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第3キャラの領地経営  作者: 寿 佳実
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第13章 - 予兆

システムというものは一度構築し稼働し始めると多少の問題があっても動き続けるものだ。ただその問題の影響は少しずつ澱のようにたまっていく。そして問題が解消されたり、異なった問題に切り替わった時に、たまった澱はそのまま溶けて消えてなくなることもあれば、凝り固まった澱がシステム全体を破壊しかねない問題として表面化することがある。


グレイバルトの封建システムもそうだった。男爵・子爵などの貴族達がその領地である町や村の住民から秋の終わりにその収穫物の一定割合を租税として取り上げる。そして春になるとそれらをグレイベルクへ運び市場で現金化する。そしてその一定割合を上納税としてグレイベルクに納付する。その残りは貴族達の取り分となり、町や村の運営および防衛のために使われる。これが機能している限り貴族は村の運営・防衛が手に余る事態になった場合にグレイベルクの支援が受けられるが、これを遂行していない場合グレイベルクから反逆と見做されて爵位を取り上げられたり、討伐を受けたりすることになる。グレイバルト辺境伯にはその権能が王家から承認されていたし、抱える騎士団という武力がそれを可能にしていた。それを知っているからこそ貴族たちはこのシステムを有効と見做し、その中での自分の位置づけを確立しようとあがくのだ。ただグレイバルト辺境伯が空位となり、リチャードが代官としてその運営維持を行っている間、このシステムにはわずかな軋みが発生していた。リチャードは肩書の上では王家からグレイバルトの管理運営を任された代官という位置づけであるが、グレイバルトに数多く存在する男爵・子爵家に対し、その爵位を取り上げたり討伐したりする口実としては弱かった。それをよいことに上納税の割合を要求よりも自主的に少なく設定し、何のかんのと言い訳を付けて上納額を減らしている貴族領もあった。それにたいして代官リチャードは嫌みの一つくらいは言うかもしれないが、なんとか懐柔して穏便に済ませようと計る以外の方法はあまり取られることはなかった。少なくとも昨年までは。


----------------


その辺境伯領では穏やかな時が流れていた。冬の間に魔族国との外交を成功させ、外憂の一つを取り除くことに成功したエリザベートは城でささやかな冬至の祭りをひらいた以外は平和な時を過ごしていた。いや、過ごさざるを得ない状況にあったがそれが公表されることはなかった。


回廊最寄りの村であるタラスクマスからは住民が重傷を負った魔族5名を保護したという連絡が入っていた。魔族国との外交後にエリザベートを襲撃しようと回廊を抜けたまではいいものの、魔物の襲撃を受けて半壊した協定反対派グループの生き残りであろうと思われた。生かしておけば外交交渉の有利に使える手駒になるかもしれないので、タラスクマスには治療しながら拘束しておくよう指示してある。そのまま魔族国へ引き渡すこともできるだろうが、どうせ反逆者として処刑されるだけだろう。


無事「渡り」を制御し終えたグレイバルト騎士団は死亡したり負傷してできた欠員を埋めるべく新規採用と若手の訓練に余念がない。フレデリカは最若手にもかかわらず鬼教官として他の騎士をビシビシしごいているらしい。


ゴドフリートは冒険者ギルドに戻ってギルドマスターとしての職務に何事もなかったように復帰したらしい。休暇で故郷へ帰っていたということになっており、外交の道案内をしたことは伏せられているようだ。


冒険者クラン「冠鷲」は辺境伯家の指名依頼を最高評価でクリアしたという功績が認められてランクアップの権利を手に入れたそうだ。実際のランクアップは監査試験と書類手続きのためにまだしばらくかかるらしい。


----------------


エリザベートは執務室のデスクに向かってとある書類を読んでいた。窓の外から見える遠くの山にはまだ雪が残っているものの、庭の木には花が咲き、春ののどかさを感じさせていた。


雪が解けて貨物馬車の通行が可能になるに従い、辺境の村や町からは昨年の収穫物がグレイベルクに集まってきていた。それらはグレイベルクの市場で売買され、その取引が盛んになるにつれ、上納税として辺境伯家に収められる金額も多くなっていく。手に持った書類には辺境伯領に存在する村や町の名前と、そこを支配する貴族の名前、そしてその領地から上納税としてすでに収められた金額と、物納としてそのまま辺境伯家に収められた物品の商品価値評価の累計がリストアップされていた。そしてそのリストをみてエリザベートは怪訝な顔をしていた。


明日香がSE(システムエンジニア)として働いてきた時に培った感覚(センス)がそのリストのどこかがおかしいと告げていた。コンピュータ技術者であれば誰しもある程度鍛え上げているその感覚(センス)問題(バグ)を抱えたプログラムのソースコードをながめるだけでその一見正常動作しそう見えるプログラムの中に潜む問題(バグ)の原因のありかを高確率で見つけ出すことができる。実際の問題(バグ)の原因はソースコードの該当箇所を詳細に読み直すか実際に動作させてデバッグ処理を行う必要はあったが、その感覚(センス)をつかんでいるとその取り掛かりを見つけるまでの時間を大幅に短縮することができた。この感覚(センス)は長い間正常に動作するソースコードを見慣れた目が問題(バグ)を含んだソースコードとのかすかな違いを無意識のうちに見つけ出すのだと言われていた。ただその感覚(センス)が育っていくと普段見慣れているはずのないテスト用データの羅列や本番稼働中に流れるデータから抜き出された中間データにすらその効果を発し、問題のあるデータを見つけ出すことすらをも可能にするとまことしやかに囁かれていた。まだSE(システムエンジニア)としてそれほど長い間仕事をしていたわけではなかった明日香も先輩SE(システムエンジニア)に読まされた大量のソースコードのおかげかその感覚(センス)をつかみ始めていた。今日財務統括から渡されたリストを眺めていると、その感覚(センス)が発する警告が喉に引っ掛かった魚の骨のようにエリザベートを苛んでいた。ただ感覚(センス)のおかげでそのだいたいの場所は判ってもそれを詳細にみるための道具と知識が足りない。表計算ソフト(エクセル)が欲しい、データーベース(アクセス)が欲しいと思ってもここで手に入るはずもない。


エリザベートは意を決してペンを取り、書類上の3つの村、クレーテムーア・イービスロシュ・シュトックドルフの横に印をつける。そして机の上に置かれた灰色樫(グレイオーク)の取っ手が付いた金色のベルを取り、軽く振る。涼やかな音が執務室に鳴り響く。


「お呼びでしょうか。」


執務室に入ると今日の執務室付きのメイドのニコルが笑顔で受け答えする。


「アイゼンロッホの所へ行って、使える人を一人よこしてって言って。」

「了解いたしました。」


ニコルは優雅に一礼すると部屋を出ていく。ライザの教育は十分な効果を表してきているようだった。その訓練の大変さを思うとメイド達に少し同情した。


「失礼いたします。」


しばらくするとニコルに案内されて一人の女性が部屋に入ってくる。たしかアイゼンロッホの所すなわち財務統括の文官の一人で名をマーシャといったと記憶している。野暮ったいワンピースを着て腰の幅広のベルトで抑えているが、もう少しおしゃれすればいいのにと思う。


「どういったご用件でしょうか。」


明らかに機嫌が悪い。財務統括は今歳入の処理で大わらわなのでそのせいだと思う。


「忙しいところ悪いわね。座って。今朝貰ったこの資料なんだけれど。」

「はい。現時点での税収リストですね。それがどうかしましたか?」

「しるしをつけた三か所について共通点があったら教えてくれない?そこが変だとは思うんだけれど、何がどう変なのか判らなくて。」


エリザベートの発言は難癖をつけているだけにしか聞こえない不条理な質問であり、マーシャの機嫌は目に見えてさらに悪くなった。しかしその表情は受け取ったリストにつけられた印を見て少し考えた後、納得したような顔になる。


「この3ヶ所は上納税比率を自主的に下げている所ですね。」


マーシャが考え込んでいる間、ニコルが持ってきた林檎の果汁(ジュース)で唇を潤しながら待つ。その結果帰ってきた言葉は予想していた物とは少し違っていた。計算を間違えていたとか記述ミスがあるとかだと思っていたのだが。


「自主的に?」

「はい。上納税比率は名目上一律5割としてはいるんですが、ほとんどの所は秋のうちに理由をそえて何割にしてほしいと相談してくるんです。理由を確認してほとんどの場合希望通りで処理しているのですが、いくつかのところは一方的に何割にするから、と伝えてくるんです。その3ヶ所はその中で特に悪質なところですね。」

「悪質、とは?」

「比率を年々下げてきて、今では通知される比率が3割を切っています。推定される収穫量からみると実際はさらに低い比率になっているかと。」

「地震の被害とか、魔物の襲撃とかがあったというわけではないのね?」

「そういった理由がないことは確認済みです。」

「横領して私腹を肥やしているだけじゃない。なぜもっと早く対処しなかったの?」

「リチャード様が何度か脅してはいるのですが、どうせ強硬手段はとらないと見くびっているようです。」

「舐められたものね。」

「リチャード様は代官とはいえグレイバルト貴族としては町や村の貴族からすると同列という風潮があります。その同列のリチャード様に強硬策に出るなら出てみろ、という意識を持った貴族が多かったのは確かです。その結果実は結構な数の村や町が似たようなことをやっていたのですが、お嬢様の赴任が知れ渡ったことで今年はほとんどの村や町が真面目に支払っています。」

「私が強硬策を取るかもしれない、と思ったのかしら?」

「そうです。さらに強硬策を取った結果武力衝突になった場合、辺境伯の名の下に集まる者が多く反乱側が不利になるだろうという打算だと思われます。」

「ふぅん。そういうもの?」

「少なくとも自分はそういう場合反乱側にはつかない、という意思表示でもありますね。」

「こんな小娘でも?」

「いえ、お嬢様を畏敬している貴族は多いでしょう。ドラウナー男爵の件もあって、峻厳なところがあると噂しているようです。」

「心外ねぇ。あんなことがなければ優しくしてあげることにやぶさかじゃないんだけれど。」

「でもその意識が実際の税務処理では如実に働きます。」

「そうかもしれないわね。」

「で、どうしましょう。」

「まだ確定はしていないのよね。」

「はい。今後納入額が増える可能性もあります。特にほかの村では全額納入したと聞けば態度を改める可能性もあります。」

「どうだろう。とりあえず今回は厳しくするという噂を撒いておいて。確定して変わらないようだったら召喚状かしらね。」

「了解いたしました。」

「可能なら村の住民から見た評判とかも手に入れておきたいところだけれど。」

「財務統括ではそういった情報はちょっと…。」

「いいわ。それは別に考えるわ。財務統括では推測で良いから各村の収穫量を算出して、住民の取り分、領主の取り分、が各々何割になるかの表を可能なら作成して私に頂戴。」

「畏まりました。」

「それじゃ下がっていいわよ。」

「失礼いたします。」


マーシャは一礼するとニコルが明けた扉から執務室を出ていった。エリザベートは重厚な机に突っ伏して考え込む。


「お嬢様、はしたのうございます。」


ニコルがたしなめるが、考え事をしているのでエリザベートは気にしない。マーシャが言っていたほとんどの貴族は反乱がおきたときに辺境伯に着くという打算をしている、という言葉が気になる。その言葉の裏にはこの3つの村の男爵は反乱を起こす気でいる、少なくとも反乱が起こったら反乱側に立つという計算をしている、ということになる。それはエリザベートのことを見くびっているということでもあるが、反乱の準備をしており、それがある程度できている状態でもない限りそんな賭けにでる馬鹿はそうそういない。裏返せば大バカ者でなければもう反乱準備ができている。ということである。エリザベートはがばりと身を起こすと引き出しを開けてグレイバルトの地図を机の上に広げる。


ニコルは何も言わずに地図の上に右へ左へと目を走らせるエリザベートを見ていた。


----------------


「小麦が足りない?」


その日もいつものように執務室で灰色樫(グレイオーク)の大執務机に向かって書類を整理していると「よろしいでしょうか」と言ってウイナードが入ってきた。そして小麦が不足して高騰し始めているということを知らせてきた。


「はい。」

「それ以外の食料は大丈夫なの?」

「それ以外は確認した限りでは特に問題はないようです。」

「まず原因を探らないといけないわね。」

「ノルドハーゲンではそういう問題は発生していないようなので、ノルドハーゲンからグレイベルクへの輸送中に問題が発生しているようです。」

「貨物馬車を襲撃する魔物や山賊による襲撃率が上昇しているとか?」

「この季節にはそれなりに出ますのである程度の被害がありますが、それにしては小麦だけの被害が非常に多いのです。」

「というと?」

「食料を商う商人に被害の割合を聞いてみたのですが、小麦を運んでいるときの被害がそれ以外を運んでいるときの被害に比較してとても高いのです。一人だけがそうだというのであれば偶然ということもありますが、問い合わせた商人全員がそういう状況となると何者かの意志を感じざるを得ません。」


そこまで聞くとエリザベートはしばらく黙って考え込んだ。食料不足からくる食品の高騰が与えるダメージは計り知れない。歴史にはさほど詳しくない明日香であったがフランス革命や明治維新の裏に飢饉があったことぐらいは知っている。これは辺境伯領としては見逃せない由々しき事態だ。誰がなぜそのような事態を引き起こそうとしているか考えているうちに数日前にマーシャと行った会話を思い出した。点と点が繋がり、線が図を描き始める。そしてエリザベートは執務机の引き出しから地図を出して机の上に広げる。陰謀の首謀者がだれで、実行者が誰かを考えればだいたいの場所が推測できる。その結果エリザベートは地図の一点を指さす。


「襲撃場所はこの付近じゃない?」

「そういえば判っているのはぜんぶその近くですね。その近くに新たな盗賊団でもできたのでしょうか?」

「あら、盗賊団は小麦なんて狙わないわよ。価値のわりにかさばるし、身代金も取れない。魔物はもちろん積み荷が何かなんて気にしないわ。これは少し厄介かもしれないわね。」

「いかがいたしましょう。」

「城の倉庫からある程度放出するのは別に構わないけれど、少し出した程度じゃ高騰は収まらないかもしれないわね。ま、それが狙いなのでしょうけれど。」

「なるほど城の備蓄を放出させるのが目的ですか。」

「たぶん罠にかければ奪還できるとおもうから価格が下がる程度には多めに放出しても大丈夫かもしれないわね。」


エリザベートはそういうと執務机の上のベルを手に取って振る。すぐに今日の執務室担当メイドのシャルロッテが入ってくる。


「如何いたしました?」

「今日はシャルなのね。丁度いいわ。ベルナルドとリチャードとフレデリカを呼んでくれる?割と急ぎで。」

「畏まりました。」


シャルロッテは優雅に一礼すると執務室を出ていき、しばらくすると三人を連れて執務室へ戻ってきた。リチャードはいつものスーツ姿だが、ベルナルドとフレデリカは訓練でもしていたのか、鎧を着こんでおり額に玉の汗を浮かべている。


「お呼びにより参上いたしました。」

「失礼いたします。緊急とのことで取り急ぎ参りました。」

「お(ひい)様何事でしょうか。」

「気にしないで、とりあえず座ってちょうだい。」


エリザベートはそういうと応接セットの方に移動して座る。ウイナードと新たに到着した3人が応接セットのテーブルを囲むように座る。シャルロッテが全員前に飲み物を配っていく。


「いまウイナードから聞いたのだけれど、グレイス街道の途中で小麦のみの強奪を行っている集団がいるらしいの。目的はおそらくグレイベルク城の備蓄を放出させること。さらにその目的は反乱ね。」

「反乱、ですか。」

「そう。首謀者はおそらくハーゼシュタット子爵。」

「根拠をお聞かせして貰ってもよろしいですか?」


リチャードの問い掛けにエリザベートは手に持った書類を出して皆に見せる。さらにシャルロッテに言って執務机の上の地図を持ってこさせ、応接セットのテーブルの上に広げさせる。


「アイゼンロッホの所のマーシャに作ってもらった資料よ。今年の税収比率を低く抑えている村はクレーテムーア・イービスロシュ・シュトックドルフの3つだけ。また低く抑えている町はハーゼシュタットだけよ。」


エリザベートは書類の該当箇所を指さした後、地図の上に黒い色のチェスの駒を置いていく。その結果地図上に(ルーク)一つと歩兵(ポーン)3つが置かれるが一塊と言って良いほど隣接している。


「この春にそんなことをするなんて私に対して反逆しますと言わんばかりじゃない?そして小麦輸送隊への襲撃があったと目される所はこの付近。」


エリザベートはそういうと地図の上にもう一つ黒の歩兵(ポーン)を置く。


「今言った4つの町村を過ぎて少し行った当たりね。あからさますぎるのがちょっと難点なんだけれど。」

「ふむ。筋は通りますな。」

「速度の出ない輸送馬車であればハーゼシュタット近辺で一泊することは多いでしょう。」


地図の上の街道上に白の歩兵(ポーン)が置かれる。その歩兵(ポーン)は黒の駒に囲まれて身動きが取れないようだ。


「ハーゼシュタット子爵ならその荷物内容を知ることができるのではなくて?」

「確かに。」


「ただ、状況証拠はあるのだけれど明白な証拠と言えるものではないので、今召喚してもしらを切られるとそこで終わりなのよね。そこで証拠固めのために罠を掛けたいの。」

「罠、ですか?」

「そう。グリューストに頼んでノルドハーゲンから小麦をグレイベルクへ輸送してもらう。そしてハーゼシュタットで一泊したのち中身を兵士に入れ替えて襲撃を誘うってできるかしら?」

「お(ひい)様の御要望であれば(グリュースト)も嫌とは言わないでしょう。」

「もし食いついてくれたら逆襲して、一人でも捕虜にできれば証拠になると思うの。食いついてくれなかったら何回かやる必要があるかもしれないけれど。」

「どこで賊に気づかれずに兵を入れ替えるかが重要ですね。」

「ふむ、ここはまだ直轄地でしたな。」


リチャードの危惧にベルナルドが白のナイトを地図上に置く。襲撃予想地点より少し手前で街道からグレイス川を挟んで向こう側にある村。その村にはドラウナーという名前が書いてあった。


「そこね。たしかに使えそう。」


ドラウナーはブライアンの事件で領主不在となったまままだ後任が決められておらず、辺境伯家直轄領になったまま放っておかれている。グレイス川は大河であるリーンやエリンと違いそこまで幅があるわけではなく、ドラウナーの付近に木造の橋が架かっている。ハーゼシュタットや3つの村は街道からみて川の反対側にあるため、川に歩兵(ポーン)を追い詰めた黒の駒を救出する位置に置くことができる。ベルナルドはさらに白の(ルーク)をグレイベルクとノルドハーゲンに置く。


「どうしてそこが襲撃場所だとお判りになりました?」


ウイナードが疑問を呈する。


「襲撃したのがハーゼシュタットの者だとすると、ハーゼシュタットの先で他の町村からある程度離れたところはどこかと考えたの。そこ以外だと他の村に近すぎるし、そこだと両側の森が街道そばまで張り出していて、街道のカーブもあって見晴らしが悪くなるわ。」

「なるほど。地図からそこまで読めるものなのですね。」

「地図で読んだというより、私がグレイベルクへ来たときに、そこらへんの見晴らしが悪かったのを覚えていたの。」

「さすがです。感服いたしました。」

「お世辞は良いわ。それより、これでできそう?」

「ことは秘密裏に運ぶ必要がありますね。口の堅い騎士と兵士を見繕て準備しておきます。」

「私はすぐに馬を駆ってノルドハーゲンへ向かい、手配してきます。」

「実行の方法はベルナルドとフレデリカにお任せするわ。あとこれがあると便利でしょう。」


そういうとエリザベートは執務机に戻ってその引き出しから取り出した台座のついた小さな水晶玉をフレデリカに渡す。


遠話の(テレトーク)水晶(クリスタル)ですか。これがあればノルドハーゲンからベルナルド様と連絡が取れますね。」

「ベルナルドは魔術兵を一人通信用に確保しておいてね。」

「御意。」

「これで全部準備はできるわね。あとは罠にかかるのを待つだけね。」

「はい。吉報をお待ちください。」


そこでエリザベートは白の女王(クリーン)を手に取った。


「ベルナルド、わ…」

「だめです。」

「まだ何も言ってないじゃない。」

「だいたい想像がつきます。こちらで吉報をお待ちください。」

「待ってるだけじゃつまらないわよ。だか…」

「だめです。」

「わかったわよ。それではよろしくね。良い結果を期待しているわ。」


一緒に行きたいという希望を言い出す前に却下されてエリザベートはむくれていた。手に持った白の女王(クイーン)を指先でプラプラと揺らしている。機嫌の悪さを察したのかシャルロッテがいつもよりも少し早く紅茶とケーキを出してくれる。エリザベートは白の女王(クイーン)を地図上のグレイベルクに置くと、ケーキ用の小さなフォークを取りつんつんとケーキをつつく。ケーキの中に埋め込まれたシロップ漬けの杏が穿り出されてくる。


「皆様お嬢様のお体を案じているだけですから、お気を悪くなさらずに。」

「それは判っているわよ。判っているけど…。」

「この冬にあんなことがあったばかりじゃないですか。皆さま本当に心配されていたのですから。」


そう言われるとこの冬に痛めた左肩がこころなしか熱く感じる。雪玉鼠(スノーボール)にぶつけられた左肩は聖術:軽治療(ライトヒール)で痛みを取っただけで放っておいたのが悪かったのか、次の日から赤く腫れて熱を持ち、ひどく痛むようになってしまった。それを見た治療師アーガマが湿布薬を作って貼ってくれ、ザインとゴドフリートに交互に背負われながら魔の峰をおりてくるはめになってしまった。タラスクマスからそのまま馬車でグレイバルトへ運ばれてくる間は高熱を出して寝込んでおり、意識を取り戻したときにはもうグレイバルト城の居室であった。運動不足気味ではあったがそれなりに体力もあり数日の徹夜や遠距離への出張にも耐えることができた明日香と違い、エリザベートの体は割と弱く、肩の怪我が旅の疲れに耐えられなかったのだと思われた。幸いなことにグレイベルク移送後は経過も良く、数日で熱も痛みも取れた。後遺症が出たりすることもなくその後は順調のはずだ。


「仕方ないわね。私も少し体を鍛えた方がいいのかしら?」


そう言ってエリザベートは自分の両腕を見る。白く細い腕に小さな手のひらがついている。指は割と長い方だと思う。


「鍛えると言っても騎士様のようにはいきませんからね。お嬢様はお嬢様の好きなようになさればいいんです。」


好きなこと、か。エリザベートは考えた。王宮にいる間は王宮から出ることはできなかったため、体を動かすと言っても踊りの稽古くらいのものだ。そういえば王都を発ってから踊ってすらいないことに気が付いた。きっとあちらこちら鈍っているに違いない。後でライザを呼んで踊りの稽古をつけてもらわなければ。フレデリカに剣を習いたいとも思うが、それはこの件が終わってからでないと難しいだろう。エリザベートはシャルロッテに「ありがとう。」というとケーキを口に入れて紅茶で流し込んだ。


---------------


次の日、執務終了後ライザに頼んで踊りの練習を再開することにした。しばらく踊っていないので体が硬いのが自分でもわかる。


「お嬢様、最初はゆっくりと体を戻していきましょう。」


ライザの言葉は優しいが口調は決してやさしくない。むしろ厳しいと言ってもいい。その言葉に従いライザの手拍子に合わせてゆっくりとした動作で体を動かしていく。つま先や指先にも神経を集中する。愛しい人につま先で迫るように、愛する人に指先で語りかけるように。しばらく練習を続けているとベルナルドが舞踏室(ボールルーム)に入ってきた。


「ライザ、いったん休憩ね。ベルナルド、どうしたの?」


ライザからタオルを受け取り、汗を拭きとりながら聞く。ダンスというものは本番ではなめらかに動いて汗をできるだけかかないのが理想であるが、訓練中は汗だくになることも珍しくない。


「失礼いたします。フレデリカよりノルドハーゲンに着いたという報告がありました。明日には始められるそうです。」

「それは良かったわ。」

「なのですが、その際にノルドハーゲンに巫女伯領(アヴァタリア)学塔伯領(パルナス)の使者が到着しているという連絡がありました。」

「あら、タイミング悪いわねぇ。」

「ええ。この件が終わるまでノルドハーゲンでしばらく待ってもらうよう手配しています。」

「それしかないわね。、気を悪くしなければいいんだけれど。」

「グリューストならうまくできるでしょう。」

「運悪く戦闘に巻き込まれでもしたら外交問題になりかねないし、しょうがないわね。」

「早ければ明後日には襲撃があるはずです。」

「期待しているわ。」

「吉報をお待ちください。それでは失礼いたします。」


ベルナルドは連絡したいことだけを告げると退室していった。エリザベートははふっという感じでため息を一つつくと天井を見上げる。

上手くいかないときは何もかもがうまくいかないものだな、と嘆きながら。


「それでは続きを始めましょう。」


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