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第3キャラの領地経営  作者: 寿 佳実
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第5章 - ノルドハーゲン

どこを書いてどこを省略するのがいいか判らなかったので少し支離滅裂。

「おぉ、人魚(ニキシー)じゃないか。幸先良いな。」


ライザがチャーターした河船に馬車ごと乗り込むと河船はすぐに出航した。護衛騎士は騎馬を降りると船上の馬柵に馬を繋ぎ、その世話を始めている。船上に固定された馬車を降り、周りが見渡せる位置に設えられた椅子に座る。椅子の横に置かれた傘付きのテーブルにミランダがお茶を用意してくれる。すると船に並走して泳ぐ人魚の姿を見て船員たちが騒いでいるのが聞こえてきた。


UUO(ゲーム)だと人魚には気の荒いリーン河の人魚(ローレライ)と穏やかなエリー河の人魚(ニキシー)がいて、リーン河の人魚(ローレライ)はモンスターとして扱われていたが、エリー河の人魚(ニキシー)は人を襲うことはないNPCとして扱われていた。この世界も同様のようで、人魚(ニキシー)の姿を見た船は何事もなく目的地に着けるとか、河に落とした大事なものを人魚(ニキシー)が拾って届けてくれると言われて親しまれているらしい。優雅に泳いでは時折止まって胸を自慢げに露わにして手を振る人魚(ニキシー)の姿は若い娘としては少し気恥ずかしく感じる。でも男たちには大人気で、船員たちは陽気にはやし立て、歓声を上げていた。騎士たちの中にもその声に興味を示して見に行くものがいる。そのうちの一人は人魚(ニキシー)に見とれて船べりから落ちそうになり、仲間の騎士にあわてて引き上げられていた。その騎士が上官にこっぴどく叱られているのをみてコロコロと笑う私が多くの船員や騎士たち間で「人魚の姿よりも癒し」だったと後で言われたけれど、どういう意味だろう。


船のうえで私は手に入れたばかりの聖術と魔術の練習をした。といっても今私が使えるのは簡単な怪我の治療や指先に火をともすといった、とても簡単な

技だけだ。怪我人がいる訳でもないし、船の上で火を使うことは躊躇らわれたので、実際に行ったのは聖なる力と魔なる力を練ったり貯めたり転がしたりして弄ぶだけ。練り上げた聖なる力を怪我人の患部に向けて解放すれば怪我が治療できるし、指先から解放すればそこに光が生まれるはず。練り上げた魔なる力を指先から解放すれば魔矢(マジックアロー)として敵を攻撃でき、指先から解放する前に火の属性を与えれば指先に小さな火がともるはず。でも今はその力を開放することなく、その直前でキャンセルして自分の中にため込む。傍から見ると糸なしで一人綾取りをしているように見えるかもしれない。出立直前に巫女伯(クリスタニア)からの使者が渡してくれた巻物に書いてあった自己鍛錬の方法だ。一度魔なる力に火の属性を与えては外す訓練をしている途中にミランダに話しかけられ、指先から1メートルばかりの炎が上がった時にはびっくりした。火属性がついた魔なる力を思わず大量に放出してしまったらしい。


「「あ、あの、ごめんなさい」」


私の声とミランダの声が完全にハモったのがとても可笑しくてしばらく笑いを抑えることができなかった。突然あがった火の手をみて何事かと集まってきた船員や騎士たちは笑っている私とおろおろしているミランダを見てとても怪訝そうな顔を浮かべていた。それがまた可笑しくて、笑いを止めるのにしばらくかかってしまった。


航行中にはそれ以外はさしたる問題が起こることもなく、船はルヴァンの船着き場に到着した。


--------------


ルヴァンにて一泊ののちルヴァン公への挨拶にその居城へ出向いたが、挨拶はすぐに終わった。なぜかとても忙しそうにしており、長話をする事は躊躇われたため、割と短時間の会見となったのだ。土砂崩れによる街道の封鎖が影響しているのかもしれない。


アヴァタリア=ルヴァン間と同様にルヴァン=ノルドハーゲン間の街道も土砂崩れにより使用不可能な状態となっていて、ノルドハーゲンに向かうには海路をとるしかなさそうだ。幸いなことに灰色森(グレイバルト)騎士団の軍船がルヴァンに向かい航行中との連絡が入っていた。それまではルヴァンの宿で暇をつぶすしかなさそうであった。ルヴァンの町を見てみたいとライザにお願いしてみたが却下されてしまった。護衛だの警備だのかえって迷惑がかかるというのがその理由であった。


「それじゃぁお忍びってことで護衛も警備もなしで…。」

「絶対にだめです!」


結局新辺境伯ルヴァン滞在中との情報を得た大商人たちの表敬訪問を受けただけでルヴァン滞在はつぶれてしまった。食事もホテルのルームサービスだけで旅先のレストランの雰囲気を楽しむという野望も叶えられることはなかった。もちろんお忍びで冒険者ギルドに登録してクエストを受けてランクを上げるという異世界転生譚(ライトノベル)のお約束展開など夢のまた夢でしかなかった。


(つまんないの…。)


とはいえ、今護衛なしで街に出て面倒ごとに巻き込まれた場合、私一人では対処できないだろう。その力を付けるまでは我慢するしかなさそうだ。


--------------


辺境伯領からの迎えの軍船が到着し、海路でノルドハーゲンへと向かうことになった。護衛の騎士たちはここで全員王都に帰ることになったが、出航を見送ってから帰還するとのことで桟橋に全員で集まっていた。出航の合図として港の係官が銅鑼を打ち、船員が喇叭を力強く吹き鳴らすと護衛騎士たちが一斉に敬礼を行う。その一糸乱れぬ動作は勇壮で美しい。騎士たちの見送りの中、軍船は帆に風をはらんでゆっくりと北の大洋に滑り出した。河船での時と違い強い潮の香りが鼻を打ち、海鳥の鳴き声がうるさい。初めて見る海のその暗い色に気が沈みがちになるが、この先私を待つものを考えればそうもいっていられない。


「お初にお目にかかります。この軍船の船長をしておりますオーラフ男爵エルンストです。」


ルヴァンが見えなくなり、船が安定した航行に入ってしばらくしたと思うと私たちの船室に赤黒く日焼けした男が挨拶しながら入ってきた。いかにも真面目そうで信頼がおけそうな男だった。


「此度辺境伯となったエリザベートです。よろしくお願いします。」

「ご継承の儀、誠におめでとうございます。」

「堅苦しい話はいいです。それよりエルンストさん、現状の辺境伯領について教えてくれませんか。とくに地震の影響についてね。」

「私は御身配下の騎士ですので呼び捨てでかまいません。この船の出航時点での情報となりますが、よろしいですか。」

「それじゃエルンスト、お願い。」

「ノルドハーゲンの市内の損害は軽微であり、城壁の破損が10ヶ所程度。損壊した公共建築が30棟ほどです。すでに修復作業に入っているはずです。民間の損害はまとめている途中であり、まだ明確になっていませんでした。ただノルドハーゲン・ルヴァン間で3ヶ所、ノルドハーゲン・グレイベルク間で5ヶ所以上において土砂崩れにより街道の使用が困難となっています。連絡が完全に途絶えてはいませんがどうしても時間がかかるため、グレイベルク以南においてどの程度の被害が出ているのか出航時点では把握できていません。」

「魔法による連絡はできていないんですか?」

「遠話が使える魔術師は大戦で減ってしまい、現在使用できる者は灰色森(グレイバルト)騎士団で数名に限られています。地震発生時には運悪く全員グレイベルクにおりノルドハーゲンに居た者がいなかったため、使えませんでした。その中の1名がノルドハーゲンに移動を試みていると聞いていますので、ノルドハーゲンに着くころには使用できるようになっていると期待しています。」

「ゲート魔法での移動はできなかったのかな。」

「ゲート魔法が使える方は全員『英雄の消失』の際に居なくなってしまったため、現在灰色森(グレイバルト)騎士団で使える者はおりません。」

「それでは連絡はどうやっているの?」

「土砂崩れがあっても騎馬ならば上を乗り越えてこれますので、それで文書のやり取りをしています。ただ土砂崩れがないところに比べると時間がどうしてもかかります。」


UUO(ゲーム)ではプレイヤー間であれば距離にかかわらずチャットができたため、通信に制限がかかるとは思わなかった。高度通信社会にいた明日香としては信じられない非効率である。さらに一度行ったことのある町であればどんな距離でも一瞬で移動できるゲートが国の各所に設置されており移動に問題はほとんどなかったのだが、それが使えないとなると人の移動にも大きな制限がかかっていることが理解できた。一度グレイベルクについてしまえば王都へもすぐに戻れると思っていたが、そうは問屋が卸してくれないようだ。


「ふむ、ライザ、学塔伯(タルムグラーフ)への教師派遣のお願いはもう済んでいる?」

「はい。アヴァタリアから依頼の手紙を送っております。」

「派遣されてくる教師が遠話とゲート魔法について詳しく知っていると良いのだけれど。」

「遠話はともかくゲートについては期待しすぎかもしれませんね。期待せずにお待ちするのがよろしいかと。」

「それもそうね。あとは情報網の復旧と街道の修復にどれくらい時間がかかるかね」

「人と資金次第でしょう。」

「そうよねぇ。それは後で考えましょう。それじゃエルンスト、ノルドハーゲンにいる騎士団の規模と海軍の規模を教えてもらえる?」

「はい。灰色森(グレイバルト)騎士団ノルドハーゲン分隊には現在100騎の騎士がいることになっていますが、地震の際に一部出先で連絡が取れなくなっている者や親族の領地へ行っている者がおり、実働は80騎程度かと。軍船はこの船と同じ大型船が5隻に小型快速船が13隻です。船長は騎士が務めておりますが、船員は騎士ではありません。」

「戦いではなく交渉や兵站、土木建築の監督などを任せられそうなのはどれぐらいいるかしら?」


船長(エルンスト)は即答せずにしばらく考え込んだ。おそらく頭の中で同僚たちの顔を思い浮かべ、その性質について思いを巡らせているのだろう。


「武ばった者が多いので、その任に堪える者はそれほど多くないかもしれませんが、8人は思いつきました。」

「それだけいれば十分ね。」

「ただノルドハーゲン伯騎下の文官の方が向いているかと。」

「あら、そうね。伯と話し合って文官から人を出してもらって必要ならそれに騎士団から護衛を出した方が良いかしらね。」

「御意。」

「念のため後でもよいからその8人のリストを作ってもらえるかしら。」

「では後程。」


ノルドハーゲン伯は領地を持たない伯爵で辺境伯から辺境伯領の玄関口であるノルドハーゲンの統治を代々任されている。UUO(ゲーム)でなら有能な文官NPCだけれど、この世界ではどのような人物だろう。


「ノルドハーゲン伯はどんな人物か教えてもらえる?」

「有能で真面目だが面白みのない人物、というのが世間一般の評価のようです。職務中は無駄口を一切叩かない男なのでそう思われていますが、家族といるときには優しい男ですよ。」


「家族と、か。時にエルンスト、我が父アレクサンダーと一緒にいたことはあるのか?」

「戦地へのお出かけの際など、この船にてご一緒したことがあります。」

「すまぬが私は父を知らないのだ。そしてとても知りたいと思っている。エルンストが知っている父はどのような人物だったか教えてはくれないか。」


船長(エルンスト)は一瞬とても優し気な顔をしたがすぐに生真面目な顔になり、父アレクサンダーについていろいろなエピソードを教えてくれた。そのうちいくつかは明日香がプレイヤーとして操作していた際の事件だったので事の次第を知ってはいたが、口を挟まずに、ただ懐かしさに浸りながら聞いていた。


-----------------


私とメイド二人が使用している部屋は司令官室というべきもっとも上質な船室であった。窓から海を見ていても何も変わらないので飽きてしまった私はベッドの上でごろごろしていた。その時突然船の上が騒がしくなった。船室のドアを開けると甲板上を船員たちがあわただしく走り回っている。彼らの邪魔をしないように船長室へ行ってみる。


船長(エルンスト)、何があったの?」

「そろそろノルドハーゲンが見えてくる頃合いなのですが、見張りが前方に煙を発見しまして、警戒を始めたところです。」

「狼煙?」

「煙の形から狼煙などではないようです。見張りはノルドハーゲンで火事が起こっていると見ています。」

「町が見える前から煙が見える火事となると大火事ね。」

「地震での火事は小規模でしたので、その後何かあったと思われますね。」

「ふむ。」


そこまで会話して二人で前方を見つめる。船長室からは結構遠くまで見渡せるようだが、見えるのは海ばかり。目が良いであろう見張り担当が望遠鏡を使ってやっと見えた煙は私にはまだ全然見えない。


「何が起こったから判るまでまだ時間はかかりそうね。」


ライザに私と船長(エルンスト)のためのお茶を用意させるとクッキーを齧りはじめる。


「で、どれぐらいしたらノルドハーゲンが見えてくるの?」

「見張りにはそろそろ見えてくるかと。私たちに見えるのは1時間くらいしてからでしょうか。」


その時船長室の前に走ってきた水兵が見張りからの連絡を告げる。


「ノルドハーゲンが見えたそうです。煙はやはりノルドハーゲンから出ているが先ほどより弱くなっており、対処されつつあるものと思わる、とのことです。」

「それは良かった。」

「しかし出火原因が気になりますね。」

「港に着いたらノルドハーゲン伯に聞いてみましょう。」


------------


船は出航した時と同様にゆっくりと港へ入っていく。桟橋には騎士数人を連れた中年の男が黒いコートを海風にはためかせながら船の到着を待っていた。

こちらから港が見えた時点で港から船が見えるわけで、到着時刻を見込んで迎えに来たようだった。


「新しい辺境伯様のご到着を心より歓迎いたします。わたくしこの都市の管理を任されておりますノルドハーゲン伯グリューストと申します。」


黒いコートの中には黒衣の礼装に身を包み、執事然とした直立不動で私を待っていた男はそう挨拶して首を垂れた。「まじめすぎて面白みがない」と言われたのもうなずける。


「出迎え御苦労。」


これで出てきた者が渋いおじさまで、落ち着いた低い声でそういったのなら様になろうとは思うのだが、動きやすそうな乗馬服に身を包んだ12歳の小娘にきゃぴきゃぴした声でそう言われても格好はついてないと思う。しかしグリューストは動じることはなかった。


「ここでは風が強いですので、中へご案内します。」


私は頷くとグリューストの後をついて桟橋を港の建物へと歩いていく。建物の一番上の階、貴族のための待合室と思われる部屋へ案内された。着席した私は今まで何度もしてきた着任の挨拶をする。


「此度|辺境伯マルクトグラーフ》を亡き父より継いだエリザベート・イングレアスです。今後ともよろしくお願いします。」


できるだけ威厳を持ったつもりで挨拶をする。残念ながらグリューストの顔に浮かんだのは生真面目さではなくなごみであったところを見るとその威厳はたいしてなかったようだ。


「今は落ち着いているようだけれど、船の見張りから煙が上がっていたと聞いています。何がありました?」

「はい。実は昨夜から断続的にノルドハーゲン東城壁に魔物の襲撃があり、城壁の一部が地震で崩れて弱くなっていたため、そこから魔物の侵入を許してしまいました。それらが城壁付近の建物に火を放ちました。夜を徹して入り込んだ魔物を倒して城壁までの安全を確保し、その後鎮火に勤めて先ほどやっと火元を鎮めたところです。魔物の群れは半数を駆除し、残り半数は魔の峰(デアボリカ)へ逃げていった模様です。」

「逃げた魔物の追跡と討伐はどうするの?」

「町の安全を考えると騎士隊を出すのは難しいので、冒険者ギルドに依頼してあります。」

「町の人の被害はどれくらい?」

「現時点で死者12人。付近の聖教会に収容した怪我人が重症軽症とりまぜて200人ぐらいです。」

「お金はどれくらい使える?遺族には見舞金を出さないと。」

「ノルドハーゲンの市予算から出します。」

「それでいいわ。後で負傷者の見舞いに行ける?」

「では後ほど。アレックス、東ノルドハーゲン聖教会に後ほど辺境伯様が見舞いに行くとの連絡を。」


ノルドハーゲン伯の後半の言葉は後ろに控えた文官の一人に向けて言った言葉のようであった。アレックスという名の文官は足早に部屋を出ていく。


「グレイベルクとの街道はどうなっている?」

「明日には馬車が通れるようになるかと。現在では騎馬や徒歩での通行であれば問題なくなっています。」

「ルヴァンとの街道はどう?」

「グレイベルクとの街道を優先した関係もあってまだしばらくかかります。ただ船便があるのでそれほど不便はないかと。」

「そうね。それでいいと思うわ。」

「それ以外の地震関係の影響は?」

「城壁の破損個所を修理中に襲われたため、城壁の修復が間に合っていません。それ以外は今のところ大丈夫です。」

「とはいえそれが一番の問題ね。」

「はい。現在騎士団の精鋭のほとんどをその防御に充てていますので、何とかなっていますが、その分騎士団を他の目的に使うことが難しいのが現状です。」

「判ったわ。城壁の補修が済むまで魔物は待ってくれないでしょうから、他の案件を待ってもらうしかないわね。」

「ご理解、痛み入ります。」

「あとは財政かな。辺境伯領全体の話はグレイベルクへ行ってから詰めるとして、この街の財政状況はどうなっているの?辺境伯不在の12年間どのようになっているのか教えて頂戴。」「

「この街の税収の中心はルヴァンとの交易、海賊王領との交易に対する交易税・港湾使用税となっていまして、住民からの人頭税はそれに比べると比率は少なくなっています。後は魔物討伐に行った冒険者から買い上げた特殊皮革を使用した革製品の製造・販売に街が直接関与しており、その関連の収入が人頭税全体と同程度あります。それなりに経費は掛かっていますが、全体で見れば領都(グレイベルク)へ送っていた上納税を引いても昨年までは少し黒字になっていて、緊急時のための準備金として確保してあります。」

「流石です。民のために使うべきと思えば迷わず使いなさい。もしもそれで不足するようなら言いなさい。今年の上納税を減額、あるいは支援金の提供など私ができることがあれば考慮しましょう。」

「まことに(かたじけな)く思います。」

「よいよい。民を守るのが上に立つ者の責務だと教わってはいますが、まだ自分で何かするということは私はできませんから。」

「ご立派です。うちの娘もそれぐらいの覚悟を持ってくれていればよいのですが。」

「伯にも子供がいると聞いていましたが、お嬢さんもいらっしゃるのね。」

「恐れ入ります。息子が二人と娘が一人おります。娘は昨年若き乙女(デビュタント)の舞を舞ったものの、舞や稽古事よりも兄の真似をして剣を振り回すお転婆でして。」

「あら、会ってみたいわ。これが一段落したらグレイベルクへ連れておいでなさい。」

「よろしければ、そのうち。」


子供の話になるとグリューストの顔は優しい父の顔になり、生真面目な厳格さなどどこかへ飛んで行ってしまっていた。エルンスト船長から聞いたとおりである。娘との年齢が近いせいか私に娘を重ねてみているのもほぼ確かなようであった。


------------


ノルドハーゲンの街は半開きの扇のような形をしている。東西を城壁に守られているが、北は大きく海に開かれていて、港湾施設がその何か所かに存在している。軍船が到着したのは西寄りの港で主に交易に使用されているらしい。東寄りの港は主に漁業に、中央の港が軍港と新造船のためのドックとして使われている。南方は城壁間が狭くなっていくとともに少しずつ高くなっていき、扇の(かなめ)の位置の高台に作られたノルドハーゲン城が町全体を見下ろしている。街の構造上見舞いを予定している聖教会へ行くために城を経由していく方が早いとのことで、いったん城へ移動して食事をし、それから聖教会へ行くことになった。


城は防衛戦で街が陥落しそうな場合の最後の砦として作られた堅牢な城塞ではあるが、平時には政庁として使われていて、官吏が書類をもって走り回っていた。官吏たちは私たちを見るといったん立ち止まり、礼をする。グリューストがそれに手を軽く振って答えると起き上がって仕事をするために走り去っていく。あわただしい昼の風景に前の世界(日本)で勤めていた会社を思い出してなぜか懐かしく感じる。責務は重いけれどもそれなりに気楽なお嬢様となった今となってはあの中で走り回りたいとはちょっと思えない。なお政庁として使用しているのは3階までで、4階以上は辺境伯家の別邸として使用されており、本来であればここに泊まることも可能なのだが現在常駐のメイドなどはおらず手入れが行き届いていない可能性がある、と言われた。この先のことを考えれば常駐メイドを募集する必要がありそうだ。食事は政庁の昼食ということで可もなし不可もなしという感じであったが。


東ノルドハーゲン聖教会は東城壁の中央付近城壁寄りの場所にあった。城に近い中央ノルドハーゲン聖教会はノルドハーゲン伯や城の近くに住む貴族達が使用するが、ここは庶民向けの住宅が立ち並ぶ地帯に立つ聖教会であり、そこに集う信者たちも庶民が中心になる。周りを威圧するような大きな建物に見えるが、周りを小さな建物に囲まれているからそう見えるだけで、実はそれほど大きな建物ではない。いつもであれば祈りと静謐に包まれるこの建物は現在多数の仮設ベッドから上がる苦痛によるうめき声と治療のために忙しく走り回る治療師たちの足音からなる喧噪に満ちていた。


「グリュースト、ここの責任者の方とお話できるかしら?」

「直ちに。」


私がそう問いかけるとグリューストが随行の文官の一人に指示を出し、その文官が走っていった。もはや見慣れた光景だけれど、日本では下っ端だったことを思うと偉くなったものだと思う。間もなくその文官が一人の老治療師を連れてくる。挨拶もそこそこにその治療師に現在の状態を聞いてみる。


「芳しくはありません。治療魔術や治療技術を持った者の数が不足しておりますので助けられる者の数はそれほど多くはありません。」

「私から見ると治療師たちの作業に無駄が多すぎるように見えます。トリアージはどなたがしているの?」

「申し訳ありません。トリアージとは何でしょう?」


私の質問に質問で答える老治療師。トリアージを知らない、していないということであれば無駄が多いのも頷ける話であった。


トリアージとはシステムエンジニアリングで使用される用語で、多すぎて手に追いきれない案件がある場合に案件を「すぐに着手すべきもの」「しばらくは着手しなくてよいもの」「着手しても無駄なもの」に分類する、という手法である。分類された案件のうち「すぐに着手すべきもの」に最大の努力をつぎ込むことで効率を最大にすることができ、多すぎて手に追いきれない案件が日常のようにあふれているシステムエンジニアリングでは重要な手法として認識されている。前世(日本)SE(システムエンジニア)をしていた際の知識として(明日香)もトリアージの重要性・効率性を知っており、さらにこの手法が本来軍医が負傷兵をいかに多く助けるかという観点から発明されていたという歴史も、それが災害医療など医師に比して多数の傷病者がいる場合に多くの命を助ける手法として使用されているという実績も知っていた。というか教えられ、使うよう指示され、日々行っていた。それが行われていない以上、効率は悪化し、助けられずに散っていく命が多くなる、という予測が私を暗澹たる気持ちにさせた。幸いなことに今私は絶対的な上位者であり、それを命令して行わせることができる立場にいる。


「それほど時間はかからないと思うので、全治療師に集るよう指示してください。トリアージとは何かを教えます。そしてそれを実施しなさい。」


老治療師は私の剣幕に驚いたのか、それとも上位者の指示を実施しないと自分の身が危ないと思ったのか、慌てて治療師たちを別室に呼び集めた。


「トリアージという名前の方法ですが、内容はとても簡単です。まず、全負傷者を3段階に分類します。レベル1、軽症であってすぐに治療しなくても命に別条のないもの。レベル2、重症であってすぐに治療すれば命を救うことができるが、治療しないと命を失う可能性が高いもの。レベル3、致命傷であって、治療を行ってもその死を防ぐことができないと思われるもの。この3つです。見立てが苦手な方は見立てが得意な方にこのトリアージだけでもやってもらって構いません。分類が終わったら何に分類されたか判るようにしておきなさい。部屋を分けて移動してしまうのが早いでしょう。分類は一日一回だけ行いますが、症状が悪化したりしますので、毎朝分類を見直しなさい。」

「分類してどうするのですか?」

「治療師の皆さんは全力をもってレベル2の方々の命を救いなさい。」

「そのほかのレベルの方はどうするのですか?」

「レベル1は治療師ではない看護師か手伝いの者に任せなさい。レベル3は手伝いの者に痛み止めでも与えておきなさい。治療師はレベル1・3に使う魔力・時間があればレベル2を救いなさい。それが最も多くの者を救うことができる方法です。」

「それではレベル3に分類された方を見殺しにすることになります。」

「そうです。見殺しにしなさい。辺境伯としてこのエリザベートが命じます。私の民を一人でも多く救うために心を鬼にしなさい。」


治療師たちの顔に驚愕が張り付く。一見幼い顔をした少女が冷酷な命令を下したのだ。それも辺境伯という絶対的権威を振りかざして。


「理解したならすぐに作業にかかりなさい。そして私の民を一人でも多く救いなさい。」


私の覚悟が伝線したかのように真面目な顔になり持ち場へと戻っていく治療師たちを見送って私は張っていた気を緩める。そして残っていた老治療師に一言付け加える。


「治療師たちが無駄な時間を使わないようによく見張っていなさい。トリアージが終わったら呼びなさい。」

「判りました。」


老治療師が出ていくとノルドハーゲン伯が私の顔を見て心配そうな顔をする。


「あれでよろしかったのですか?」

「しかたありません。多くの命を救うためです。そのためならば私が恨まれるくらいは覚悟しています。」

「ご立派です。しかし様々な局面で有効そうな手法ですね。」

「実際にいろいろなところで使われる手法です。ただ、ここではまだあまり知られていないようですね。」

「不勉強なもので申し訳ありません。王都は進んでいるのですね。」


私は日本ではそれなりに知られているがUUOの世界では知られていない、と言ったつもりだったが、グリューストは王都では知られているがグレイバルトでは知られていない、という意味にとったようであった。その誤解を解く必要性は感じなかったので黙っていることにした。


しばらくグリューストと負傷者への援助について話していると老治療師が戻ってきた。トリアージが終わり、治療師たちが作業に入ったとのことである。

まずレベル1の負傷者がいる部屋から見舞いに行くことにした。


レベル1の負傷者の部屋は最も大きな部屋でそこに多くの負傷者が寝かされていた。治療を後回しにされたことに文句を言っている者もいるようだが、文句を言う元気があるくらいだから放っておいても大丈夫と見做されたのだろう。怪我をしていても陽気なものが多いのか、ガハハハと大きな笑い声がどこからか響いてくる。私が発した命令とは知らされていないらしく、見舞いに来た私に後回しにされた治療を何とかしてくださいとお願いしてくる者さえいた。庶民らしいしたたかさを見た気がする。


レベル2の負傷者の部屋はもう少し小さく、先の部屋の陽気さはどこを探しても見つけられなかった。聞こえるのは痛みをこらえるうめき声と治療師の唱える魔術詠唱の響きぐらい。治療師は忙しく、負傷者には顔を上げる気力がある者も少ないようで、私が部屋に入ってもそれを見つめる者は多くはなかった。邪魔をしないように部屋の一角で、「一人でも多くの命が救われますように」と皆に聞こえるように願うのが精一杯であった。


レベル3の負傷者の部屋は小さな部屋で十数人の負傷者が寝かされていた。その部屋は静寂に包まれており、時折苦痛をこらえる押し殺した声が聞こえるくらいであった。多くの者は痛み止めの薬を飲んで寝ているのだろう。彼らには何ら落ち度があったわけではなく、たまたま魔物の襲撃の際に居合わせただけ、あるいは魔物の襲撃に対処しようとしてくれていただけである。私はこの者達を見殺しにせよと命じたのだ、という厳然たる事実が私の心を暗くする。


「少し一人にしてくれる?」


私のお願いにグリュースト達が通路へ出ていく。私は椅子に座り、眠る負傷者たちを見ながら首を垂れる。


「より多くを生かすためとはいえ、あなたたちを見捨て、見殺しにすることを命じた私をどうか許してください。」


おそらく誰にも聞こえないであろう小さな声でそう祈る。自責の思いとこれから失われるであろう命に対する哀しみが心を千々に乱す。理性(あたま)ではそれが仕方のないことなのだと判っていても感情(こころ)がそれを否定する。誰にも転嫁できない責任の重さに対する苛立ちととやり場のない哀しみが心を黒く染め上げる。


ゾロリ


その時私の中で何かが動いた。私の中で渦巻いている良く判らない力、神様が言うところの「世界創造の力の一部」のそのさらに一部が、かき乱された私の心につられたのか暴れだそうとしていた。哀しみで黒く染まった心がその力を黒く染め上げているのが感じられる。苛立ちと哀しみに黒く染まった力をこの世界に開放してしまったらこの世界がどうなってしまうのか判らない。私は一生懸命に心を鎮め、黒く染まってしまった力を聖なる白で染めなおそうと努力する。私の中の力の中から暴れだしてしまった制御できそうもない部分を切り離し、切り離された力の塊を聖なる力へと変えるまでが今の私にできる精一杯だった。聖なる力となった暴れだす力は私から解放された途端、眩いばかりの光の洪水となって部屋を満たす。そのまぶしい光を感じながら私は意識を手放した。


後に聞いた話によるとその光に驚いたグリュースト達が部屋の中へ戻ってきた時には光はすぐに何処へかと消え、部屋の中にいるのは安らかに眠る負傷者たちと涙を流しながら気を失った私だけだったらしい。彼は慌てて騎士の一人に私を宿泊予定の宿へ運ぶよう命じ、私はその騎士に背負われて運ばれていった。私がレベル3の部屋で涙を流して聖なる力を使い気絶した、と伝えられた治療師たちはことのほか張り切り、想定では人数が多すぎてレベル2の3割程度は治療しきれずに亡くなる恐れがあると考えられていたのにレベル2全員を治療しきったと伝えられた。


光の洪水があった部屋で眠っていた負傷者たちは全員治療しても助からない致命傷を負っているとされた者達だったが、その聖なる光によるものか、その傷は完全に癒え、開いた傷口は塞がり、切り落とされた手足は再生されていた。この事実は後に「トリアージの奇蹟」と呼ばれ、この東の教会も名前をエリザベート・トリアージ聖教会と変え、そこで起こったことを記した碑がこの時宇の負傷者達の手で建てられたそうである。私がそれを知るのはずいぶん後になる。


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