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第3キャラの領地経営  作者: 寿 佳実
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第1章 - 舞踏会

第1章としましたが実質まだ序章です。

王宮の舞踏会場(ボールルーム)は華やかな雰囲気で満ちていた。王宮で舞踏会が開かれることは珍しいことではないが、今日は普段舞踏会には参加しないような貴族たちも多数参加していた。さらに高齢を理由に参加することの少なかった王太后やなんのかんのと理由を付けて参加をしぶる国王王妃両陛下、舞踏会よりも家族が大事となかなか参加したがらない王太子王太子妃両殿下の顔も見える。普段顔を合わせることもない重鎮たちをみて下級貴族達の緊張も見て取れる。会場には踊るにはちょっと早すぎるアップテンポな曲が流れている。勿論それを演奏するのは王室お抱えの楽師たちであり、その腕は一流である。この曲は「まだ踊る時間ではありません」と会場に集まった貴族たちに伝えており、椅子に座った貴族達はそばに控えた使用人達の運ぶ軽食と飲み物を口に運ぶだけで踊る者はいない。


普段は舞踏会に参加しない貴族達がこの舞踏会に姿を見せるその理由は今日が年に一度のデビューの日だからである。15歳になった貴族の子息は今日爵位 - 最低でも騎士(ナイト)爵 - が与えられ、初めて舞踏会への参加する権利が得られる。これをもって大人の仲間入りを果たすのである。平民や貴族の庶子も15歳で大人とみなされるが、舞踏会に参加する権利はない。舞踏会は爵位を持つ者のみが参加できるのである。もちろん貴族たちのそばに控える使用人達は参加しているとはみなされることはない。


子息達と同様に貴族の令嬢も今日から舞踏会への参加が許される。その条件は12歳になっており、父か祖父が男爵以上の爵位を持っていること。12歳になった貴族の令嬢達は今日の舞踏会をもって社交界へのデビューを果たす。このデビューの日に貴族の子息と令嬢が見初めあい、結婚にいたるというのもそれなりにある話である。このため未婚の子供を持つ貴族たちにとってこの舞踏会は大事な舞踏会なのである。自分の子供が有力な貴族の目に留まれば婚姻を通してより上の立場に上がっていくことも夢ではない。そこで自分たちの息子・娘がどのような立ち居振る舞いをしてどのようにみられるのか。どのような相手を見つけ、どのようにそれを評価するのか、彼らの頭はそんなことで一杯である。


「これより、デビューの日の舞踏会を開催いたします。まず最初に『若き乙女(デビュタント)の舞』が演じられます」


いつの間にか音楽が止まると儀典官が会場の中央に立ち、舞踏会の開始と最初の演目が告げられる。それを聞いた参加者達にどよめきが走る。通常であれば若き子息たちが爵位を受ける授爵式が最初に行われ、その後12歳になった令嬢たちのお披露目である「若き乙女(デビュタント)の舞」が行われる。参加者達が踊る通常の舞踏会「自由なる舞踏」が実施されるのはその後である。この順序を変えた何らかの理由があるはずであるが、それが思い浮かばない者達は一斉にとまどいをみせる。が、舞踏会に参加する貴族ともなるとその戸惑いを口にしたり大きく表に表すことはない。ただ口数が少なくなり、儀典官に視線が集中したことがそれを明らかにしていた。


なお、「自由なる舞踏」中に男性が女性に舞踏を申し込むことができる。女性はそれを断ってもよいし、受け入れてもいい。他人の妻に舞踏を申し込むのは基本的には無作法とされている。が、様々な理由によりそれが行われる。夫以外からの舞踏の申し込みを受けるのは無作法とはみなされない。夫同士の力関係など様々な理由で夫人達には受けざるを得ない場合があることが斟酌されているのだ。勿論未婚の男性が未婚の女性に舞踏を申し込むことに何の問題もない。それを受けることでその交際の可能性が生まれる。男性にとって誰に舞踏を申し込むか、女性にとっては申し込まれた舞踏を受けるか断るか、その駆け引きが舞踏会に参加する貴族たちにとって、とりわけ今日初めて舞踏会に参加する若き受爵者・デビュタント達にとって重要な意味を持つのだ。

そのため自由なる舞踏が始まる前に授爵の終わった若き貴公子達とデビュタントと呼ばれる若き淑女たちは会場へ戻っている。


会場のドアの一つが開くとそこから全員が同じ純白のボールガウンを身にまとい、白銀のティアラを髪にさした乙女たちが入場してくる。ゆっくりと華やかにボールルームの中央へと進む。20人ほどがボールルームの中央に進むと、全員で貴賓席の王家御一家へ向き直り、ボールガウンのスカートを両手でつまんで無言のまま腰を落として優雅に一礼する。腰礼(カーテシー)と呼ばれるドレスを着た女性の礼儀に則った挨拶の礼である。この20人ばかりの少女たちが今年12歳になり社交界デビューを果たす少女(デビュタント)たちであった。


楽団がゆっくりとした、それでいて優雅な音楽を奏で始める。少女(デビュタント)達は右手を高く上げ、左手で宙を抱き、くるくると回りながら、決して狭くはないボールルームを行き来し優雅に舞い始める。その紅潮した幼い顔には晴れの舞台で舞っているという高揚感と、ミスしまいとする緊張感が見て取れる。ここで舞うことができるデビュタント達はいずれも貴族の令嬢であり、しっかりした教師から舞の基本と優雅な仕草を時間をかけて教えられてきた者達である。この晴れの舞台でミスするものは少ない。いても目立つことはなかった。


その舞を見守る者達の見る目は大きく二つに分かれる。一つは自分の娘を心配する親の慈しみの目。わが娘の一挙手一投足に一喜一憂し、そのミスを憂い、その優雅さに歓喜する。もう一つは自分もしくは自分の息子の将来の伴侶を見つけ出そうとする目である。彼女たちはいずれこの国の重鎮となる者の妻となり、母親となることを期待された淑女たちの卵である。その姿かたちの見目麗しさ、所作の優雅さ、舞の出来などからその娘に施された教育の高さを測り、そこからその娘とその家族の価値を推測し、自分の家族に迎え入れることが可能か、可能であればそれはどのような影響がありそうか推し量る。少女(デビュタント)達がどの家の何という娘なのかが今日公表されることは基本的にない。しかし接触のチャンスが今日しかない可能性も高く、未婚の息子を持つ貴族達がその少女たちを見る目は真剣そのものとなる。


デビュタント達の中でも一番人目を惹く、小柄ながらも気の強そうな金髪の少女の舞は優雅で、それでいて力強く、この日にかける意気込みと、それに至るまでの訓練の日々を感じさせた。本人の資質もさることながら、優秀な先生を付けて、しっかりとした教育が行われていないとここまでの舞を舞うことは難しい。その少女が爵位の高い、裕福な家の令嬢であることが窺われた。年頃の息子を持つ親たちは彼女の姿を目に焼き付け、さらに数人の候補の姿を記憶し、明日以降その娘がどの家の何という娘なのかを調べる算段を頭の中で組み立てていた。その中でも比較的爵位や官僚としての位が低い者たちは接触しても無駄だろうな、とターゲットを下方修正するはめになるのだが。


体力がそれほどあるわけでもない少女達を慮った、長すぎず短すぎない曲が終わると、一通りの舞を終えた少女たちは一斉に立ち止まり、貴賓席に向き直ると再度スカートを両手でつまんで腰を落とし優雅に一礼した。そして跳ねるようにいつの間にか開かれた扉から出ていく。強いられた緊張から解き放たれたおかげか、やり遂げた偉業に上気した年相応の笑顔がどの顔にも見て取れた。少女たちの退室が終わると、楽団がアップテンポな曲を奏で始める。


「これより授爵式が行われます。」


儀典官が中央に進み出で、式の進行を伝える。いつの間にか国王陛下が貴賓席を出、会場の一番奥に設えられた玉座に移っている。威厳のあるその姿に参加者全員が首を垂れる。


「ホルヴァート男爵ロシュマン家の第2子息エラルドに騎士爵を授ける、エラルドこれへ」


儀典官が最初に爵位を受ける者を呼び出す声が響く。授爵式中に授爵者が口を開くことはない。その行為は無作法となり、爵位が取り消されても文句は言えない。勿論そのような愚を犯す者はこの場にはいない。儀典官が次の授爵対象者を告げる声と王の告げる授爵の祝福の宣だけが厳かに響き渡る。授爵式は厳かに進行していく。


------------------


少女(デビュタント)達の控室では大役を終えた娘たちが靴を脱ぎ、一休みしていた。娘たちの間を着替えを持ったメイド達が小走りで走り回る。


「お嬢様、素晴らしい舞でございましたわ」

「お召替えをこちらに。」

「お嬢様、どちらにいらっしゃいますか~!」

「エミリー、どこにいったの?私の着替えはどこ?」


メイド達はてきぱきと自分のお世話する娘に近づいて声をかけ、着替えを行っていく。中には自分が仕える相手を見つけられないどこか抜けたメイドやメイドに見つけてもらえずに癇癪を起こしている娘もいて部屋の中は喧噪に包まれる。


「お嬢様、早く着替えて会場へ戻らないと兄上様の授爵式をご覧になることができなくなりますよ」

「早く着替えてよ。どんな方が授爵なさるのか見に行きたいのだから」


ここから先は自分の用意した服に着替え、会場に戻ってダンスのお誘いを待つのが習わしだ。ここで良家の御曹司からダンスに誘われれば良縁に結び付くことも多い。特に選択肢の少ない下級貴族の令嬢たちにとっては死活問題となる。少女たちはいままでとは違う緊張を悟られないように、優雅なつくり笑顔でボールルームに戻っていく。それを見送ったメイドたちは娘たちが見えなくなると各自の仕事を再開するのだった。


控室ではメイドたちや娘たちの悲喜こもごもが繰り広げられていたが、みな自分のことで精一杯でありその誰一人もデビュタントの舞で最も注目を集めた金髪の娘がこの控室にいないことに気が付く者はいなかった。


------------------


「は~、緊張した~。」


ボールルームでは一番目立っていた金髪の娘はそうこぼすと靴を脱いで高級そうな平長椅子(オットマン)にその小さな体を投げ出す。ここは他の娘の控室とは別の専用の控室であった。


「エリザベートお嬢様、はしたのうございます。それにお召し物がしわになってしまいますよ。」


黒のエプロンドレスを着たいかにもメイドという中年女性がその体を抱え起こすと同じ服を着たメイドたちがその体に群がる。傅くメイドたちの着ているものや人数からもこの娘の家格が他の娘とは比較にならないことが見て取れる。もっともこの部屋にいるのは娘とメイドたちだけであり、他の者はそれを見ることすらかなわないのであるけれど。


「いいじゃない、もう着ないんだもの。それより私の舞はどうだった?失敗はしなかったと思うんだけど、うまくいってるか判らなくて…。」

「五周目の左手の位置がすこし低うございましたね。あと12周目の右手の中指が反ってしまわれておいででした。でもそれ以外は完璧で素晴らしいものでした。お気になさらずともよろしいかと。見たところ最も美しく舞えておいででした。」

「えへへへぇ。そうだった?ライザから見ても合格点?」

「ライザの判定は合格でございますが、殿方がどうみられるかはまた別物でございますからね。」


ライザと呼ばれたメイド頭は舞の先生もしているのだろう。もっとも出来の良かったであろうこの娘の舞の欠点をもしっかりと見抜いている。


「お嬢様、笑顔はよろしゅうございますが、相好が崩れてらっしゃいますよ。もっと引き締めていただかないと。もう一つ大事な式がありますからね。」

「うん、わかった」

「はい、お召替えは終わりでございます。」

「よし、じゃ行ってくるね。」


にやけた顔をキリッと引き締めると、着替えの終わった娘たちに混ざって再度ボールルームへ出ていく。デビュタントの白いボールガウンに白銀のティアラではなく漆黒のボールガウンと黄金のティアラを身にまとって。


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「ロッホリンク公爵クリエス家の第2子息デミトリにリンロッホ子爵を授ける、デミトリこれへ」


授爵式は厳かなる雰囲気の中進行していた。授かる爵位の低いものから順に今年の授爵者が呼び出され、王から爵位を授けられる。授かる爵位は低位の貴族の子息であれば騎士爵であるが、高位の貴族にはその子息のための爵位を別途確保している家も多い。公爵家ともなると第1子には伯爵位、第2子には子爵位、第3子には男爵位が用意される。庶子に騎士爵が授けられることすらある。


呼び出された少年は誇らしげに王の前に跪き、首を垂れる。王が宝剣を抜くとその肩に剣の腹を当て、祝福の宣を与える。今年の授爵式はこれで終わり。いつも乍ら荘厳なことである、とそれを見守る誰もが考えていた。


「グレイバルト辺境伯イングレアス家の忘れ形見、エリザベートにグレイバルト辺境伯の継承を許す。エリザベート、これへ」


儀典官が式の進行ではなく新たな名前を読み上げたことに全員が息をのむ。グレイバルト辺境伯と言えば先の大戦で戦死した大英雄であり、その未亡人が王の公式の愛妾として王宮に住まっていることを知らぬ者はいない。しかしその未亡人が王宮へ移った時点で身ごもっており、そこで一人の娘を生んでいたこと、そしてその娘エリザベートが王宮の片隅で王宮のメイドたちに傅かれながら静かに暮らしていたことを知る者は極めて限られていた。それを知らぬものは突然の告知に驚き、その呼び出しの声に従って王の前に漆黒のボールガウンを身にまとって跪いた少女が先ほどのデビュタントの舞で最も美しい舞を舞っていた金髪の少女であったことをみて感嘆の声があがる。その身のこなしは優雅で、まるで一幅の絵のようであった。


エリザベートと呼ばれた少女は王の前に進むとスカートをつまみ腰を落としてさらに首を垂れる。その肩に王の持つ宝剣の腹があてられると王の祝福の宣が与えられる。その宣は他の少年達に与えられたものよりも長く、王がこの少女に期待するものの大きさを感じさせた。宣が終わり王が宝剣を引き上げるとエリザベートはゆっくりと立ち上がり再度優雅に腰礼(カーテシー)を行う。それを見た王は玉座から立ち上がりゆっくりとその場を去る。王が完全に見えなくなったころにエリザベートは立ち上がり同じ方向へ去っていく。


「これにて授爵式を終わる。これより「自由の舞踏」とする」


儀典官が厳かに告げる。それを受けて踊りには向かないが厳かでそれでいて華やかな儀式用音楽を演奏していた楽団はその曲を終わらせ、優雅ながらもゆっくりとした、それでいて踊るのに適した曲を奏で始める。会場は途端にざわつき始める。デビュタントの舞の娘たちの誰がどうだった、授爵式の新人貴族達の誰がどうだったか、それが自分の家にどのような影響をもたらすのか、貴族達の話題がつきることはない。その中で最も多かった話題はエリザベートに関するものであろうことは言うまでもない。王家に接収されたような形になっていたグレイバルト辺境伯が復活したことにより自分たちにどのような影響が出るのか、その位を得た少女と同のように付き合いをすべきか。彼らにとってそれは極めて重要な意味を持つことなのである。


年かさで未婚の子供を持たない数人の貴族にとってそれらの話題は重要でありまた楽しいものではあったが、彼らは別の大事な役目があることを忘れていなかった。彼らは儀典官よりあらかじめ踊りの口火を切るように依頼されていた。誰かが踊り始めないと誰も踊ろうとしないのだから。彼らは楽しく会話していた友人たちに一言断ると連れてきた妻やパートナーに礼儀にのっとった仕草で舞踏を申し込んだ。勿論それが断られることはなく、連れ立って会場の中央で優雅な舞踏を踊り始める。それを見て何人かの男性が目当ての女性に向かって移動し、声をかけ始める。あらかじめ約束ができていた者たちが踊りの輪に加わるのにさほど時間を要することはない。そして優雅に流れる舞曲と中央で踊る貴族達の周りでは若者達の勇気と、女性たちの審美眼が試される時間が訪れる。意中の人に受け入れられて得意そうに踊りの輪に加わる者、断られて意気消沈し、会場の壁際で悲しむ者とそれを慰める友人たち。受け入れるべきか断るべきか悩む娘たち。悲喜こもごもの群像劇が会場のあちらこちらでくりひろげられていた。


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エリザベートが深紅のボールガウンに着替えて、ボールルームに戻るとそれを目ざとく見つけた何人かの若者が近づいてきた。しかしお互いがけん制しあってエリザベートに声をかけることができない。なにせ相手は辺境伯の爵位を戴いたばかりであり、ただの貴族令嬢とは比較にならない大物である。舞踏を申し込んでもし受け入れらえれば逆玉の輿も夢ではない。しかし自分如きが申し込んで受けてもらえるはずがない、断られたら周りの者から馬鹿にされる。そういう思いが彼らの足をすくませる。しかし一緒に来た同レベルの者達に先を越されるわけにもいかない。エリザベートを見ては逡巡し、仲間を見ては睨みつけ、睨み返されては逡巡し、最後の一歩を踏み出せるものがいない。


エリザベートはその一人ひとりを見比べてその顔に困惑と失望を浮かべる。


(少しは覇気のある殿方はいらっしゃらないのかしら?)


その思いと裏腹に若者たちの腰は重い。その優柔不断な集団を見かねたのか、その後ろから一人の若者が集団を押しのけるように前に出た。その服装はそこにいた者の誰よりも豪華で、より家格が高いことを示していた。


「お嬢様、よろしければ私と踊っていただけませんでしょうか」


若者は優雅な身のこなしでエリザベートに手を向ける。礼儀に則った舞踏の申し込みである。エリザベートは優雅にその手を取り、一礼する。それは舞踏の申し込みに対する許諾を意味する。周りの男たちは声をかけた若者が英俊と噂されている第二王子フィッツジェラルドだと見て取ると、肩をすくめた。自分如きが彼にかなうわけがない。彼らは諦めて別の娘へ向けて去っていった。


優雅な音楽がボールルームを満たしている。フィッツジェラルドとエリザベートは優雅に踊りの輪の中に混ざっていく。エリザベートはフィッツジェラルドに聞こえるように、でも周りの者には聞こえない程度の声で王子に話しかける。


「フィッツお兄様、お眼鏡にかなう娘はいらっしゃらなかったの?わたくし以外の娘と踊らないといけないのではなくて?」

「残念ながら、ね。また爺やに叱れるかな。」

「そうですわ。また第二王子は理想が高くて…とか言われますわよ」

「しょうがないさ。また来年ってことでね。」

「まぁ、わたくしとしてはお兄様以外の殿方の相手をせずに済んで気楽ではありますけれど。」

「あいつらも不甲斐ないな。さっさと声をかけておけばよかったのに。」

「あら、もう少し覇気のある方でないと。」

「もっともだな、あいつらを少し鍛えておかなきゃな。」


王宮の片隅で暮らす英雄の忘れ形見のことを王子であるフィッツジェラルドは当然のように知っていた。「お兄様」と呼んで慕ってくる年の離れた妹のような存在として可愛がってもいた。遠巻きにされている妹を救うように声をかけたのは「誰にも声を掛けられなかった」というう恥を妹にかかせないためでもあり、遠巻きにしている若者たちの中に何人かの部下を見かけたからでもある。王子は当然のように騎士団の一団を任されており、彼らはその中で中隊長としてそれなりの地位を占めている者達であった。


「しかしそんなにエルが怖かったのかな?」

「いやですわお兄様。私のどこが怖くって?」

「ははは、気に障ったのならごめんよ。」

「いやだわ。怖い女だとか思われてたら困ってしまいますわ。」

「怒った顔もかわいいよ。大丈夫。そんな奴は俺が叩きのめしてやるから。」

「あら、そんなことをしたら余計怖い女と思われてしますわ。」

「それもそうか。はははは。」


軽口を叩きながら優雅に踊るその姿ははたから見る限り優雅な美男美女である。うっとりと眺める者達も少なくない。その会話を聞いたら卒倒しかねないが。


------------------


しばらく後の舞踏会場(ボールルーム)にはまだ熱気が残っていた。踊りつかれたものが踊りをやめてお供の者達が待つ席に戻って腰を落ち着け、それに代わって新たなペアが踊りを始める。それが繰り返されいつ果てることもなく続くと思われた舞踏会は佳境に入っていた。外が暗くなる頃には貴賓席の王家や爵位の高い大貴族達、比較的年かさの貴族達はすでに引き上げている。踊りの輪を維持しているのは爵位では中堅以下の若い貴族・淑女達である。通常「自由の舞踏」は踊り手が誰もいなくなって自然終了するまで続けられる。楽師はそれに応えられるように交代で音楽を演じ続ける。しかしこの日、その終わりは突然に訪れる。


ゴゴゴゴゴゴゴー


どこか遠くから聞こえる音。それが大地が上げる悲鳴だと理解したものはいたのだろうか。舞踏会も終わりに近づいた時、王宮を地鳴りとともに大きな揺れが襲った。現代日本であればそれほど大きいと感じられない地震であったかもしれない。しかし地震のほとんどないこの国において十分に脅威となる揺れであった。王宮は頑丈に作られているためこれくらいで倒れたりはしないようであったが、右へ左へと揺れるシャンデリアに恐怖した娘たち・メイドたちが金切り声を上げる。それを落ち着かせようと頑張る若い貴族達やお付きの者達。幸いなことに揺れはそう長くは続かず、次第に落ち着きを見せる。突然の揺れに呆然とした若者たちは踊りを諦め、お付きの者達をまとめて帰還することを最優先で考えることになる。この舞踏会を襲った地震の際に女性たちに対する気配りと勇敢な行動で株を上げた若者もいれば、無様な対応や傲慢な対応で株を下げることになった者もいるのだろうが、それはまた別の話。


------------------


エリザベートは国王一家と一緒に会場を出ると王宮の食堂へと向かう。そこでの晩餐会に参加するためだ。晩餐会といっても今日の晩餐会は内輪のもので、国王一家とエリザベートとその母モーリーだけのものである。それはエリザベートの成人|(といっても12歳だが)と爵位継承を祝うためのものであった。母の現在の地位「公式愛妾」は辺境伯未亡人のモーリーを守るために友人であった王妃がでっち上げた肩書であったが、その健気さにほだされた王が王妃了承のもと実質を伴うまでにそう時間はかからなかった。今では王とモーリーとの間にエリザベートの弟でもある第四王子グスタフもいる。王と王妃の間に生まれた第三王子ヘンリーと双子のように仲良く育っている。


エリザベートは大食堂で王の祝福の言葉とそのために用意された食事を楽しんでいる。王もこの少女を実の娘のようにかわいがっており、愛妾の娘という言葉に感じられるような悲惨さはまるでない。王としては愛娘に与えられべき爵位を当たり前として与えただけだと考えており、王妃も王子たちもその考えに深くうなずいている。エリザベートは食事を終えると王に深く感謝の言葉を伝えた。


「堅苦しくするでない。お前は私の娘なのだからな。」


その言葉が終わるか終わらないかのうちに館が震えた。テーブルにしがみついてその揺れに耐えると王の顔は娘の授爵を喜ぶ父の顔から厳しい為政者の化をへと変わる。


「グレゴール、すぐに内務卿に連絡を。被害程度をまとめさせろ。フィッツジェラルド、騎士団に命じて王都の治安維持と委細者救済に当たれ。」

「はっ。」

「わかりました。」

「私は執務室にいる。何かあればそこに来い。」


国王は王太子のグレゴールと第二王子のフィッツジェラルドに指示を出して立ち上がった。二人もすぐに立ち上がって食堂を後にする。


「すまないなモーリー・エリザベート。祝いは後でな。」


愛妾とその娘に一声かけると大股で食堂を出ていく。歩き出した王をみてすっ飛んできた家宰や大臣たちに次々と口頭で指示を与えながら廊下の向こうへと消えていった。


「モーリー、エリザベート、あわただしくなってごめんなさい」


そう親友とその娘に謝罪する優しい笑顔の女性は誰あろうこの国の王妃である。彼女は立ち上がると地震を怖がっておびえているまだ幼い王子ヘンリーを抱き上げるとゆっくりと歩き出す。彼を寝室へと誘った後、自分の寝室へ向かうのであろう。


「とんでもございません。これだけしていただいたのですから十分ですわ。あの人の仕事の邪魔をするわけにはいきませんし。今日は本当にありがとうございます。」


モーリーはそう言ってほほ笑むと親友とその息子を送り出したのち、娘と息子を見た。


「さぁ、部屋へ戻りましょうか。」


おびえる息子グスタフを抱き上げると娘に手を伸ばす。地震以降口をつぐんで一言も話さない娘をみて地震におびえているのだろうと考える。手を引かれると歩き出した娘を連れてその寝室へいざない、ベッドに寝かせるとお付きのメイドに世話を頼む。


「私はグスタフを寝かしつけてくるからエリザベートをよろしくね。」


エリザベートはベッドに入っても一言も発せずただ宙をじっと見つめている。メイドはよほど怖かったのだろうとしばらく布団の上からエリザベートを撫でていた。いつの間にかエリザベートが目をつぶり、寝息を立てているのを知ると明かりを落としてその豪華な寝室からそっと姿を消すのであった。


色の英語名が間違っていたので直しました。

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