第一話 高校入学
キィン。
ただ音だけを聞いたとするならば、小気味よい音が響いた。けれどもその手には確かに鈍い手ごたえがあった。
終わった。そう誰もが確信した。なんて言うともしかすればその後に何かしらどんでん返しが起きたのかもしれない、と思う人がいるかもしれないが、そんなこと起きるはずもなく、無情にも高く浮き上がったフライはグラブの中に吸い込まれていった。
それと同時に三塁側のベンチから相手チームの選手たちが勢いよく走りだし、一塁側のベンチからは今まで共に汗を流した仲間たちがうつむきながら小走りで来た。オレは一塁ベースを踏むこともなく踵を返して整列した。
「フライでも全力で走れや。」
「ゴメン。」
チーム内で一番の友人であり、相棒(だと思ってる)に声をかけられ、いろんな意味でゴメンと返した。試合を終わらせてゴメン。引退決めちゃってゴメン。全力で走り切らなかったことにゴメン。
全国優勝を掲げてきたオレらのチームは全国大会準決勝で敗れることになった。それでも立派だったと人は言うかもしれない。ていうかオレ自身けっこう満足しちゃったりしてる。でも、声が震えながら全力で走れと告げたオレの相棒は少なくとも悔しがってるに違いない。
それはそうだ。あいつは四番、オレは八番。あいつは一年からベンチ入り、今では不動の四番。オレは背番号は一ケタだけど二三試合に一回はスタメンから外れるような選手だ。才能も、きっと努力の量も違う。
だからこそオレは満足しててもそいつは泣いてる。悔し涙も流せない自分自身をそのとき初めて悔しいと思った。
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「俊ーー!!起きなさい!」
生まれてからずっと聞いてきた声で起きる。今日もいつも通りの一日だ……とはいかない。今日は入学式なのだから、これから始まる高校生活うまくやっていけるのか、多少の不安はある。その不安のせいなのか今日は久しぶりにあまり思い出したくないことが夢に出てきてしまった。
オレは荒木 俊。小3のころに野球に出会ってから今までずっと白球を追いかけてきた。自慢じゃないけど小学時代は少年野球チームで四番でエースだった。中学時代についてはあまり話したくないので割愛させていただきます。とはいっても一応シニアで全国ベスト4のチームでレギュラー(仮)だっただけあってそれなりにいろんな高校から声をかけてもらった。その中からなんやかんやで地元の中堅高校への進学を決めた。そして今日その入学式なのだ。
「はよー」
「俊おはよー」
二階の自室から降りて居間に行くと二歳年下の妹である美咲があいさつを返してくれた。少し前まではちゃんとお兄ちゃんと呼べ、とか呼び捨てされることへの抵抗をしていたのだがもう諦めた。
「コーヒーとココアどっち?」
「コーヒー」
こうして飲み物を入れてくれたりと、呼び捨てにするからと言って生意気なわけではないのだ。むしろおしとやかでかわいいくらいだ。……おしとやかって表現を実妹に使うのはいささか恥ずかしさがあるな。
「いい加減目覚ましで起きなさいよ!はい、お弁当!今日も練習あるんでしょ!」
「ん。サンキュー」
朝から大声なこの母親からよくこんな妹が生まれたもんだと近頃本当に思う。
あ、ちなみに練習とはもちろん野球の話だ。一応推薦枠として入っているため春休みからすでに参加させてもらっているのだ。
……っと、説明口調で話をするのはこの辺にしないと、そろそろ準備しないと遅刻してしまう。
「そんじゃ、いってきまーす」
「「いってらっしゃーい」」
家を出ると春の匂いがした。少し鼻にかかるような言い方かもしれないが実際にそう感じたんだから仕方ない。四季それぞれに匂いがあるとオレは思う。ちなみに春の匂いからは中学のときに東北遠征で秋田県に行った時のことを思い出す。今住んでるとこも大概田舎なのだが、遠征先で感じた緑の多さが印象的だったのだ。あときりたんぽ美味しかった。
「おはよう、荒木君」
「お、明。はよっす」
今話しかけてきたのは、野田 明。地元の中学の軟式野球出身ながらオレと同じ推薦組で、春休みに一緒に練習参加してから仲良くなった。
「今日は遅刻しなかったんだね」
「ご挨拶だなーー。人がいっつも遅刻してるみたいな言い方して」
「だって荒木君春休みの練習半分くらいは遅刻してたから」
む。オレが朝に弱いのは低血圧だから仕方ないのだ。なんなら今だって全力で眠い。それでも式の途中寝れると思ったから体に鞭打って来ているのだ。
そうこうしているうちに高校に着いた。私立、緑栄高校。田舎なだけあって名前も自然あふれる感じだが、さすがは私立。設備は立派だ。野球部専用のグラウンドがある上に室内練習場まである。それにできて十数年の新設校のため、校舎も比較的きれいだ。にも関わらず今では埼玉県内でベスト8に入れるくらい急成長しているからすごいものだ。だからこそオレはこの高校を選んだのだ(近所ならギリギリまで寝ていられるから、とか、寮暮らしはめんどくさそうだから、とかではない)。
春の、四月の風物詩といっても過言ではないと思うのがこの玄関に貼ってあるクラス分け表に群がる生徒たちだ。上級生と思わしき人たちがすでに見て一喜一憂している。
「どれどれオレは……っと」
あらき、なだけあって必ず一番上か二番目くらいには名前があるから探すのは比較的楽だ。……お、あった。オレは三組だ。
「何組だった?僕は二組だったよ」
「お、惜しいな。残念。オレは三組だったよ」
「奇遇だな。俺も三組だったぜ」
「「!!!」」
急に誰かが話しかけてきた、と思ったら、
「なんだ秋人かよ」
「また同じクラスだな」
「荒木君、この人は?」
こいつは、鈴木 秋人。オレの小学校のころからの幼馴染だ。
「いや、俺的にはただの腐れ縁だな」
「オレだって秋人とセットでバカ扱いされるのはもう高校では御免だ!」
「お前と違って俺は頭いいからな、一緒にされるのは心外だ」
「うっさい!」
こいつの気に食わないのは優等生じゃないくせに優頭生なとこだ。
「2人とも仲良しなんだね」
「「そんなことない!!!」」
そんなこんなでオレの高校生活は始まりを迎えようとしていた。
野球の専門用語がちょいちょい、というか結構入ってます。もし分からない人とかいたら聞いてくれたら答えますので、ぜひ気軽に聞いてください!今後ともよろしくお願いします。