第2章 - 目覚め
やっと動き出します。
私は混乱していた。目覚めた時点で私の中に二人分の記憶があったから。
私は西村明日香、そこそこの大学の理学部をぎりぎりの単位ながらなんとか留年なしで卒業した後、中堅SIに入社しSEとして働き始めたばかりの24歳。一人暮らしで恋人はなし。趣味は読書とパソコンゲーム。昨日は仕事に疲れて帰ってきてUUOを起動し、第3キャラクター作成の途中、名前を考えたところまでで力尽きて、ベッドに潜り込んだ事を覚えている。
私はエリザベート・イングレアス・オブ・グレイバルト、ゲオルグ王国の王宮の片隅で王の愛妾の娘として身を隠しながらも何不自由なく育てていただいた12歳。趣味は踊りとチェス。昨日はデビューの日の舞踏会で若き乙女の舞を踊り、授爵式で亡き父の爵位灰色森辺境伯を受け継いだことで公式の場に初めてその姿を晒すこととなった。その後フィッツジェラルド兄さまと楽しい一時を過ごし、、王宮に戻って義理の父とも仰ぐ国王陛下との晩餐会で恐れ多くも温かな言葉をかけていただいた。その直後、遠くから響く恐ろしい地響きと初めて経験する王宮を揺らす大きな揺れを感じたところまでは覚えている。
だって変でしょう。ゲオルグ王国と言えばUUOの舞台となる王国の名前であり、グレイバルト辺境伯は明日香のメインキャラクターが得た爵位と同じだ。そしてエリザベートという名前もその爵位を受け継ぐ者として作った第3キャラクターの名前である。エリザベートの記憶はこのキャラのために私の脳が作った脳内設定なのか?でも、王宮の中庭で兄さまや弟王子達と仲よく遊んだ記憶、母とメイド達との優雅な食事会の記憶、メイド長や王子の教育係から受けた教育の記憶はとても生々しく、明日香が作り出した幻想とは思えないほどリアルである。明日香が記憶している作りかけの第3キャラクターの容姿と、エリザベートが記憶している姿見に映る自分の姿は同一人物であることを疑いようがないほど極めて似ている。グラフィック機能の制限なのか明日香の記憶にある第3キャラクターの顎は少しとがっており、着ているボールガウンの襞はすこしカクカクしていたが、エリザベートの記憶する自分の顎は心持ち丸く、ボールガウンは極めて豪華なつやのある生地で仕立てられており、そのようなギャザリングノイズなどありはしない。違いといればそれぐらいだろうか。
(ひょっとして異世界転移なの?それもゲーム世界への移入ですって?それなんてライトノベル?)
しばらく前に読んでいた面白い異世界転生譚をいくつか思い出した。でもそれらでは異世界へ行く前に神様に会って特別な力を与えられていたり、強く願うことにより信じられない能力|(主に成長加速)が身に付いていたり、自分が作成し鍛え上げていたキャラクターの能力をそのまま受け継いでいたりする御都合主義展開がメインだった。私の場合はどうだろう。神様には会ってないし、能力が身に付いたという世界の声も聞いていない。キャラクター作成で容姿と名前以外はまだ決めていないため、どのような能力を持っているのかすらわからない。不安に圧し潰されそうになる。
(こんなことでやっていけるのかな…。)
(今現在判っているのは爵位だけか…。)
(爵位には領地が付いてくるんだっけ…、領地ってことは税収入とかあるのかな…。)
(ってことはそれなりの資産ってことだよねぇ…どれくらいの価値になるのかな…。)
(そういればアレクサンダーって結構所持金ため込んでいたよなぁ…。金貨で1億くらいだったっけ?)
(武具や高級ドロップ品とかも結構ため込んでいたなぁ…。世界に2つとない品とかもあったし…。換金したらいくらになるだろう。)
(あれが残っていたら少なくとも金に困ることはなさそうよね…。)
(爵位と領地があるってことは部下とか住民とかに命令とかもできるのかな?)
(配下の騎士団とかもあったりして…なければ新しく作ればいいのか…。)
(あれ?能力なんてなくても十分『俺つえぇ』?)
少なくとも下等魔物や無生物になるよりはずいぶんましなスタートかもしれない。
(はぁ、なるようにしかならないか…。)
考えていても埒が開きそうにない。あきらめて目を開けて起きることにした。その目に飛び込んできたのは豪華な部屋。大きな窓は厚いカーテンで覆われていたが、一人のメイドがそのカーテンを途中まで開いている。そのカーテンの間から差し込む朝日が部屋の中を十分に明るく照らしている。天井はモザイク状の寄せ木細工かな。規則的な幾何学模様が落ち着いた雰囲気を醸し出している。壁紙も豪華だ。落ち着いた暗めの紅には微妙な色合いでパターン模様が刻まれているようだ。メイドが開いているカーテンは極めて厚そうな生地なのに金糸で細かな刺繍がしてある。窓とその厚いカーテンの間には細かなレースのカーテンが部屋の中へさす光を穏やかな柔らかいものへと変えている。メイドの足元の絨毯も毛足が長い柔らかな高級素材と思われるが、切れ目がなさそうなところを見るとこの部屋全部がその絨毯で敷き詰められているのだろう。自分が寝ているベッドは天蓋しか見えないが、天蓋があるという時点で高級品であることは間違いない。天蓋の柱に施された細かな彫刻や天蓋のレースの細やかさもそれを肯定している。私の体を覆う羽毛布団は柔らかく軽く、それでいて暖かい。エリザベートにとっては日常使用している普通の部屋の内装だと判るけれど、明日香にとっては恐縮してしまうほどの高級品のオンパレード。貧乏ワンルームの安っぽいシングルベッドと毛布が情けなくも懐かしい。
「お嬢様、お目覚めでございますか。今すぐお召替えをお持ちしますね。」
鈴を振るようなメイドの声が部屋に響く。何と答えればいいのかとっさにわからず、ただ首肯する。エリザベートの記憶からここはそれでいいのだと思い至るまでにワンテンポを要してしまった。
メイドはカーテンを開き終えると別室へ下がり、落ち着いた色合いの、しかし高級と判る生地の下着のセットとやはり良い生地で仕立てられたと思われるワンピースをもって再度部屋へ入ってくる。その後ろにはさらに数人のメイドが従っている。彼女達はこの王宮での私付きのメイド達で、国王および国王の愛妾である母から私の世話をいい使っている者達だ。エリザベートの記憶から、こういう時は何もせずに力を抜いてなされるがままに身を任せるのが正しい身の振り方だ、ということは理解している。自分のことは自分でする、という明日香の記憶が気恥ずかしさを覚えさせる。
「少しお顔が赤いようですがどこか具合が悪いところはありませんか?」
気恥ずかしさに上気した顔を見咎められたのか、メイドの一人が聞いてくる。
「大丈夫。ちょっときつかっただけ。」
それを聞いてコルセットを締め上げていたメイドの一人がそれをいったん緩める。
「今からもう一度絞りますが、きつかったらすぐおっしゃってくださいね。」
そう口に出すとメイドがもう一度コルセットに力を込める。
(私は毎日こんなことをされていたんだ、これはこれで大変だな。)
まるで他人事のように考える。そのうちに着替えは終わり、ブレザーワンピースをまとった普段着姿のエリザベートが豪華な姿見に映し出される。
(うん、これよこれ。第3キャラクターのキャラメイクは十分成功ね。)
姿見に映る姿とキャラクター作成画面にうちった姿の記憶を重ねてみると寸分違わない。しかも無機質なコンピューターグラフィックではない、生きているキャラクターのちょっと勝ち気で、それでいて優し気な姿がそこにあった。容姿にあまり自信のなかった自分の願望が反省された自分の姿に満足感と安心感を覚える。
「母上様より朝食をご一緒に、とのことです。」
床に落ちた寝着をかたずけていたメイドの一人がそう告げる。
「場所はいつもの場所?」
私の記憶から母との食事によく使われる一室を思い浮かべる。母と私と弟王子のためにあてがわれた王宮の一角の中央に位置し、この三人の食堂としてよく使用されている大きめの部屋を。
「はい。ご案内いたしますので、今しばらくお待ちください。」
メイドはそう告げると洗い物をもって部屋を出ていく。
(12歳としては悪くない体型よね)
一人になった部屋の中で、姿見に映る自分を吟味する。いろいろなポーズと取ってみるが、きつめのコルセットのせいで腰を動かすことがあまりできない。でも激しい運動をするわけでもないので問題はなさそうだ。腰が細く絞られているおかげで胸が強調され大きく見える。自分の12歳の時の体型を思い出してちょっと悲しくなる。
「支度ができました。お嬢様、こちらへ」
行き先が判っていてもメイドに案内させるのが礼儀なのだと記憶が告げる。先導のメイドの後に続くとそのあとにお付きのメイド4人がそのあとに続いて歩き出す。
(まるで歴史ドラマの一幕みたいね。)
そう考えるものの実はあまり歴史ドラマは見たことがなかったりする。shigeというハンドルを持つ歴史大好きのゲーム仲間から「これを見ておけ」と送られてきた動画サイトのURLをクリックして見たぐらい。shigeは男みたいなハンドルな上にぶっきら棒な口の利き方なので間違われることが多いが、中の人は結構かわいいお嬢様だったりする。同じ大学同じ年度の文学部卒業生と知ったのはつい最近だった。
(こうなるんだったらもっと彼女の話をまじめに聞いておけばよかったかしら。)
とは思うものの後の祭りでしかない。
寝室から食堂まではそれほど遠くはない。しかしゆっくりと歩くので結構時間がかかる。食堂に付いた時にはすでに母と弟は着席して食事が運ばれ始めていた。
「お母さま、おはようございます。グスタフ、おはよう」
挨拶をして腰礼を行う。着ているスカートの裾は短めなのでボールガウンのようにスカートの途中ではなくスカートの裾を抓む感じになり、その下から上品なレースのペチコートが覗く。
「おはよう、エリザベート。よく眠れて?」
「お姉さま、おはようございます。」
母と弟が挨拶を返してくる。上品で礼儀に拘りながらも暖かい家族の交流を感じさせる声が耳に心地良い。
着席するとメイドたちが食事を目の前に運んでくる。母と弟が手を合わせ目をつぶっているのを見て同じように食前の祈りをする。
「大いなる神とその聖霊に日々の安寧を感謝いたします。」
聖騎士にして聖教会の守護者であった父の教えに従い母も私も聖教会の敬虔な信者であり、その信仰に疑う余地はない。宗教的に節操のない現代日本人たる私にとってはある意味奇妙にも思えるが、食前に「いただきます」を忘れてはいけないと教えられて育ったことを考えればさほど気にすることでもないのかもしれない。
運ばれてきた料理は目玉焼きと焼き上げられたミートローフ、野菜のキッシュ、菓子パンに慣れた日本人には少し硬く感じられる食パン、暖かいスープにフルーツジュース。さらにパンに塗るためのナイフがついた柔らかくなるまで温められたチーズが添えられている。日本人からすると朝食にはちょっと重すぎるが、王宮の住人にとってはいつもと同じありふれた食事となる。目玉焼きを切り裂いて流れ出る黄身をソースのようにミートローフにつけて食べる。日本人にしてみると塩味が足りず醤油かソースが欲しくなる。野菜ももっと欲しい。そんなことを思いながらゆっくりと食事を口に運ぶ。
全員の食事が終わり、食後の紅茶が運ばれてきた時点で母が口を開いた。
「エリザベート、あなたはこれから自分が何をすべきか判っていますか?」
それは諭すような、優しくも凛とした声で問いかける。しかしその目は笑っておらず、真剣さと生真面目さが面に出ている。一瞬の躊躇ののち、自分は答えを持たない、と理解した私は静かに口を開く。
「何のことでしょう。」
「あなたは昨日グレイバルト辺境伯になったのですよ。」
その言葉の繋がりが判らず、頭の中が疑問符で埋まる。判らない以上は聞いた方が早い。
「私はまだ幼く、今何をすべきか判りません。お母さま、この若輩者に道を示していただけませんでしょうか。」
「昨夜の地震を覚えていますか。」
「はい。」
「国王陛下や王子達はあの後すぐに国が受けた損害を量り、民を安んじてその対処を行うように行動を始められました。それが国王として、王子としての責務ですから。同じように領地を持つ貴族は領民の安寧を確保し、その被害に対応する必要があります。昨日の舞踏会に参加していた貴族達の多くも領地への移動を始めていることでしょう。早いものは夜のうちに王都を発って今は馬上となっているはずです。そしてあなたはグレイバルト辺境伯となったのです。あなたにはグレイバルト領の領民の安寧を量り、被害に対策する責務があります。王都にいたまま代官を通じてそれらを行うことも不可能ではありませんが、そのためには代官を務める者との密な信頼関係が必要です。辺境伯になりたてのあなたには代官となるべき者が皆無でしょう。ですからあなたがすぐにグレイバルトへ向かい、あなたの責務を果たさなくてはなりません。」
高貴なる者の責務という単語が頭の中に浮かぶ。この世界の貴族はまだそれを失っておらず、それを果たさなければいけないのだ。しかし私はまだ12歳。異世界の24歳の知識を使うことができるという以外にはこれと言って力のない少女にすぎない。しかしこの母は私が果たすべきだし果たすことができると考えているようだ。私は立ち上がり母に深々と礼をする。
「お母さま、お教えいただきありがとうございます。すぐに準備を始め、できるだけ早くグレイバルトへ向かいます。至らぬ者故どこまでできるか判りませんが、私の出来るだけのことをいたしたいと思います。」
それを見た母も立ち上がると私を優しく抱きしめる。
「幼いあなたにつらいことをさせる母を許してください。」
母の涙が私の涙と混ざって頬を伝う。貴族になってしまったが故、公式な身分を持ってしまったが故、しばらく一緒には暮らせないのだとお互いが知っているが故の言葉にできない思い。しばらくの間二人は声を上げることなく泣いていた。それを不思議そうに見つめる弟は何が起こっているのか良く判っていないようであったが。
(なんで私まで泣いているんだろう)
私の中の鈍感な部分にも良く判っていないようだった。
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それからはあわただしかった。私付きのメイドの頭を務めるライザにグレイバルトへ向かうことを告げ準備をお願いすると、すでにほとんど準備はできているとのことだった。ライザにとってこうなることは予想の範囲内だったようだ。判っていなかったのはひょっとして私だけだったのかもしれない。そこに思い至るには私は幼すぎたし、私には縁のない世界すぎたからしょうがない。
「わたくしライザともう一人ミランダがお供いたします。ミランダはグレイバルトの生まれですので、向こうのことも分かっているようですし。本日付けで二人は王宮メイドを辞し、辺境伯家のメイドとなることの了承も得ています。かまいませんでしょうか。」
「了承?」
「はい。国王陛下と宮宰伯殿下の御裁可を戴いております。」
「爺やの了承も取っておいてくれたのね。ありがとう。そしてよろしくお願いします。」
「お顔をお上げください。お嬢様。お付きのメイドとして今までのようにご命令いただければ結構です。わたくしたちはお嬢様とご一緒できて本当にうれしゅうございます。」
ライザに深々と礼をされると何と言って良いか判らなくなる。エリザベートも明日香もこういう時にかけるべき言葉を知らなかった。
「御者には昼の出立と伝えてあります。それまでにごあいさつ回りが必要でしょうから、お部屋に戻ってお召替えいたしましょう。」
うん、この人に任せておけば大丈夫かもしれない。御者に、という事とは馬車ももう準備済みって事ですね。明日香は現代日本の様々な乗り物に乗ったことはあるが馬車に乗ったことはない。エリザベートに至っては生まれてからこの方この王宮から出たことがないのだ。馬車での旅にどのような準備が必要なのか、そもそもどうすれば馬車を準備できるのか、私には未知の領域だ。
(覚えるべきは自分で何かすることではなくて能力のある人をいかに動かすか、ね。この場合はライザが最適だったということ。)
自室に入りメイドたちの着せ替え人形に甘んじながら自分に何ができるのか考える。
(今私に必要なものは情報ね。領地に付いたらどのような者が居てどのような能力を持っているのか調べないと。それを行うのに適した人がいると良いのだけれど。)
現代日本の大学で論理的思考を学び、SEという組織を動かすために情報をいかに論理的に扱うかという技術を仕事としていた明日香の頭の回転は決して悪くはない。
「ねぇライザ。私たちの出立より前にグレイバルトに早馬を出しておいてくれる?向こうで誰か事前に情報収集をしておいてくれるように。そして向こうにいる先見の明がある人が私宛に情報を送ってくれているかもしれないからね。私たちの馬車と入れ違いになったら困るでしょ。あらかじめ馬車の特徴を途中の要所に通知しておいてね。」
メイドたちに着せ替え人形にされながらライザにそう支持を出す。ライザは一瞬それが何を意味するのか解らずにキョトンとした顔したがすぐに笑顔になると着替えを別のメイドに任せると部屋の入り口へ移動を始める。
「はい。今すぐに手配いたします。しばらくお待ちください。」
そう告げると部屋を出ていく。その顔には英明なる主を戴いたという誇らしげな歓喜が浮かんでいた。
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国王と爺やへの出立の挨拶と、母と弟への再度の別れの挨拶をすますと私は旅装束に着替えて馬車へと向かった。王宮の馬車止まりに用意されていた馬車は極めて豪華なものでその各所にはグレイバルト辺境伯の紋章灰色大樹が誇らしげに記されていた。母が王宮に移り住んだ際に使用したものらしいが、維持は完璧になされており、車体にも窓にも曇りなどは見うけられなかった。四頭の葦毛の立派な馬が馬車を引くために繋がれている。タラップを踏みして中に入ると案外広い。馬車の後方を見るとメイド二人が下男たちに指示してトランクを何個か運ばせている。馬車の後ろに積むトランクがあるのだろう。下男たちの持つトランクが馬車に吸い込まれていく。すべての荷物が馬車に正しく収まったことを確認するとメイド二人も馬車に乗り込んで向かい側へ座った。
「お嬢様、準備はよろしいでしょうか。」
私が頷くとライザが振り返って御者に何か話しかけている。御者が手元でピシリと鞭を鳴らすと馬車はゆっくりと動き出す。
「グレイバルト辺境伯様の御出立。開門。」
門番が声高によばわると王宮の正門がゆっくりと開く。白馬に騎乗した護衛の騎兵たちが馬車に寄り添うように動き出す。そのうち何人かの手には灰色大樹紋の旗が掲げられている。みたところ10騎が馬車の少し前で先導し、馬車の直前直後に2騎ずつが直衛として寄り添って走っている。あとに続く後衛も10騎のようだ。兵装を見る限りフィッツジェラルド兄さまの騎士団から護衛を出してくれているようだ。
「護衛は24騎ですか。フィッツ兄さまにはあとでお礼を言っておかないと。」
「辺境伯家の格からすると本来は馬車10台に護衛騎士100騎が最低ラインなのですが、本日は急務ということでこれでご容赦ください。」
ライザが恐縮したように答える。
(そんなの面倒だからいつもこれでいいよ、なんて言っちゃいけないんだろうな。)
私は空気を読んで口をつぐむ。馬車はすこしづつ速度を上げて王都の大通りを東へ進んでいく。後方へ流れていく初めて見る街並み。地震によるものか壊れた建物が王宮から離れるほどに増えていく。それを見ていると何か胸にこみあげてくるものがあり、涙が頬を伝う。ミランダがハンカチでその涙をぬぐってくれる。
(大丈夫。ここは国王陛下や爺やが何とかしてくれる。グレイバルトは私が何とかしてあげなきゃならないんだ。)
決意を胸に馬車は進む。その先に何が待っているのかを知らずに。