第17章 灰森さんちのメイドラゴン
「さて、暗くなってしまったの。」
ファフニーレンのどこか気の抜けた言葉にエリザベートはさてどうしようか、と考える。竜の領域で夜間の行軍なんて論外だ。この広場であれば野営するには適しているだろうが、ここで野営することで竜の機嫌を損ねるようなことにはならないだろうか。ファフニーレンがエリザベートと昔話を続けたのはエリザベートをここへ足止めしたかったかのようにも見える。食えない竜の長老はいったいどんな目論見があってこのエリザベートを試そうとでもしているのだろうか。エリザベートはその機嫌を損ねないように、おずおずと切り出す。
「ここで野営をさせていただいてもよろしいのでしょうか。」
「いや、儂のせいで遅くさせてしまったからの。送ってやろう。グレイベルクの城で良いかいの?」
ファフニーレンは隣の家に送っていこうとでもいうように何気なく言う。
「この人数を送れる、ということでいいのでしょうか?」
「あぁ、もちろんじゃよ。お主一人を送り返してどうなるもんでもあるまい。」
「ノルドハーゲンの城でも可能でしょうか。」
「おう、造作もないぞぇ。」
「助かります。」
礼を言う私に鷹揚に手を振るファフニーレン。さすが竜の長老の貫禄というべきか。
「おう、そうじゃそうじゃ。返す前に土産を渡さんといかんの。」
「いえいえ、土産など。」
私の謝絶をまったく気にした風もなく、ファフニーレンはどこから出しているのか不思議な声と音で人間には発声不可能な呪文を唱える。するとその後ろの地面から何かがせりあがってくる。それは巨大な鳥籠にも見え、中に一匹の竜が囚われている。
「牢?」
「これは…黒竜?」
「おぉ、最初に話したハーゼシュタットへ行こうとしていた馬鹿じゃよ。ユグドレットと言う名じゃ。」
ファフニーレンが手を振ると牢を構成していた天井や鉄格子が魔力と変化し、光をまき散らしながらファフニーレンの周りを光の渦となって舞っている。牢から解放された黒竜は戸惑ったようにあたりを見渡すと人の形を取っているファフニーレンに向い、一吠えする。
「おばば様、小煩い小さき者たちがいるようですが、なぜ俺をこんなところに呼び出したのですか。」
その竜の口から出た言葉は到底人間の聞き取れる言語ではなかったと思われたが、ファフニーレンが力を貸してくれたのか、その意味は明らかに分かった。どうもエリザベートをここに釘付けにした理由はこの竜をエリザベートに会わせるためだったようだ。でも何のために。
「この者らはお前が行こうとしたハーゼシュタットの愚か者の上位者となったグレイベルクの主たちじゃよ。」
「それじゃぁ、私が倒すべき!」
「愚か者!」
黒竜はファフニーレンの言葉を聞いていきり立ち、鋭い牙と爪を見せて戦闘態勢に入り、口の中に吐息攻撃の魔力が集まりだしたところで一喝される。口の中に集まっていたものすごい量の魔力が黒い煙のようになり山の空気の中へ霧散して溶けていく。
「お前がそうすることで魔の者の駒となりこの世界の要となりうる者を竜が殺すことで竜を全ての敵にしようとしたことすら判らんか。」
「しかし私は!」
「くどい。」
ファフニーレンはユグドレットと会話しながらも魔法の詠唱を行っていた。それが結実するとかつて黒竜を閉じ込めていた檻であった魔力は黒竜そのものにまとわりつき、その体は七色に光りながら小さくなっていき、その光が消えたところには黒髪の少女が一人立っていた。エリザベートよりも少し年下くらいの顔立ちで背も少し低いくらいだろうか。煌々とした目でエリザベートをにらみつけて立っていた。その服は黒いエプロンスカートでグレイベルクのメイドが使用しているものと同じデザインの色違いだった。その首には金色のチョーカーが輝いており、その少女を縛っている魔力をまとめ上げていた。それを象徴するようにチョーカーには金色の南京錠の形をしたアクセントがぶら下がっていた。金色なのはそれがファフニーレンの魔力でできている事を示しているのかもしれない。
「お主には受けた『恩』とやらの経緯を調査せよと命じたはずなのに、何もせずにむしろ町へ出ようとした。しかもそこに魔の残滓があるのにだ。見えなんだかこの脳なしが!」
ファフニーレンが一喝する。その威圧におびえたかその少女は両手で頭を抱えて蹲り怯える。そして自分の手を見て初めて自分が人型になっていることを知ったのだろう。全身をべたべたと触って自分の姿形を確認している。
「この娘は今お主に逆らえんようにしておる。またお主の許可がなければ竜の力を振るうこともできないようにした。土産としてお前にやるから。好きなように使うがよい。」
「ということは私が命じれば竜の姿になることも竜の力を振るうこともできるのですね。」
「そうじゃ。」
「助かります。これで皆を安心させることができるでしょう。」
ファフニーレンはエリザベートに向いながらニコニコと笑いながら言った。
「よいよい。竜と人との戦なぞ今起こしとうはないゆえな。」
「おい、なに俺を無視して話を進めてんだ。俺が人型って…しかも小娘って…。」
ファフニーレンの言葉をさえぎってユグドレッドが吼える。本人は吼えているつもりなのだろうけれど、小さな女の子が強がって突っかかっているようにしか見えないのが。
「あら、可愛いじゃない。よろしくねユグドレッド。ユグドレッドだとちょっと厳めしいからふだんはユーグって呼んで良いかしら?」
「誰がお…ぐ…苦しい…はぁはぁ、判った、しかたねぇ。従ってやるよ。好きなように呼びな。」
「ふぉっ、ふぉっ。良きかな。良きかな。あとは好きにするがよい。」
そう言いながらも魔法を唱え続けられるのもすごいが、その魔法により恐ろしいほどの魔力がファフニーレンの横に集まっている。私と他愛のない会話を続けながらもその詠唱は途切れることなく、魔力の流れも続き、やがてその魔力は大きな扉を一つ作り上げた。大きな町の大門くらいの大きさのあるその魔力でできた扉は皆の見る前でゆっくりと開いていった。その向こうにはノルドハーゲンの城の中庭があり、突然現れた扉に剣と盾を構えて警戒する騎士たちの姿があった。
「それではお暇いたします。」
エリザベートはぺこりと礼をすると何も恐れることがないかのようにその扉に向って歩いて行った。いつの間に支度を終えたのかフレデリカと近衛兵達がそれに続く。全員が中庭に出ると、その後ろで扉がゆっくりと閉まった。完全に閉まった扉は下の方から存在が希薄になっていき、金色の魔力へと変化すると蛍が飛び去るように中空へ消えていった。きっと白き峰のファフニーレンの下へと帰っていったのだろう。
「お早いお戻り、無事で何よりです。」
フレデリカの父、ノルドハーゲン伯グリューストが私の前に出てエリザベートに対し臣下の礼を取る。その横にマンフレート伯ベルナルドも無言で同じ礼を取る。現在城に居るトップ2が下位の礼を取ったことでたとえ暗くても私が何者か皆にも判ったようだ。中庭が見える位置に居る全員が敬礼の姿勢を取る。
「出迎えご苦労、なのかしら?」
何と言って良いのかよく判らなかったのでとりあえず定番の返しで答えておく。別に出迎えをしていたわけではなくたまたま中庭で訓練か警戒化を行っていただけなのだろうけれど。
「今のは一体何だったのでしょう。」
「白き峰の竜の長が門を開いてくれたの。」
「それではあれが伝説の門魔法ですか。術構成が人間の者とは違うのでしょうけれど、参考になります。」
グリューストとエリザベートの会話に学者のローブを着た小柄な女性が割り込んでくる。学者のローブは学塔伯領内の学者たちが良く着ている服装で、元の世界のアカデミックガウンに似せたデザインとなっている。黒を基本とし暖色系のラインが入っているがその女性は前部分が臙脂色の落ち着いたラインとなっていた。その横には白衣に緋袴に見える衣装の上に一軒千早にも見える薄絹のローブを纏ったそれよりもやや背の高い女性がおろおろしている。
「こちらの方々は学塔伯領からいらっしゃいましたニコラ様とゾフィア様です。」
「教師をお願いしていた方ね。学塔伯領と巫女伯領、じゃなくて?」
「お初にお目にかかります。ゾフィアと申します。私から説明させていただきます。」
私が疑問に思ったことを口にすると巫女服の女性がそれに答えた。どうやらこちらは学者のローブの女性に比べると常識人のようだ。ニコラは私への挨拶もそこそこに好奇心の塊の顔をして扉のあった場所を調べている。
「立話もなんですから場所を移して伺いますわ。グリュースト、案内して。」
「御意。」
私はノルドハーゲン伯に案内させて城内へ入っていく。私にはフレデリカとユーグが従い、その後は巫女服が続く。学者のローブがあわてて置いて行かれないようにその後をついていくと中庭は今までの喧騒は何だったのかと言わんばかりの静寂に包まれた。
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「改めてご挨拶させていただきます。私ゾフィアは聖術・魔術両方が使える者として巫女伯クリスタニア様の命を受け、御身の聖術および魔術の教師として派遣されました。それに加えて巫女伯領から辺境伯領への外交員・連絡員を兼務することになりました。以後、宜しくお見知りおきいたします。」
グリューストに案内され、ノルドハーゲン城の一室で机を囲んで座っている私にゾフィアがまず挨拶を始めた。ここまでの説明はまあ想定通りだ。
「あら、別と思っていたのに一人で両方なされるのね。」
「はい。私はこれまで聖術と魔術を両方使える者としてその研究発展のために学塔伯領へ派遣され、パルナスにて研究員として働いておりました。御身の教師を派遣するにあたり、御身同様に聖術と魔術両方を使える者が良かろうということで私が選ばれました。そしてその際外交員代表・連絡員代表としての地位も兼務するよう命ぜられました。その旨巫女伯より仰せつかり、学塔伯の許可を得て転任ということになりました。」
ゾフィアはそこでニコラをちらりと見た。ニコラは全員の前にでたお茶とお菓子を物珍しそうに調べている。ゾフィアは一瞬やれやれという顔をするが、すぐに真顔に戻る。
「学塔伯の許可を得る際、学塔伯領からの外交員代表・連絡員代表兼教師補助を一人つけるという事になりました。その者も聖術と魔術両方使える者が宜しいという事で、学塔伯領出身で貴族籍を持ち、聖術魔術両方に精通しているニコラが選ばれたのです。ですがニコラは学者としては優秀なのですが、御覧の通りちょっとばかり好奇心が強すぎるところがありまして。」
「どうせ私達なんぞ外交・連絡に関しては代表と言ってもお飾りだ。実務は官僚共に任せて辺境伯様への教師をしながら自分の研究に精を出すさ。」
突然のニコラのぶっちゃけトークにゾフィアは困った顔を隠せない。困った顔をしていても憎んだり恨んだりしては居ない様子なので、この二人はとても仲は良いのだろう。
「という訳で、よろしくお願いする。ニコラ・フォン・ノイギスだ。」
「こんな調子なので、ニコラ・フォン・ノイギーアと呼ばれているのです。私ゾフィアともども、よろしくお願いしますね。」
「私も聖術と魔術をもっとうまく使いたいと思っていますので、お二人にはとても期待しています。よろしくお願いしますね。」
事情は分かった。私とゾフィア・二コラで再度着任の礼を交わす。
「申し訳ないけれど、今領内でちょっと問題が起きていて、勉強はそれが落ち着くまで少し待ってもらえるかしら。具体的にはグレイベルクへ着いてから、ですわね。」
「事情はある程度伺っています。こういった問題は避けがたい物ですので致し方ありません。」
「ご理解ありがとうございます。」
さすがに内憂外患のある状態で勉学に費やしている時間はない。さっさと片付けてゆっくりじっくりと学んでいきたいものだ。
「外交・連絡に関しては玄関口ノルドハーゲンと領都グレイベルクの2か所に事務所が必要でしょうね。領事館をこの2ヶ所に各々の領で開設が必要よねぇ。グリュースト、アヴァタリアとパルナスのためにノルドハーゲンに場所を用意してあげて。」
「御意。」
「宜しいのですか?」
話がスムーズに進みすぎたことを警戒するようにゾフィアが聞いてくる。
「あら、こちらの為でもあるのよ。どうもグレイバルトは武人ばっかりでそういうのが弱くてね。グリュースト、領事館の安全確保はしっかりとね。その際学べるところは学ばせていただけるようにそういう人を頭にすることを忘れずに。」
「拝承いたしました。」
「あら、良いわね。両領の交流が豊かになるようにあまり隠さないように伝えておきますわね。」
「そうしていただけると助かるわ。グレイベルクについては後でリチャードに用意させましょう。」
「お聞きになりたいことは他にありますか?」
「今は特にないわ。」
「お二方には別室でお食事を用意してあります。そちらへどうぞ。」
グリューストは体よくゾフィアとニコラを別室に追い出し、グレイバルト辺境伯領の人間だけで軍議しながらの食事となった。
「宜しければ何があったのか教えてもらえますか?」
事情がよく判っていないグリューストが事情を聞いてくる。
「ハーゼシュタットを落とした時、とてもあっけなかったのよね。どうもハーゼシュタット子爵は援軍をあてにして籠城したのだけれど、どれも間に合わなかったみたいなの。で、落とした後兵士に聞いたら彼は3つの援軍を待っていた、と。」
「3つ、ですか。」
「一つ目はドワーフ。新たなドワーフの植民村をグレイベルクに伝えずに確保していたのね。それは攻城中に私が接触してグレイベルクに従っていたから援軍にはなりえないのだけれど。」
「ベルナルド殿が連れていたドワーフ工兵達ですな。」
「おう、案外できる奴らだったぞ。」
「次がドラゴン。詳細が判らなかったので白き峰の竜の長にどういうことか聞きに行っていたの。それができそうなのは私ぐらいだと思うから直接行って会ってきたわ。」
「お会い頂けたのですか。」
「父の頃からは長も代わって父の記録では第三位とされていたファフニーレン様が今は長として相手してくれたわ。若い黒竜の一人が子爵に恩義を持っており、助けに行こうとしていた、と。」
竜と戦うことを想定したのか、グリューストとベルナルド以下騎士の首脳たちが身震いする。
「その『恩義』が作られたもののようだということで、ファフニーレン様はその黒竜を捕らえ、私に渡してくれました。ユーグ、一歩前へ。」
私の声に従ってユグドレッドが一歩前に出る。
「今はファフニーレン様の魔法で人間の少女の姿をしていますが、その黒竜です。しばらくは私付きのメイド見習いとして勉強させます。」
ユーグがぺこりと頭を下げる。うん、礼儀から教え込まないとダメだね。着ているのがスカートのメイド服だしそこは腰礼をするべきだ。ライザに教えさせればすぐに一端のメイドにしてくれるだろう。
「見ただけでは信じ難いですな。」
疑っているというよりも文字通り信じられないという顔でベルナルドが答える。
「そういうと思っていたわ。ユーグ、この部屋を壊さない程度であれば力の開放を許可します。」
私がそう言ったとたんにユグドレッドの雰囲気が変わった。強者の威圧、恐ろしいまでの眼力、そして細くしなやかだった手には幾層もの鱗と鋭い爪が現れていた。
「そこまで。力の開放を再度制限。」
私の一言で解放されていた力は収まり、ユグドレッドは再び小さな少女ユーグに戻った。
「いやはや、ここまでとは。」
「疑うようなことを口にしてしまい、申し訳ありません。」
「良いのよ。私も目の前で変身するところを見ていなければ信じられなかったでしょうから。」
「ふむ、何時か手合わせをお願いしたいですな。」
ベルナルドの脳筋発言が飛び出したが華麗にスルーしておく。
「これで第二の援軍『竜』もファフニーレン様のおかげで無くすることができたわ。」
「あとは第三の援軍ですか。」
「そう。女の魔物が仲を取り持った『公爵』と呼ばれる存在ね。領内に公爵は居ないから『公爵』というニックネームで呼ばれている者がいないか探ってもらって、あと領外のどこかの公爵が援軍を出そうとする可能性を考えてノルドハーゲンの防御を固めてもらおうとベルナルドを先行させたのだけれど。」
「そういう経緯だったのですね。」
「どうも領外だったようだな。斥候からの連絡によるとルヴァンからノルドハーゲンへ至る街道を進んでくる一団がいる。明日の昼過ぎには門前に陣取るだろう距離感だな。結構大人数だがノルドハーゲンを落とせる人数じゃない。」
「街道を通ってくる商人や旅人の避難は?」
「もともと海路主体でそんなに多くないんで、情報を与えて足止めはしています。」
「という事はルヴァン公爵が?」
「判らん。少なくとも進んでいる兵達はルヴァンの騎士や正規兵じゃないな。装備も違う。」
「いきなり戦端は開かないで、まずは一人何とかして捕まえて情報収集かしらね。」
「それができれば一番良いんだが、何せ相手のあることだ。させてもらえれば御の字だと言うしかないな。」
「そうよねぇ。」
私はそう言いながら軽食として出されていた揚げた細切りポテトを口に加え、少しずつ食べていく。前世で食べたスナック菓子をちょっと思い出す。寂しいがこの世界にはないものだから諦めるしかない。
「ファフニーレン様のおかげで早々にノルドハーゲンに着けたからよかったわ。」
「それなんですが、閣下は前線に出る必要はありませんぞ。儂とグリューストで何とかします。」
開戦前にベルナルドが私に後ろに下がっているように釘を刺してくる。
「塀の上から眺めるくらいは良いでしょう。」
「大門上ではなくその一段後ろであれば。」
「そこからで見えるかしら。」
「見えます。城と町の間にある内壁と城壁が近い場所があり、そこからなら城門前を一望できます。子供の頃はよくそこから町の外を眺めていました。」
私の問いにノルドハーゲン令嬢が答える。
「あぁ、あそこなら良い。外は良く見えるが、外から手出しはできない場所だ。」
「それじゃそこから見せてもらうわね。」
方針は定まった。明日はどうなるのか明日になってみなければ判らない。




