またか
結構不定期更新です。
「グオオオオオッ!!!」
その竜の咆哮は大気を震撼させ、草木を揺らし、両の鼓膜にビリビリと刺激をもたらした。気の弱い者であれば、聞くだけで卒倒してしまうかもしれない。それ程までに眷属を殺された竜の怒りは凄まじく、その荒れ狂う姿はまるで暴風のようだった。
そして僕は今、折り重なる竜の屍の上に立っている。つまりあの竜を怒らせた犯人なのだが、それは生存競争ということで一つ許して欲しい。
そんな僕の手には、聖剣とは名ばかりの妖刀が一振り。あの竜の血を吸わせろという強烈な思念が伝わってくる。
今更ながら、僕はなにをやっているんだろう。
もうすぐ受験シーズンだというのに、僕ときたらなんか世界の危機的なアレで異世界に召喚され、邪竜を倒すことになっている。もう「僕は成瀬。どこにでもいる中学生さ!」みたいなモノローグは使えないだろう。
「なんか急に冷静になってきたな」
ここに来て引き返そうという考えは微塵もないが、妙に思考が冷めてきた。そんな自分に思わず溜息をつく。
「どうした?ため息なんてついて。」
「お、なんだ?ここに来てホームシックか?」
「それはそれでスゴいわね……」
現地産の仲間たちは三人とも気のいい連中だ。友達なんて呼べるのは彼らだけだし、彼らの世界のためにもう少し頑張ってみよう。
「そんな訳ないでしょ」
「ま、なんでもいいけどよ。これで終いだ。死ぬなよ?」
「まだ死ねないさ」
「そろそろ来るわよ?」
「じゃ、行こうか」
「「おうっ!」」
僕達は竜に向かって走り出した。
ー
僕の名前は成瀬水月、今年の春、高校に入学したばかりの高校一年生だ。どこにでもいる、なんて世迷言を吐くつもりはない。誰もが同じように特別であるのだ、なんて哲学的な意味ではなく、異世界に呼ばれたことのある人間は僕ぐらいのものだろうということだ。
魔法でもかけられたのか、異世界の記憶はぼんやりとしていて思い出せないが、五年間は向こうにいたはずだ。こちらでは大して時間が経過していなかったので周りから見れば数日で身長が伸びた不思議少年だろう。
良くも悪くも、五年間の歳月は僕を変えることになった。具体的に言うと、平和のありがたさをしみじみと感じるようになった。安心して寝られるというのは素晴らしいものだ。
あと、引退した軍人が主人公の映画とかか好きになった。主人公の気持ちがよくわかる。
とにかく、高校一年の秋がはじまろうとしていた。
ー
街路樹が色づいてきたな、なんて思いながら教室に着くと、同級生の佐藤一吾と目があった。
「よ、水月」
「ああおはよう」
一吾は中学からの同級生で、仲のいい友達だ。部活も同じ剣道部だったので付き合いはかなり深い。高校では二人とも帰宅部なので、よく一緒に帰っている。
一吾は僕と違い社交性が高く、だれにでも気さくに話しかける、クラスでも中心の方にいる奴だ。僕が異世界に行ったことを知っている数少ない人物でもある。突拍子もない話に「そうか、そりゃ大変だったな」なんて真顔で言った時は驚いた。いや信じてないだけだなこれ。
他愛もない話をしていると、一吾が肘でつついてきた。
「おい、なんか清水が睨んでんぞ」
「げ…」
清水は睨むだけでなく、つかつかと歩み寄ってくる。
「少し早く来れないのか?成瀬。ギリギリだぞ。」
「…全力なんだけど」
「なにぃ?」
「まぁまぁ、遅刻じゃないんだし…」
毎回僕に文句を言ってくるのは風紀委員の清水絵理。美人だが厳しい性格で、融通が利かない。僕は朝が弱いというのに、鬱陶しいことこの上ない。
毎回それをなだめてくれるのは学級委員長の一条光輝、少し頼りないところもあるが、まぁ、イケメンだし、いいんだろう。
「ふん、今度から気をつけろよ」
「善処します。」
丸く?収まったところで一吾が二人に挨拶をした。
「オッス、清水、一条。」
「うん、おはよう。ところで今日の放課後、文化祭の話し合いをするから残ってくれるか?」
「別にいいけど…水月は?」
「なら僕も残るよ。」
「ありがとう。じゃまた放課後ね。」
清水と一条は離れていった。
「やっぱり一条は押しが弱いな。」
「そう?まあいつもは大山がいるからね。そうは見えないだけかもしれない。今日はどうしたんだろう。」
大山というのは一条の幼馴染、大山剛のことだ。一条程じゃないが、カリスマがあり、とにかく頼れる男でクラスメイトからの信頼も厚く、教師からも覚えがいい。こうして並べてみると凄いな…
「大山はトイレ行ってるだけだ。お?水月、いつものだぜ。」
さっき清水が歩いてきたのと同じルートで女子が歩いてくる。
「成瀬、弁当は?」
「あるよ、はいどーぞ。」
「ありがと。」
今のはクラスメイトの白沢だ。白沢とは、ある一件で知り合って以来、僕が弁当を作ってやっている。
実は僕、料理が出来たりするのだ。しかし!弁当を作るには早く起きなければいけない!
「相変わらず美人だなー、白沢。なんで仲良くなったんだよ水月。羨ましいなー。」
白沢飛鳥は美人だ。色白、ちょっと茶色がかった黒の長髪、モデルのようなスタイル、大人びた感じ、気怠げ、これらを合わせて出来たのが白沢だ。胸の大きさはそうでもない。でもまあ男子にはモテる。個人的には身長が170の僕より少し高いので嫉妬している。
「まあいろいろね。」
「なんだよ〜教えろよ〜水月ぃ」
ウザい……
しかし白沢の件は結構デリケートなので、おいそれと口外できない。
そんなことを思っていると、なにやら後ろが騒がしくなっていた。
「おい!つったってんじゃねぇよ!土下座だろうが!」
「そーだよ!土下座しろよ!」
「ご、ごめん…」
騒がしいのは不良の柿崎とその腰巾着の野村。
いつも沼田をいじめている。沼田は典型的なオタクという奴で、気弱なので、格好のいじめの的になっている。クラスメイトは一条達を除き、見て見ぬふりをする者が大半だ。僕は何度か拳骨とともにやめろと言ったのに、中々学習しない。
僕が止めようかと思ったその時ー
「やめなよ!柿崎くん、野村くん!」
二人を止める声が響いた。まあ、これもいつもの事だ。
「チッ邪魔が入ったな」
「大丈夫?沼田くん。」
「う、うん大丈夫。」
止めたのは鈴木千穂という女子だ。清水、白沢とは違ったタイプの美人で、いつもクラスの中心にいて、笑っている感じの元気な子だ。
なんで沼田に目をかけるのか、僕を含め多くの生徒が疑問に思っているだろう。まさか僕だけが気づいてないなんてことはあるまい。
キーンコーンカーンコーン
チャイムが鳴り、全員が席についた。担任が出席を取りはじめた。
ー放課後
僕は欠伸を噛み殺しながら話し合いに参加していた。今日の授業も退屈で寝ようと思ったのだが、清水が睨んでくるので寝るに寝られず、今に至る。
話し合いもまとまり、解散という流れになった時、異変が起きた。金色に光る模様が教室の床に浮き出たのだ。
ーあれ?なんか見たことあるな…魔法陣?そうぼんやりと思いながら僕は意識を失った。
ー
どれくらい意識を失っていただろうか?目を覚ますと、見慣れない部屋の床の大理石の上に僕達は寝転がっていた。しばらくすると他のクラスメイトたちも起き上がり、あたりを見回しだした。薄暗く、ここが何処なのか確認出来ない。しばらくすると、壁に光の線があらわれた。ああ、扉か。僕がそう思うと同時に、扉が押し開けられ、息を弾ませた老人が現れた。
「ようこそおいでくださいました!勇者様方!」
老人は一息にこう叫んだ。
…またか。おぼろげながら事情を察した僕はうんざりしながら、老人に連れられるがまま別室へ向かった。おそらく異世界に召喚されるのが初めてであろうクラスメイトと共に。
先ずは人物紹介って感じでつまらないですが、どうぞよろしくお願いします。