令嬢は巻き込まれました
タグ通り、このお話には作者が拗らせた結果以下の要素が含まれます。
・メリーバッドエンド
・ヒロイン視点編
・とても斜め上
・乙女ゲームっぽいけどあくまでnot転生者
「『公爵令嬢どの、貴方が彼女にした悪事はもはやすでに周知の事実となった。高貴なる身としてそれに見合う責任を取っていただこう!』」
買い物のために街を歩いていた少年は、人が群がる先で上がった声に足を止めた。
何の事はない都では当たり前の風景だが、田舎から都に出たばかりの彼の好奇心を擽るには十分で、すぐ隣の母の袖をひっぱって指を指す。あの先にはどんな面白いことがあるのかと聞けば、ああ今の王様と王妃様が結ばれるまでの人形語りさね、と母は応える。物語は佳境に入っていたようで、人形師のよく通る声が公爵令嬢を追及し、時に女の啜り泣くような音も混じっていた。
この物語は広く知られていて、少女たちは憧れ、大人も子供も知らない者はいないほどだ。
少年も何度か聞いた話だったが、人形の動きに見入りながらも終盤になるとずっと疑問に思っていたことを母に問いかけた。
「どうして公爵令嬢ーーううん、王妃様はキティをいじめてないって否定しなかったのかなあ?」
至極純粋な子供の疑問に母は答えられなかった。物語の演出なのよ、と適当に片付けるのも違う気がして「さあ、どうしてだろうねえ」なんて不思議そうにぼやく。
真実は闇に葬られたのだから。
――×××年、現国王と王妃の仲を違わせようと画策した者がいた。当時二人は婚約しており、帝都の学園で学業に励んでおられたが、横恋慕した元男爵令嬢キティにより王妃は汚名を着せられた。キティは王妃に執拗な嫌がらせを受けたと供述し、その取り巻きを唆し婚約者の地位を失わせようとする。しかし、王妃を大切にしていた国王はそれを信じず、証拠をもとに王妃の汚名を払拭。またキティの生家の不正、異性関係の放蕩さを突きつけるなど迅速に事を収束させる有能さを知らしめた。キティは王妃の温情により罪を軽くし、国外追放というカタチで罪を受け入れることとなった。そうして二人はいつまでも仲睦まじく幸せに暮らしたと語られている。
◇◆◇◆◇
キティ・ノーリッシュの境遇は涙なしには語れない。
彼女は帝都にある貴族御用達の学園に通っているが、その扱いは奨学生の平民より少し上といったところだ。父親は男爵の位、母はその家のメイドだった。つまりは妾腹であるが、それはそこまで珍しくないとして15年もの年月を平民として過ごしてきたのだ。貴族に馴染むのは難しく、その元来の真っ直ぐな性格が彼女の境遇を悪化させた。
「ねえ、キティ。早く行ってきなさいな」
クスクスクス。昼休みの教室が少女たちの嘲笑であふれる。
キティは悔しくて少女に囲まれて優雅にこちらを見下す令嬢を睨みつけた。令嬢の名はエルシーといい、彼女は王太子の婚約者として学園の権力を牛耳っている。透けるように白い肌も淡く色づいた唇も伏し目がちな青い目も、高圧的に人を見下す物言いとエルシーの人間性で歪められる。キティはその容姿に惚れ惚れとしたこともあったが、今では恨めしいだけだ。
実を言うと、エルシーの命令はいくらでも拒否できる。何故ならキティはエルシーの婚約者に伝手があるからだ。貴族に虐げられている奨学生を庇ったとき、助けてくれたのが王太子殿下だった。それ以来、エルシーに目をつけられるようになってしまったのだけれど。今回の嫌がらせもとても悪質で、キティの名前で男子生徒を呼び出しておいたというものだった。しかも彼女いわくキティの実家と懇意にしている人らしく無碍には出来そうもない。妾腹のキティにとって男爵家は居心地のよいものではなかった。だが、彼女は王太子に告げ口するのは憚られた。
「どうしてこんなっ……!私は王太子殿下とお話しただけです。それだけでこのような仕打ちを受ける謂れはありません」
「だからどうだと言うのかしら? 私が命令しているのに」
「……っ」
「私は貴方のことを気に入ってるつもりよ。キティ」
せいぜい楽しませてちょうだい。
アイスブルーの目が冷え冷えとしながらも頬にわずかに赤をさす。人が苦しむのを見て喜ぶなんて残酷な人だ、とキティは一歩後ずさり居心地の悪さから教室を逃げ出した。
手紙を送った相手の誤解を解かなければならない。相手を激昂させない上手い言い回しはないかとキティは考えるが、貴族への対応にいまいち不安が残る。何しろ貴族生活たったの1年で学園に放り込まれたのだ。親しい家柄をすべて暗記した頭脳は人より群を抜いているが、作法に関しては付け焼き刃の域を出ない。
待ち合わせの場所だという庭園に赴いたが、まだ誰もいなかった。キティはため息をつきながらベンチへと腰をおろした。ふと目に入った水たまりが己の顔を映しだすが、とても情けない顔つきをしている。エルシーはどうして平凡な自分にこだわるのだろうか。容姿はせいぜい中の上、どう考えてもすべてが完璧な彼女にとって取るに足らない存在だ。キティはエルシーがよく物憂げに窓の外を眺める姿を思い出し、次期国王の婚約者というのもストレスが多いのだろうと考えた。基本的にキティは性善説を信じるほうだ。さっきの心底愉快そうな顔のことなど忘れてしまっている。
「ノーリッシュじゃないか」
「え、殿下?」
「しょぼくれた様子をして、またエルシーに虐められたのか。懲りないな、アイツも」
「い、いえ、そういうわけじゃ…………」
「大丈夫。エルシーのことは分かっているつもりだ。迷惑をかけてすまないな」
「ともかく、殿下が謝る必要はないんです!!」
王太子殿下、アドルフはスッと目を細めた。それからすぐに笑ってその位に相応しくなく謝るが、へりくだった様子はなく動作の一つ一つが高貴さを醸し出している。キティは逆に恐縮してしまい、ちょっと肩身が狭かった。
とはいえ、キティが虐められる原因はやはりこの殿下にあると、彼女は薄々察していた。何故なら平民が面白いのかたびたびキティに話しかけてくるのだ。その割に婚約者のエルシーへの気遣いが見て取れない。頭がいいのに典型的な乙女の心情を理解できない鈍感なのだろうとキティは考えている。それでも会話を断れない自分も自分なのだが。
それから会話の合間にここに来た理由を話すと、アドルフは快くどうにかしようと快諾してくれた。原因が彼なら解決してくれるのも彼な気がする。負のスパイラルという泥沼に嵌ってしまったことにキティは何も言わなかった。
明くる日の朝、キティは何者かに階段から落とされた。もしかしたらエルシーの取り巻きかも、と思ったがそんなことよりもキティを動揺させることが起こった。重力に逆らって階段から落ちる最中、手を伸ばした人物があまりにも意外だったからだ。
「キティ!!」
身長の変わらないエルシーがキティを引っ張り、包み込むように抱きしめた。鼻を掠める香水ともつかない甘い香りにエルシーに抱きしめられたことを知ってキティも混乱したまま腕を回した。
幸い落ち方が良かったのか二人とも大した怪我はなかった。スカートの裾の汚れを払うように立ちあがったエルシーは、あくまで冷静にキティに注意をしてくる。
「これからは背後に気をつけることね。ただでさえ賤しさが目立っているのだから」
「あ、あのエルシー。助けてくれたの?」
「…………弱者を助けるのが貴族の務めだもの」
エルシーはそう言って階段を降りて行く。本当ならキティは保健室に連れて行きたかったが、今ここで引き止めるのは彼女のプライドが許さないだろう。でも一言だけ言っておきたかったキティは、今までのことを忘れて声を上げた。
「ありがとう! 貴女に助けてもらえて嬉しかった!!」
返事はないままエルシーは振り向いて、目を丸くしたかと思えば、白かった頬を真っ赤に染めた。眉を下げ、嬉しいとも悔しいともつかないような表情をして「勘違いしないで」と再び背を向けてしまうのだった。
この事件以降キティ虐めがなくなる、ということはなかった。当然のように彼女はイビってくるし、裏では陰湿さを増して教科書が隠されたり、階段から何度か落ちかけた。むしろ、今までより苛烈を極めていったとも言える。
その間、アドルフがキティに告白するという思いがけないハプニングもあった。もちろん丁重に断り、憤りすら感じたので説教めいたものをかましたが、それを誰かに盗み見られたのかもしれない。
「もう見ていられないよ。その怪我の数はどうしたっていうんだ」
言い出したのは、数カ月前に仲良くなった伯爵令息だ。それに同意するように頷いたのはアドルフの幼なじみのシリルだった。その他二人を含めて彼らはその容姿はさることながら才能、身分に長けていて学園でも人気の生徒だ。女の子の友達が欲しかったが、女子はエルシーを恐れて仲良くしてくれない。そこで、アドルフが紹介してくれたのが彼らだ。はじめは衝突もあったが、今では身分を気にせず気軽に話しかけてくれる信頼できる人たちだ。多少スキンシップが激しいのが瑕だが。今日は人目につかないよう休憩室で話し合ってる。
キティは包帯や絆創膏の痕を指摘されて、心配をかけてしまった申し訳無さに縮こまった。
「どうせエルシー嬢だろう? アドルフが構ってやらないからってやり過ぎだよ」
「だよなあ。いくら可愛くてもこれはないな」
「あの」
「彼女昔からいじめっ子だから気質だよ、気質。元から性格が歪んでんだって」
「違います! エルシーはイビってくるけど怪我は彼女のせいじゃないです!」
まさか、と言いたげな彼らにキティは以前助けてもらった経緯を簡潔に教えた。エルシーの名誉のためにツンデられたことはのぞいて。しかしニュアンスで伝わったのか「それなんてツンデレ?」と言われてしまった。
「それ本当なら結構タイプだわ。アドルフが要らないんなら譲ってくれないかね」
「…………そういうことはないと思いますけど」
口を挟んだシリルが見せたのは1枚の写真だった。学園の許可をとって得た監視カメラの記録らしい。そこには、エルシーがキティの背中を押す姿が映し出されていた。日付を見るとつい最近のもの、少なくとも例の事件から一ヶ月は経っていた。
「キティ。これを見ても彼女を信じられますか?」
「う、そ」
しかし、キティには思い当たりがあった。ちょうどこの頃アドルフに告白され、あまつさえ抱きしめられたのだ。その現場を見られたのなら……。そう思うと自分も悪い気がして俯いてしまった。なんにせよキティの心は疑う方に向いてしまった。
それからはトントン拍子に「相応しくない振る舞いをするエルシーに国は任せられない」とキティの取り巻きの間で、彼女を追い詰める準備が進んでいった。シリルがどこからか持ち込んだ証拠の数々に、乗り気でなかったキティも彼らがすることを黙認した。おかしな話だが、実をいうと裏切られたようでショックだったのだ。
シリル曰く、アドルフに話は通っているらしい。可哀想だけれど、公爵令嬢という身分なら精々悪くて停学で済むだろうし、落ち着いたら本当に愛してくれる人と結婚もできるだろうと、貴族特有の世界を理解していないキティは頷いた。
「公爵令嬢どの、貴方が彼女にした悪事はもはやすでに周知の事実となった。高貴なる身としてそれに見合う責任を取っていただこう!」
シンと静まり返ったパーティ会場で、エルシーは伏せがちだった長い睫毛を瞬かせた。
奇しくもこの場は王太子殿下誕生祭ということで、会場は大勢の貴族であふれている。キティはまさかこんなところで、と顔を青ざめさせた。
「面白いことをいいなさる。証拠はおありで?」
対するエルシーの受け答えは堂々としたもので、その身の潔白を主張するかのようだった。キティはエルシーの白い頬に赤がさしたのを見て、彼女は楽しんでいることに気づき、追い詰めた側にも関わらず、安心していた。それから取り巻きたちを見ればこの場にいない、おそらくアドルフに付き従ってるだろうシリルをのぞいた三人がその美しい顔を嫌悪に歪めた。
「この写真を見ろ! 貴方がキティを階段から突き落としたことは明白だ。私情でこのような慎みのない行為を短絡的にするような人間に国は任せられない!」
ざわめく会場とは対称にエルシーは落ち着いた動作で写真を見つめた。
「だからどうだと言うの?」
以前キティにしたようにエルシーは悪びれずに言い放った。キティも驚きのあまり彼女を凝視すると、ほんの一瞬目があった。
悲しそうな色とそれに混在する星の瞬きを宿すような目と。
ざわざわとキティの中でエルシーの感情に強い困惑が湧き上がる。口元を隠していた扇子を閉じたエルシーは伯爵令息に視線を戻す。感情の機微を読み取れなかっただろう彼はまたも憤慨し、冷静でないまま彼女を追い詰める。
「我々は公爵令嬢どのと殿下との婚約破棄を要求――「それは、俺が決めることだな」…………え、あ、アドルフ?」
遅れてやってきた主役に場の混乱はピークになる。何故かキティの取り巻きたちは動揺を見せ、エルシーもが怪訝そうに眉を潜めた。アドルフの横に控えたシリルはいつもの温和な顔と違って全くの無表情だ。
「殿下、これを」
「ああ。さて、我が婚約者の潔白を晴れさせてみようとするか」
「アドルフ?!」
「それにシリルまで!」
「すみません、私はともかく殿下を呼びつけるのは控えてください」
「なっ、一体どうしたというんだ」
アドルフが写真を手に検証を始めると、シリル自身が持ち込んだそれが合成写真であることが判明した。「嵌められた!」と三人が喚くが後の祭り。それから監視カメラの映像を遡って流し出すと、階段から落ちるキティをエルシーが庇った光景もあった。それに対し、周りの貴族たちは恩知らずだとキティへの視線が好奇心から冷ややかなものへと変わる。
それからついでとばかりに伯爵令息以下二名の実家での横領や対公爵派閥として行ったことによる王家への不義、キティが彼らと年頃にしては近い距離でスキンシップをとっている写真がバラまかれた。なお、キティの家では横領は行っていなかったが噂とは怖いもので、一夜にして全ての火の粉が彼女にふりかぶることとなってしまう。
キティはただただ呆然としていた。
エルシーもアドルフも責めることができなかった。キティと彼らとの距離が近かったという事実、彼等の実家の不正、何よりも彼女が階段からキティを突き落とさなかったという事実。アドルフとシリルにはめられた原因はイマイチ分からないが、彼女を疑ってしまった自分の自業自得だ。彼女の助けようとしてくれた気持ちを裏切ったのだ。
衛兵がキティたちを取り押さえる中、王と王妃が登場しエルシーを慰め、王子がそばにいてやれなかったと謝り愛の告白をする眩ゆい光景に会場は湧いた。王の判断ではキティたちは反逆罪になるそうだ。
「お願いします!! 彼女の罪を取り消してください! 私が殿下と仲のよかったキティ嬢に嫉妬して大人げないことをしたのが原因なのです。それを勘違いしただけで罪は私にもあります。お願いします、陛下」
今までずっと冷静だったエルシーが急に取り乱し、陛下に懇願を始めた。周りがなんと優しい方なのだろう、と涙ぐむのに、「いいえ、そうではないのです。原因は私なのです」とエルシーは引き下がることなく、涙で訴える。アドルフが宥めようとするも、それすら目に入らない様子だ。
ひやりとした刃物のような視線にエルシーの横を見やると、アドルフがいつもの飄々とした顔を憎々しげに歪め、わたしを、睨んでいた。
まるで、恋敵でもみてるみたい。
最後までありがとうございました!
他視点で補完して完成なのですが、読み直してこう斜め感が……。続きは未定です。