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第3キャラの領地経営  作者: 寿 佳実
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第9章 - 冬

ちょっと方針変更。少しは冒険させた方がいいかな。

冒険者ギルドの入り口ホールにはいつもであれば少なくとも数人の冒険者がおり、依頼がないか掲示板を確認していたり、装備を販売する売店の品ぞろえを確認していたり、食堂で打ち合わせをしていたりするものだが、その日には珍しく冒険者は一人もいなかった。3つの窓口に座っている担当者達は書類仕事に顔を伏せており、売店の店員や食堂の給仕も初雪が舞い始めた窓の外を手持ち無沙汰そうに見ていた。


キーッ


そんな時には小さな音でも大きく響いてしまうことがある。入り口のドアを押して少女が入ってきた時のドアが建てた軋み音がそうであった。窓口の係や店番の者達が一斉にドアを向いた。そこに立っていた少女が一瞬立ちすくんでしまうほどには。


「いらっしゃいませ、どういった御用でしょうか?」


入ってきたのが冒険者ではない、良い生地の服を着たよいところのお嬢様といった風情の少女と見て取り、その少女に案内係のプリシラが話しかけた時点で窓口の係や店員達は少女のことを意識から外し、自分の世界へ戻っていく。冒険者でなければ自分に関係することはないと言いたげに。


少女は全員から同時に見つめられ一瞬ひるんだが、全員がすぐに目をそらしたのを見て落ち着いたようだった。「美しい」というよりは「可愛い」という形容詞が付けられることの多そうな整った顔立ちの少女をみると容姿で褒められたことのあまりないプリシラは軽い嫉妬を覚えたが、顔に出さないようにすることには成功した。プリシラの声が聞こえたのか聞こえなかったのか、少女はきょろきょろとあたりを見回している。


「いらっしゃいませ、どういった御用でしょうか?」


できるだけ平穏な声で再度問いかけを発する。少女を驚かさないように、威嚇しないように、苛立ちをできるだけ抑えるようにプリシラは務めたつもりであったが、少女はビクッとするとプリシラを見返してきた。その瞳に宿る力は少女の芯の強さを感じさせた。


「ここ…は冒険者ギルドで合っていますか?」

「はい、そうですよ。冒険者ギルドは初めてですか?」

「えっと、案外静かなところなんですね。」

「今日は例外的に静かですね。普段はもっと騒がしい所です。」

「そうなんですか。」

「それで、今日はどういった御用件ですか?冒険者希望には見えませんが…。」

「あら、これでもいつかは冒険者にもなってみたいと思ってはいるんですよ。でも今日は依頼をしに来ました。」

「依頼ですか、難度はどうなさいますか?」

「とりあえずは一度やってみて、具合が良いようでしたら繰り返して…」

「あ、いえ、回数のことではなくて…、とりあえず、場所を変えましょうか。応接室においでください。」

「連れの者が遅れているのですが、着いたときに私がここにいると判らないといけないので、ここでお願いします。」

「そうですか。ちょっと待ってください。」


プリシラは食堂から椅子を二つ持ってくるとホール中央に置かれた暖炉のぬくもりが感じられるくらいの位置に置いた。


「どうぞこちらへお掛けください。」

「ありがとう」


プリシラにそう言われて少女は飛び乗るように椅子に座る。足が地面につかないのかぷらぷらと揺れている。プリシラは妹たちが小さくて可愛かった時を思い出し、ずっとそれを見ていたいと思ったが、職務を思い出して少女に向き合った。


「依頼の難度なんですが、冒険者のランク付けはご存知ですか?」

「知らないわ。」

「それでは説明しますね。」


それからプリシラは話しなれた口調で冒険者ランクの説明を始めた。冒険者の安全を計り依頼の成功率を上げるために、冒険者はその能力でランク分けされていること。なりたての冒険者はランクFに分類され、上級の依頼がこなせると判断されるとFからE、EからD、C、B、Aとランクが上がっていくこと。各ランクの冒険者にはランクに応じた素材の身分証が与えられること、その素材はFが革、Eが鉛、Dが鉄、Cが青銅、Bが銀、Aが金となっており、各ランクの冒険者はその身分証の素材で呼ばれる場合もあること、ランクを上げるためには決まった数の依頼をこなすほかに試験が課され、試験成績が優秀な場合にはランクを飛ばして昇格する場合もあること。冒険者なり立てでも試験に合格すればEやDから始めることもできること。依頼内容は冒険者ギルドで査定してA~Gの難度が設定され、冒険者は単独行動は少なく、複数人でグループを作って行動すること。そのグループは「クラン」と呼ばれていること。所属冒険者の最高と最低の中間を切り上げてクランのランクが付けられること。依頼を受ける場合個人のランクかクランのランクから一つ下から一つ上の難度の依頼を受けることができること。難度の高すぎる依頼を受けることは禁じられていること。難度の低すぎる依頼を受ける場合にはそれなりの理由が必要なこと。護衛依頼はその事情をギルドが把握できない場合が多いことから、依頼主が難度を設定すること。依頼するためには報酬の事前預託が必要なこと。依頼が成功した場合には成功報酬として委託された報酬が払わされるが、失敗した場合には委託された報酬は払い戻されること。報酬の額は難度によりほぼ決まっているが、多く出す分には構わないこと。ほとんどのモンスターはその強さの目安としてA~Fのランクが付けられており、さらにプラスやマイナスが付く場合があること。モンスター退治依頼の場合、退治対象のモンスターのランクが難度として使用されるが、数が多い場合や特殊な個体の場合には半ランクアップや1ランクアップの難度が設定されること。


「説明ありがとう。良く判ったわ。」

「実はAの上にSというランクもあります。魔王とか龍王などの最強の冒険者でも退治不可能とされる場合にSランクとされます。」

「Sランクの冒険者というのはいるの?」

「例外的に国家要職にある方が冒険者を兼ねる場合でAランクの権利を持っている場合にSランクを名乗ることがあります。その場合にはプラチナの身分証を発行させていただきます。当代では海賊王(バイキンゲーニッヒ)様がSランク冒険者として知られておいでです。先代(アレクサンダー)辺境伯様もSランクにおなりでした。」

「国家要職にある冒険者だけどAランクより低い場合はどうするの?」


プリシラは知らなかったのか首をかしげて見せた。


「それは私の方でご説明いたしましょう。」


そこに着た初老の男が割って入ってきた。を着こみ、背中に大きな戦斧(バトルアックス)を背負い、ドワーフと言われても信じてしまいそうになる短躯は鍛え上げられた筋肉でできているのが見て取れた。いかにも熟練冒険者らしくその革鎧(レザーアーマー)戦斧(バトルアックス)は使い込まれ、その肉体によくなじんでいた。その肉体にも無数の古傷がついている。その顔もたたき上げの風格を漂わせ、白髪が多くなった角刈りの頭と短く刈り込んだ顎髭がその輪郭をかたどっていた。しかしその物腰は柔らかく、目の前の少女に対する慈しみと敬意がその目に浮かんでいた。


「あ、ギルドマスター。」


いかにも突然入ってきた重役に慌てる下っ端という感じでうろたえるプリシラ。その狼狽を横目にギルドマスターは自分で持ってきた椅子を二人の横に置き、淡々と話し始めた。


「本日は当ギルドへようこそお越しくださいました。私が当ギルドでギルドマスターを務めておりますゴドフリートと申します。お見知りおきください。」

「よろしくお願いするわ。座って。」


私がそう答えるとゴドフリートは一礼すると持ってきた椅子に座って話し始める。その恭しい仕草をみてプリシラは一体何事が起こっているのか理解できずに目を白黒させている。


「先ほどのお話ですが、Xランクという特別なランクを提供しています。と申しますのも、ギルドが所有する様々な宝物や文書には高ランクでないと見せるべきではない物が多数ございますので、宝物や文書にもランクを設定し、そのランクより高いランクの冒険者でないと使用できないようにしています。

ところが冒険者ではない、あるいは冒険者ランクが低いにもかかわらず国や領邦の要請によりそういった宝物・文書を使用する必要が出てくる場合があります。Sランクの宝物や文書を使用したいけれど冒険者ではない、あるいは冒険者ランクがAより低い、という場合にXランクの身分証を発行し、すべての宝物・文書を使用できるようにするわけです。充分な審査を経ないと発行しない物ではありますが、エリザベート様でしたらすぐにでもXランクの身分証を発行させていただきます。」

「それは後で良いわ。」

「え、何?エリザベート様?え、辺境伯様?え、どうしましょう、ご、御無礼を…。」


ゴドフリートの一言に自分が話していた相手が何者なのか理解してプリシラはパニックに陥る。


「落ち着きなさい、プリシラ。食堂に行って飲み物をもらってきてくれ。」

「あ、はい。」


プリシラは慌てて立ち上がり食堂へ向かおうとする。その拍子に派手な音をたてて椅子に躓き、座っていた椅子は大きな音をたてて転がる。何とか転ぶことは免れたものの、ほうほうのていでなんとか食堂へたどり着く。それを見て笑顔になったエリザベートを見てゴドフリートは目をほころばせる。


「すみません、慌て者でして。」

「かまいません。」

「ご依頼とはどういった内容ですか?」

「魔の峰中腹にあるとある洞窟の奥に行きたいのだけれど、その行程の護衛を頼みたいの。今はちょっと騎士団を動かすわけにはいかなくて、一人ならなんとかなりそうなんだけれど、私と騎士一人ではちょっと危険すぎるかなと思ってね。」

「魔の峰の中腹…『回廊』ですか?」

「あら、知ってるの?」

「一応ギルドマスターですので、その名前は知っています。いくつかの書で言及されているのは読みましたので、どういうものかは判っています。昔一度念のために行ってみたことはありますが、入ったことがあるのは入り口近辺までで奥までは入ったことはありません。」

「あら、冒険者達がよく出かけているのかと思っていたわ。」

「いえ、あの一帯の洞窟はすべてがBランクに指定されていますので、Cランク以下の冒険者は入ることができません。それにここしばらくあの近辺の洞窟への許可証を発行してはいないと記憶しています。」

「あら、困ったわ。道案内をしてくれる人が見つかると思ったのに。私の知識で何とかなるかしら?」


エリザベートでもある明日香はアレクサンダーとして何度も『回廊』と呼ばれるダンジョンへは行っていたから実際は道案内など必要ないと思われるが、それをおくびにも出さずにそう聞いてみた。


「私が行くのにも許可証っているのかしら?」

「いえ、本来は辺境伯様の所有地扱いです。冒険者ギルドが許可証発行を委託されているという立場ですが、所有者の辺境伯様が許可してどなたかを差し向ける分には不要でしょう。まぁ、作れと言われればすぐにでも作れますよ。」

「それは良かったわ。」


「お、お、お、お飲み物をお持ちしました。」

「おちつけ。」


プリシラが飲み物が入ったコップをエリザベートとゴドフリートの前に置く。その手は小刻みに震えていて、コップに入った柑橘類(シトラス)のジュースに波が立っている。すかさずゴドフリートが突っ込む。


「はい。」


ペタンと音がするかの勢いでプリシラが開いていた椅子に座る。そして自分の前には飲み物がないことに気が付くと慌てて立ち上がり、足を椅子の足に引っ掛けて転びそうになり、その勢いのまま再度食堂へ向かって走っていく。


「まったく、落ち着きのない。」


ゴドフリートがそうこぼすほどその仕草は可笑しく、エリザベートは思わず笑ってしまった。


「お、笑顔の素敵なお嬢さんだね。ギルマスの親戚か何かかい?」


いつの間に入ってきたのか、30歳くらいの軽薄そうな優男がゴドフリートの肩越しにエリザベートを見ている。


「おぉ、ちょうどいい。こいつはこんななりですが、それなりに使えるBランク冒険者でザインと言います。行ったことはないはずですが、露払い位の役には立つでしょう。Bランク以上で今動けるのはこいつのクランぐらいですね。おいザイン、このお嬢様はちょっと厄介な依頼の依頼主だ。失礼のないようにしろよ。」

「これはこれは、まことに持って恐悦至極。銀の冒険者でザインと申します。」


大仰なしぐさで礼を決めるザイン。行儀作法は身に着けているようで、それなりに様になっている。エリザベートが右手を差し出すとうやうやしくその手の甲に敬愛の接吻(キス)を行う。


「たぶんお前のところに行く話だ。詳しい話は後で話してやるから、しばらくは下がっておれ。」


ゴドフリートの命令にザインは再度大仰な礼をして離れていく。丁度ドアを開けて入ってきた小柄な黒衣の女性魔術師がザインをみつけて走り寄っていく。それを見届けてゴドフリートは再度エリザベートに向き直った。


「話の腰を折って申し訳ありません。『回廊』へお出かけになる、ということは『外交』ですよね。であればよそ者は避けた方がいい、という理解であってますか?」


ゴドフリートの問いかけにエリザベートは無言でうなずく。


「冒険者ってのは若いうちはあちこち放浪して腕を磨くものなんですが、ある程度の実績を積むと結局生まれ故郷が一番って思って帰ってくる者がそれなりに居ます。放浪中の冒険者や実績を積んでも故郷に帰らない冒険者と違って、実績を上げて故郷へ帰ってそこを本拠地に活動している冒険者はたいてい故郷愛が強くて故郷を裏切ったり、ほかの国のスパイをやってたりってことはまずありません。ザインのクランは全員そんな冒険者です。Bランク以上のクランはいくつか登録がありますが、みんな放浪中の仮住まいとか、便利だから本拠地をグレイベルクにおいているだけです。それなりの信頼はおけると思いますが、ザインのクランに比べると少し怖いのが実情ですね。」

「それではザインさんのクランにお願いできるかしら?」

「今から指名依頼の書類を作りますので、それにサインを戴けますか?」

「もちろんよ。」

「それでは申し訳ございませんが、今しばらくお待ちください。」


そう言ってゴドフリートが立ち上がるのとギルドのドアを開けて女騎士が一人入ってくる。騎士団の制服に胸鎧だけをつけた市中見回りのいでたちだが、まだ若いその整った顔立ちもあって、とても華やいで見える。


「お(ひい)様、こちらにおいででしたか。」


その女騎士は暖炉の近くで椅子に座って話を聞いているエリザベートを見つけると近寄って声を掛けてきた。


「フレデリカ、そのお(ひい)様はやめてって言っているでしょう。」

「それでは何とお呼びすれば…。」

「はっはっは、フレデリカ嬢ちゃんは自分がそう呼ばれていたのでそういうもんだと思ってたみたいだな。」

「ゴドフリートおじさんまでそんなことを言って。」


エリザベートの叱責に窮する女騎士(フレデリカ)を見てゴドフリートがまぜっかえす。それを聞いてフレデリカはふくれる。


「あら、フレデリカとゴドフリートはお知り合い?」

「一時期グリューストの所に居たことがありましてね。」

「その時に父の部下としてよく稽古をしてもらいました。」

「嬢ちゃんはすぐに手加減できないほど強くなって、グリューストと兄上たちより筋がいいんじゃないかって話したりもしてましたよ。そうですか、、とうとう騎士におなりですか。」

「お(ひい)様にしていただきました。」

「グリューストと一緒に挨拶に来てね、その時『騎士になりたいんだって?』って聞いたら本当にいい笑顔で『はい!』って答えるから『してあげる』って思わず言っちゃった。」

「良く騎士団長(ベルナルド)が了承しましたね。」

「この()を騎士にして私付けにするって言ったら、目を白黒してたわよ。『一応、試験はさせていただきます』って言ってたけどね。」

「試験はそれほど難しくはありませんでしたので、余裕でクリアできました。騎士団長(ベルナルド)様が手加減してくれたのでしょうか。」

「あら、正規の騎士試験と同一内容だったわよ。あれで希望者の半数は落ちるというのに。」

「はっはっは、さすがフレデリカ嬢ちゃんだ。それではちょっと失礼。」


ゴドフリートが書類を作りに別室へ下がる。


「連れが来たので別室でも良いわよ。」


エリザベートがそういうと話についていけずにぽかんとしていたプリシラが、慌てて立ち上がろうとして飲み物をこぼし、謝りながらそれをかたずけるのを待って、応接室へ移動した。細かい依頼内容の説明と、書類の作成のために。


--------


「良い馬車ねぇ。」

「そりゃあ辺境伯様のところにある馬車なら最高級の馬車だろうけれど、こんなに乗り心地が違うものなんだね。」


馬車の中でザインと彼のクラン「冠鷲」のメンバーが思い思いの姿勢でくつろいでいる。狩人衣装を着た老ラルフはレンジャーでクランの目と遠距離攻撃、を主に担当するが、近距離攻撃も結構強い、と聞いた。彼はあまり話に参加せず、窓際に座り、流れる景色を眺めている。小柄な黒衣の魔女アーデルハイドはエリザベートの右隣に座り、正面に座ったザインと意味があるのか良く判らない会話を続けている。話題が途切れないことから彼らの知識量と頭の回転の速さが見て取れ、エリザベートは聞き役に回っていた。灰色のローブを着た治療師アーガマはエリザベートの正面に座り、一言も発しない。紹介されたときに挨拶されたので話せることは話せるはずなのだが。紹介の際にザインが「治療師のアーガマ、無口なやつなんで、無視してあげてください。」というだけのことはあった。クラン「冠鷲」は本来5人で、もう一人武闘派僧侶がいるらしいが、この季節は教会で勤行中とのことで参加していない。馬車に乗っているのはクラン「冠鷲」の4人とエリザベートのほか、護衛騎士のフレデリカと外交事務担当補佐官のカサンドラ。外交統括のアリアンツがいるべきなのだが老齢を理由にカサンドラにすべてを押し付けてしまった。フレデリカとカサンドラもザインとアーデルハイドの会話に時折口をはさんでいる。


「普段乗っている馬車と比べるとあまりに違うわよねぇ。」

「乗り合い馬車や貨物輸送用の馬車と比べたら失礼ってもんだろう。」

「だってこんなに速度を上げているのに全然揺れないのよ。」

「車体と車軸の間のバネの質が違うんですよ。良いバネは高いので、貨物輸送用や乗り合い馬車にはあまりついてません。」

「へ~、さすがお城の才媛は詳しいこと知ってるのねぇ。」

「いえ、受け売りです。お城の調達係が馬車購入の際にどこを見るか話しているのを聞いてましたので。」

ノルドハーゲン城(わたしんち)の馬車もこんな感じでしたよ。」

「そりゃあ伯爵様のお嬢様を生半可な馬車に乗せるわけにはいきませんでしょうし。」

「あるところにはあるものなのねぇ。」

「初めて騎士団の兵員輸送馬車に乗った時にはお尻が割れるかと思いましたよ。」

兵員輸送馬車(あれ)はひどい。辺境の荷馬車でももっとましだろう。」

「ですよねぇ。乗合馬車の方がまし。」

「皆さん乗ったことがあるんですか?」

「冒険者をやってるといろいろと、ね。」

「そうなんだ。」


無口な二人と姦しい四人と聞き役の私を乗せて馬車は結構なスピードで走っていく。行き先は城塞都市ノイベルゲンへ、そしてその先の魔の峰への入り口にあたる街タラスクマスへ…。


--------


ノイベルゲンで必要な物を買い込み、ノイベルゲン子爵邸で一泊した後、一行は再度馬車に乗り込んだ。昨日は馬車の論評が多かったザインとアーデルハイドの話題は子爵邸の建物の豪華さや食事のおいしさが話題の中心だった。


「さすが領主様のお屋敷の食べ物は違うね。」

「あら、それほどでもないでしょう。サラダは良いものでしたが肉はそれほどでも…。」

「そりゃあグレイバルトのお城と比べては…。」

「魚がありませんでした。」

「ノルドハーゲンと違ってここでは新鮮な魚は手に入りませんから。」

「お嬢様はいつもあんなおいしいものを食べられるんですよねぇ、うらやましぃ。」

「お嬢ちゃんってすごい人だったんだねぇ。領主に命令できるんだもんねぇ。」

「領主がぺこぺこしている姿ってなかなか見られないですよ。」

「お城勤めだとよく見るので慣れちゃいましたね。」


タラスクマスから目的地までは馬車が通れる道はない。食料など最後の買い込みを行い、男爵邸に一泊したのち、馬車を男爵邸にあずけて一行は徒歩で目的地へ行くことになる。御者は元から馬車の世話のためタラスクマスに残る手筈だ。


「魔の峰に詳しい案内人を用意しました。お連れください。」


出発の朝、タラスクマス男爵が連れてきた男は背中に大きな斧を背負い、頑丈そうな鎧を着たどこかで見たことのある小柄な重戦士だった。


「ギ、ギルドマスター?」

「ゴドフリートおじさん、なにをしているの?」

「あそこを案内できるのは今は儂しかおらんじゃろう。」

「だからってギルドマスター自身がお出ましになるのは…。」

「いや、久しぶりに儂も出たくなってなぁ。」

「いいのですか?」

「えぇ。ギルドとしても儂個人でも、タラスクマスとしても辺境伯様に恩を売っておいて損はありませんから。」

「自分で言っちゃったよ。」

「辺境伯様は駆け引きしてどうなる相手じゃあありませんからな。」

「しかし驚かせてくれますね。」

「はっはっは、タラスクマスは儂の故郷でな。男爵にいろいろと貸しもあるから手伝わせてやった。」

「それじゃ、よろしくお願いしますね。」

「はい。辛かったら私が担いで差し上げますので、遠慮なくいってください。」

「それでは、気を付けていってらっしゃいませ。」


タラスクマス男爵に別れを告げ、ゴドフリートを加えた一行は雪の降り始めた山道を登り始める。


--------


「ひぇー、寒いっすねぇ。」


ザインの気の抜けた声が野営地に響く。

野営地と言っても雪を掘って露出した地面に設営した焚き火とそれを囲むテントがいくつかあるだけだ。その焚き火ではザインのクラン「冠鷲」の紅一点、魔法使いのアーデルハイドがシチューを煮込んでいる。おいしそうな匂いが夕焼けに赤く染まった野営地に漂っている。


「お、うまそうだな。」


その鍋をゴドフリートが覗き込んでいる。


「そろそろ良さそうかな、みなさん、食事ができましたよ。」


アーデルハイドがみなを呼ぶ。その声を聞いて周囲の警戒を行っていたフレデリカ達が戻ってくる。


「いつにも増して美味しそうじゃのう。」


冠鷲の老レンジャー、ラルフがシチューの入った椀を受け取る。


「昨日は良い肉が買えましたからね。」


アーデルハイドがレンジャーの独り言に答える。昨日までは馬車で移動し、宿泊は領主の館だった。領主の肝入りでその地の最高の商人から食料や消耗品を買うこともできた。普段冒険者など相手にもしない商人がぺこぺこしているのを見て留飲を下げたアーデルハイドは今日はとても機嫌が良かった。


「あら、冒険者の皆さんはいつも取れたての良い肉を食べているのではないの?」

「取れたての獣肉はそれほど美味しいものではないのよ、お姫様。血抜きして熟成しないと硬くて臭くて。兎や鳥はすぐに食べられるけれど、熟成した獣肉に比べるとねぇ。」


機嫌がいいアーデルハイドはエリザベートの世間知らずな質問にも丁寧に答えてくれる。エリザベートの心に浮かんだ「肉食系女子?」という言葉は無視された。


「行軍中だと塩漬け肉などの保存食中心になるけれど、冒険者と取引してくれる店のって安い肉のが多いからねぇ。味よりも量重視にどうしてもなっちゃうから。」

「エリザベート様やフレデリカ様がいらっしゃらなければ、あそこまで良い肉は売ってくれませんし、たとえ売ってくれてもあんな高い肉普通は買いませんよ。」


アーデルハイドのつぶやきにそう返しながらシチューをつついているのはアリアンツの部下で外交補佐官のカサンドラ。文官なので戦う術を持たず今回はエリザベートと共に護衛される側になるが、代わりに金庫番として役割を与えられていた。一言多い残念美人という評判を聞いてはいたが、まだそこまでひどい発言は聞いていない。


「あら、私はいいのに。私は騎士団の食堂で見習い騎士達や下っ端兵士達と一緒に食事しながら育ったんだから。」


フレデリカが割り込む。自分をお嬢様扱いされるのが気に入らないようだ。


「デザートの梨がお兄様より半欠け少ないと機嫌を損ねるお嬢様でもそういった食事で大丈夫なんですね~。」

「な、なんでそれを知ってる!ていうか、それはまだ私が5つの時の話じゃないか。」

「騎士の皆様は、女性文官にはお優しいので。」

「ふっふー、お姉さんにその話、もう少し詳しく聞かせてほしいわねぇ。」


女性3人はこの旅の間に結構打ち解けたようだ。その仲良くじゃれあっている間を何も言わずに治療師のアーガマが鍋に近づいて椀にスープをよそい、自分の確保した場所に戻っていく。


「ちょっと、アーガマ、何か言っていきなさいよ。全く無口なんだから。」


アーデルハイドの非難にアーガマは片手をあげて答えるだけで相も変わらず何も言わない。女たちの会話に混ざる気ははなからないと言わんばかりだ。

他の男たちも女たちの会話に入る気はないらしい。


「ほら、お姫様、もっといっぱいおあがんなさい。もう少し肉を付けたってドレスは入りますよ。」


アーデルハイドはそう言いながらエリザベートの椀にスープを追加する。静かな冬の森の片隅で、そこだけにぎやかな夜が更けていった。


-------


「どうした、嬢ちゃん、眠れないのか。」


テントから出てきたエリザベートを見て火の番をしていたラルフが声を掛ける。


「うん、ちょっと星が見たくなってね。」


エリザベートはラルフの横に腰を下ろす。見上げると満天の星がきらめいていた。エリザベートは明日香の記憶にある冬の星座を思い出してみる。この季節の地球の北半球ならばこの時間にはオリオン座の明るい四つの星の真ん中に浮かぶ三ツ星やそのそこから延びる盾、その先にある牡牛座、冬の大四角とも呼ばれるペガサス座などが目に入らずにはないはずだ。しかしエリザベートの目に入る満点の星々はそのどれとも一致せず、ここが地球上ではないことを明確に突き付けていた。


「星に興味があるのかい?」

「じっくりと見たことはあまりなかったのだけれど、奇麗ですよね。」

「奇麗、か。そういう見方はしばらくしてなかったな。」

「レンジャーさんだと星を見れば方角が判るって聞いてますけれど。」

「あぁ。星はいっぱいあるけれど、その並びは決まっているからな。北にある不動星(うごかずのほし)の廻りをぐるぐると回っているだけだ。」


エリザベートはこの世界にも北極星があると判って安心した。


不動星(うごかずのほし)を見つける簡単な方法ってあるんです?」

「あぁ、あそこにある矢印にならんだ明るい六つの星があるだろう、あれが『空の羅針盤』という星座だ。あの矢印の先に不動星(うごかずのほし)がある。だいたい矢印の長さ7つ分だな。」

「あぁ、あれね。」

「そう。不動星(うごかずのほし)の周りには明るい星が少ないからわかりやすいだろう。」


頭の中には前の世界で北斗七星から北極星を見つける方法やW字のカシオペア座から北極星を見つける方法が思い出されていた。この世界にも似たような考え方があることに安堵しながら。


ほぅ、とため息をついてもう一度見上げる。吸い込まれそうなほどの満天の星。その前に立つちっぽけな私。少し怖くなった。


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