第4章 - アヴァタリア
少しずつ物語は動き始めます。
王国東方最大の都市アヴァタリアは白き峰の麓、聖地オラクル神殿を中心とし市内と市外とを隔てる半円状の城壁で守られている。城壁には3つの門があり、王都との街道へと繋がる西門、北の港湾都市ルヴァンへ向かう北門、南の学塔都市パルナスへ向かう南門が存在する。門には巨大な大門とその左右に控えた2つの小門が存在する。大門が使用されるのは騎士団が行軍する場合と侯爵以上の貴族が出入りする場合に限られ、通常大門が開くことはない。西門北小門は伯爵以下の貴族だけが使用でき、爵位を持たない一般の旅人や商人は西門南小門を使用する決まりとなっている。門は日没と同時に閉鎖され、明日の日出まで門が開くことはない。
夕日のさす西門前の広場には日が暮れる前に市内に入ろうとする旅人・商人の行列ができていた。門の周りには何軒かの商店や宿屋が存在するため入れなくても野宿の心配はない。しかし城壁外の宿屋は市内の宿屋に比べて質が悪いのに割高であり、そこを使うはめになるのはできる限り避けたいと誰もが考えていた。このままいけば日没前に入城手続きが済むなと考えていた旅人・商人たちは西からゆっくりとやってくる騎兵に護衛された馬車を見て、何事かと目を凝らす。どこかの貴族だとは思われるが、貴族は北小門を使用するので彼らの手続きに影響することはなく、逆に庶民にとっていい見世物となっていた。
「辺境伯様のご到着!開門!」
先導の護衛騎士の一人がそう声高に呼ばわると都市城壁の門番の所へと駆けていく。しばらくして城壁大門が開く。大門が開き始めたのを見て旅人や商人は目を見張る。開門要求中の爵位を聞き取れていればまだしも、聞き逃したほとんどの者にとって大門が開くことなど予想外であった。
ゆっくりと開いた大門を護衛騎士隊に守られた豪華な馬車が通過する。
「あの旗印はどこの領主様だったかな?」
「灰色大樹…辺境伯様だな。」
「え、辺境伯って今空位じゃなかったっけ?」
「先の大戦以来空位のはずだ。」
「代官の方かな。」
「いや、代官なら大門は開かないはずだ。」
「どういうこと?」
馬車に描かれた紋か護衛騎士が掲げる旗をみたのであろう興味深げな声が交わされる。私が辺境伯を継承したというニュースはまだここには届いていないようだ。
「馬車の中は女性3人ね。お嬢様か奥様かしら?」
「奥様は王宮住まいと聞いています。」
「お子様がいるという話も聞かないですね。」
「どなたが乗っていらっしゃるのでしょう。素敵なお召し物。」
聞こえていると思っていないのか行列の旅人たちは口さがない。商人の妻たちだろうか、女性たちの声も聞こえてくる。
「しかし立派な馬車ですなぁ。さすがは侯爵家というところですか。」
「騎士様格好いい。僕もいつか騎士になる!」
「御者の方も渋いわねぇ。惚れちゃいそう。」
「中がもっとよく見えればなぁ。」
行列に並ぶ者達の喧騒に見送られ、馬車は大門を通過して市中に入っていく。
「閉門。」
護衛騎士の最後の一人が通過すると番兵が大門の中央に立ち閉門を告げる。両側からゆっくりと大門の扉が閉まってゆき、大きな音を立ててぶつかり合う。開いていたのが嘘のように、大門は静けさを取り戻していた。
馬車に見とれていた旅人や商人が我に返り、南小門を含めて門が完全に閉まってしまっていることに気が付くまでそれほど時間はかからなかった。大門の開け閉めで手一杯で小門は閉じられて入城手続きは完全に止まっていた。日はすでに完全に沈んでおりもう小門が開くこともないだろう。闇の中に浮かぶ炬火の光とぱちぱちとはぜる音だけが門前の広場を支配していた。
「結局城内には入れなかったな。」
「だからもっと急いでおけばよかったんだ。」
「珍しいものが見れたからいいじゃないか。」
「それもそうだな。」
「大門が開いたのを見るなんて何年ぶりだろう。」
「城外の宿だって案外悪くないぜ。」
「確かこっちの宿が良いって聞いてる。」
「やめとけやめとけ。どうせガセネタだ。いい宿教えてやるよ。」
旅人や商人たちは仲間たちと笑いあいながら一夜の宿を求めて散っていった。彼らが話のタネに困ることはしばらくはなさそうである。
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馬車がホテルの玄関に乗り付けると馬丁が馬の世話を始める。ライザが用意したホテルは当然のようにアヴァタリアで最も高級なホテルである。護衛2名も宿泊できる護衛室のついたスイートルームが確保されていたが、そこに泊まることのできない残りの護衛騎士はこの街の騎士団の宿舎を借りるのだという。
「一緒にここに泊まればいいのに。」
「そういう訳にもいきません。我々には過ぎた宿ですので。お心感謝いたいします。」
生真面目そうな上官は護衛室に宿泊する2名に宿泊の際の注意事項を告げると一礼して去っていった。彼らにとっては役得だそうで、希望者が多く、誰が泊まるかはくじ引きで決まったそうだ。
ホテルの者に案内され、ライザとミランダに付き添われて部屋へと移動する。後ろを護衛騎士が遅れることなくついてくる。部屋に着くと護衛騎士が簡単に室内を改め、問題がないこと確認すると彼らは護衛室に引き上げていった。リビングのソファーに腰を落ち着けるとミランダがお茶を入れてくれる。長時間馬車に揺られていたが腰が痛んだりはしていない。若いっていいなぁなどと年寄りじみたことを考えていると、ホテルマンが食事を運び込んできた。ライザがあらかじめルームサービスを頼んでいたようだ。
「わぁ、おいしそう」
テーブルの上に並べられていたのは甘いソースのかかった柔らかい肉のソテーに辛めのソースがかかった焼き魚の切り身、エリー河で取れた魚介類を使用したと思われるクラムチャウダーにチーズをかけて焼いたと思われる香ばしそうなパンに食後のカスタードプディング。明日香の感覚からすると贅沢な料理に見えるが、エリザベートの感覚としては割と普通の食事である。王宮の料理と比較して「普通」ってのもどうかとは思うけれどね。目をつぶって神への感謝の祈りを済ませる。のどが渇いているので口を湿らそうとグラスの水を一口飲む。水だと思っていたが甘めの白ワインだったようだ。甘やかな味とさわやかな香りが口の中に広がっていく。
「あら、お嬢様。それはお酒ですよ。」
「うん。大丈夫。甘くておいしいわ。」
「ならよろしいのですけれど、量を過ごされますと酔ってしまわれますよ。」
「うん。気を付ける。」
考えてみればこの世界で初めてのお酒かもしれない。どれぐらいで酔うのか、酔ったらどうなるのかいつか調べておかないといけないな。そう思いながら食べ始める。
「そういえば護衛の方々は?」
「交代で下のレストランでお食べになるとの話でした。」
「そう。一緒に食べたほうが楽しいのに。」
「そういう訳にも参りませんからね。」
「ライザたちはどうするの」
「お嬢様がお休みになってから二人で食べますよ。」
「一緒に食べないの?」
「ご一緒してもよろしいのですが、そうするとお嬢様の世話ができかねますので。」
「そのうちどこかのレストランで一緒に食事してみたいわね。」
「お言葉はありがたく頂戴いたします。」
レストランの喧騒の中での大勢での食事にもあこがれるのだけれど、残念ながらライザが許してくれることはなさそうだ。あきらめておいしい食事とおいしいワインを堪能する。食後のカスタードプディングの甘みを舌で楽しむころには旅の疲れが睡魔となって襲ってきた。他にすることがあるわけでもないし、今日はこのまま寝てしまおう。食事を終えて寝室へ移動するとライザとミランダがすぐについてきて服を脱がせてくれる。生まれたままの姿になってシャワー室へ入るとミランダがタオルをもって一緒に入ってきて、シャワーで濡れるのを気にせずに体を洗ってくれる。エリザベートとしてはそれが当たり前だと思っているが明日香としては気恥ずかしい。しかし睡魔に負けつつあった私は気恥ずかしさをどこかへ投げ捨ててミランダのなすがままになる。ミランダは私を洗い終わるとシャワーを止め、私をベッドへと運ぶ。そのころには私はもう夢の世界にいた。
翌朝はすっきり起きられた。朝食はすでに用意されており、ライザもミランダも準備万端という風で私の朝食の世話をしてくれた。昨夜は結構飲んだと思ったのだけれど、割と酒には強い体なのかもしれない。それとも残りにくい良いワインだったのかな。日本で安めのワインを飲んだ次の日の二日酔いを思い出しながら、きっとその両方ね。という結論を出す。今日の予定を話すライザを横目にスクランブルエッグとベーコンをパンに乗せて食べる。基本ライザに任せておけば問題ない。
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アヴァタリアにある巫女伯の居城は城や宮殿というよりは神殿と形容した方が近いかもしれない。明日香の感覚では神宮と呼ぶべきと思われた。城の中央にある最大の建物は巫女伯のためにではなく巨大な一枚岩のために使用されている。その岩こそが神がその上に顕現すると言われ、『聖地』『神域』『磐座』などと呼ばれている。聖教会成立以前からあるその信仰を初期の聖教会は否定し敵対したこともあったようである。しかし現在では神域に顕現する神は聖教会の神もしくはその聖霊であるとしてその存在を認め、共存を図っている。
神域の正面に立つ建物は拝殿であり、巫女たちが磐座に祈りをささげるための空間となっている。一般信者の参拝も許されている模様で、多くの善男善女が聖域を見ようと拝殿に入っては出ていく行列を作っている。特に特別な日というわけではなさそうなので、何時もこれぐらいの人数が参拝に訪れているのだろう。
左右の建物は巫女たちの生活空間となっており、いわば社務所のようなものである。中央の建物を指してオラクル神殿、周りの建物を全部含めてアヴァタリア神殿もしくはアヴァタリア城と呼ばれる。オラクル神殿の左側に立つ南館は主に若い巫女たちのために使用されいて、右側の北館が巫女伯を含む上位者が使用しているとのことだった。巫女伯の執務室も巫女伯との会談のための応接室も北館に存在し、私たちはその北館の1階にある応接室に案内されていた。
(たしかに謁見の間というよりは応接間って感じよね。)
十分に広さはあるし、そこで使用されている調度品は高級なものではある。それらはすべて対称になるように置かれており、どちらが上位者でどちらが下位者ということを意識させない配置になっていた。そこへ案内されてしばらくしたのち、3人の女性が入ってきた。
彼女達は落ち着いた雰囲気の同じ意匠のローブを身に着けている。おそらくそれが聖域の巫女の正装なのでしょう。3人の中で最も背が低いが最も年上と思われる落ち着いた雰囲気の黒髪の女性が纏うローブは豪華な金糸の刺繍で縁取られており、この方が巫女伯ではないかと思われた。他の二人の比較的若く見える女性、金髪の女性と銀髪の女性のローブにはシンプルな文様の銀糸の縁取りとなっている。黒髪の女性は深紅のベルトを、金髪の女性はライトブルーの、銀髪の女性はディープブルーのベルトをしていたが、そこから3人の力関係を読み取ることはできない。
「巫女伯のクリスタニアです。」
黒髪の女性が先に自己紹介を行った。
「お初にお目にかかります。この度辺境伯を亡き父より継承したエリザベートと申します。領地へ向かうにあたり、ご挨拶に伺いました。」
あらかじめ考えていた挨拶の口上を述べる。ちょっと緊張してしまったが、なんとかトチらずに言えたようだ。
「堅苦しい挨拶は私も苦手ですので、楽にして。先代モーリー様のお嬢様よね。私もモーリー様の弟子ですから。妹のようなものですわね。」
「あ、ありがとうございます。」
巫女伯はその落ち着いた見かけと異なり、ざっくばらんな性格なようだった。びっくりして。声が上ずってしまった。
「ふふふ、可愛いこと。しかし残念ね。もし辺境伯を継いでさえいなければここで巫女の技を教えられるのに。お嬢ちゃんなら次期巫女伯も夢ではないでしょう。」
「そんな、買いかぶりすぎですわ。私はまだ何も出来ぬただの娘ですもの。」
「いえいえ、私の目には見えています。貴女には大いなる力があります。先代様と先代辺境伯様より受け継いだと思われるとても強い力が。ただ、いまだその力には方向性が与えられておらず貴女の中で渦巻いています。まだしばらくは大丈夫だと思いますが、このまま何も手を打たずにいると、その力が暴れだし制御不能になります。」
サラッととんでもない発言をする巫女伯。驚きのあまり言葉を発することができない私。しばらくの間沈黙が応接室を支配する。メイド二人も驚愕に何も発言できずにいる。巫女伯の従者二人にはその力とやらが見えているのか、軽くうなずくだけで言葉を発しはしない。しかし、その顔に見えるのは納得であり驚愕ではなかった。
(巫女伯が嘘をついているとは思えない。そもそも嘘を言う必要性が感じられない。)
(巫女伯が言うことは事実なのだろう。)
(強い力といえば異世界訂正譚のお約束ではあるけれど、今の私にそういうものがあるという気配はこれっぽっちもないんですけれど?)
(それに暴走して制御不能ってどういうことですか。)
「猶予はどれぐらいあるとお考えですか?」
「平穏に暮らしたとして数年ね。お嬢ちゃんの領地のありようを考えれば平穏ということはまずあり得ないけれど。もって1年程度と思っておきなさい。」
「その暴走を防ぐために、私には何ができるのでしょうか。」
「その力に方向性を与え制御する術を学ぶことです。具体的には聖術か魔術ね。いえ、おそらくその両方をある程度のレベルで身につける必要がありそうね。だから可能であればここに残って修行をして欲しいところです。」
「申し訳ありませんが、辺境伯領へ行くことをやめるわけにはいきません。そこは私の領地であり、そこには私がやらなければいけない責務があります。」
「お嬢ちゃんならそう言うと思ったよ。先代様ならそう教えているだろうしね。」
巫女伯はしごく残念そうであったが、それとは別に何か考え込んでいるようであった。
「しかし先代様はなぜこのような状態で放置されていたんだろう。それとも突然力が大きくなるような何かが…。」
「少し待ってもらえるかな。これはおそらく『神降ろし』が必要でしょう。マリアンヌ、ついてきなさい。ゴルダ、お嬢ちゃんの相手をお願いするわね。あんたたしか先代様にも仕えたことあるよね。」
その目に決意をにじませて巫女伯が立ち上がり部屋を出ていく。その命令に従い銀髪の巫女が後に従う。残された金髪の巫女が冷めてしまった紅茶を取り換えてくれた。突然の進展に私もメイド達も何もできずにただテーブルを眺めていた。
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巫女伯が出ていった応接間では母がここでどのように暮らしていたかを金髪の巫女から聞かされていた。母は巫女として、また為政者としては有能であったようだが、私生活ではどこか抜けていて、オッチョコチョイであったようだ。王宮の暮らしでもたまに感じることはあったが、若いころはもっとひどかったらしい。そんな話を聞いていた時、銀髪の巫女が部屋へ戻ってきた。
「エリザベート様。磐座の間までおいでいただけませんでしょうか。」
何があるのだろうか思いを馳せながら銀髪の巫女の後をついていく。部屋の後かたずけを若い巫女に指示したのち金髪の巫女もその後を追う。オラクル神殿が見えてくるとその中央にある磐座がまぶしいほどに輝いていた。その磐座の前に両手を広げて立つ巫女伯の姿もまた、美しい光を放っていた。
その後ろに案内されて立ち尽くす私たち。よく見ると輝いているのは磐座ではなく、その上にいる何かであったが、まぶしすぎてそこに何があるのかを見定めることはできなかった。巫女姫も立っているのではなく宙に浮いており、光っているのは彼女自身の周りを覆うように包んでいる聖なる気配としれた。それは極寒の地でのみ見られるというダイアモンドダストのようにキラキラと輝いていた。
「愚かなる僕のために顕現いただきましたこと感謝いたいします。畏れ入りますがここな娘エリザベートの中にある力、いかに抑えるやをお教えいただけますよう、心中よりお願い申し奉ります。」
歌うように巫女伯の声が響く。先ほどまでのざっくばらんな口調とは打って変わって厳かな口調で神様への願いを告げる。
「その願い、聞き遂げられたり。」
荘厳で重々しい声がどこからともなくオラクル神殿に響き渡る。その時磐座の上に会ったまばゆいばかりの光が爆発するように神殿内部を満たしていく。
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「明日香よ。そなたに『世界創造の力』の一部が内在されてしまったこと、すまなく思う。」
どこからともなく声が聞こえる。周りは光に包まれた純白の世界で、私は身動きもできずにその声を聴いた。私の名前を知っている時点で普通の人の声ではありえない。おそらく本当に『神』の声。改めて異世界転生したんだなぁとの思いを強くする。楽しいからまだいいけれどね。
「ふむ、楽しいと感じるか。強い心を持てたようで安心だ。」
げ、心を読めるのか。
「当然だ。」
神様にしてはフランクですね。
「ここで堅苦しい呪文のようなやりとりなぞ面倒くさかろう。」
異世界人に合わせてくれているのかな。助かる。でも「世界創造の力」とは一体何なんだろう。
「詳しくは教えることはできない。ただこれだけは教えてあげよう。この世界は未完成なのだ。この世界が完成するためにはそなたの中の力が正しく使われなければならない。」
正しく使われなかったらどうなるのだろう。
「その場合、この世界は未完成のまま均衡を失い、世界が生まれる前の原初の混沌へと帰っていくだろう。」
げ、それって大事ですよね。
「そうならぬよう、期待する。」
期待されても何をやっていいのか判らないんですけれど。
「まず力とその流れを認識し、それに向きを与えられるようになることだ。そなたに聖術と魔術を扱う力を与えよう。しかしその力は弱いもので、われが与えられるのはそこまでだ。そなたにわかりやすく言えば、与えられる能力は『聖術Level.1』と『魔術Level.1』だ。基本的なことはできるようになるだろう。ただそれだけですべての力を振るえるようになるわけではない。自らを鍛えてレベルアップせよ。そなたが力をある程度使いこなせるようになったなら、おのずからその先も見えてくるだろう」
その言葉と同時に目の前に2つの輝く光の玉が生まれる。2つの光の玉は踊るように互いの周りを周りながら私に近づき、そのまま私の胸の中へ吸い込まれていく。その直後目が覚めて瞼を開いたような感覚が私を襲う。目はずっと開いているので実際の視力に関するものではないことは明らかだ。それは私の中に生まれた新たな『術』が新たな『認識』を生んだことを示していた。。それはそれまで認識できなかった力、聖なる力や魔なる力が『認識』できたという感覚だった。その『認識』は私の中に聖でも魔でもない恐るべき巨大な力が渦巻いていることと、私を包む光そのものが巨大な聖なる力を持った存在であることを私に告げていた。
「精進せよ。そなたならできると信じている。」
その声とともに私の周りの光が消えていき、オラクル神殿内の景色が戻ってくる。
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磐座から放たれた光が消え、ゆっくりとオラクル神殿内の景色が戻ってくる。
「いかがですか?」
ゆっくりと床へ降り立った巫女姫が問いかける。その声は優しげだが、その顔には疲労の色が濃い。神にお願いし、磐座に顕現してもらうだけでも結構な消耗を強いられる模様だ。
「聞き遂げられた、という声は聞こえましたが、それ以外は何も。」
ライザがそう答える。
「そう、あの会話は私にしか聞こえなかったのね。」
「あら、お嬢ちゃんはあのお方とお話になったのね。やはり巫女の素質は十分ね。」
そう答える私の声にライザとミランダは驚きで声も出ないようだ。その一方で巫女伯と従者たちは割と当たり前のように受け止めている。あの会話は誰にも聞こえていなかったようだが、巫女にとってはさほど珍しくないことのようだ。
「ええ、白い光の中お声が聞こえ、力の扱い方を覚えるために聖術と魔術を扱えるようにしていただきました。ただその力はまだ弱いため、私自らが鍛えねばならぬとも言われました。」
「そうね。まずはその力の隠し方から覚えなければいけないわね。後ほど教師役を一人派遣しましょう。」
「ありがとうございます。」
「魔術の先生も必要ね。学塔伯に依頼した方がよいでしょう。私からも連絡を入れておきます。」
「恐れ入ります。」
「お嬢ちゃんがその力を隠せるようになるまで、聖術や魔術に長けた者にはお嬢ちゃんの中の力は丸見えよ。その力を欲しがってあなたにちょっかい掛けてくるものも増えそうね。利用しようとして近づく者には気を付けなさい。特に魔族には目を付けられるわよ。」
「ご忠告痛み入ります。」
そう答えながらも私は襲い来る睡魔と戦っていた。どうしたんだろう、ひどく眠い。立っているのがやっとだ。
「お嬢ちゃんはもうおねむかな。」
「お嬢様はお疲れのご様子です。下がらせていただきとうございます。本日はありがとうございました。」
ライザが助け舟を出してくれる。
「あのお方との交流は体力を消耗するからねぇ。巫女として鍛えていればともかくお嬢ちゃんだと無理ないかな。本日はお疲れさまでした。旅の無事をお祈りします。」
ライザに抱かれて夢の世界へ入った私には巫女伯の声は届くことはなかった。
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目を覚ますと私はホテルのベッドで寝ていた。ライザが私をホテルまで運んでくれたようだ。時間は夕刻であり、夕焼けがアヴァタリアの街並みを赤く染めていた。レストランで食べてみたいという私の希望は却下され、ルームサービスが運ばれてくる。
「格式上、三日前から予約しておかないとレストランに迷惑が掛かります。本日宿泊するかどうかは不明であったため、そういった準備はできませんでした。ルームサービスならある程度融通が利きますので、これでご容赦ください。」
ライザにそういわれると反論できない。もっと気軽にあれこれできる立場がよかったな、とその原因が自分が持つ爵位にあることは棚に上げてむくれてみせる。
「明日のために河船を確保しておきました。アヴァタリアとルヴァンの間の街道は何ヶ所か土砂崩れで埋まっていてしばらくは使えないそうです。」
「河川運輸に土砂崩れの影響は出ていないそうですわ。」
アヴァタリアからルヴァンへの移動は河船を使用した方が早い。いつ終わるか判らない復旧作業の完了を待つ訳にもいかない。河船を使用するのが現実的だ。
「護衛の方も一緒?」
「はい。24騎であれば馬ごと載せられる船を確保しましたので、一緒ですよ。」
「河船一艘借り切ってしまって河川運輸に影響が出たりしない?」
「一艘貸し切ったぐらいで影響が出るようなことはありませんよ。ご安心ください。」
馬車の旅も初めてだったが、船の旅も初めてかもしれない。鴨のローストに舌鼓を打ち、クリームチーズをのせたパンを赤ワインで流し込みながらそんなことを考える。明日からもまた、楽しい旅になりそうだ。