の成功者が出た。一条だ。手元の魔法陣から小さい火の玉を発射している。やっぱりか。異世界に来てからの強化率が一条だけ一つ抜けている。なんとなく気配のようなもので察していたが、当たっていたようだ。まあ、いわゆる主人公というやつだ。
「すげえな一条は。水月はどうだ?」
まだ成功していない一悟が聞いてくる。
「うーん、微妙だな。僕魔法苦手なんだよね。」
「一回ここに来てるのにか?」
「千年も経てば魔法も変わるらしい。」
「そうかー、おお!できたぞ!」
話しているうちに一吾も成功した。他にもちらほら成功者が出始める。なんで僕できないの?
「あ」
ついに火が出た。成功だ。
最後の方になってしまったが、僕は満足だ。全員が一応出来たところで魔法の訓練は終了した
ー
昼食をはさんで次は剣術の訓練だ。教えてくれるのは騎士団長のゴードンさん。見た目は騎士っていうか山賊で剣より斧が似合うナイスミドルだと僕は思う。立ち姿に隙が無いのでなかなかの手練れのようだ。
「俺は騎士団長のゴードンだ!お前らは召喚の影響で身体能力が上がっているとは言え、戦闘に関してはど素人だ!心して訓練しろよ!」
これは非常に的を射ている。確かに彼らは異世界に来て、身体能力が上がっているが戦闘に関してはど素人だ。武道をやったことがある生徒も中にはいるけど、殺し合いは違う。死が近いんだよね。
「まずは基本からだ!」
僕達に配られたのは両刃の剣。僕は自分の聖剣が刀で、両刃の剣はあまり使ったことがないのでしっくり来ない。一吾や清水も剣道経験者なので他の人よりは慣れた様子だがやっぱり勝手が違うようだ。
剣術の方は特に問題なく、その日は剣の持ち方、振り方などを教わっただけで終わった。初心者はそれだけで筋肉痛だろうけどね。
今日はよく眠れるだろうな。
ー
訓練が始まってから数日が経つ。この日は訓練が休みで、僕は王宮を散歩していた。僕は千年前にここの建国に関わっているので王宮の間取りは把握している。
しばらく歩き回っているとをしていると、訓練場の近くまで来ていた。中から何か聞こえる、行ってみるか。
ーー→
沼田正吾はいじめられっ子だ。内気な性格や運動神経のなさはいじめっこ達の格好の的だった。異世界に来てからもそれは変わらないようで、魔法も剣術も勇者の中では最下位の沼田はいじめられていた。
この日、沼田は歩いているところを呼び止められた。
「おい!沼田!俺魔法の訓練がしたいんだけどよ、ちょっと付き合えよ。」
柿崎と野村だ。日本では、この二人にいじめられた。
「いや…でも…」
「なんだよ!協力できねえのか⁉︎」
「う、うん…わかった。」
ここでも同じで柿崎と野村には逆らえない。半ば強制的に沼田は訓練場に連れていかれた。
訓練場に着くと、不自然な笑いを顔面に張り付けた柿崎が口を開いた。
「俺たちは動く的に魔法を当てる練習がしたいんだよ。分かるか?」
「えっ?」
「ギャハハハ!分かってねえよ、こいつ!」
「いくぜ?ほらほら!逃げろよ!」
魔法を習いたての彼らは早く人に試してみたくて堪らないようだ。沼田の返事も待たず、躊躇なく魔法を放ってくる。
「痛い!やめて!」
「うるせぇ!役立たずが!的くらいできるだろ!」
火の魔法が容赦なく沼田に襲いかかり、火傷を負わせていく。
ーその時
「やめて!二人とも!」
鈴木千里が助けに入った。
「な、なんだよ…引っ込んでろ!」
「なんで沼田なんかかばうんだよ!怪我すんぞ!」
「うるさいっ!」
それでも柿崎と野村は魔法を放つ。鈴木にも火が襲いかかった。鈴木は咄嗟に結界を展開し、それを防いだ。
「鈴木さんっ!危ないッ!」
「はっ!こりゃいいや!耐えろよ!」
二人は魔法をやめない。躊躇なく放ち続ける。間断なく襲いかかる魔法に、鈴木は限界に達していた。しかし沼田はなにも出来ず、おろおろすることしか出来ない。
「くっ…もう限界!」
「鈴木さん!」
「へっ!喰らえや!」
「なにやってんの?」
怒気を通り越し、殺気を含んだ声が響いたのはその時だった。
←ーー
僕は目を疑った。見間違いじゃなければ柿崎と野村が鈴木と沼田に魔法を放っている。
少し…いや、大分頭にきた。気狂いに刃物とかこの事か。思わず殺気を放ちつつ、僕は話しかけた。
「なにやってんの?」
柿崎達が振り向く。
「あ?なんだよ!お前にはかんけーねーよ!」
柿崎達は魔法を得て気が大きくなっているのか、高圧的だった。
「ふーん、そうなの?沼田、鈴木。」
「え、いや…」
二人の目を気にしてか、こんなときでも沼田は口ごもる。それを庇うように鈴木が前に出て言った。
「柿崎君と野村君が沼田君に乱暴してて、私が止めたらあんな…」
「成る程ね…柿崎、僕は前にも言ったよ。覚えてないのか?」
「うるせえ!ここに来て俺たちも強くなったんだよ!前みたいに勝てると思うなよ!テメェもコイツらと同じ目に合わせやるよ!」
沼田をいじめるのを止めた時、僕にまで殴りかかって来たので返り討ちにしたのを覚えていたのか。逆恨みはやめてほしいな。
「力を得ても使い方を間違ってちゃ意味がない。」
思い上がるのも当然だ。こっちに来てから、僕は目立たないよう本気を出していないんだから。
「うるせえぇッ!」
二人はいきなり殴りかかってきた。
遅い。いくら異世界に来て、身体能力が上がっていると言っても、僕とは格が違う。
彼らに視認できない速さで後ろに回ると二人の肩に手を置いた。
「殴られるのは誰だって?」
「な、なんだ!お前!」
沼田は二人は焦った様子でまた拳を振りかぶる。
流石に二回もやり返さないほど僕はお人好しじゃない。今度は二人の顔面を掴み、前方へ投げ飛ばした。
ドオォォン!
結構痛そうな音を響かせ、二人は壁にめり込んだ。
ぴくぴく動いてるし…まぁ無事だろう。
「大丈夫?二人共。」
出来るだけ優しげな笑顔で沼田と鈴木の方を振り返る。
「う、うん。」
なんか二人とも引いてない?
「つ、強いんだね、成瀬君…柿崎君と野村君、結構クラスで上位の強さなのに…」
「あっ…」
つい頭に来てやってしまった…多少は仕方ないとは思っていたけど、二人が上位っていうのはすっかり忘れていた。
僕のクラスでの位置付けは「魔法も剣技も人並みだよね」って感じなのに…
どうしようか…?
メンデレーエフはアレです、元素表の人です。