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第3キャラの領地経営  作者: 寿 佳実
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第7章 - 忍び寄る危機

やっとこさ悪人登場。

次の朝からグレイベルクでの私のグレイバルト辺境伯としての仕事が始まった。初日は庶民へのアピールを兼ねた着任パレードである。幸い天気に恵まれたことから無天蓋の馬車が用意された。午餐を済ませたのち、馬車に乗り込んだ。私が一段高い後座席に座り、前座席にはリチャード夫妻が座っている。リチャードの妻は線の細い美人で、夫を陰から支えるタイプのようだった。声を掛けても優しく微笑むばかりで前に出るということがなかった。馬車の中でも慣れない晴れの場で身を縮こまらせている感じで穏やかな笑み以外に一言も発しなかった。馬車は城の正門から都市の北大門へとゆっくりと走っていく。馬車の前後には白馬に乗った騎士達が付き従う。道路沿いには物見高い人々が集まり、新辺境伯がどのような人物なのかを見ようとしている。時あがる歓声に私は笑顔で手を振る。昨夜は暗くてよく見えなかったが、北大門から城へ通じる北大路は城に近い部分は広い庭を持つ大住宅が多く、大路から見えるのは大きな門を擁したフェンスのみで、道沿いで眺める者は後から考えると他の場所に比べて多くはなかった。そこからしばらく進み内周大路を横切ると大商会の本館などが並ぶ商業区となり、5階建てくらいの背の高いビル群が並ぶ。1階には大きめの窓が館内の商品を見せびらかすように開かれ、2階以上の窓からは商人達が大路を見下ろしている。オペラグラスを手にしているものも多いのか、時折キラキラと反射した光が踊る。大路の両脇にも大勢の群衆がひしめいている。そんなビル群の谷間を馬車はゆっくりと進んでゆく。


商業区を抜けると大きな十字路があり、その先の大路のさらにその先に北大門が見えてきた。十字路から北大門の間は宿屋や食堂、旅行者向けの物品を商う商店などが並ぶ宿場区となっていた。パレードは十字路を右に曲がり、グレイベルクを一周する外周大路に入る。商業区と宿場区の間を通り抜けると両側が住宅街へと変わる。貴族街と違い商業区や宿場区で働く庶民のための集合住宅が多く、そういった庶民向けの店もちらほらと見える。物見高い群衆の中に子供が多くみられるのも住宅街ならではだ。私よりも小さな子供たちが私に向かってぶんぶんと両手を振っているのを見るのは微笑ましい。騎士や馬車の前へ飛び出しそうになる子供を母親が手を引っ張って抑えているのも見える。西門に近くなると左側の家並みが途切れ、練兵場が見えてくる。その向こうには兵舎や厩舎も見える。東の魔の山から来襲する魔族に備えるための兵の訓練所だが、今日は兵達は大路の整理などに追われて何時もの騒がしさはない。それでも非番か練兵場の警備担当なのだろう数人の兵士が練兵場の塀の上から馬車に向かって敬礼をしているのが見えた。城側には騎士団の詰め所が広い場所を取っているが、門に近くなると狩人ギルドや冒険者ギルドなどの建物が見えてくる。彼らの稼ぎ場所は東の魔の山か南の森の中となるため、狩人ギルドや冒険者ギルドは東門と南門の近くに支所を置いていると聞いている。東門へ続く東大路を横切って南へと進む。城の東南は主に狩人や冒険者のための住居が並ぶ。庭に取ってきた獣の革を干していたり、肉を燻製にする煙があちらこちらから立ち上がっているのが見える。道路に並んで馬車を見ている群衆たちも大きな武器を持っていたり、ローブを着た魔法使い風だったり、大弓を背負った狩人風だったりとさまざまだ。冒険者相手の店も多く、子供もそれなりに多いが、商業区に近い住宅街の子供たちと比べると野性味がある気がする。住宅街を抜けると狩人ギルドや冒険者ギルドの建物が見えて南大路が近づいているのが判る。南大門近くの肉市場の平屋の大きな建物や闘技場も見えてくる。南大路を抜けて西大路へ向かうとこんどは空気が焼ける鉄のにおいを伝えてくる。鍛冶屋や木工所などが集まる工業区が近いのだ。西側の白き峰は魔物が少ないが森林資源、鉱物資源が豊富なので、白き峰の麓にある村々から集まった木材や鉱石がこのあたりで武器防具や日用品に変わるのだ。大路近くは大きな店があるが、いくつかの店の看板に「アレクサンダー辺境伯様御用達」「ベリグレン・ドヴァーリンソン直伝!」などの文字が見える。第二キャラクターであるベリグレンもアレクサンダー同様「英雄たちの消失」の際に行方不明になっている可能性が高いと思っていたが、その弟子たちの店、ということなのだろう。プレイ時に弟子を取った記憶はないが、細かいことを考えたらいけないような気がするので無視しておこう。大路沿いに馬車を眺める群衆も東や南とはまた違った雰囲気を持っており、生真面目そうな職人と思われる日焼けとはまた違う火に焼けた顔をした男たちが多い。


馬車が外周大路を一周して北大路との交差に戻ってきた時にはすでに刻限は夕刻となり、夕焼けが街並みをオレンジ色に染め上げていた。馬車は北大路を城に向かって曲がり、正門を抜けて城内の馬車止まりで停止する。その正面に護衛の騎士が整列し、一斉に馬から降りて跪く。私は片手をあげて彼らの礼にこたえる。


「伴走警備ご苦労様でした。皆さんのおかげで無事何事も起こらず本日のパレードを終えることができました。感謝いたします。」


そうスピーチすると馬車から降りて城内へ入っていく。すぐに入らないと騎士達が面を上げられないため辛いと聞いていたからだ。本当に何事もなくてよかった。そう思いながら。


---------


パレードの次の日の仕事は辺境伯領の重鎮たちとの顔合わせである。代官だったリチャードの下、騎士団統括ベルナルド、財務統括アイゼンロッホ、内政統括ウィナード、外交統括アリアンツの四人の大臣達との謁見を行う。基本施策を変える気はないので、現在の担当者の地位を追認するだけなんだけれど、地位が安定していると思っていないと十分な力を出してもらえない。


会議室にて私を待っていたのはリチャード以外は全員が結構年を取った爺さん達だった。しかしその顔はから見て取れる蓄積した知識と経験はゆるぎないものと思われた。話をしてみても性格も柔和で私をだまして私利私欲を図るような人物には見えなかった。長年その地位にいるということはそれなりに老獪な手腕を持っているのだろうが、その分その地位にいることのうまみも知り尽くしているはずで、下手なことをして私の機嫌を損ねて地位を失うようなことは避けるだろう。その点でも経験豊富な老人についてもらった方が今は良い。謁見の場で基本的な方針を話し合った後、しばらく紅茶を飲みながら雑談が続いた。


「細かいことはお任せしますので、今まで通り進めてくれていいです。重要な案件については別途相談しましょう。あと若手で優秀な人がいたら私との連絡係として一人決めておいてくださいね。」

「「「「了解いたしました。」」」」


それからちょっと気になることを伝えてみた。彼らの気に障らないかちょっと心配だったが、あえて言っておくのも仕事のうちと割り切った。


「みなさんまだまだ元気なようですけれど、お年を召すと突然体が悪くなったりすることもあると聞きます。お体を大事にしてもらうためにも後継者の育成もよろしくお願いしますね。」

「ご配慮痛み入ります。」

「いやいや、まだまだ若いものには負けませんぞ。」

「ほっほっほ、それはベルナルド様はそうでしょうけれど。わたしなどはそろそろ隠居も考えないといけませんからね。」

「おいおい、ウィナード、お前さんこの中で一番若いだろう。」

「だからですよ。私が隠居すれば私よりも年上の皆さんに早く隠居しろということが楽になりますからね。」

「それもそうですなぁ。」

「いいよるわ、こいつ」


元気な爺さん達である。後継者に代替わりしても相談役として役に立ってくれそうな気がした。


「そういえばベルナルド、私はあなたが代官と聞いていたのだけれど。」

「はっはっは。最初はそうだったのですが、あいにくと軍務以外は苦手でしてな。書類や文官たちとの折衝をしているよりは森に出て魔物たちと戦っていた方が気が楽だったのでリチャードに代わってもらったのですよ。」

「それでよかったの?」

「えぇ。リチャードは最初は騎士団で儂の右腕として働いていたんですが、軍務だけじゃなく事務仕事や折衝も得意ということが判ってなぁ。代官の仕事を全部押し付けてしもうた。」


なかなか豪快な爺さんである。


「しかし国王陛下には娘婿に代官職を譲るとしっかり伝えてあったはずなのじゃがな。」

「国王陛下やじいや、じゃなかった宮宰伯様はご存知だったのかもしれないけれど、王宮のメイド達に聞いただけだったから、伝わってなかったのね。」

「そういうことになりますか。」


しかし今娘婿って言わなかったか。あの線の細いリチャードの奥様がこの豪快な爺様の娘ということが一瞬信じられなかった。シャルロッテの祖父ということにもなるが、どうだろう、似ている所はあるかな。


「どうなさった。儂の顔をしげしげと見つめて。惚れては困りますぞ。」

「面白い冗談ね。いえ、シャルロッテとどこか似ているのがあるのかな、って思ってね。」

「おうおう、孫娘のシャルが今お嬢ちゃんの世話をしているんだったな。娘も孫も儂と違って器量良しじゃからあまり似てはおらんじゃろう。」

「いやいや、『儂は色男じゃろう、娘も孫も儂似で美人だ』と昔言ってなかったかい、おぬし。」

「そんなこと言った覚えはないぞ。どこで聞いた、アイゼンロッホ。」

「え、なんですって、年を取ると耳が遠くてなぁ。なじみの飲み屋の女将とか知らんなぁ。」

「好き放題言いやがって。覚えてろ。」

「忘れたなぁ。」


楽しい時間はなぜあっという間に過ぎるのだろう。老大臣達との謁見という名の会議はあっという間に過ぎてしまった。


--------


次は騎士団の閲兵式だった。地震で壊れた城壁を修理中の職人が魔物に襲われないように警護したり、まだ直していないところから魔物が市内に入ってこないようにするための哨戒など、多くの騎士が配下の兵士を連れて任務にあたっており、閲兵式に参加しているのはあまり多くはなかった。それでも城の中庭に集まり、ベルナルドの指揮の下、灰色大樹の大盾を持ち大剣を佩き身長よりも長い斧槍(ハルバード)を抱え持って並んだ数十名の騎士たちとそれに従う数百名の兵士たち。その並ぶさまは壮観であった。


「偉大なる辺境伯閣下に我らグレイバルトの騎士とそれに従う兵士の絶対なる忠誠を捧ぐ、敬礼!」


笑顔で手を振る私にベルナルドの号令の下、一斉に敬礼の姿勢を取る。


「皆の忠誠、ありがたく受け取ります。これからも私の街、私の民、私の国を守るため、その力を私に捧げてくれることを期待します。」

「グレイバルトに勝利あれ!」

「「「勝利あれ!」」」


無事閲兵式が終了し、幹部たちとの会食となった。


「本日はうちの不甲斐ない野郎どもに活を入れていただいて、本当にありがとうございます。」

「あら、皆強そうで格好良かったわよ。それより私のような小娘で士気が上がらないんじゃないかと心配だったわ。」


ベルナルドの謙虚な言葉に素直な言葉を返す。


「いえ、結構みなやる気を出していましたよ。」

「少なくとも護衛任務の時の意気込みは違いますね。自分がお守りしているんだ、という意識が全面に出ています。」

「たしかに、先代(アレクサンダー)様は騎士団の誰よりも御強かったですからね。一緒に行動するとどっちが守られているのか判らなくなる時がありました。」

「お父様はそんなに強かったの?」

「あれはいつの時でしたか、魔の山から巨人が数人攻めてきたことがありまして、護衛の兵士数人が敵の一撃で吹っ飛ばされているのに、先代(アレクサンダー)様は敵3匹の攻撃を同時に受けてびくともしませんでしたからね。」

「あの時は先代(アレクサンダー)様に敵の攻撃を受け止めて足止めしていただいたおかげで攻城弩(バリスタ)と魔術隊の用意ができました。」

攻城弩(バリスタ)の矢を5回当てて何とか倒せるか、という巨人を先代(アレクサンダー)様は神槍の一撃で屠ってましたしね。」

「魔術でもあの巨人を一撃で倒せる魔術師は当時も今もいませんね。」

「今の若い騎士・兵士は先代(アレクサンダー)様の強さを知りませんので、私たちの話も話半分で聞いてるようです。」

「あそこまでの強敵が攻めてきたのは後にも先にあれだけでしたね。もし同じ攻撃があったらと思うと。」

「幸い今は魔物の襲撃も少ないので助かっています。」


アレクサンダーが強いのは自分のキャラなので知っていたが、そこまでとは思わなかった。父亡き今となってはそういった襲撃がないことを祈るのみである。


「そういえば閲兵式って騎士や兵士の忠誠を確認する儀式でもあるのよね。参加できた騎士・兵士はそれほど多くはないけれど大丈夫なの?それとも状況が落ち着いたら残りを集めてもう一度閲兵式をやるの?」

「いえ、必ずしもその必要はありません。先ほどの閲兵式に参加したのは騎士・兵士の代表という位置づけですので、参加していない者も一緒に忠誠を誓ったことになります。もし忠誠を捧げないという馬鹿がいたら忠誠を捧げた者達が粛清いたします。」


ちょっと怖いことをさらりと言う。そういう覚悟があるから騎士をやってられるんだろうけれど。


「そう、それなら安心ね。」


笑顔で答えておいたけれど、これでよかったのだろうか。騎士達の精悍な笑顔を見ているとこれで良かったのだろう。


「そういえば女性の騎士や兵士っていないの?」


「今はおりませんね。先代(アレクサンダー)様の時代には何名か女騎士がいたのですが、全員引退されています。」

「騎士になるには貴族の子弟で軍務につくか、兵士となって軍功をあげるか、いずれかになりますが、貴族のお嬢様で騎士になりたいという方が最近は居ないものでして。」

「ここのところ魔物の侵攻が少なかったおかげもあって補充に対して志願兵が多く、全員を雇えない状況ですと男優先になりがちにですからね。そもそも兵の募集に応募してくる女性は少ないですし、入隊試験で力を見るとどうしても男の方が力がありますから。」

「兵士になるのをあきらめて冒険者になったとか、狩人になったとかいう話もちらほら聞きます。」

「女性だとなれない、というわけではないのね。」

「ええ、なれないということはありません。」

「そういえばノルドハーゲンの所のお嬢さんが騎士を目指しているとか。」

「同年代の中ではどの男と戦っても負けなしと言ってましたね。」

「グリューストが諦めさせようといろいろ説得しているらしいですが。」

「無理無理。」

「だろうなぁ。奴さんとことん娘には甘いからなぁ。」

「久方ぶりの女性騎士か、兵士たちも色めき立つだろうなぁ。」

「そういえばアイゼンロッホさんの所の坊ちゃんも騎士を目指しているとか。」


騎士団幹部たちの内輪話を聞いているだけでも楽しかったが、時間はあっという間に過ぎる。


「お嬢様、お時間となりました。」

「あら、もうそんなに経ったの。それでは皆様、ご機嫌よろしゅう。」

「「「「本日は有難うございました。」」」」


そんなこんなで楽しい会食もお開きになり、閲兵式も無事終わったのだった。


---------


閲兵式の次の日から領地を持つ貴族達の忠誠の儀式が行われることになった。名目上辺境伯領はすべて私の領地ということになっているが、実際にはブルクバルト以外の都市は(グラーフ)を、12個ある町は子爵(ブルクグラーフ)を、約200ある村は男爵(フライエ)を持つ者を領主と認め、その忠誠を辺境伯が受けることで成立している封建システムによって成り立っている。その領有を認めてもらう代わりに各領主は辺境伯に忠誠を誓い、決められた上納税を納め、戦争の際には兵を出すことが条件となっている。もしその忠誠に背くようなことがあれば、辺境伯がその領地を取り上げ、別の者に与えることができる。代替わりの際の忠誠の儀式はそれを確認するための重要な儀式だ。これを行わなかった場合領地を取り上げられても文句は言えない。領地を取り上げられそうになったら武力で反乱を起こすこともできるかもしれないが、強力な騎士団を持つ辺境伯に逆らい、他の領土との交通をノルドハーゲンで扼されていて援軍を頼むのも難しい地勢でしかも何時起こるか知れぬ魔族の侵攻を警戒しなければいけない状態では反乱を起こすほど無謀な領主はいまだかつて出たことがない。すでにノルドハーゲンで儀式を済ませていたノルドハーゲン伯以外の貴族達が私に忠誠を誓いに儀式を行う必要があるわけだ。勿論ほとんどの領主は自分の領地で暮らしており、グレイバルトへ来るだけで数日はかかる者もいる。すぐに終わる儀式とはいえ私の精神的な負担も決して軽くはないので一日に10人分程度の儀式を行うだけでくたくたになる。爵位の高いものを優先する、同じ爵位の場合は早いもの順で行っているが、それでもひと月はかかる勘定だ。他にも官僚として働いている貴族や領主の空きができた時にすぐに領主にしてもらうべくグレイベルクで猟官運動をしている領地を持たない貴族も忠誠の儀式をしておきたがる。当分は忠誠の儀式の毎日が続きそうだった。騎士として働いている貴族は先日の閲兵式で忠誠の儀を行ったことになっているが、会えて忠誠の儀式を行いたいという騎士も少なくない、とのことだった。


忠誠の儀式の際にはできるだけ見栄えのするように漆黒のボールガウンを着て純白のサッシュをかけ、手には支配の錫セプター・オブ・ドミネーションを持ち、頭には辺境伯冠を乗せて黄金のピンで留めていた。それ以外の装飾は付けていない。


特に問題のない儀式、何事もなく繰り返される毎日。全員の忠誠の儀式が終わるまで、私はそれが続くと思っていたのだ。その日までは。


「ドラウナー村の男爵(フライエ)、ブライアン・グレイバッハよ、これへ」


結構な人数もこなし、あと数人で今日の予定が終わるという頃合い。儀式のための豪華な調度品の揃う謁見室に次の儀式予定者の名前を告げる儀典官の声が響く。入ってきた男は黒髪に青い瞳に黒い髭を生やしたにやけた顔の壮年の優男だった。私を見ると一瞬ニヤリとしたように感じたが気のせいかもしれない。第一印象は最悪の部類であった。なんというか、「スケベ親父」という感じ。前に電車で会った痴漢に似ていたのも原因かもしれない。しかし第一印象だけで爵位を取り上げるわけにもいかない。心を落ち着かせて儀式に挑むべく軽く深呼吸する。


その時ドンガラガッシャーンという大きな音がし、その場にいた全員が音がした方向を向く。ブライアンは驚きすぎたのか両手を上にあげて踊るように振っている。音の原因は気の緩んだ儀仗兵が手にした斧槍(ハルバード)を取り落とし、それが床に倒れてたてた音だった。儀仗兵は気まずそうに斧槍(ハルバード)を手に持ちなおすと気を引き締めて神妙な顔で持ち場に戻る。原因が判って安堵した顔の一同は忠誠の儀式に戻る。あの儀仗兵はあとで上司にこっぴどく叱られるんだろうな、それとも儀仗兵の任を解かれちゃうかな、とちょっと気の毒な気もしたが、身から出た錆なのでしょうがない。


「グレイバッハ男爵ブライアン。辺境伯エリザベート様への忠誠を誓い、御身に尽くします。」

「そなたに引き続きドラウナーの領有を認める。変わらず励め。」


代わり映えのしない所作に代わり映えのしない科白。それだけで済めば平和でよかったんだけれど、その時は違っていた。


「内密の話があります。後ほどお呼びください。くれぐれもご内密に。」


ブライアンが小声でそう呟いた。おそらく私にしか聞こえていないほどの声で。無視しても良かったはずなのだが、私はなぜかその通りにしなければいけないと思った。次の者が呼び出され、その者との忠誠の儀式を行っている間、私の頭の中にあったのは先ほどのブライアンの呟いた言葉だった。別にどうということのない言葉なのに、それをまだ実行していないという焦りが私の心をギリギリと締め付けてくる。額から脂汗が流れ出てファンデを洗い流しそうになる。次の者の儀式を終えたところで見かねたリチャードが助け舟を出してくれる。


「辺境伯閣下はお疲れのご様子。いったん休憩とする。次の予定の者はしばし待つように。」


私はリチャードに伴われて控えの間に移る。控えの間で落ち着いた私をリチャードと儀典官が心配そうに見守っている。今日のお茶当番メイドのマリアンヌが紅茶と菓子をもって3人の前に置く。ゆっくりと飲んで気分を落ち着かせようとするが、心の中にブライアンの言葉が引っ掛かって離れない。


「悪いけれど気分が優れないわ。今日の儀式はこれでお終いにして頂戴。今後予定していたものは明日以降に変更してもらって。それからリチャード、先ほどのブライアン・グレイバッハと話があります。執務室で会いますので連れてきなさい。」


私は言わなければいけない言葉を言うことで重圧から解き放たれ、少し落ち着いた気分になる。格式的には小物であるブライアンに私が会うと言ったことが意外であったのかリチャードも儀典官も一瞬驚いた顔をする。しかし私が落ち着いた様子を見せたことからか、何も言わずに残った紅茶を飲み干すと部屋を足早に出ていった。二人が控えの間を出ていくのを見て、私は大きく一つため息をついた。


(はぁ、なんで会うことにしちゃったんだろう。第一印象最悪だったのにな。)

(それにしてもなんでこんなに重圧に感じるんだろう。)

(ひょっとして恋?なんてことはないな。顔も仕草も声も嫌いなタイプだし、できれば二度と会いたくないくらいよね。)


私のため息を聞いてメイド達がおろおろするのを手で軽く制して、気が重くなってくるのを何とか奮い起こし、重い腰を上げる。


「執務室へ行くわ。そっちにお茶を頂戴。」


そうメイド達に告げると執務室へ歩いていく。すでに日は傾き始め、廊下は薄暗くなりかけている。明かり担当のメイド達があちらこちらのランプに火を入れて回っているのが見える。その中をまっすぐに執務室へと歩いていく。


執務室の中央には重厚な灰色樫(グレイオーク)のデスクが置かれ、それに同様に重厚な椅子が添えられている。壁には歴代辺境伯の肖像画が飾られ、デスクの横には書類入れなどが詰め込まれた棚が並んでいる。デスクの前には応接セットのようなソファーがコーヒーテーブルをはさんで置いてある。デスクについた椅子に腰かけ、ブライアンを待つ。メイドが新たに淹れて持ってきてくれた紅茶で口を湿らせ、その横に置いてあったクッキーをほおばる。しかし私は何でブライアンの言うとおりにしようと思ったんだろう。無視してしまえばよかったのに。思い返しても忌々しい想いでクッキーの味も良く判らない。デスクを右手の中指でコツコツと叩いてみるが、気分は晴れない。味気ないクッキーを口の中で転がしながらしばらく待つとリチャードがブライアンを連れて執務室へやってきた。


「よろしいでしょうか。ブライアン・グレイバッハを連れてまいりました。」

「お入りなさい。」


食べかけのクッキーを紅茶で流し込むと二人を室内へ誘う。リチャードは生真面目な顔に心配そうな眼付きで、ブライアンはにやけた顔に喜びを隠しもしない顔つきで室内に入ってくる。相変わらず気に食わない顔だ。こいつとの用事はさっさと済ませてしまいたいと思った。


「さて、ブライアン。話したい事…」

「閣下、その前に人払いをお願いします。」


私の話を制するように手を上にあげて踊るように振るとブライアンが注文を付けてくる。この男は自分がそういった注文を付けられる立場だと思っているのだろうか。気分が顔に出たのかリチャードが険しそうな表情になる。


「リチャード、マリアンヌ、少し席を外してれる?」

「拝承いたしました。」


しかし私の口から出てきたのは注文に従うような言葉だった。ブライアンの要請に応じる気はなかったのに私の口は私の意志にかかわらず動いてしまった。マリアンヌは無言で一礼すると、リチャードは驚いた顔をして口頭で返事をして部屋を出ていった。


「それで、内密の話とは何?」


明らかに機嫌の悪そうな声色での私の問いかけにブライアンは私の想像もしていなかった言葉をつなげた。


「エリザベート、騒ぐな、私の言うことを聞け。判ったなら『はい』と答えろ。」

「はい。」


ブライアンの言葉になぜか私は反射的に答えていた。答える気など全くなかったのに。それを聞いてブライアンは邪悪で下卑た笑いをその顔に浮かべた。


「我が『支配の魔法』の効果は絶大だな。これで俺様にも運が向いてきたってわけだ。こんな美人を好きにしたうえで辺境伯領を支配できるんだからな。いいか、ここで時間を取ると他の者に気取られて水の泡になりかねないから簡単にいくぞ。よければ『はい』と言え。」

「はい。」


なれなれしく私の肩に手をまわすと耳元で小さな声だがしっかりした命令口調で私に告げていく。『支配の魔法』?聞いたことのない魔法だ。少なくともUUOにそういう名前の魔法はなかった。別の魔法を彼が別の名前で呼んでいるだけかとも考えたが、相手の行動を縛るような魔法はなかったはずだ。


「まずこの俺がお前の下働きとしてこの城に住むと宣言しろ。そして俺が住む場所を準備させろ。判ったら『はい』と言え。」

「はい。」

「そして今夜寝る前に俺をお前の私室に呼べ。呼んだらメイド達を下げて二人だけになれるようにしろ。判ったら『はい』と言え。」

「はい。そうしたらどうなるの?」


彼の言った「支配の魔法」の力なのか、私は彼に逆らうことはできないようだった。「はい」と言わないように頑張ってみたが、私の口はなめらかに「はい」と答えていた。ただ逆らわなければ私の意志で言葉を発することはできるようだった。


「今夜、お前の体を弄びながら次の命令を与えてやる。そしてお前は俺と結婚して俺を辺境伯にするんだ。」

「下種なあなたの考えそうなことね。」

「下種で結構。俺のことを他の者に話したりするんじゃないぞ。俺の名を出さずに俺を捕まえさせようとするような試みも禁止だ。ここで大声を上げるような事もな。判ったら『はい』と言え。」

「はい。」


どう見ても手馴れた調子で私に今後どうするかを支持してくる。おそらくこれが初めてでもないのだろう。今まで何度かこうやってきたのに違いない。


(まずい、まずい、まずい。このまま手をこまねいていたらこの男に良いようにされてしまう。なんとかしなけりゃって、どうすればいいのよ。)


「では、閣下。そういうことで、よろしくお願い申し上げます。わたくしめはこれにて。」


私の考えを他所に、ブライアンはそう部屋の外に聞こえるように言うと、部屋を出ていく。入れ替わるようにリチャードとマリアンヌが入ってきた。


(どうにかしてブライアンを好きにさせないようにすることはできないのかしら。ここでリチャードに彼を逮捕させて…)


考えただけで頭が割れるように痛む。それを口に出すことなど到底できないようだ。脂汗を額ににじませ深刻な顔で黙り込む私を見てリチャードとマリアンヌが心配顔になる。


「顔色が悪いようですが、御加減は如何ですか?」

「お嬢様、どうなさいました?」

「気分が優れないの。悪いけれど下がらせてもらうわ。マリアンヌ、食事は私室の方でとるから後で持ってくるように伝えて。大丈夫。一人で歩けるわ。」


そこまで言って部屋を出ようとしたが、何かの力が私の口から言葉を紡ぎだす。逆らおうとしても無駄だった。


「それからリチャード。ブライアンを下働きとしてこの城で使うことにしました。彼の部屋を用意して今日中にそこへ入るように伝えておきなさい。」

「よろしいのですか?」

「詮索は無用です。」

「御意。」


私の口は自分の身の破滅につながる言葉を紡いでしまう。なんとかブライアンの魔法の力に逆らおうと無駄な努力を続けていたが、甲斐はなかった。胸を圧し潰されそうな苦しみに耐えるのに精一杯で、自室へ向かうため下を向いて歩いていたのでマリアンヌとリチャードがどういう顔をしていたのか私には見えなかった。


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