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第三話 初めての記憶


「へぇ、相手チームの先発、あれ女の子じゃない?」

「ん?ああ、ほんとだ。珍しいな。……でもまあオレが今日出るとしたら守備要員だろうからな」

「スタメンじゃないからってやさぐれるなよ~」

「うっせ、どーせお前が打ち崩してオレと勝負することはねぇよ」


 今でも覚えている。あれはシニア時代、最後の大会の地区予選でのことだ。オレのいたシニアは正直周りが化けもんみたいなやつばっかだったからあの日もただの通過点に過ぎない……はずだったんだ。


「六回表が終わって……2-1で負けてる……」

「……」


 それまでの試合をほとんどコールドで勝ち抜いてきたオレたちのチームがその女子ピッチャーに一点に抑えられていた。


「チーム全員が研究されつくされていて、お前は全打席敬遠だもんな……」

「いよいよやばいね……」

「せめてお前の前にランナー出てくれれば敬遠しにくいのにな……」


 けっして打線が沈黙していたわけではない。安打数でいえば相手チームよりも上回っている。それでも得点の要の相棒は敬遠されて、三塁はふませても、ホームだけは踏ませない、そんな状態だった。


「球数だって相当投げてるはずなのに……何者なんだよ、あの女子」

「……荒木、次にチャンスが来たら代打で出すぞ。準備しとけ」

「!……はい!」


 正直バッティングに自信はない。そんなオレを代打で出すってことはよっぽど切羽詰まってるか、もう諦めたかだ。

 今は六回裏の攻撃がはじまり相棒がネクストサークルで控えている。つまり打順は三番から。これがラストチャンスだろう。




「行って来い、荒木」

「はい!」


 威勢よく返事したものの、全く打てる気がしない。三番が内野ゴロ、相棒が四球、五番がいい当たりを打ったものの相手内野のファインプレーに阻まれて、ツーアウト。その間にランナー進んで今二塁。


(確かに一打同点のチャンスだけど……)


 最後の打席になることも覚悟してバッターボックスに入る。不思議と緊張はしていない。


 一球目。内角高めにストレート。もう終盤だってのに全く衰えない球威とスピードは男子と比べても遜色ない、というかうちの控え投手より普通に速い。ギリギリ外れたものの、コントロールも繊細だ。


(そりゃ、うちの連中も打ちあぐねるわな……。)


 今まで投げてきた変化球はカーブとチェンジアップ、それと数は少ないけどスライダーも。ストレートの次だから定石でいえばカーブかチェンジアップでタイミングを外してくるだろう。でもその裏をかいて……。あーもう、考えたって無理だ。どうせ今のオレに打てる球種はあれだけだ。


 考えるのを放棄して決め球を一つに絞り込む。

 ピッチャーが投球モーションに入る。相手の守備ががっちり構える。相棒が第二リードをとる。なぜだか全てがゆっくりに見える。落ち着いている。割り切ったのが良かったんだろうか。

 全力で、なおかつ力まずに鋭くスイングする。

 バットに当たる感触があった。少し打ち上げたものの外野まで飛んでいる、左中間。


(頼む……!抜けろ……!!!)


_______________________________


「おまえは……藤川ふじかわ あおい!!!」


 上級生と推薦組に混じってそこにいたのは、紛れもない、その時の女子ピッチャーだった。


「君は……たしか……えーっと、うーん誰だっけ?」

「そーだ!オレが……って、えぇーー!!!」


 冷静に考えてみれば確かにあの一試合、一打席だけの関わりだったからしょうがない……いや、しょうがなくない!


「なんだ荒木、先輩に挨拶もしないでいきなり女子に絡むとは」

「そーだよ、荒木君。らしくもない……わけでもないか」

「キャプテン、明……!だってそれはこいつが……。」

「ゴメンねー。私打ち取った相手は覚えない主義なんだー」

「いや打ち取られてねぇよ!むしろ打った!打ったよ特大ホームラン!」


 そう、あの試合、オレは忘れもしない。人生で初めてランニングホームラン以外の柵越えホームランを打ったんだ。狙った球はカーブ。なぜかというと、あのストレートは打てる気がしなかったし、オレが打てる唯一の変化球がカーブだっただけだ。そう、ぶっちゃけ運がよかった。


「……あー!もしかして君、久喜シニアの代打の切り札君!?」

「誰が代打の切り札だ!レギュラーだよ!背番号4!!」

「でもあの日は代打だったよね?……しかも特大ホームランって、風に乗ってフェンスギリギリでたまたま入っただけじゃーん。しかも君のデータなさすぎたから出たとこ勝負だったんだよね」

「誰が打率二割だ!誰が守備要員だ!なんて言おうがお前との勝率は100%だ!」

「うわ……性格悪っ」

「今のはないね」

「ああ、今のはないな、荒木」


 周りが敵だらけだ……。


「さ、お遊びはこの辺にして、見学に来てる一年もいるし練習始めるぞ」

「はい(……)!!!」



 いざ練習が始まると全員の顔つきが変わる。上級生は三年が15人、二年が17人、一年で現段階で参加してるのが、オレ、明、藤川を含めて八人。やはり他の強豪校に比べると部員数は多くない。けれど部紹介でも言ってた通りそれぞれ癖があってそれが強みとなっている(のだろう)。

 中でも、


「おい荒木!もっと厳しく来い!まだぬるいぞ!」

「はい!」


 このショートを守る二年生の三船(みふね) 勇海(いさみ)先輩はすごい。チームメイトからの信頼も厚く、そして熱い。でも冷静な一面もある、いわゆるアニキ肌の先輩だ。時期キャプテン候補だといわれている。それから……。


「おまえが入ってくれたおかげでうちのキャッチャー不足が解消されて晴れて俺がファーストに戻れるぞ!あとは任せた!」

「先輩……。僕まだ一年なんですけど……。」


 あの明に絡んでる190センチはありそうな豪快な人は三年生の篠崎(しのざき) 大地(だいち)先輩だ。見た目通りそのバッティングは豪快そのもので飛距離がアホだ。一時期キャッチャーにコンバートしてから調子を崩したらしいが、今では見ての通りノンストレスで本来の力を発揮できているようだ。

 ちなみに明は170センチ前後と小柄ながらキャッチャーだ。


 そしていうまでもなく、


「自信がないなら俺が投げるから受けて練習しなよ」

「はい!よろしくお願いします!」


 キャプテンだ。球速はそこまでじゃないけど、何よりもほとんど変わらないフォームから投じられる変幻自在の変化球が武器だ。プロのスカウトも視察に来たことがあるらしい。


 

 ……そして、認めたくはないけど。


「…………ほんとに女子かよ……。」

「先輩!次、スライダー行きます!」


 藤川葵。癪に障るけど130キロ弱で球威もある速球に、変化量の大きいカーブ。タイミングを外すチェンジアップ。そしてあの時はまだ完成してなかったらしいキレッキレのスライダー。……オレ、スライダーまったく打てないんだよな……。



 緑栄らしい癖の強い人も多い中、新たに藤川を加えて、さらに濃くなったメンバーで高校生活は始まった。……このあと一般入部生も入って、ほんとにチームとしてまとまるのか…………?

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