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第3キャラの領地経営  作者: 寿 佳実
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第8章 - 反撃

苦しむ胸を押さえつけるようにして何とか自室まで歩いてきた私はベッドの上にうつ伏せに倒れこむと半回転して天井を見上げる。これからのことを考えてみるが思考はぐるぐるするだけで解決策に至らない。何時かいたのか全身が汗でびっしょりで下着が肌に張り付き気持ち悪い。まだ少し時間がある。今後のことを考えるためにも気持ちをリフレッシュしなければいけない。


「湯浴みをします。用意をなさい。」


幸いなことに今ブライアンの魔法の力で強制されている制限はなく、日常の生活をすることに何の問題もない。またメイド達にも何も強制されていない。リフレッシュのための入浴をすることに何の問題もなかった。部屋の入り口で心配そうに待機していたメイド達も私のその声を聞くとあわただしく湯浴みの準備を始める。


本当の中世世界なら湯浴みというだけでお湯を持ち運びする重労働をメイド達に課することになるのだが、UUO(ゲーム)時代の謎システムがそのまま現実となったこの世界ではバスタブに付属したバルブをひねるだけで適温のお湯が出る。現代日本ならほぼ当たり前のシステムがここにあるだけでメイド達の苦労はかなり軽減されていた。


ただこのバスタブ、購入するのに結構ハードルが高いアイテムだった記憶がある。まずある程度の広さの家を持っていなければいけない。UUOでは狭い家は割と安く買えるが、広い家はとても高価だ。普通にゲームを楽しむ分には狭い家で十分なので、広い家はマニアックなプレイヤーが趣味で買う贅沢品と考えられていた。それに爵位を持ってNPCメイドを雇っていなければいけない。アレクサンダーはお金の使い道に困る世界に突入していたし、爵位を手に入れたことでそれに見合う環境を作ろうと趣味に走って様々な物を、たとえ一見無意味なアイテムでも買っていた。その一つが広い家とそこに置く置くバスタブなどの家具とそれを管理するNPCだった。勿論UUOは生活ゲームのように衛生ステータスや空腹ステータスがあったりはしないので、これらの家具やNPCは本質的にただの飾りである。でも蛇口をひねればお湯が出るとか、話しかけると礼をして答えるとか、無駄に凝ったギミックに購入直後は結構はしゃいだものだ。そんなバスタブだったから持っているのは金持ちで貴族位を手に入れたプレイヤーぐらいかもしれない。この世界ではこの城などそういったプレイヤーのキャラクターが本拠地にしていたいくつかの場所でしか見ることができない貴重品かもしれない。つまりあっても貴族の館だけで、庶民には手の出ないアイテム、ということである。ただメイド達はそういうバスタブがあるということを不思議には思っていないようで、言いつけられてすぐにバスタブに湯を張りに行くメイドが一人いるだけで、あとの者はタオルを用意したり、私の着替えの準備をしている。メイド達に服を脱がされながらそんなことを考えていた。


「お嬢様、湯加減は如何ですか?」

「もう少しあったかい方がいいかな。」

「それではお湯を足しますね。」

「うん、ちょうどよくなった。」

「それでは右手をお出しください。お洗い致します。」


メイドに手を洗ってもらいながら今後のことを考えるが、別にいい考えが浮かぶわけではない。左手、右足、左足と洗う場所が変わっていってもそれは変わらない。全身を洗い終わり、湯船から出てタオルで体を拭いてもらっている間も変わらなかった。


「お召し物はどうなさいますか?」

「動きやすい服を…そうね、ブレザーワンピースで良いわ。」


下着をつけさせてもらいながらメイドの質問に答える。汗が気持ち悪かったから湯浴みしたのでまだ寝るわけではないからナイトガウンやバスローブはまだ早いと思われた。普段着に着替えることにする。メイド達が下着を着せてその上にワンピースを着せてせてくれる。グリーンのワンピースの上に濃紺のブレザーを着ているように見えるブレザーワンピースだ。


「お嬢様、如何でしょうか。」


メイドの一人が椅子を持ってきて座らせてくれる。別のもう一人が姿見をもってきて自分を確認できる位置に建ててくれる。椅子に座ったまま自分の姿を確認する。キャラ作成時に普段着設定でみたときのままだ。いや、少しは大きくなったかな。まだこの世界で覚醒してから一月も経っていないのだから育っていたとしても大きな違いがあるはずもない。

私が自分の姿を確認している間にメイド達は髪を梳いてヘアピンで留め、胸にネックレスを飾り、腕にブレスレットを付けてくれる。ネックレスとブレスレットは宝物庫で見つけてきた効果の不明なマジックアイテムだ。その魔力が私の体を包み込むように広がるのが判るが、それがどのような効果なのか判らない。ちょっと不安になるが、ひょっとしたら…。


「鏡…反射…ブレスレット…魔獣の革…たぶん…だけど…確認できるかな?」

「何のことです?」


私の独り言にメイドの一人が反応する。丁度いいから聞いてしまおう。


「この城の書庫ってあるのかな。調べたいことがあるんだけれど。」

「ございますよ。メイドの一人が本好きでよく通っておりますので、彼女ならどんな本があるかある程度把握していると思います。」

「その()を呼んでくれる?」

「畏まりました。」


湯浴みですっきりした気分で窓の外を眺めながらしばし待つ。


「お待たせいたしました。ニーナと申します。」

「書庫の蔵書に詳しいと聞きました。」

「はい、本を読むことと本を整理することが好きで、書庫内の本であればある程度把握しております。」

「案内してくれる?」

「かしこまりました。」


他のメイドが首を垂れる中、ニーナと共に書庫へ向かう。書庫は宝物庫のちょうど上ぐらい、二階の一番奥にあった。宝物庫と違い扉は一見普通の扉だが、鍵はかかっている。ニーナが鍵を取り出し、扉を開ける。


「どういった本をお探しでしょうか。」

「マジックアイテムの形状と効果が判るものがないかしら。」

「マジックアイテム…ですか…、『伝説の武具の伝承』『伝説の実在の可能性』といった本に伝承が書かれておりますが、形状については眉唾なものが多くて…。」

「アクセサリについては?指輪とかネックレスとか。」

「魔法に関係ないのであればこちらの『コーディネートにおける宝飾品のセオリー』がおすすめですが、魔法付きのアクセサリとなるとちょっと思いつきませんね。」

「じゃあ、アクセサリに魔法の力を付けることについては何か本があるかしら?」

「素材による効果であれば素材毎に解説した本があったと記憶しています。ここにある『宝石による魔法付与効果』、『魔獣の皮革の見分け方と使われ方』『魔性金属の鍛造と鋳造』などですね。」

「ありがとう。よくここには来ているの。」

「はい。非番の日はここで本を読んでいることが多いです。リチャード様とシャルロッテ様にはご許可を戴いておりました。」

「今後も良いわよ。持ち出したりしなければ。」

「はい。それは気を付けております。」

「それじゃあ、調べ物をするから、待ってて。」

「畏まりました。」


私はニーナが示した本棚から「魔獣の皮革の見分け方と使われ方」と書かれた古くて重い本を引っ張り出した。危うく転びそうになりながらなんとか持ちこたえ、机の上に広げることができた。それに知りたいことが書いてあることを期待しながらページをめくる。


---------


ブライアンが私の私室に入ってきた。私はメイド達に下がるように命じ、部屋の中に残ったのは二人だけとなった。それを確認するとブライアンは邪悪でいやらしい笑みを顔に浮かべると両手を上にあげ、舞うように動かした。聞き取れないがその口は何かの呪文を呟いている。


「その手の動きが『支配の魔法』には必要なのね。」


ブライアンの手の動きが忠誠の儀式の際に斧槍(ハルバード)が落ちる音に驚いた際にしていた動きと同じだったのに築いた私は彼にそう聞いてみた。


「そうだ、不自然に見えないようにこの手の動きをするのが難しいんだ。途中で留められたり触られたりすると効果がなくなる。」

「ひょっとして忠誠の儀式の際に儀仗兵が斧槍(ハルバード)を取り落としたのはそれを隠すため?」

「あぁ。あの兵隊さんにはかなり前に命令してあった。」

「彼以外にもあなたに命令された人がこの城にもいるの?」

「彼とお前だけだ。それじゃぁ…」

「まって。支配の魔法ってどれぐらい長く効いているの?」

「魔法の効果は十分くらいで切れる。その間にされた命令は半年ほど効く。」

「十分か、それが勝負ね。」

「何をごちゃごちゃ言っている。いいから俺の言うことを聞け。」

「黙って私の質問に答えて。」


私がそう切り返すとブライアンは気が変わったのか口をつぐみ、私の質問を待っている。


「初めて聞いた魔法だけれど、この魔法は誰に習ったの?」

「習ってなんかいない。」

「じゃあ、なんで使えるの?」

「俺が開発したんだ。」

「開発した?じゃああなた以外にこの魔法を使える人はいないの?」

「いないな。これは俺だけの魔法だ。」

「見かけによらず頭良いんだ。」

「見かけによらずとは何だ。これでもパルナスの学園じゃあ新進気鋭の研究者で通ってたんだ。」

「新進気鋭ってことはかなり昔ね。今はもうおじさんだものね。なんでパルナスを出たの。」

「研究費の使い込みがバレてな。追い出された。」

「なんでグレイベルクに来たの?」

「あちらこちらを彷徨っているうちにツーリンの裏通りでドラウナー男爵の長男だという男に知り合ってな。喧嘩になってついカッとなって殺しちまった。それを探しに来た父親に支配の魔法をかけておれを養子にさせたうえで殺した。これでドラウナーが俺のモノになったから来た。」

「ほかにもいろいろ悪さをしてそうね。」

「俺には力があるんだ。その力を使って何が悪い。」

「たとえば?グレイバルトへ来てからやった最初の悪事は?」

「俺のことを邪悪な領主だと罵った村の代表の妻と娘を手籠にして見せつけてやったぞ。身動きできずに泣いて悔しがるその顔は見ものであったぞ。」

「下種め。」


嬉々として自分の悪事を自慢する顔に辟易しながら、この男は自分が今置かれている状況を理解しているのだろうか、と不安になった。そしてそれに気づいたとき、どのような行動に出るか予測がつかないということが私にとって一番の脅威だった。


「質問はそれで終わりか?」

「もう一つ。お前の研究成果とやらをまとめた書類はどこにある?研究者と自称するならまとめてあるのだろう。」

「自宅の秘密の研究室の金庫に入れてあるさ。」

「秘密ということは隠してあるのね?」

「そうだ。3階の書斎の一番大きい黒樫(ダークオーク)の本棚が扉になっている。」

「その扉はどうすれば開くの?」

「一番下の段に収めてある箱を右へ移動すればいい。」

「金庫の鍵はどこにあるの?」

「持ち歩いているに決まっているだろう。」

「その鍵を私に渡しなさい。」

「このガキ、俺に何をした!」


ブライアンは苦しそうな顔で私に鍵を差し出しながらうめく。


「俺の『支配の魔法』で逆らう気も起きないはずなのに!」

「残念だったわね。生憎と私は特別製なのよ。」

「それに『支配の魔法』を掛け直してあったはずだ!」

「父が守ってくれたのよ。何ならもう一度かけてみたら?そろそろ切れる頃合いでしょう?」


私の言葉に従い、両手を上にあげ、再度支配の魔法をかけるブライアンを私はじっと見ていた。


「これでどうだ、服を脱いで俺にしたが…」

「話すな!」


私の一言で彼は話ができなくなる。


「身動きもするな。」


話すことができなくなったブライアンは私に襲い掛かろうとするが、私の一言でその動作も止まる。その目は何か恐ろしい物を見る目で私を見据えている。


「かわいそうだから本当のことを教えてあげるわ。」


そういって私は左腕につけたブレスレットをブライアンの目の前に出して見せつける。


「父が守ってくれたというのは間違いではないわ。父が遺してくれた魔法のブレスレットよ。カーバンクルという希少な魔獣の革で作られていて、装着者はすべての魔法を跳ね返すことができるの。あなたが掛けた『支配の魔法』で今あなたは私に支配されているの。」


ブライアンの顔が絶望に歪む。


「命令します。これ以上『支配の魔法』を使用することを許しません。支配の魔法で支配した相手に命令することを許しません。あなたはこれからリチャードの所へ行き、今までの悪事を洗いざらいすべて話しなさい。そしてリチャードに『エリザベートはブライアンを死罪とする。』と伝えなさい。」


ブライアンの顔は驚愕に歪むが、悪事を暴露し、自らを死罪へと落とすためにリチャードの元へ歩き出していたため、私がそれを見ることができなかった。また私はブライアンの最後の命令で服を脱ぎはじめていたが、ブライアンがそれを見ることはなかった。すべての服をぬいで生まれたままの姿でベッドで毛布にくるまると緊張からの疲れか、優しい睡魔が私をすぐに夢の世界へ誘ってくれた。


---------


すがすがしい気持ちで朝食を済ませ、執務室でミランダが入れてくれる紅茶を飲みながら気を落ち着かせていると、どんよりとした眠そうな顔のリチャードが入ってきた。


「お早うございます。エリザベート様。」

「おはよう。よく眠れた?」

「それは嫌味ですかな?」

「あまりよく眠れなかったみたいね。」

「そろそろ就寝の準備をしようかという時間帯に、あの小悪党に押し掛けられて延々と悪事の自慢話をされたんです。それだけでいやにもなります。」

「それは悪かったわね。でもあなた以外対処できそうな人が思い浮かばなかったのよ。で、しっかり記録は取ったんでしょう?」

「委細漏らさずに。内容の確認にあたらせておりますが、御言付けの通り死罪とするに十分な罪状だと思います。今は地下牢に閉じ込めてあります。」

「厄介な魔法の使い手だから早めに処刑しないと。」

「はい。そう思いましたので、猿轡をかけ、両手を縛ったままにしてあります。今日中には処刑できるでしょう。」

「しょうがないわね。それより彼の家にいろいろ厄介なものがありそうなので、言って調査し、押収するわよ。」

「そうなりますか。すぐに準備させます。」

「ドラウナーの次の領主のあてはあるの?」

「猟官活動をしている男爵はある程度いますが、儀式が一通り終わるまでは空席で良いでしょう。その後選定・発表・忠誠の儀式と進めれば良いかと。」

「それでいいわ。」

「何名くらい連れていけそう?」

「すぐ動かすなら3名ですな。1時間ほど待っていただければ20名は揃うかと。」

「3名で良いわ。それからメイドのニーナを連れていきます。」

「了解しました。呼んでまいります。」


リチャードは踵を返すと騎士達を呼びに行った。ミランダが別のメイドにニーナを呼んでくるように言いつけている。


(さて、鬼が出るか、蛇が出るか。)


--------


ドラウナー男爵家のグレイベルクにおける屋敷は貴族街としてはややはずれにあった。朝の貴族街は人通りもなく、清々しい空気に包まれていた。


貴族の館としてはやや小ぶりに感じられたが、庶民の家からすると十分に大きな家である。少なくともわたし(明日香)が日本で暮らしていた部屋があったアパートそのものよりも大きい。リチャードとニーナ、騎士2名とその配下の兵士20名をひきつれてその正面玄関前に勢ぞろいする。もう一人の騎士とその配下の兵士10名は館の周りを取り囲んで逃げる者がいないか見張る手はずになっている。


「ドラウナー男爵家家人に告げる。ドラウナー男爵ブライアン・グレイバッハは辺境伯への反逆行為を行ったため、捕縛しました。この館は今日この時より辺境伯の名の下に接収します。門を開け受け入れるなら罪は問いません。反抗するならブライアンの一味として捕縛します。」


リチャードの良く通る声が響く。しばし待つが応えはない。リチャードがブライアンから取り上げた鍵を使って正門玄関の鍵を開ける。騎士二人が何かあった時にすぐにリチャードを守れる位置に移動するのが流石だ。何事もなくドアが開く。少なくとも見える範囲に人はいない。使用人はみな暇を出されているようだ。玄関から見える廊下は冷え切って住む者がいることを感じさせない。廊下を歩きながら一部屋一部屋中を検めていく。特に何もないまま一回のすべての部屋を確認し終えると階段を上って二階へと進む。二階は客間が中心となっているようで、いずれの部屋も特に使われた様子はない。すべての部屋を確認し終えて3階へ進む。


「人っ子一人居ませんね。」

「その方が楽でいいわ。反抗しても多寡が知れているでしょうけれど、面倒は面倒よね。」


リチャードと軽口を叩きながら3階へと進む。3階はブライアンの私室が中心になっているようだった。私室の奥に書斎があり、書斎から奥の資料室へ行けるようになっている。いずれも人はおらず、明かりもついていない。書斎の本棚や資料室の本棚にはたくさんの本が並べられている。


「ニーナ、ここにある本を調べなさい。特に危険な魔法に関する本があれば確保して。」

「畏まりました。」


ニーナはすぐに本棚に向かい、どのような本があるか調べだす。私は部屋の真ん中に居て、皆がそれぞれ調べ物をしている様子を見ている。しばらくするとニーナが戻ってきた。


「全て魔法に関する研究書です。城の書庫にある本と同じ本も数冊ありましたが、ほとんどは初見です。いずれもパルナスの学園で発行された正式な研究書で禁書などはなく、すので危険なものはありませんでした。」

「どうするのが良いと思う?」

「このままここに置いておいても無駄ですし、高価で有用な本ばかりですので、城の書庫に移し重複分のみ売却すればよいかと。」


そうこうするうちにリチャードも騎士二人を連れて戻ってきた。


「あらかた調べ終わりましたが、特に不穏な物はありませんでした。ただ屋敷の構造上入れない区画が存在しているのは間違いありません。今出入り口を調べています。」

「それならブライアンから聞き出してあるわ。その黒樫(ダークオーク)の本棚の一番下の箱を右に移動するんですって。」

「それならさっそく。」


ブライアンが兵士に命じて箱を移動させる。どこかで重い音がして本棚が揺れる。固定が外れるだけで自動で開きはしないようだ。兵士が引き戸を開くように本棚を横へずらすと壁に開いた穴が見えてきた。


「暗いな。誰かランタンを持っているか?」

「はい。ここに。」


兵士の一人が掲げるランタンに照らされた部屋はいかにも秘密の研究室といった風情で、長机の上には錬金術の道具が所狭しと並べられ、本棚には怪しげな革で装丁された本が並び、巻物が積み上げられている。


「ニーナ、上から3段目の左寄りの赤い背表紙の本と、上から3段目にある巻物のうち右側の山にうち数本はなにか魔法がかかってるから気を付けて。」

「どれも見たことのない本や巻物ですね。」

「この部屋の本と巻物も城の書庫へ納めておいて。リストは作ってもいいけれど、内容の閲覧は禁止ね。」

「はい。禁書として封印しておきます。」


ニーナは司書としても有能そうだ。本人の希望にもよるけれど書庫専任にしてもいいかもしれない。懐からブライアンから取り上げた鍵を取り出すと長机の下にある金庫を開ける。中から出てきたのはインクのにおいがするぐらい新しい草稿だ。これが「支配の魔法」に関する研究成果なのだろうが、暗号で書かれていて見ただけでは何が書いてあるのか全く分からない意味不明な文字列が並んでいた。暗号化装置のようなものも見当たらないので比較的単純な換字式だろうから解くのはそれほど難しくないだろう。ただこれを呼んでいいのは悪用しないと信頼できる者だけにしておかないと危ない。


「これも書庫に閲覧禁止として保管しておいて。パルナスから魔術の先生が来たら見てもらう必要があるかもしれないから。」

「畏まりました。」

「面白そうだからといって解いたりしちゃだめよ。貴女を処刑したくなんてないから。」


私の冗談を本気にしたのか、ニーナはぷるぷると首を振っている。私より年上のはずだが可愛い仕草だなぁ、と見とれているとその向こうの壁に違和感を感じた。よくみると装飾的な壁紙に紛れるように扉が設えてあった。


「そこの壁にさらに隠し扉があるわね。」


私の声に騎士の一人が壁を調べ始める。


「よくお気づきですね。」


リチャードが褒めてくれる。


「褒めても何も出ないわよ。」


私がその言葉を発すると同時にガチャリという音とともに隠し扉が開いた。その向こうは寝室になっているようで、カーテンの隙間からさす日光で大きなベッドが部屋の中央にドンと据えられているのが見えた。


「何よぉ、うるさいわねぇ。」


非常に場違いな雰囲気の間延びした声がその部屋に響く。ベッドの上に寝ていた女性が半身を起こしてこちらを見ている。何も着ずに寝ていたのか美しい形の胸が露になる。騎士たちが視線をそらしたのは恥ずかしさもあるのかもしれないが女性に対する礼儀からだろう。その姿をまじまじと見てるのは私ぐらいだ。その顔に見覚えがある気がするのだけれど、思い出せない。


「あらぁん?お客様ぁ?ブライアンはどうしたのぉ?」

「ブライアンは反逆の罪で捕縛しました。」

「へぇ。失敗したんだぁ、あのスケベぇ親父。自慢の魔法は効かなかったのかしらぁ?」

「貴女もブライアンに誑かされていたのならもう自由です。」

「誑かされていたぁ?私が誑かしていたけれどぉ?」

「あなたもあの魔法にかけられていたわけではないのですか?」

「あの魔法は人間にしか効かないもの。」

「人間にしか?」


そこまで話してその女性の顔が誰なのか思い出した。そして同時の彼女の身にまとっていた魔なる力が増大していき、私でもはっきりとわかるようになる。


「え、shigeさん?なんでshigeさんがいるの?そしてなんで魔族なの?」


shigeさん、アレクサンダーのゲーム仲間、一緒に数々のクエストをこなしたパーティのメンバー、エルフの魔法使いだった彼女は姿そのままに強大な魔の力をまとっていた。彼女が手を振ると生まれたままの姿だった彼女に服が現れる。白いその肌は魔族特有の蒼い色に染まっていた。


「あらぁん、お嬢ちゃん、私のことを知っているのねぇ。ひょっとして…」

「私はエリザベート・イングレアス。第3キャラクターとしてアレクサンダーを継承するものよ。」

「あぁあ、市場伯さんかぁ。可愛くなっちゃってぇ。」

「なによ、その市場伯っていうのは?」

「あれぇ、前に言わなかったけぇ?辺境伯はマルクグラーフでマルクトは市場だからぁ、マルクトグラーフは辺境伯じゃなくて市場伯なのよねぇ。」

「そんなこと、この世界にはどうでもいいことよ。」

「どうでもよくわないわよぉ。それでこの世界の成り立ち自体が気に食わなくなっちゃったんだものぉ。だからぁ、滅ぼすことにしたのぉ。」

「滅ぼすって…、そんなことさせない!」

「だったらぁ、止めてみなさいねぇ。」


彼女がもう一度手を振るとその姿は虚空に生まれた穴に吸い込まれていった。深い闇へと繋がっていたその穴もすぐに消えてしまう。誰もいなくなったベッドの上を呆然と眺めていると、気を飲まれて動けなくなっていた騎士達が駆け寄ってくる。


「辺境伯様、だいじょうぶですか。」

「大丈夫。」

「今のは…」

「shigeさん。父上(アレクサンダー)の親友だったのだけれど、この世界を憎んでしまって魔に堕ちたようね。」

(しかし、初めて会った元プレイヤーキャラクターがいきなり敵宣言とはね。)

「如何いたしましょう。」

「放っておいていいわ。どうせ当分は何もわからない、何もできないもの。」

「はっ、グレイバルトでの魔族の活動を見張らせるようにします。」

「よし、城に帰りましょう。」


そうして私はこの問題の終結を宣言するのだった。


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