序章 - 第3キャラクター作成
異世界冒険モノが好きなので自分でも書いてみました。
気に入っていただければ幸いです。
今日のの私は絶不調だったわね。
仕事から帰ってきた明日香は誰にともなくそう呟いてPCの乗ったデスクの前の椅子に深く腰を下ろす。キーボードの横に置いてあるスナック菓子を一個つまむと口にくわえる。
仕事では単純なミスが重なり『御局様』からきついお叱りを受けた。お客様に頭を下げに行くのは上司であり現在のプロジェクトの責任者である『御局様』だから彼女がミスにうるさいのは当然だ。わかってはいるけれど、そのきつい目線を思い出すと、胃のあたりがキュッと痛む。すぐ見つかってリカバリができたからまだいいものの、もしもあれがもっと大ごとになってたら…そう思うと寒くもないのに体が震える。SIに勤めるSEなんて要はコンピュータ関連の何でも屋だ。その作業内容は多岐にわたるくせにやたらと細かい。その細々とした作業をこなしているだけで心身ともに疲れていく。帰宅間際にミスが多くなるのもそのせいかもしれない。口を開かなければ美人で通る『御局様』の顔が鬼の形相になっていたことを思い出す。幸い明日は公休日だから忘れてリフレッシュしよう。月曜日にはきっと『御局様』の機嫌も直るさ。
椅子の背もたれに寄りかかって大きく伸びをする。夕食をとる気力体力ともに残っていないので、スナック菓子が命綱のようなものだ。口にくわえたスナック菓子をぷるぷると震わせながら少しづつ口の中へ送り込んでいく。友達に言わせると「その仕草がカワイイ」だそうだが、自分では「だから何?」としか思わない。全部飲み込むと2個目に手を伸ばす。2個ごとに個別包装されているから1個でやめるわけにはいかない、と自分に言い訳しながら口の中に広がる甘さと幸福感を味わう。
3個目に手を伸ばすべきかどうか考えながらPCの電源を入れる。仕事柄かPCの電源を入れるとまずメールのチェックをするのが習い性になっている。メールソフトを立ち上げるとプレイ中のオンラインゲーム究極世界オンライン通称UUOのアップデート通知が来ている。メンテナンスは終わっているみたいだけれど、アップデートにかかる時間を考えると今日のプレイは絶望的だね。ついていないときはとことんついていないな。そんなことを考えながらメールチェックを終える。メールチェックと言っても大半は無意味なSPAMメールだから、それをそのままゴミ箱へ放り込むだけの簡単なお仕事。
UUOにログオンする。予定通りダイアログが表示される。
「新しいアップデートがあります。ダウンロードを開始しますか? [Ok] [Cancel]」
キャンセルしたら遊べないくせになんでそんなボタンを付けるんだろう。私ならキャンセルボタンは付けないな。などと考えながらOkボタンを押す。画面が変化され進行状況を伝えるプログレスバーと残り時間が表示される。
「ダウンロード残り時間:1時間32分」
さて、ダウンロードが完了するまでどうやって暇をつぶそうか。電子書籍を手に取り電源を入れる。背もたれに大きく寄りかかり首を左右に振ると疲れた体が軋みをあげ、凝った肩がコキコキと音を立てる。肩こりと腰痛はSEの職業病みたいなものだ。年寄りみたいだな、と思わないではないが現実なのだからしょうがない。読みかけの小説~流行りの異世界転生モノですこぶる面白かった~はちょうど読み終わったところだ。オンライン書店を開くが続編はまだ出版されていないようだ。ほかに面白げな小説は…とみてみるが今一つ気のりする小説がない。
「新機能『世襲システム』実装!新たなキャラクターを作成し、自分の子孫を残そう!」
PCに目を戻すとプログレスバーの上に新機能紹介の煽り文句が表示されている。そういえば前回のアップデートで爵位システムと領地システムが実装され、メインキャラクターで頑張って爵位と領地を手に入れておいたんだった。爵位はたしか辺境伯、領地は辺境領だったはず。名前からするときっと僻地に位置するはずれ領地なんだろうな。爵位もきっとはずれなんだ。仲間内で手に入れた爵位を振り分ける際に急用で呼び出されてしまったため、欠席裁判で残り物を押し付けられた形だ。歴史好きな仲間が爵位では一番上とか由緒ある爵位とか言っていたがきっと慰めてくれるための言い訳なんだろう。でも貰った爵位と領地を新キャラでもそのまま使えるなら、何かメリットはあるのかもしれないな。これを機会に新キャラクターを作ってみてもいいのかもしれない。
「新機能『ダウンロード中のキャラ作成・編集』実装。アップデートのダウンロード中でもキャラクターの作成・編集が可能です。」
プログレスバーの上に新たな煽り文句が表示される。よく見ると「ゲーム開始」などのボタンは灰色になって押せないようになっているのに「キャラクター編集」ボタンが押せるようになっている。他にすることがあるわけでなし、そのボタンを押してみる。プログレスバーが邪魔にならない右上へ移動して見慣れたキャラクター選択画面が表示される。
第1キャラクター:アレクサンダー・イングレアス
第2キャラクター:ベリグレン・ドヴァーリンソン
第3キャラクター: +
並んで表示されている二人の人物が私のキャラクターだ。
一人目はメインキャラクターの人間の戦士、アレクサンダー・イングレアス。白銀に輝くミスリル製の甲冑には所々に黄金や宝石で防御の魔法文字が象嵌されている。ヘルメットをかぶっていないその頭にはオールバックにした金髪の下に笑えば愛嬌がありそうだがキリリと引き締まった表情で立つと威厳を感じさせる落ち着いた顔がある。ナイスミドルともいうべき大人の男の魅力をにじませような顔だ。この顔を作り出すためにキャラ作成に三日かけた自信作である。背には大きな盾を背負い、腰には片手剣を佩き、右手には長い騎馬槍を持っている。武器防具いずれも一級品で、特に槍は「神槍」の称号が付いた特別製だ。これを携えて集団戦用巨大敵モンスターに何度向かっていったことだろう。足元には称号「聖騎士」「聖教会の守護者」「灰色森辺境伯」の3つが表示されている。前の二つも過去のクエストで手に入れた称号だ。それらを手に入れるために仲間たちと苦労してダンジョンを攻略していった日々が懐かしく思い出される。このキャラクターでログインしたときの仲間たちの「メイン盾来た、これで勝つる。」の声に悪乗りして敵に突貫した日々を。このキャラを今更編集する気はない。
二人目はドワーフの鍛冶屋ベリグレン・ドヴァーリンソン。ずんぐりした体形には右手に持った巨大なハンマーが似合っている。アレクサンダーの武器防具を自作するために作ったクラフト用キャラだ。武器鍛冶・防具鍛冶・裁縫・料理・錬金術・付与魔術などクラフトに特化した能力を付けているため、見た目は強そうだが、戦闘力はほとんどない。必要な素材が強力な敵からしか得られない場合や強力な敵が徘徊するエリアでしか入手できないような場合はアレクサンダーで取りに行くから戦闘力のなさは問題にならない。称号「神槍の創造者」は武器作成時に極々稀に作り出される超傑作「神聖武器」の一つ「神槍」を作ったことで与えられた称号だ。その「神槍」は現在アレクサンダーが持っている。武器も防具も多数作成し、そのうちいくつかは傑作になったが、神聖武器はこの「神槍」1つだけだった。短く刈り込んだ燃えるような赤い髪の毛の下には生真面目を絵にかいたような不愛想な顔。ドワーフ特有の銅のような肌色も相まってきわめて精悍に見える。このキャラもいま編集する必要はなさそうだ。
その横にある大きな+記号を押して新キャラクター作成画面に入る。戦士はもういるから今度は魔法使いか治療職か。暑苦しい男二人が並んでいるからここは女性を選ぼう。後方職なら小柄な方が有利なので背は低めにする。ここで今まではなかった「世襲継承」と書かれたボタンに気が付いた。これが煽り文句にあった新機能なのだろう。押してみると既存キャラクターを選択するダイアログが開いた。鍛冶屋ベリグレンを継承する意味はないから辺境伯アレクサンダーを選択する。
「アレクサンダー・イングレアスの嫡子とし、称号『灰色森辺境伯』・領地『灰色森辺境伯領』を継承します。よろしいですか。」
選択枝から《イエス》を選択すると作成中のキャラの髪が金髪となった。さらに継承した顔が女性的な顔に補正されるのか、アレクサンダーが笑った時の愛嬌のある顔をさらにかわいくしたような顔に変化する。よく見れば似ているが、ぱっと見は似ていないかな?などと自分でもよく判らないセリフを頭の中でつぶやくと顔のパーツの微調整に入る。髪をショートカットから肩までのまっすぐなロングヘアーに変更し、顎の線を少し細くして華奢さを出し、目じりを少し上げて勝ち気そうにする。眉毛をより細く優し気に変えて、肌を少し白くしてお嬢様っぽく見えるかな?出来上がった造形を見てみると我ながら美人ができたと自画自賛する。
顔の造形が終われば体型と服装の選択だ。小柄で華奢だが、出ているところ引っ込んでいるところのメリハリは明確につける。良家のお嬢様設定なので服装は豪華にしたいから、体型にメリハリをつけておかないと体型が服に負けそうだ。UUOではキャラクターに普段着・公式着・戦闘着の3種類の服装を選択できるうえ、それぞれの衣装も数多くの候補から選り取り見取りになっている。ラフすぎたり堅苦しすぎたりする普段着、どう見ても公式な場に着ていくと浮きそうな公式着、セーラー服やバニーガールスーツといったどう見ても戦闘には向いていなさそうな戦闘着の候補も混じっている。キャラクターの衣装は状況に応じてこの3つのどれかに装備した防具を重ねたグラフィックスに自動的に切り替えられるため、その選択を誤ると悲惨なことになる。王宮のパーティでパンイチで走り回る戦士や痴女まがいの衣装で街中を走り抜ける女性キャラには笑わせてもらったが、自分のキャラをそういった目に会わせたくはない。あとから変えることもできないわけではないが、最初に選んだ服でないと有料になったりすることもあるので注意が必要だ。まぁアレクサンダーは結構稼いでいるからゲーム内通貨は結構持っているけれど、初めからあった服を選んでおくに越したことはない。
普段着には良家のお嬢様をイメージした淡いグリーンのワンピースに紺のブレザーを羽織ったように見えるブレザーワンピースを選択する。どこかのお嬢様学校の制服と、ニュースで見たヨーロッパの貴族のお嬢様の普段着を参考に選んだ。白のソックスと濃茶の革靴。髪には水色の花飾りをつける。うん、かわいいお嬢様のできあがりだ。
フォーマルは鮮やかな紅のボールドレスに白のコサージュをあしらったものを選択する。ピンクのバレーシューズを履かせ、頭には黄金の冠を載せる。イメージするのは灰被り姫の舞踏会に参加する淑女達。小柄で華奢な体なのでちょっと無理をして背伸びしている風に見えなくもないけれど、悪くない。
戦闘着には後方支援職が来ていてもおかしくなく、かつそれなりに豪華なものとして黒のローブドレスを選択する。腰を一巡りして右側に垂れた白いベルトにルーン文字で聖句の装飾が施されている。髪はローブのフードで隠れるけれど、やはりルーン文字の書かれたリボンでまとめ上げてお団子にしておく。つま先の丸まった魔女風の靴にボーダーのソックス。シルクのロンググローブも忘れない。魔法使いか魔女もしくは聖女というイメージに合いそうな服を選んでみた。
いずれもボリュームのあるストレートの金髪に映えるものを選んでいる。キャラクターが小柄で華奢なせいか12・3歳の少女がフォトスタジオでコスプレ撮影しているような感覚に一瞬とらわれたが、頭を振って追い出す。一応貴族の令嬢なのだから、これでいいんだろう。
あとは名前を決めて、職業とパラメータを選んで完了となるはずだが、いい加減眠くなってきた。時計を見るとキャラ作成に3時間ほど掛けていたことになる。ゲームのアップデートもとっくに終わって、ゲームにログイン可能の表示が出ていた。しかし眠い。とりあえず思いついた名前「エリザベート」を打ち込んで、エンターは押さずにデスク横のベッドに倒れこんでそのまま睡魔に身を任せる。あとは明日…。
どこかからゴゴゴゴゴーというまるで大地が揺れたかのような音が遠く低く聞こえていたが夢の世界へ旅立った私がそれを聞くことはなかった。
色の英語名が間違っていたので修正しました。