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第3キャラの領地経営  作者: 寿 佳実
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第12章 - 会談

この世界(ゲオルグ)の「魔族(デアボリク)」という言葉には異なった二つの意味が存在する。一つは悪魔や夢魔・巨人など人型の魔物を指す言葉である。その姿形は人型という点を除けば実にさまざまで、手の数・足の数・羽の有無・角の有無なども異なるものがあり、共通点を見出すことは不可能と思われる。もう一つの意味は魔の峰の向こう側に住む人々を指す言葉である。彼らは確かにゲオルグ王国に住む人間とは肌の色が違い、赤い肌・黒い肌・青白い肌などを持つ。また光妖精(エルフ)のように長くとがった耳を持っており、これを理由に彼らを闇妖精(ドロウ)の末裔と見做す者もいる。またその頭にオーガのような角が生えている点も特徴だ。しかし2本の手を持ち、2本の脚で歩き、その顔の造作を見ても人間とそう変わることはない。彼らはゲオルグ人よりも魔法に対する造詣が深いと言われているが、その知力・体力・魔力、いずれもそれほど大きな差異があるわけではない。彼らを魔物と見做し恐れる者もいないではないが、実際に付き合ってみると彼らも人であると感じざるを得ない。ただ彼らが自分たちを指して言う言葉、デアボリカという自称がゲオルグでは最初の意味での魔族―人型の魔物―を意味する言葉であったことが事態を複雑にしてしまっただけではないかという気もする。いずれにしろ彼らの自称に由来して、ゲオルグでは彼らの国は魔王国ライヒス・デアボリカエと呼ばれている。そして彼らの王(彼ら自身は彼らの王をツァーリと呼ぶ)は魔物の上に立つわけでもないのに魔王デアボリケーニッヒと呼ばれている。


究極世界オンライン(UUO)ではある手順を踏むことで魔族のキャラクターを作成することができた。その場合見た目以外に魔力の成長が良い、知力に+1修正、頑強に-1修正が入る、ゲーム開始時点の所属が魔王国となり、開始地点が魔王国首都ニムグラードになる、などの差異があった。ただその差異はさほど大きなものではなく、使用者の好みで選んでも良いという程度の扱いとなっていた。12年前に発生した「英雄たちの消失」の際、少なくない数の魔族の英雄たちも消失したのではないかと推測される。


----------------


扉を開けて案内されたのはそこそこ広い部屋だった。机や椅子が用意されており、会議室として使えそうである。扉の反対側には長椅子(オットマン)もあり、休憩することもできそうだ。


「1時間ほどで魔王様の準備ができます。それまでここでおくつろぎください。準備ができ次第、ご案内いたします。」


そう言って魔族の騎士は下がっていった。

部屋の内装を見ると立派な家具はいずれも最近設置されたものと見え、古びたところは見られない。部屋に入るまでの通路が古臭く、カビが生えたような色をしていたことと比較すると、この会談のために部屋の清掃をして家具を運び込んだようだ。魔王家がこの会談にかける意気込みが見えるようだ。


「1時間で来れるってことは魔王国の都は出口からすぐのところにあるんでしょうか。」

「いえ、結構距離があると聞いてますよ。転移魔法か、時空門(ゲート)魔法で移動しているのでしょう。」

「高レベル無属性魔法の使い手がいるのねぇ。」

「アーデルハイドさんは使えるんですか?」

「いえ、私は属性魔法メインだからたぶん無理ね。」

「あれ?人形遣い(パペッティア)って無属性って言ってなかったか?」

「メインってだけで使えない訳じゃないわよぉ。無属性は5までだけど、火なら8、風なら7まで使えるわ。人形遣い(パペッティア)は無属性レベル5の魔法ね。」

「すごいんですね。」

「俺たちをまきこんで爆発させるポンコツだけどな。」

「あらぁん、ひどい言われよう。」

「事実だからしょうがない。」


休憩しながらの雑談に花を咲かせているとまもなく、魔族の騎士が再度入ってきて会談の準備が整ったことを伝えに来た。


----------------


会談のための部屋に入ると、魔王家側はすでに着席していた。その中央に座っているのは金色に飾り立てた大きな羊の角ような丸まった角を栗色の豊かな髪の両側にまるで飾りであるかのように雪のように白い肌の女性であった。その身につけたクリーム色のドレスは所々に金糸の刺繍が施されており、その際区の細かさがその地位の高さを表していた。一見会談の場にふさわしくないことに、その女性はその豊かな胸に小さな子供を抱いていた。その子が着ている子供服は深紅の生地で作られ、金糸銀糸の装飾が華やかに飾り立てていた。その子供の頭の両側にもその女性のような大きくまるまった角が生えているのが見えたが、その角にもいくつもの飾りが取り付けられていた。その子の肌は女性とは違い赤くかった。その二人からは周りに立つ魔族たちを圧倒するほどの魔力が感じられた。しかもその胸に抱かれた子供の方が抱いている女性よりも大きな力を持っていた。


「グレイバルト辺境伯、エリザベートです。本日は会談をご承諾いただき、ありがとうございます。」

「Серый Baltic Маргрэйв, является Элизабет. Сегодня у нас есть вы согласны переговоры, спасибо.」


エリザベートの挨拶をカサンドラが魔族語に翻訳して伝える。


「Мать Царя Дьявольский, является Варвара. И этот ребенок Иван Царь.」

「デアボリクのツァーリの母、ヴァルヴァラです。そしてこの子がツァーリのイヴァンです。」


中央に座った女性が魔族語で何かを言い、それを横に座った魔族の男がゲオルグ語に翻訳して話す。このような席ではたとえ相手の言葉を話すことができたとしても自国語で話し、翻訳者が翻訳するのが礼儀となっている。


「まだ幼いながらも素晴らしい力を秘めたお方とお見受けしました。グレイバルトの新たな主が英明な方であると聞いて、両国のためにとても有り難いことと思います。」

「過分な評価、恐れ入ります。英明なる先のツァーリを失ったそのご心痛、心よりお悔やみ申し上げます。新たなツァーリへの継承が滞りなく行われ、その未来が大きく羽ばたくことを期待しております。」

「先のツァーリはとても義理堅い方でした。」

「主不在のグレイバルトに対し、先の協定を守り続けていただき、感謝の念に堪えません。」

「その感謝に甘えさせていただいてよろしいのかしら?」

「両国の安寧と発展に寄与するものであれば、努力を惜しむ者ではありません。」

「先の協定を継承し、発展した新たな協定を結ぶことは両国の安寧と発展に大きく寄与するものであると信じております。」

「先の協定が両国の安寧と発展に寄与したことは言うまでもないと考えております。その無駄を削り、より効果ある項目を盛り込んだ協定を結ぶことができれば、と考えております。」

「まことに、そうなればよいですね。」


笑顔で語り合うエリザベートとヴァルヴァラ。しかしその間には見えない戦いの火花が飛び交っているように感じられた。おそらく言葉の裏を読みあい、言質を取られないように、相手の言質を引き出すように言葉を選んで話し合いをしているのだろう。ゴドフリートと「冠鷲」のメンバーは単なる護衛で外交戦の当事者でないことに安堵し、当事者であるエリザベートとカサンドラの胆力と気力に畏れ入った。しかし彼らとて熟練の冒険者であり、それを顔色に出すような若輩者ではなかった。


「現状、相互が侵入軍を送り込むことは想定する必要はないと考えておりますが、指示に従わない一部の勢力が侵入を行った場合、それを排除することに問題はない、そして排除したことにより相互の信頼を毀損するものではない、という意見に同意していただけますでしょうか。とくにこれから商人や学者の相互交流を認めた場合、それらに偽装して侵入するであろう犯罪者や武装勢力などに対処する必要が出ないとも限りません。」

「もっともなご心配と考えております。勿論のこと、交流に参加する商人や学者には十分な確認をいれてから通行証を発行することになると思いますが、そういった者に紛れていた犯罪者や武装勢力に対し、対処し、結果を通知し、必要に応じて引き渡しを行えるよう明文化する必要がありますね。」

「ご賢察、恐れ入ります。文言としては何種類かの原案を作成しておりますが、御意見をお聞かせいただければと。」


協定を延長することはもはや自明だと言わんばかりに内容の詳細に移り行く会談。時間が限られた中でできることをやってしまおうという熱意が双方に感じられた。


「大使を派遣することに問題はないと考えられますが、その存在を公開しない、いわゆる秘密大使とする、という約束を交わす必要はない、とお考えですか?」

「現時点で大使の存在を隠匿することは相互の国にとって重要な事項とは思いますが、今後の状況によってはそれを公開することが可能な状況になりうる、と考えております。」

「その場合、もちろん了承を得たうえでとなりますが、その存在を公開し交流を顕在化させることを想定したうえで、文書上は記載せず、口頭のみでの約束としてよい、というお考えなのですね。」

「双方の状況が流動的であるろうことを想定すると、その方が良いとみております。」

「了解いたしました。その方針で、今後の指針といたしたいと思います。」


時間が過ぎるにつき、大枠から始まって協定にどのような事項を記載するかといった細々した点までが決定されていく。その内容は細かく議事録に記載されている。技術交流の進め方について、商品流通に関する取り決めについて、課税に関する約定について、相互が発行した身分証明書の尊重について、などなど。


「それでは、ここまでで決まった点を文書として、相互に調印する、ということでよろしいでしょうか。」

「はい。有意義な協定になったと満足しております。」

「残った事務的な手続きにつきましては先ほど約束した一月以内に互いに送りあうと決めた全権大使が行えばいいでしょう。」

「はい。それでは調印の手続きを。」


その声と共に両者にペンとインクが用意され、決まった事項が書かれた文書にサインする。この世界に来たばかりの時はサインのやり方じたいがぎこちなくてうまくいかなかったものだが、あれからいろいろな事務処理を行っているうちに慣れてしまった。サインの後ろに封蝋を垂らして印璽となっている指輪を押し付ける。そのご書類を好感して同じことを行い、双方が正式に署名封印された文書を2通―自国語と相手国語で記載されたもの―を得たことになる。


全てが終了したころには双方疲れの色が濃い。そこへ一人の魔族の騎士が新たに部屋に入ってきて、魔族語で魔族騎士の一人になにか話しかけている。おそらく火急の要件で何かしらの連絡が入ったようだ。魔族の一行の顔に緊張が走るのが傍からも見て取れる。


「失礼いたします。本国にて急な用事が発生してしまいました。本来であればここで調印を祝う宴を開く予定であり、その準備も行っておりましたが、すぐに戻らなければなりません。」

「お気になさらずに。宴はあくまで付随事項にすぎません。お国の用事を優先してください。」

「感謝いたします。料理人や下働きの者は残しておきますので、自由にお使いください。」


そう言って魔王家の一行、魔族騎士達は出てゆき、どこか不安そうな魔族の使用人達だけが残された。その中の一人が魔族語でなにか話しかけてくる。


「料理を持ってきても良いか聞いています。」


カサンドラがそれを聞いてどうするか聞いてくる。


「私たちも食事をせずに帰る、というのは失礼かしら?」

「失礼ではないと思いますが、せっかく用意したので、食事だけでもしていってください、と言っています。」

「それでは食事だけごちそうになって、隣の部屋で一泊し、帰りましょうか。」


そうしてテーブルの上に料理が運ばれてきた。魔王国は辺境伯とはまた異なった文化圏ではあるが、その料理はおいしく、満足のいくものであった。気になったのはその料理に使われているスパイスとフルーツであった。それはゲオルグ人の知識からすると単に未知の異国の産物でしかないと思われたが、日本人の知識からしてみると南国でしか取れないナツメグや胡椒、パイナップルやバナナに似たものであった。魔王国の緯度はゲオルグ国とさほど変わらず、これらが取れる地域は支配していない筈である。似たようなものはゲオルグでも手に入らないわけではないが、南方からの輸入品ということでめちゃくちゃ高くなる。


「おいしかったわ。魔族国の方に『珍奇な南方の物品をふんだんに使用した食事をどうもありがとう』とお礼を言っておいてね。」

「かしこまりました。」


カサンドラは神妙な顔で魔族の料理人に礼を言う。それに付け加えて何か質問しているようである。


「礼を伝えました。また南方物品の輸入について多少の情報を入手しましたので、魔王国経由で南方物品の輸入ルート構築を試みてみます。」


さすが才女だけあって言いたいことをくみ取ってくれたようである。


「よろしく。それでは引き上げましょう。」


悠然と立ち去る。といっても隣の部屋へいくだけである。


----------------


その日は回廊内の一室でキャンプすることにし、帰路は翌日からということにした。屋内なので外の様子は判らないが、時間的にはもう夜の9時を回っている頃のはずであり、今から外に出ても冬の夜の闇に迷い込むことになる。


「カサンドラ、あれで良かったの?すこし譲歩しすぎじゃない?」


エリザベートは寝る前に疑問点をカサンドラにぶつけておくことにした。


「いえ、あれでいいんです。今回は恩を売っておく必要があります。」

「それで事前情報で得た向こうの希望をほぼそのままこちらから提案する形で伝えたのね。」

「はい、お嬢様がグレイバルトに来られる前、辺境伯様不在の辺境伯領に対して不戦協定が守られなかったら大きな痛手を被っていたでしょう?」

「リチャード以下騎士達が頑張ってくれたのではなくて。」

「いえ、絶対命令権を持った指揮官の不在の影響は絶大です。頑張りにも限度がでます。」

「かもしれないわね。」

「そこで協定を守って攻めなかったというのが外交上魔王家の手札(カード)になっています。このままではそれを根拠に無理難題を言ってくる可能性がありました。ただ今は向こうが継承のごたごたで内戦一歩手前の状態になっています。だからこそここで恩を売って、向こうの手札(カード)を相殺し、こちらの手札(カード)を増やしておくことが必要なのです。」

「魔王家が弱っている今だからこそ、それを助けたということが後々切り札(トランプ)になる、ということね。

「たぶんいらないとは思うけれど、資金供与や武器防具の提供なども準備だけはしておきます。」

「そこまでする必要があるの?」

「対グレイバルト強硬派などが台頭する可能性を考えると、魔王家に安定してもらうのが一番です。」

「それで先手を打っておいたということね。」

「ええ、お嬢様が提案した時の魔王太后(ヴァルヴァラ)様のするどい目つきをご覧になりました?」

「えぇ、いまにも人を殺しそうな目をしていたわね。でも動揺を一瞬で隠して話を乗せてくるあたり、さすがよね。」

「あの魔王太后(ヴァルヴァラ)様がいらっしゃるかぎり、内戦になってもさほどかからずに安定させるでしょう。」

「内戦になるかしら?」

「あの方であれば故意に起こす可能性が高いと推測します。不満分子をまとめて排除するいい機会ですから。」

「将来に禍根を残しておくよりいま暴発させて粛清する、ということね。」

「おそらくそうなるかと。」

「安定したら技術交流と商品流通の開始ね。」

「学者たちや商人達に少しずつ噂を流しておきます。」

「お願いね。」


エリザベートとカサンドラの反省会が終わる。それを聞いていた面々の反応も様々だ。


ゴドフリートは政治にも造詣があるのか、何も言わないが納得したような顔をしている。魔王家の状況も知っていたのかもしれない。魔王国の冒険者ギルドとグレイベルクの冒険者ギルドには秘密裏に交流があるという噂も本当のことかもしれない。フレデリカは何がどうなのか良く判っていないようだが、判っていないことをそれほど気にしていない様子である。これが判っていて判っていないふりをしているだけならたいした役者であるが、たぶん本当にわかっていない。ただ政治、とくに外交はエリザベートとカサンドラに任せておけば大丈夫と考えている節がある。ザインとアーデルハイドとラルフは今は驚きを隠していない。普段触れることのない世界を垣間見たことに興味津々で聞き入っている。魔王家の現状なども初耳であったことは間違いないだろう。アーガマは無口で無表情なため、その考えていることを推し量ることは難しい。


「グレイベルクでは何か起こっている?」


エリザベートがカサンドラに聞く。カサンドラは荷物から小ぶりな水晶玉のようなものを出して机に置き、それに両手を添えてしばらく集中した後、なにかぶつぶつとつぶやき、その後エリザベートに向き直る。


「『渡り』が始まった、とのことです。移動予定ルートプランBで制御を実施中。今のところ負傷者が数名出た程度で何とか制御できている、とのことです。」

「それで騎士が動員できなかったのですね。」


カサンドラの報告にザインが口をはさむ。カサンドラが出した水晶玉のようなものは「遠話の(テレトーク)水晶(クリスタル)」といい、あらかじめ関連付けた魔法使いと遠話(テレトーク)という魔法で会話することを補助する機能がある魔法の小物(マジックアイテム)である。遠話(テレトーク)はそれを使える魔法使い二人が遠く離れていても会話できるという魔法だが、この水晶(クリスタル)を使うとそれを持っている人が魔法使いでなくても会話できる。エリザベートがグレイベルクの宝物庫から最近見つけ出した先代辺境伯(アレキサンダー)の遺品である。ただUUO(ゲーム)時代にはそのようなアイテムがあった記憶はない。説明書きの書いてある箱に入っていなければそれが何か判らないまま放っておかれた可能性が高い。


ここで言う「渡り」とは冬の灰色森(グレイバルト)の名物である大爪熊(カラビョルン)という冬のみに見られる魔獣が集団で移動する現象を指す。この魔獣は地球の白熊に似ているが、身長がほぼ倍、体重がほぼ8倍あり、前足の指に鎌のような長い爪を持つことで知られている。この冬にはグレイベルクの南東に大爪熊(カラビョルン)の集団が発見されており、今までの記録からするとこの場所に発生した集団の「渡り」先はグレイベルク南西にある3つの洞窟のいずれかの可能性が高いと見られている。移動ルートによってはグレイベルクの南門付近やその南側の街に被害が出る可能性があった。ただこの大爪熊(カラビョルン)は戦闘力は高いが、移動中に障害物を見つけると可能であればよけて通る性質をもっており、木で作った柵や騎士が盾を並べて整列したものを見ると迂回してその横を通ろうとする。これによりある程度は移動ルートを制御することができる。ただその外縁部は気の立った複数の大爪熊(カラビョルン)に同時に襲撃される可能性があり、移動ルートの制御は命がけの作業となる。このため「渡り」を監視し、その移動制御を行うにはグレイベルクの騎士団の騎士・兵士をほぼ全員動員して行う必要がある。会見の予定が建てられたころに「渡り」の兆候が見られたということで今回の会見に騎士団の騎士たちを伴うことができなかったのだ。


「それ以外には?」

「特になし。騎士団以外は平穏無事、とのことです。」

「判ったわ。今日はこれで終わりにしましょう。」


エリザベートはカサンドラの報告を聞くと大きなあくびをする。気力・体力ともに限界なのだ。護衛の5人が寝ずの番の順番を決めている声を聞きながら、夢の世界へと旅立っていく。

アーデルハイドはカサンドラが持っていた遠話の(テレトーク)水晶(クリスタル)に興味津々の様子であったが、エリザベートもカサンドラもすぐに寝袋に入ってしまい、詳しく効くタイミングを失っていた。しかも寝ずの番で一番を引き当て、しばらく寝るわけにいかなくなってぶつぶつ言いながら暖炉に灯した火をつついていた。


----------------


エリザベートが朝起きて最初に目にしたのは部屋の暖炉に灯した火で作った料理を食べながらカサンドラにあれこれ質問しているアーデルハイドであった。


「おはよう。何の話をしているの?」

「お早うございます。お嬢様。アーデルハイドさんが昨日の水晶(クリスタル)について教えてほしいと。」

「お嬢ちゃん、おはようさん。ご飯できているわよ。」

「ありがとう。いただきます。」


暖炉の上に乗せた鍋から器に具沢山のシチューをよそいながら、二人の会話を聞いている。


「ですから私もあまり詳しいことは知らないのです。こちらから話しかけることはできずに、意識を集中すれば相手に伝わるだけで、あとはあいてが魔法を使ってくれれば普通に会話できるだけですから。」

「使った感じはどうなの?」

「普通に頭の中に会話が浮かぶ感じで、特別なことはありませんよ。」

「あまりカサンドラさんに迷惑をかけるんじゃないぞ?」


アーデルハイドの普段の落ち着いた雰囲気とは違うのめり方にザインが割り込む。彼から見ても今日のアーデルハイドはちょっと変だ。


「ごめんなさい、あと少し、あと少しなの。」

「そのマジックアイテムは会話相手として普通に遠話(テレトーク)を使える魔法使いがいないと使えないから、魔法を使えるアーデルハイドさんにはあまり意味がないんじゃないの?」

「いや、アーデルハイドは遠話(テレトーク)をまだ使えないんだ。その感覚をつかむことができれば、魔法使いとしてレベルアップできそうだと思っているみたいなんだ。」


アーデルハイドの焦りをザインがエリザベートに説明してくれる。


「判ったわ。城に戻ったら遠話(テレトーク)を使える魔術兵を紹介してあげるから、彼にコツを教わると良いわ。」

「魔術兵?」

「うん。騎士じゃない兵隊さんの中で魔法の才能がある人に魔術兵として主に騎士団の補助を行ってもらっているの。昨夜カサンドラと会話していたのもその人よ。」

「ありがとう。エリザベート様ぁ。」

「こんなときだけ様付して。」


アーデルハイドがエリザベートに抱き着き、頭をなでている。身長は似たようなものだが、母が娘を、あるいは年の離れた姉が妹を可愛がっているようにしかみえず、残りのメンバーはほのぼのとしているが、抱き着かれているエリザベートはちょっと複雑な感じだった。


----------------


「回廊」を出ると雪が舞っていた。雪のせいか音がなく、靴が新雪を踏みしめるサクサクという音だけが聞こえる。用事が済んで後は帰るだけ、という気楽さで気が緩んでいたことは確かだった。


バシュッという音とともに視界が真っ白に染まる。それと同時に左肩に焼けつくような痛みを感じる。


「敵襲!エリザベート様を守れ!」


フレデリカが叫びながら倒れたエリザベートの上に覆いかぶさるように盾を構える。その横ではアーガマが私が痛そうにさすっている左肩を診る。ザインとゴドフリートが襲撃者を探す。


「打ち身だけだ。今は痛いだろうがじきに引く。あざになるようなら湿布をする必要があるが、たぶん大丈夫だろう。」


アーガマはそれだけ言うと雪の上から何かをつまみ上げる。一見雪玉のように見えたそれのまわりからぱらぱらと固くなった雪が落ちると、中から綿菓子のようにふわふわな毛皮が現れる。気絶でもしているのか微動だにしない。しばらくすると気が付いたのか真っ白な毛の中から黒くて細い手足を出してぷるぷると暴れだす。エリザベートは肩の痛みに耐えながら、飼いたいぐらい可愛い、と思った。アーガマはエリザベートの思惑を知ってか知らずか、テニスのトスのように空中へ放り上げる。するとその生き物はバビューンという感じの音を出して何処へかと飛び去っていく。


雪玉鼠(スノーボール)だ。臆病な生き物で雪玉になって隠れているが、何かに驚くとああやって飛んでいく。雪玉は堅くなっていることがあるので、飛行中にぶつかると怪我をしかねない。」


エリザベートは右手で肩をさすりながら痛む左手で左前方を指さす。


「あっちから飛んできたわ。」

「林の中からか。」

「何かが待ち伏せている可能性があるな。」


エリザベートは右手で左肩をさすりながら魔法を唱える。


「癒しの神よ、その慈悲を持ちて我が痛みを取り去り給え、聖術:軽治療(ライトヒール)。」


聖術の効果で痛みが引き、気分が楽になる。


[それじゃ、行きましょう。」

「大丈夫ですか。」

「しばらくは警戒していくぞ。」


一行はゆっくりしたスピードで警戒しながら進む。林を囲むようにゆっくりとカーブしつつ雪を踏みしめていくと雪上が真っ赤に染まっていた。


「ここで誰かが何かの魔物に遭遇したようだな。」

雪玉鼠(スノーボール)が飛んできた方角に一致しますね。」

「私たちを襲撃しようとしていた魔族なのかな?」

「何かを引きずったあとがあります。魔物を撃退して助かった仲間が倒れた仲間を引きずっていったか、それとも魔物が仕留めた獲物を引きずったか。」

「詳細はこれだけでは判らんな。」

「私たちも警戒を怠らずに進みましょう。」


ゆっくりと歩を進める。靴が乾いた雪の上でサクサクと音をたてる。だれも無言のままキャンプ予定地へと到着した。


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