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第3キャラの領地経営  作者: 寿 佳実
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第14章 - 七人の小人

穏やかな春の街道を風が吹き抜けていく。その中をかっぽかっぽと音をたてて荷馬車を引く馬が進んでいく。少しがたが来てきしきしと軋むような音をたてながらも荷馬車は重い荷物に耐えている。荷馬車の御者台では商人の娘が鼻歌を歌いながら手綱を握っている。その穏やかな情景は一幅の風景画のようであった。


馬車が進んでいくその方向には街道の両側から灰色樫(グレイオーク)の森が迫ってきている。街道はその先で右に曲がっていてその先を見通すことはできない。まるで森の中に街道が吸い込まれているかのようだ。もちろん街道はゆっくりと右へ左へと蛇行して森の中を抜け、グレイベルクへと至る。とはいえ街道付近の森は頻繁に人の手が入り魔物や盗賊が出ることはそれほど多くはない。荷馬車の一番後ろには剣を背負った男が一人、仰向けに寝そべって空を見上げている。魔物や盗賊が出た時に追い払うための冒険者であろう。ときどきガタリと馬車がゆれると慌てて荷車の縁をつかみ落ちないように踏ん張っている。街道を走っている限り大きく揺れることはないので、それだけで落ちる心配はなさそうだ。もしも森の外で見ている者がいたとしたら、馬車が森の中へ吸い込まれていき、何もなかったように春風が吹きすぎる草原だけが残った。と感じるであろう。


馬車が大きくカーブすると次の左へのカーブとの間に人影が見えた。商人の娘は馬車がその人影にぶつからないように手綱を引いて馬に減速を命じた。しかし人影は一人だけではなく、森の中から薄汚れた服を着た男たち数人が姿を現し、馬車に向かって来る。「きゃー」と娘の叫ぶ声が森に吸い込まれ、荷馬車の荷台から降りた護衛が前に出てくる。娘はそのまま荷馬車の中へ姿を消す。


「おやおや、盗賊さんかい?痛い目にあいたくなきゃやめておきな。」


護衛が馬車に近づいてくる男たちに警告を発する。男たちは警告にひるむことなく、一言も発せずに馬車を取り囲むように移動する。その動きは整然としており盗賊の身のこなしではなく兵士の動きであった。


「当たりだ、フォーメーションA。」


護衛が声を掛けると荷馬車の幌が開き、なかから数十人の兵士が地面に降りる。馬車を囲むように移動していた男たちのその外側を包むように回り込み、逆包囲をしかける。


「畜生、謀られた。」

「突破して逃げろ。」


男たちは口々に叫ぶと踵を返して逃亡を図るが兵士たちの連携の前に抜け道を見つけだせずにいる。馬車の進行方向、すなわち男たちがやってきた方向には兵士はまだ到着していないが、そこには御者台に座っていた娘が白銀の胸当てを付け、灰色大樹が描かれた盾と女性が持つには大ぶりな剣を持って立ちふさがっていた。


「投降するなら命は助けてやる。」


フレデリカは大声で警告すると横を走り抜けようとした男に剣を振るう。男はそのまま大量の血をぶちまけながら地面に崩れ落ちる。


まもなく兵士による包囲が完成した。それまでに兵士の間を走り抜けようとした男たちは兵士たちの持つ盾で包囲の内側へ押しやられた。それでも懲りずに兵士の盾の間を抜けようとした男たちは兵士たちの持つ剣や槍で串刺しにされた。果敢にもフレデリカに挑みかかったりその横を走り抜けようとした男たちはすべてフレデリカの剣で切られた。そうして男たちの数が半分くらいまで減ったところで、まだ何とか立っていた男たちは手に持っていた剣を地面に捨て投降した。


投降した男たちは後ろ手に縛られ、荷馬車の荷台の上に座らされた。見張りを数人載せ、再び御者台に乗ったフレデリカが鞭を振るとゆっくりと荷馬車はグレイベルへ向けて走り始めた。その後を兵士達が徒歩で従う。馬車は兵士たちが付いてこれる程度の速度でゆっくりと、ゆっくりと森の中を抜けていく。


----------------


「とまあ、こんな感じでフレデリカの独壇場だったらしいですな。」


ベルナルドが愉快そうに笑う。


「こちらの被害はなしね。」

「えぇ、完全に奇襲が成功したようです。今捕虜の尋問を行っていますが、今日中には結論が出るでしょう。」

「ベルナルド、召喚状を出す準備をしておいて。どうせ来ないでしょうけれど、手続きは大事だから。」


召喚状、それは封建制社会において国王や上位の貴族が配下の貴族に対して出頭を求める書類である。それに書かれた出頭理由に対し出頭して弁明する機会が与えられる。謝罪のために領地の一部や金品などを支払うことも行われる。弁明が通らなかったり出頭しなかった場合には爵位の取り消しや領地没収となる。出頭せず爵位返上・領地没収にも応じない場合武力で征伐されることになる。


「畏まりました。」

「それじゃあ儂も戦の準備を始めますかのぉ。」


一礼をしてリチャードとベルナルドが執務室を出ていく。エリザベートは手元に残された書類に素早く目を走らせていった。


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薄暗い地下室を照らしている光は壁に掛けられた揺れる蝋燭と壁際に赤く燃やされた焼き鏝用の炭火だけであった。尋問官はぎろりと壁に貼り付けられたままの捕虜をにらむ。薄暗い赤い光のせいでその顔はとても醜悪に見えた。


「素直に全部喋ったらどうだ。お前の部下は皆吐いて楽になったぞ。」


尋問官の言葉にその男は何も言わない。


「何か言ったらどうなんだ。これを描いたのはお前だということは判っているんだ。」


尋問官は強い口調で言うと一枚のビラを手に取り男に突きつける。その羊皮紙には大きな乳房を持った豚がやせ細った男に体を擦り付けている絵が描かれ、その下には「毒婦が王に取り入り、侯爵位を手に入れる」というタイトルの下、どぎつい下ネタ満載の戯れ歌が書かれている。


「こりゃあ拷問が必要かねぇ。」


尋問官はそういうとふいごを動かす。シュコーシュコーという音とともに炭火が赤く燃え上がる。炭の中に突っ込まれた焼き鏝も赤く熱されている。捕虜はそれに目をやった後、気力を振り絞るように頭を振る。しかしその頭は突然止まり、その目は尋問官の向こうをみて顔にぎょっとした表情を浮かべる。彼が見たのはあまりにこの場にそぐわないもの、まだ幼い少女の顔であった。


「な、なんでこんなところにこんな幼い娘がいる。危ないだろう。すぐここから出せ。」

「喋れない訳じゃないんだな。」


捕虜の言葉に尋問官が何事もなかったように応じる。


「お前さんは誰を侮辱したか自分でわかってなかったのか?この方がどなたかも知らんというのか?」

「どういうことだ。」


その少女は尋問官の横に並ぶとそのビラを手に取り、その絵を見、文章を読んで顔をしかめる。その顔は少し赤くなっていて恥ずかしそうな様子も見える。


「ひどい言われようね。私を侮辱しているだけでなく国王陛下とお母様やお父様をも侮辱しているわ。」

「なんだと。」

「あなたはアレクサンダー・イングレアス・フォン・グレイバルトを何だと思っているの?」

「偉大なる辺境伯様を呼び捨てにするな。」

「あら、アレクサンダーを尊敬しているの?それじゃあその妻モーリー・イングレアス・フォン・グレイバルトについては?」

「アレクサンダー様を裏切った裏切り者だろう?」

「そう聞かされているのね、可愛そうに。『英雄たちの消失』の際モーリーは身ごもっていてそれを知った王に保護されたって知らないの?」

「な、なんだと、どういうことだ。」

「どういうもこういうも、そういうことよ。そして生まれたのがこの私、エリザベート・イングレアス・フォン・グレイバルトよ。私が7つになるまで母上の『王の愛妾』という肩書は名目だけだったとかも知らないのでしょうね。」

「し、しかし子爵様は…」

「その子爵様とやらはあなたに間違った知識を植え込んでこの私を侮辱するビラを描かせた訳ね。たいした反逆者だわ。どうせ自分が裏切り者だから国王陛下や母上様まで裏切り者だと思っているのでしょうね。それこそ我が父アレクサンダー・イングレアス・フォン・グレイバルトを侮辱する行為だわ。」


その捕虜は自分が持っている知識、ビラの上に表現した知識と目の前に毅然と立つ少女の語る現実とのはざまで揺れ動いていた。そしてその少女の自信ありげなそぶりの前に知識に対する信頼はがらがらと音をたてて崩れ去っていった。


「この方の言うことは本当なのか?」


その捕虜は最後のあがきとして尋問官に聞く。


「国王陛下がどうのこうのは俺は知らぬ。が、この方が辺境伯様であることは間違いない。」

「わかった。すべて話す。」


その捕虜は力なくうなだれる。尋問官は「初めからそうおとなしくしてればいいんだ。」と言って尋問結果を書き出す準備を始める。


「父上と私を侮辱した罪をどうすれば贖うことができるのかよく考えることね。」


そういうとエリザベートは地下の尋問室を出ていく。尋問官はいったん手を止めて部屋を出ていく姿に深々と礼をする。扉の向こうではエリザベートが誰かに「ここは暑くて臭くてあまり長くは居たくないわね。」と話しているのがかすかに聞こえる。


「俺が特殊任務があると呼び出されたのはだいたい二月前だ。」


捕虜はぽつりぽつりと何があったかを語り始める。尋問官は聞き出した内容を用意した羊皮紙に書き留めていく。その話す内容は部下たちから聞き出した証言と比較しながら真実かどうか、矛盾がないかどうかを確認していく。そうして得られた首謀者の名前はエリザベートが考えていた通りの名前だった。


----------------


ハーゼシュタット子爵とクレーテムーア・イービスロシュ・シュトックドルフの3男爵に出された召喚状は案の定無視された。今度は爵位と領土を返上せよという問責使が派遣される。これに従わない場合には反乱と見做されて武力による討伐を受けることになる、いわば最後通牒である。村レベルの設備と兵力では辺境伯軍を相手に戦争などできないと見たか、3男爵はその領地を放棄し、私財と手持ちの兵を持ってハーゼシュタットに逃亡した。ハーゼシュタットに送られた問責使は町に入れてすらもらえず、町の門の前で問責の書状を読み上げて帰還した。


エリザベートはその報告を聞いて苦々しく思ったが、ここで反逆者を処分しておかないと他の貴族に舐められ、領地運営が不可能になることは火を見るより明らかだった。配下の騎士団とそれに従う兵士達を連れハーゼシュタットを攻めるために出征した。グレイバルト軍はハーゼシュタットが見えるところまで行軍して街の手前の草原に陣を張った。ここで一泊して明日よりハーゼシュタットを攻めることになる。エリザベートはまだ乗馬の訓練を始めたばかりでうまく馬に乗れない可能性があったため、騎馬ではなく軍旅用の無骨な馬車に乗り軍の中央にあった。軍馬車は陣の中央の小高い丘の上に作られた一番大きな天幕(天幕)に横づけされ、エリザベートはその天幕に入っていく。中を検めたのちエリザベートは天幕を出て、ハーゼシュタットの城壁を見ている。


「籠城戦ねぇ。本気なのかしら?」


エリザベートはハーゼシュタットの軍が城壁から出て、ハーゼシュタットの少し南の草原、今戦陣が張られて兵達が明日から行われる攻城戦に備えている場所、ここで野戦に出てくるかと思っていた。ところが草原を行軍する際に抵抗はなく、今戦陣を張っている場所まで楽に進むことができたことに驚いていた。


籠城戦は通常、攻撃側の補給が難しく長期間の包囲を維持するのが困難な場合で、その期間耐えうるだけの備蓄か補給ルートが確保できる場合に有効な防衛方法と言える。さもなくば何処からの支援や増援があり、それにより攻撃側が早晩攻撃をやめなければいけなくなることが前提となる。備蓄が少なく補給ルートを遮断され、支援や増援の期待できない籠城戦などゆっくりとした自殺以外の何物でもない。兵士だけならともかく町の住民を巻き込んでの自殺などはた迷惑以外の何物でもない。


捕虜の証言から荷馬車を襲撃して得た小麦の約半分はハーゼシュタットに運び込まれたとみられる。残り半分は襲撃場所近くの隠蔽された倉庫にいまだ保管されていると思われ、別動隊により捜索が行われている。いずれにしろハーゼシュタットの備蓄はそれなりにあると考えられた。しかし南方をグレイベルクから来た軍に、北方をノルドハーゲンから来た軍に包囲され、補給ルートは完全に遮断されている。外部の支援を受けることが可能な様子もないし、増援が来る可能性もない。さらに攻撃軍はグレイバルトの全土から補給を行うことができ、包囲を継続できる期間に制限はほぼない。それゆえエリザベートはハーゼシュタット子爵は籠城せずに野戦に打って出ると考えていたのだ。


にもかかわらずハーゼシュタット子爵は野戦を捨ててあえて籠城戦を行おうとしている。このことから、彼らが何らかの逆転の算段を持っていると考えた方がいい。しかしその逆転の算段とは何なのだろう?考えても判らない物は判らない。


「しかしいつの間にあんな城壁を作ったのかしら。」


野兎の町というかわいらしい名前のついたハーゼシュタットはその名前と異なり武骨な城壁に取り囲まれ、要塞のようになっていた。グレイバルトにある町や村は魔物の襲撃を受ける可能性があるためどこでもそれなりの城壁を持っているものだが、ハーゼシュタットの城壁の造作は魔物からの防御を意識したというにはいささか頑丈に過ぎた。どうみても人間の騎士や兵士により攻城兵器を使用した侵攻を想定した造りとなっている。その城壁は籠城戦を行う際に有利に働き少数の兵で大軍の相手をすることができると思われた。とはいえグレイバルト軍も徒手空拳というわけではない。それなりに攻城兵器をそろえているし、出発前にも「ひょっとしたら城攻めになるかもしれないわよ」と脅しておいたこともあってそれなりの訓練が行われていた。

今も城壁の見える位置にて攻城兵器の組み立てが開始されている。


「頼む、通してくれ。お願いだ。」


なにやら後ろの方が騒がしい。エリザベートが振り返ると抑えようとする兵士たちを引きずって中へ入ろうとするザインの姿があった。普段のお茶らけた雰囲気は影を潜め、必死さが全面に出ていた。きりっとしていればいい男であるため普段より2割増し良い男になっている。


「あら、ザインさん。だめじゃないですか。そんな風にここに来ようとしたらスパイ容疑で首をはねられても文句を言えませんよ?」


エリザベートののほほんとした口調に抑えようとした兵士たちが力を抜く。その結果地面に転がるような形になったザインだが、そのまま土下座して頭を地面にこすりつける。


「エリザベート様、お願いです。ハーゼシュタットを攻めるのを待ってもらえませんでしょうか?」

「あら、貴方らしくないことを言うのね。」

「あそこには妻がいるんです。すぐに連れ出しに行きますから、せめてそれまで待ってもらえませんでしょうか?」

「奥さん?結婚していたの?それに今は中に入るだけで一苦労よ。」

「そこはなんとかします。話すことさえできれば妻の魔法でなんとかなるはずです。だからお願いします。」


ザインは頭を地面に潜り込ませんばかりに平伏している。エリザベートはその「妻の魔法」という言葉からあることに思い当たった?


「奥さんってひょっとしてアーデルハイドさん?」

「そうです。妻はハーゼシュタット生まれでたまたま実家に挨拶に行ったんです。」

「なるほど。そうか。ひょっとしてご懐妊?」

「そうです。その挨拶に行っていました。」

「そうかぁ。アーデルハイドさんがねぇ。それは気が気じゃないわよねぇ。」


ちょっと意地悪になって揶揄ってはみたものの、あまりに必死なザインをみて揶揄うのも気の毒になったので、エリザベートはザインを抑えている兵士に命令する。


「大丈夫です。その者を放しなさい。そして魔術兵のレオナルドを呼んできなさい。」


兵の一人が一礼して走り去るとエリザベートはザインに向かって言った。


「レオナルドはアーデルハイドさんに紹介したことがある遠話のできる魔術兵よ。彼なら遠話でアーデルハイドさんと話ができるわ。」


ザインは顔をあげこそしなかったが、肩の動きで感謝し、さらに深く土下座しようとしているのが判る。


「そこまでしなくてもいいから顔を上げて頂戴。おかげで町の中の様子を知ることができるかもしれないわ。うまくすればアーデルハイドさんに町の人を説得して無血開城もらえるかもしれないわね。」


ゆっくりと顔をあげたザインの顔は涙でぐしょぐしょになっていた。


----------------


一晩明けて攻撃が始まった。まずは問責使が町の前に立ち、山賊行為と召喚状に対する無視を理由として武力制圧を開始すること、反抗せずに投降するのであれば命までは取らないことを宣言する。それに対して街の守備隊が弓を撃ってきたことで問責使はいそいで引っ込み、双方が弓矢の応酬をする形で攻撃が始まった。今日はまだ双方小手調べであり、戦場に出てきた攻城兵器も衝角車(ラム)が1台だけである。城門に打ち付ける振り子になった大木とそれを守るための屋根が台車の上に乗せられただけの簡単な攻城兵器だ。最大の欠点は重いわりに移動が人力なので非常にゆっくりしかすすめないことである。街の守備隊が時折壁の上に現れて攻城兵器(ラム)に対して攻撃しては弓兵による一斉射撃をうけて隠れる。城壁のほかの地点では長いはしごをかけて城壁に上ろうと試みるが、城壁の上に現れた守備兵によって梯子を折られたり燃やされたりして城壁にたどり着いたものはまだいない。


その喧騒を聞きながらエリザベートは布陣した部隊をゆっくりと見て回っている。エリザベートが姿を見せるか見せないかで兵の士気が違うとベルナルドに言われたのだ。実際の指揮はベルナルドがとっているので、エリザベートはほんどお飾りにすぎない。それを自覚して少し悲しい気分になっていたので、気分を変えるにも丁度良いと思っていたのだ。ゆっくりと歩いていくとエリザベートに気づいた兵士達が直立不動の姿勢で敬礼をする。何と答えていいか判らないので、軽く手を振ってそれにこたえる。エリザベートの後ろには近衛隊が少し遅れてついてくる。エリザベートの近衛ということで女性のみの極めて華やかな部隊となっているが、フレデリカを隊長として鍛えているためそれなりに練度も高い。人数が少ないのが現時点の問題とフレデリカは言っていた。


ハーゼシュタットの南側半分を包み込むようにした部隊の左翼を見渡しながらエリザベートはちょっと気になることがあった。部隊のはるか後方にひょこひょこと赤い尖り帽子か何かが出ては引っ込んでを繰り返しているのだ。敵が何らかの工作をしているならもっと厳重に隠すだろうからその可能性は低い。だからといって戦争をしているすぐ近くで一般人が一体何をやっているのだろうか。そう思ってエリザベートはその方向に一歩足を踏み出した。


「きゃぁあああああ。」


意識がその赤い帽子へ向かっていて足元がおろそかになっていたのは確かかもしれない。地面に置かれた板か何かを踏んだところそれが滑り出し、エリザベートは尻餅をついた。ついたところもその板の上だったのか、その板は上にエリザベートを乗せたまま草橇のように草原の坂を滑り落ちていく。上げた悲鳴がいたとともに遠ざかっていく。近衛兵が慌ててそれを追いかけようとするが板のスピードはどんどん速くなって追いつくことができない。滑った坂の終点が小さな段差になっていたのか、エリザベートは板の上に乗ったまま空中に放り投げられ、謎の赤い尖り帽子へ向けて落下していく。


「あひゃぁあああああ。」


謎の尖り帽子が意味不明の声を上げる。エリザベートがその人物へ体当たりするとまるで抱え込まれるように地面に開いた穴の中へ吸い込まれていった。


----------------


「痛たたた。」


ぶつけたお尻をこすりながら立ち上がる。見渡すと土の中に掘られたトンネルのようだ。掘られた土の所々が木材で作られた柱で補強され、そこにカンテラがぶら下がっていて淡い光で洞窟内を照らしている。


エリザベートは尻の下が柔らかかったことを思い出して立ったところを見る。そこには丸々と太った人が一人気絶していた。緑のシャツの上に紺のサスペンダーで茶色のズボンをつるして頭には赤い尖り帽子をかぶっている。長い髭を蓄えた赤ら顔はどう見ても大人だが、身長は普通の大人の人間の半分くらいしかない。小柄なエリザベートよりもひょっとしたら小さいかもしれない。たぶん小人(ドワーフ)だろう。小人(ドワーフ)は北欧神話にルーツを持つ亜人種でUUOでもPCプレイヤーキャラクターとして作ることができ、筋力と強靭さに優れ、魔法は少し苦手だが各種製造(クラフティング)に向き、戦士や工匠として活躍している人が多かった。またNPCノンプレイヤーキャラクターとしても鉱夫や工匠として大勢登場していた。


よく見るとすぐ横に上に登る梯子が設えてあり、上空の竪穴に向かって伸びている。どうやらこの小人(ドワーフ)が竪穴から顔をだして何事が起こったのか見ようとしていたところに私が滑り込んだようだ。このドワーフ(ドワーフ)がクッションになってくれたのでエリザベートへのダメージは少なかったようだが、下敷きになった小人(ドワーフ)は衝撃をもろに受けたせいか起きてくる様子はない。大丈夫かと顔を撫でてみるが気絶しているだけで苦しそうにはしていない。ドワーフは人間よりも頑丈とされているのでたぶん大丈夫だろう。


「おい、太っちょ、どうした?」


トンネルの向こうからカンテラを持ちつるはしを手に持ったいかにも鉱夫という風情の小人(ドワーフ)が現れる。どうやら気絶した小人(ドワーフ)は仲間から太っちょと呼ばれているようだ。そして気絶した太っちょの横にいて太っちょのかおを撫でている少女をみつけて愕然とした表情で固まる小人(ドワーフ)


「お、お前さんは誰だ?なんで太っちょと一緒にいる?」


小人(ドワーフ)が聞いてくる。エリザベートは上を呼び指して答える。


「ごめんなさい、草で滑ってぶつかってしまって上から一緒に落ちてきてしまったんです。」

「おい、どうした?」

「なんだ、なにがあった?」


答える間もなく次から次へと現れる小人(ドワーフ)達。気絶している太っちょを含めて7人はいる。穴に落ちたら不思議な世界…は不思議な国のアリスだけれど、7人の小人(ドワーフ)は白雪姫かな?ぞろぞろと現れる小人(ドワーフ)達を見てエリザベートはそう考えた。


「あなたたちこそこんな草原の下で何をしているの?」

「俺たちゃあ小人(ドワーフ)の村から人間の街へ向けて通路を掘っているのさ。」

「町ってハーゼシュタット?」

「うん、確かそんな名前だったな。この先にある山の中に鉱脈を見つけてな。『そこに村を作って住みたい』って町のお偉いさんに言ったら許可してくれたんだが、その代わりに『地下道を村から街まで掘ってくれ、そして鉱石をその道路使って運んでくれれば買い取るぞ』って言われていてな。ところが上がうるさいもんで太っちょに上で何が起こっているか見てこいと言ってあったんだがな。」

「通路はどれくらいで出来上がるの?」

「もう少しだ。あと2・3日ってところかな。」

「リーダーはどなた?」

「俺だ。八の字眉が泣いているように見えるってんで『泣き虫』ハーディーと呼ばれている。」

「エリザベートよ。」


後から来た小人(ドワーフ)の一人がリーダーとして自己紹介した。


エリザベートはハーゼシュタットへ向かっているトンネルを見て思う。きっとこれがハーゼシュタット子爵の逆転の手駒の一つなのだろう。幸いなことに完成する前に見つけることができたし、うまく使えば逆にこちらの兵が城壁の下を通って城内に入ることができる。


丁度そこに梯子をおりて近衛兵達が居りてきた。どうやらエリザベートが落ちた穴を見つけてくれたようだ。


「お嬢様、お怪我はありませんか?」


そして小人(ドワーフ)達をみつけて剣を抜いて凄む。


「そこの者、控え居れ。辺境伯様のお前であるぞ。」

「こ、これは領主様とは露知らず…。」


突然現れた闖入者にびっくりしておどおどしだす小人(ドワーフ)達。ちょっとかわいそうになる。


「よい、そこの気絶している小人(ドワーフ)の手当てを頼む。」

「はい。」


そういったとたん太っちょが起き上がる。


「ぶふぅ。大変だ、上で戦争を始めてる!」

「あら、起きたのね?大丈夫?」

「へ、あんた誰?」

「戦争の当事者の一人よ。ハーゼシュタット子爵を今攻め始めたところなの。」

「ってことはあのお偉いさんが反逆ですか?」


少なくとも小人(ドワーフ)のリーダーであるハーディーはハーゼシュタット子爵と辺境伯との力関係は理解しているようだった。


「そういうこと。で、私に協力してくれれば村の設立も認めるし、こんなトンネル掘らなくったってどこでも売買して良いわよ。村長に爵位が欲しいなら男爵にしてあげることもできるわ。ハーゼシュタットにつくと言うなら容赦はしないけれどね。」


エリザベートが持ち出した交渉はあまり選択肢があるとは言えなかった。あとで村長に話をする必要はあるが、基本的に辺境伯にたてつく気はなく、反逆したというならハーゼシュタットに義理立てする気は毛頭ない、とハーディーは言った。


「それじゃあ一旦上へ行って仔細を伝えてくるから、その後小人(ドワーフ)の村へ案内してもらえないかしら?細かい交渉は村長さんとしましょう。」

----------------


小人(ドワーフ)達の村はトンネルをあるいて数時間かかるところにあった。上下に入り組んだ迷路のようになっており、いくつかの明かり取りの吹き抜けを目印にすれば迷わない、といわれても土地勘のない人間には無理な相談であった。小人(ドワーフ)達、とくに鉱夫達はそういう立体の把握が得意なようで「なんで判らないんだろう」という顔をしていた。その一番上の階層の一番広い部屋が村長の家となっていた。


「お初にお目にかかります。村長のハードルフと申します。」


そこで挨拶してきたのは立派な髭が白髪になってあたまは禿げ上がった八の字眉の老小人(ドワーフ)だった。名前も似ているしハーディがここまで案内してきてハードルフの横に座っているし、きっと親子なのだろう。


「グレイバルト辺境伯のエリザベートよ。」

「それで、ハーゼシュタットの子爵が反逆したとか。」

「そう。今攻撃を始めたところ。」

「それでは我々がハーゼシュタット子爵にした約束はどうなるんでしょうか。」

「内容次第ではあるけれど、そのまま受け入れてあげられると思うわ。子爵は私利私欲に走っているようだから無理難題をおしつけられているとしたらそれは無効にしていいわよ。」


エリザベートの物言いにあきらかに安心した顔をするハードルフ。ここまで作った村を出て行けと言われずに済んで安心したようだ。


「ただグレイバルトに住む以上、私に忠誠を誓ってもらっうわよ。あと他の村と同じく普通の税は払ってね。それ以上は口出ししないわ。」

「もちろんです。税はハーゼシュタットに払えと言われておりましたが、そういうことだったのですな。」


話を聞くとかなり高率の税を掛けられるところだったようだ。その利益が反逆者にわたる前に阻止できて本当に良かった。


「あと可能ならハーゼシュタットを攻めるのを手伝ってちょうだい。必要なら費用は払うわ。」

「滅相もありません。あやうく反逆者に手を貸すところだったと思えば、罪滅ぼしとしてこちらから協力させてくださいと願い出るのが本来でしょう。」

「ところでこの村ではどんなものが取れるの?」

「大量で良質な鉄・石炭と少量の銀・金・ミスリルでしょうか。あといくらか宝石もありそうです。」

「そんなものが眠っていたのね。変な商人に買いたたかれないようにしてね。なんならグレイバルトとして買い取るから。」

「ありがとうございます。まだここで使う分くらいしか掘り進めていませんが、そのうちお世話になります。」


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