第11章 - 回廊
夢の中で神様が私の前に立っていた。感じられるのは光だけだがそこにいるのは判った。
「無茶をしますねぇ。」
あいかわらずフランクに話しかけてくれる。本当の夢ならもっと美化されて厳かになってたりするだろうからきっとこれは本物の神さまからの交信に違いない。
「ひどい言われようですが、あたりです。」
あたったようだ。ところで無茶って何のことだろう。
「ネルケの壺のことです。よく破壊できましたね。一つ間違うとすべての力を吸い込まれてもおかしくなかったのに。」
え、あ、あの神器のことですか。
「そう。あそこにあったのは無から力を吐き出すエスネルケの壺と力を無に帰すネルケの壺です。」
でも力は無に消えずに邪なる力になってました。
「誰かがネルケの壺に細工をして、無に向かって流れる力の一部が漏れるようにしたようですね。しかもたまたま邪なる力になっている個所を。」
聖なる力を充填したら壊れちゃいました。
「邪なる力の流れる場所に聖なる力がぶつかって傷口を広げる方向に作用したようですね。それに耐えられずにパリンと。」
じゃあ今はエスネルケの壺だけになって力を放出し放題になってしまってるのね。
「そうです。貴女の中に眠る力同様存在するだけで危険な状態です。」
なんとかなりませんか?
「貴女に2つアイテムを渡しますからあの場所に設置してください。一つは小の壺。ネルケの壺のようなものですが、完全に力を消滅させることができず、力を小さくするだけです。これでエスネルケの壺から出る力をある程度抑え込んでくれるでしょう。ネルケの壺をもう一つ作るのはすぐには無理だそうなので。」
クラインの壺かぁ、次元を畳み込んで裏表を消滅させるオブジェクトは力を無に帰すアイテムの名前としては上出来だろう。理系ジョークかな?
「製作者・命名者は私ではありません。」
それでもう一つは?
「私の像です。」
へ?
「像の中に純粋な力を聖なる力、それも穏やかな力にする機構を組み込んであります。」
自意識過剰?
「神様ですから。」
ま、変な物から聖なる力が噴出するより神像から噴出する方がそれらしいっていえばそれらしいか。
「そういうことです。」
なんかいいように使われている気がする。
「気のせいです。」
そーですか。
「2つのアイテムは封印した状態でお渡しします。封印の解き方は判るようにしておきます。それではお願いしますね。」
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エリザベートの寝起きは最悪だった。寝袋の上に寝かされて上から毛布が掛けられていたがこの季節には寒すぎる。体が冷え切ってカチカチに固まっている気がする。変な夢を見たなぁと枕元を見るといかにもクリスマスプレゼント!と言わんばかりの赤と緑に彩られた箱が真っ赤なリボンで結ばれて、2つ置いてある。
「これは何の嫌がらせ?」
そう独り言が口を出る。
「お嬢様、お目覚めですか。」
カサンドラがそう言いながらテントに入ってくる。
「朝食の準備ができていますよ。食べ終わったらすぐにでも出かけられるそうですが、お加減は如何ですか?」
「ありがとう。うん、大丈夫だと思う。」
「無理はなさらないでくださいね。」
カサンドラの後をついてテントを出ると焚き火の前に皆が集まって食事をとっている。
「お早うございます。具合はいかがですか?」
「ありがとう。たぶん大丈夫。」
アーデルハイドが煮物を椀によそいながら声を掛けてくれる。
「そういえば夜中にお嬢ちゃんのテントにすごい力を感じたけれど、何かあった?」
「うん。神様が来てた。」
「はい?」
アーデルハイド以外の全員がびっくりして大声を上げる。ザインに至っては持っていた椀から煮物が全部落ちてしまった。空になった椀を悲しそうに見ながら再度煮物を取りに行く。
「昨日壊した神器はそのままじゃ危険だから、なんとかしてくれって。そのための道具を置いて行った。」
誰も何も言わない。現在置かれている状況を理解しきれていないようだ。
「あそこには二個一対の神器があって、一つは無から力を引き出して、もう一つは力を無に返していたの。無に返す神器がおかしくなって邪な力が漏れるようになっていたそうなの。その力を無に返す神器を壊しちゃったから、このままだと力が溢れかえってあぶないんだって。だから新たな神器を置いてほしいそうよ。」
「もう、何でもありだな。」
「というわけで、食事が終わったら出立前にあの部屋まで行きたいのだけれど、良いわよね。」
「神様からのお願いじゃやらない訳にはいかないな。」
「いいわよぉ。」
エリザベートが食事を終えるのを待って、一行は再度五三穴へ入っていた。大広間へ入ると昨日の戦闘のあとがあちらこちらに残っているが、聖なる力に満たされているせいか、さほど不快さは感じない。ただ広間の一番奥、ゴブリン巫術師がいた部屋のあたりには聖でも魔でもない純粋なる力があふれ出している。
「わ、なにこれ、かわいい。」
カサンドラが大広間の奥で舞い踊る小妖精達を見て驚く。
「幻想よ。力が行き場を失って作り出しているようねぇ。」
アーデルハイドが解説する。
私は神様からもらったプレゼント箱二つを持ってそこへ近づいていく。箱は何が入っているのか思った以上に軽い。よく見ると箱の上面には①②と書いてある。きっと開く順番だろう。純粋な力が吹き付けると気持ち悪くなるため、周りの力を聖なる力へ変換し不快さを取り除きながら奥の部屋へと入っていく。昨日は気づかなかったが一番奥に大きな壺のようなものが置いてあり、そこから強烈な力が湧き出している。これが「エスネルケの壺」なのだろう。その横に①の箱を置く。
「少し離れていて。」
エリザベートは皆が広間に戻ったのを確認して①の箱のリボンを引っ張る。
パーン
軽いけれども力強いおとがして箱が消滅し、紙吹雪が舞う。
「悪趣味な趣向ね。誰の趣味かしら。」
独り言が口をつく。紙吹雪が落ち着くとエスネルケの壺の横によく似た意匠の小ぶりな壺が現れている。これがたぶん「小の壺」なのだろう。エスネルケの壺から湧き出す力がクラインの壺へ入っていっていることを感じ取った私は②の箱をその前に置く
パーン
リボンを引っ張ると再度軽く力強い音がして紙吹雪が舞う。
「そういえばクリスマスって冬至の祭りの変形だって誰かが言ってたわね。帰ったら冬至がいつか確認してその日に祭りをしましょうか。」
紙吹雪がおさまるとエスネルケの壺とクラインの壺をあったところに神像が現れている。その足元に初めからそういう意匠であったかのように二つの壺、力を生み出すエスネルケの壺と力を小さく抑えるクラインの壺が配置され、初めから像の一部であったかのように自然に一体化している。エリザベートは神を光、としか認識していなかったが、像としてある以上目に見える顔と体つきが嫌でも目に入ってくる。
「本人の顔は見えなかったけど、こういう顔なのかな?」
神像の顔をしげしげと見てみる。どことなくアレクサンダーに似ているような気がする。誰も神の姿を見た者はいないので、アレキサンダーを見た人がそれをモデルとしてこの像を作ったのかもしれない。
「入って良いわよ。」
私が声を掛けると皆が部屋に入ってきた。
「あとで職人を呼んでここを神殿として飾り付けないとね。」
「ほーぅ、小さな箱でしたのにこんな大きな神像が入っていたとは。神の御業はすごいですな。」
「ゴブリンの死体が気に食わないわね。」
エリザベートはそういうと自分の中で聖なる力を練り始める。
「神よ、その大いなる力持ちて不浄を払い清浄をもたらしたまえ、聖術:浄化。」
神像からあふれ出る聖なる力と私の中から放たれる聖なる力が絡み合って五三穴の洞窟の隅から隅まで行き渡り、ゴブリンの死体や汚物など不浄な物を消滅させ、汚れを消していく。後に残るのは古び、苔むし、ひび割れ、欠け落ちてこそいるものの荘厳な雰囲気を漂わせた古き神殿そのものである。この神殿の清浄な雰囲気からか魔物たちが近寄らなくなり、付近の洞窟を探検する冒険者の基地として使用されるようになり、噂が立って聖地として巡礼が訪れるようになるのはまだまだ先の話である。
「これでよしっと。」
「お、お姫様、今のは…。」
「初歩の聖術よ。私は簡単な術しか使えないから。」
「しかし信じられない威力と範囲ですな。小さな洞窟とはいえダンジョン全体を浄化とは。」
「神像の前で神器の力を借りて使ったんだから自慢にはならないわ。」
「それにしてもすごすぎです。」
「さぁ、いきましょう。」
驚きあきれる一行を気にせずに私は目的地へ向かって歩き出した。
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「はー、疲れた。」
「お疲れ様でした。」
朝早くに五三穴を出て昼前には回廊に着いたが、体力のない私はもう疲れ切っていた。
「回復途上ですので、無理せずに。」
疲労回復の効果もある水薬をエリザベートに渡しながらアーガマが言う。
水薬を飲んで不味さに顔をしかめているエリザベートが気にしている様子はない。
カサンドラがアーガマに今の水薬の価格を聞いてメモしている。報酬に上乗せして支払うのに必要だからだろう。
回廊の入り口は崖下に開いた一見天然の洞窟である。しかし中に入り少し進むとすぐに行き止まりになり、そこに巨大な緑石でできた扉が現れる。その扉の両側には魔法と思われる照明がついており、扉を闇の中に浮かび上がらせている。
アーデルハイドと私が灯す魔法の光で足元を照らしながら進むと扉の前で足を止める。
「儂はここまでしか来たことがありません。扉の開け方が判らなかったのでここで引き返しました。」
「開け方は私が知ってるわ。」
ゴドフリートの説明にエリザベートが答える。
「入る前に伝えておくわ。これは辺境伯としての命令よ。破ったら追放だと思って。」
全員が神妙な顔でエリザベートの問いかけに頷く。
「中に入ると魔族がいますが、基本敵ではありません。向こうが攻撃してくるまで一切攻撃してはいけません。
私からはぐれないでください。はぐれた場合魔物から攻撃されてもこちらは反撃してはいけません。
ここから先は戦闘の場ではなくて交渉の場です。交渉は私とカサンドラが行います。一切の口出しは無用です。」
「どういうことです?」
事情を知らない冠鷲の4人が不思議そうな顔をしている。
「カサンドラ、お願い。」
「はい。では私から説明します。
「ここ『回廊』は魔の峰を挟んだ2つの国、グレイバルト辺境伯領と魔族の国デアボルヘイムを繋ぐ回廊となっており、こちら側は辺境伯家が、向こう側は魔王家が管理しています。現在は辺境伯家と魔王家の外交のために使用され、一般人の使用は禁止されています。
「実は12年前、辺境伯家と魔王家の間に不戦協定が結ばれました。星が一巡りする間、すなわち12年間、相手を攻めない、という協定です。幸い協定は守られました。ここのところ魔族の大規模襲撃がなかったのはそういう事だったのです。
「今回それを更新してもう12年間の不戦協定を結ぼうとしています。
「『回廊』のこちら側の入り口の開閉方法は辺境伯家以外の者が知らないよう秘密にされています。これにより辺境伯家の者以外が『回廊』にいる可能性はありません。魔王家側には辺境伯家の者及びその従者が回廊内に居た場合、外敵として排除して良いと通達しています。
しかし魔族側の開閉方法は広く知られており、王家以外の者が入り込んでいる可能性がないわけではありません。そして魔王家は協定を更新し、守る気でいるらしいのですが、反対派の魔族が『回廊』内で私たちを襲おうとしているという情報も入っています。」
「攻撃してくる魔族は協定反対派です。協定反対派の襲撃は撃退しても構わない、と事前通達を受けています。しかし反対派じゃない魔族をこちらが誤認して攻撃してしまうと非常にまずい状態になります。特に反対派でも魔王家でもない一般魔族に攻撃してしまった場合最悪協定交渉が決裂しかねません。」
「ですので攻撃されて協定反対派だと確認できた時点で攻撃しても構いませんが、確認が取れるまでは一切攻撃無用です。確認方法は私とお嬢様が知っています。」
はふっ。
そういう感じのため息がクラン「冠鷲」の4人から漏れる。
「それで、僕ら、ですか。」
ザインが深刻な顔でそう呟く。深刻な顔をしていればいい男、である。なぜ普段からその顔をしないんだ、と言いたくなる。
「そうじゃ。主らならグレイバルトにまずくなることはせぬじゃろう。」
「これは期待に応えないという選択肢はありませんね。」
「無理なお願いかもしれませんが、了承していただけますか?」
「了解しました。グレイバルトのために、非力ながらこの力、お役立てください。」
冠鷲の4人が敬礼をする。
「それでは扉を開けます。もちろん扉の開け方含め、これから見聞きしたことは他言無用です。」
そう言ってエリザベートは緑石の石造りの扉の中央に右手を当て、言葉を紡ぐ。
「フィニル・エク・ケム」
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初めてこの呪文を聞いたのは仲間たちとこのダンジョンを通って魔族の国へ冒険をしに出掛けた時だった。行き方の調査は仲間たちに任せっきりだったから、私はついていくだけ。
「Vinir ek kem」
「何語?ラテン語?」
「違うわねぇ、たぶんゲルマン系の言語。」
「調べたら古ノルド語だってよ。『友、私、来た』」
「古ノルド語?なにそれ?どこの国の言葉?」
「ノルド人は中世以前にデンマークやスカンジナビアにいた民族の総称よ。デーン人とかノルマン人とかの、いわゆるバイキングな人たち。イギリス・フランス・イタリアに植民したから今でもそこの貴族階級にノルド人系列が少なくはないわ。古ノルド語はその人たちがデンマークやスカンジナビアに居たころに話していた言語ね。」
「へ~、今でも伝わってるんだ。」
「アイスランドとかに本や碑文として少し残っているだけだけれどね。」
「なんて発音するんだろう。ヴィニー・エ・ケ?」
「フランス語じゃないんだから、子音もちゃんと発音するわよ。あとvは英語のfに相当するはず。」
「じゃあフィニル・エク・ケム、かな。」
「最後の音に母音を付けないように気を付けて発音すればそれでいいはず。」
「『友よ、我は来たれり』かぁ。なんか格好いい。」
「トールキンのモリア坑道のパクリじゃないか?」
「トールキン?モリア坑道?」
「J・R・R・トールキンを知らないとか(w」
「あら、知らないの?ファンタジーが好きなら指輪物語くらい読んでおきなさいよ。」
「映画『ロード・オブ・ザ・リング』も良いぞぉ。ぜひ見ておけ。吹き替え版推奨。」
「あっちはエルフ語で『友よ』だけだっけ。」
「そう。『Mellon』だね。」
「ほら、開いたぞ。すぐ入れ。」
「わ、待ってよぉ。」
他愛のない会話。愉快な仲間たち。何かすべてが遠い昔のことのように感じられる。
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「友よ、私は来た。」
私が言葉を唱えるとどういう仕組みになっているのか、緑石でできた重々しい扉はかすれて消えてゆき、同じ緑石でできた扉枠だけが残った。
「扉はすぐに復活します。すぐに中に入ってください。中から外に出る時は扉はありません。」
エリザベートのその声に全員が中に入っていく。中は緑石で作られた通路がまっすぐに伸びており、所々に光る石をはめ込まれた壁灯がその通路を照らし出している。少し先に十字路が見え、その先の通路の先にも十字路があるようだ。エリザベートは何も言わずにその通路を進んでいく。
「前方十字路左方向に5人」
アーガマがぼそり、とつぶやく。全員に緊張が走る。
そのままゆっくりと十字路へと向かって進んでいく。左側の先の壁際に5人の魔族が壁を調べているかのようにはりついている。通路を私たちが通ってきたのを見て彼らにも緊張が走るのが手に取るように分かった。魔族と言っても肌の色が赤や白というだけで、人間とそう違わないように見える。角や耳なども違うのかもしれないが、全員が大きな毛皮の帽子をかぶっているため、頭は見えない。
「ヤー・イズ・グレイバルト、ツァーリ・デアボリカエ・ヴィ?」
カサンドラが確認のための合言葉を言う。魔族語で「グレイバルトから来ました。魔王家の方ですか?」という意味らしい。
UUO時代に誰かが「魔族語はロシア語か。ロシア人が気を悪くしなきゃいいけれど。」と言っていたのでロシア語をベースにした言語らしい。ゲオルグ王国の公用語であるゲオルグ語がドイツ語ベースなので、その東側にある魔族国がロシア語ベースという単に場所に合わせただけだと思うんだけれど、気にする人は気にするようだ。日本語と英語と大学時代の第二外国語として学んだ簡単なフランス語以外はちんぷんかんぷんな私には割とどうでもいい話。
「ニェート、イズヴニーチ」
「スパシー」
どうも魔王家でも反対派でもないようだ。双方が安堵で胸をなでおろしているのが感じられる。雰囲気からすると「回廊」を研究している学者という風情だ。何を研究しているのかはわからないが。
十字路を横切って次の十字路が地下ずくと再度アーガマが小さな声で警告を発する。
「両側に10人くらいずつ。かなり興奮しています。」
全員に緊張が再度走る。
相手が角に見えるか見えないか、のタイミングでカサンドラが合言葉を言う。
「ヤー・イズ・グレイバルト、ツァーリ・デアボリカエ・ヴィ?」
それに対する返答は短く「ウムリーチェ!」だった。その声に応じて20人ほどの襲撃者が姿を現す。全員が鎧を着こみ、剣を抜き、あるいは弓を引き絞り攻撃態勢を取っている。そのうち数人が通路をふさぐように立ちふさがり剣を振り下ろしてきた。
敵が襲撃者であると判ると皆の反応は早かった。フレデリカが通路の中央に立ち、灰色大樹の描かれた銀色に輝く小ぶりな盾でその剣戟をはじき、受け流し、態勢を崩した襲撃者に的確にその剣を振り下ろしている。右手ではゴドフリートが両手に片手斧を持って振り回している。両手斧は狭い通路で使いづらいと思ったのか背中にしょったままだ。その剣呑な2つの殺戮の軌跡に恐れをなしたか、襲撃者の攻撃がゴドフリードに近づくことはできない。時折無謀にもゴドフリードに突撃しようとしてはその腕を飛ばされ、腰を砕かれ、首を折られている。左手ではザインがその長剣で同時に3人の剣をあしらっている。流れるような剣裁きで一人の剣をはじいたかと思うともう一人の剣を地面にたたき落とし、返す刀で3人目の腕を切り落としている。前衛3人の間を抜けようとした襲撃者の眉間にはラルフの弓から放たれた矢が容赦なく吸い込まれていく。前衛3人のうちもっと防御が弱そうに見えたのか、ザインを標的にした襲撃者の矢が襲撃者の剣士の間を縫って撃ち込まれるが、ザインの10cmほど手前で失速して落ちる。何時の間に唱えたのか、アーデルハイドが使っている矢防ぎの魔法に絡め取られていた。戦士たちの後ろで何もしていない小柄な私が交渉団の鍵と見たか、魔族の魔法使いが私に向かって何か呪文を唱える。仲間たちに一瞬緊張が走るが、魔法で燃え上がり消し炭になったのは私ではなく術者自身である。カーバンクルの腕輪の効果だ。前衛3人が襲撃者の剣士をすべて切り伏せた時点で大勢は決した。弓使いはあきらめずに弓を短剣に持ち替えて襲撃を完遂しようとするが、本職の剣士が相手できなかった相手にかなうはずもなく、それほど時間がかかることなく全員地面に崩れ落ちる。
「相手が悪かったな。この程度の手合いじゃ10倍いても無理じゃろうて。」
老レンジャーの言葉に治療師がうなずく。前衛は戦女神の加護を受けた正規騎士に加え、軽装に見えても剣一本でランクBになれる冒険者と元正規騎士で元(おそらくランクA)冒険者である。生半可な戦力で抜けるはずがない。
「強い冒険者とか叩きなれた兵士とか居なかったんですかね?」
「戦闘を知っている人間は無駄な戦闘は避けたいと思うものだからな。不戦協定反対派なんて後方でやいやい口を出している手合いだけだろう。」
「根っからの戦闘狂って人もいるんじゃないの?」
「そういう輩は戦争のようにいろいろな柵の中で戦い方を決められた戦いをするよりも戦争じゃないところで暴れる方が気に入るもんさ。」「そういうものですか。あ、とどめは刺さないでおいてね。あとで魔王家にまかせましょう。」
騒ぎを聞きつけたのか前方の扉が開き、そこからいかにも騎士の格好をした数人の魔族がこちらへ近づいてくるところだった。
「ヤー・イズ・グレイバルト、ツァーリ・デアボリカエ・ヴィ?」
「ダー。ヤー・イズ・ニムグラード。お迎えが遅くなり、申し訳ありません。」
魔族の騎士はそう合言葉の後にゲオルグ語で礼儀正しく挨拶をする。
「恐れ入ります。会見の場所はこの先で合っていますか?」
「はい。ご案内します。」
「この襲撃者たちの対処はお任せします。」
「はい。こちらで対応します。」
そういうと魔族の騎士は一行を一つの扉の前に案内した。




