コレット・エモネの回想録 中編
セルジュとコレットが人身売買組織に攫われて2か月が経った。
驚くべきことに、あの第二王子誘拐事件は王子が連れ去られてからわずか3時間で王子を奪取するという異例のスピード解決だったそうだ。この国の騎士団は実に優秀だ。あのローランドという赤髪の騎士もだいぶフランクな人ではあったけれども、国王直属ともなれば腕も確かなのだろう。父の話だと平民上がりで異例の出世を果たした人物らしく、陛下の覚えもめでたいとか。
本来であればローランドは国王の護衛にあたるのだが、王妃が強く要請したためしぶしぶセルジュの救出作戦に加わることになったらしい。「しぶしぶ」というところをわざわざつけるところがミソだ。
とにかく、今回のローランドの活躍は目覚ましく、国王から爵位を与えられる予定らしい。
なんで一子爵家の末っ子のコレットちゃんが知っているのかというと……はい、前世ゲーム情報です。父親に急にそんな政治的なこと聞いたらびっくりさせちゃうじゃないですか。
コレットは女性騎士に付き添われて両親のもとに帰ることができた。
家族と執事からは散々怒られ心配され泣かれてしまった。それ以来、コレットは家族が望むように大人しく過ごしている。さすがにあんな目にあったのに三歩歩いて忘れるようなことはできない。ゲームの世界とはいえ、コレットは今を生きているのだ。今では”コレット・エモネ”の家族は紛れもなくコレットの家族だと思っている。だから、コレットは家族に心配を掛けさせることのないよう「自重」を覚えた。どの程度持つかは自信ないけれど。
あの日、自分が別の世界の生まれ変わりということはわかった。
だが、前世の自分が誰なのかは覚えていないし、ここが前世で遊んだ「ゲーム」の世界である可能性が高いとコレットは思っている。だが、そのゲーム名が思い出せないのだ。
ただ、ゲームの攻略キャラクターとかストーリーだとかそういうものについては問題ない。
強いて問題を上げるとすればそのゲームの種類が恋愛シュミレーションゲームということだろうか。自分がそういうものを必死こいて遊んで悶えている姿を想像すると恥ずかしさで憤死しそうになるが、今はその世界にいるのだからどうしようもない。こっぱずかしいセリフを恥ずかしげもなくいう攻略対象と接する以上、それを言われる私もきっと恥ずかしい存在になるのだ。
色々悶えつつもコレットはセルジュルートについてもだいたい思い出せた。
セルジュはこの乙女ゲームのメインヒーローだ。そのため、他のキャラクターよりもイベントやスチルも多かった。
セルジュルートはセルジュの色々痒くなってしまいそうなぐらい甘ったるいセルフが特徴だ。俺様っぽくしようとするのだが、打たれ弱くて卑屈な面倒な男ではあるのだが、ある一定の好感度を上げると途端にヒロインに身も心も許して甘え甘やかされるようになるのだ。男が身も心も許すという表現はどうかと思うが、実にそんな印象を受けるようなストーリーだった。
セルジュの婚約者であるグレース・デュラメル侯爵令嬢もまた見どころである。
容姿端麗・頭脳明晰・家柄も申し分ない、もちろん侯爵家の資産も潤沢で、領地経営のみならず個人名義の商会を持ち、他国の嗜好品を中心とした商売にも手を出して順調な成長を遂げているという、もうちょっとライバル令嬢なら隙見せようよ!?というぐらいの完璧っぷりなのだ。セルジュルートはこのハイスペック通り越してチートっぷりを出会い頭からずっと間の当たらにしていて卑屈になっているので、その心を癒して自信をつけさせていくことで仲を深めていくのだ。
ただし、ライバル令嬢の多くがそうであるように、グレースの性格は悪い。自分がセルジュを支えて「あげている」という認識でいるためセルジュに対して高圧的な態度だし自分の価値をわかっているから誰に対しても傲慢な態度だし欲しいものは必ず手に入れないと気が済まないわ自分の敵とみなした人間には容赦なく陥れるわと結構きわどいこともしていたのだ。
コレットがセルジュルートを選択した場合、セルジュといい感じに盛り上がってきたところで婚約者であるグレースが接触をしてくる。初めは「婚約者のいる男性と二人きりになるのはいかがなものかと思います」ぐらいの窘めるものなのだが、どんどんセルジュとの仲が深まるにつれて、グレースの嫌がらせもとい報復行為が始まるのだ。エモネ子爵家の領民から土地を買い上げ、そこにガラの悪い男を住まわせて治安が悪いかのように見せたり、エモネ家の商売敵に塩を送り経済的に困窮させて学園にいられなくさせようと画策したり、ここぞというところでコレットが必要とする人物を自分の手元に引き寄せてイベントを妨害とまではいかないがかなりやり辛いようにしたり、こう、派手ではないのだが地味に確実に相手のダメージになるようなことをしてくるのだ。
だが、そうしたグレースの嫌がらせも彼女の取り巻きが勝手にコレットへ直接的な嫌がらせをすることで露見してしまうのだ。グレースは自分の下にいる者の不始末は自分の責任だと言い、そのような人を束ねることのできない人間がセルジュの婚約者であり将来王妃となることはできないといいコレットにセルジュを譲ると告げるのだ。ちょ、お前の暗躍に対しての謝罪はどうした!?とまで追求したいが、心優しい乙女であるコレットはそれを受け入れて大事にすることなく済ませるのだ。
ここまで聞くと実はいい人なんじゃないかと思うのだが、そこからが実にえげつない。
セルジュの婚約者でなくなったグレースは自分を裏切りコレットを選んだとしてセルジュとラグランジェ王国への報復に走るのだ。自分からコレットにセルジュをくれると言ったくせに。その報復行為がまた行動力があり過ぎる。侯爵家の権力と後ろ盾を使い、隣国まで巻き込み、今、国の存亡をかけた戦いが始まる…!という具合のラスボスなのだ。え、ちょっと待って。これ乙女ゲームだよね?と引っ張り出した記憶を疑うこと数十回。悪役令嬢なんて可愛らしいものではない。間違いなく真のラスボスは彼女です。直接自分の手を汚さないような報復の仕方といい、裏ボスといってもいいかもしれない。
コレットはそこまでセルジュルートを思い出した時点で、「あ、このルートはない」と思った。考えるまでもない、下手をすれば誰も幸せにならないルートなのだ。どこの世界に普通の恋愛シュミレーションゲームのライバルキャラが敵国の総大将として立ち塞がるというのか。いったいどこへ行こうとしているのかわからない。
だいたい最終的に他国巻き込むことができる令嬢ってどうよ?それだけの力のある婚約者を敵に回す気はない。というより、そんなハイスペックチート令嬢を敵に回して生きていられる気がしない。偶然を装って暗殺されるんじゃないかと気が気でない毎日なんて嫌だ。
確かにセルジュは天使と見紛うほどの美人だ。正直見た目はドストライクもいいところだった。セルジュの麗しいスチルが出るたびに「ひゃほい!」と諸手を挙げて喜んでしまうぐらいに好きだ。だが、好きという気持ちだけではどうにもできないことがあるのだ。だから諦めるしかない。
…あんな、誘拐先で優しくされて頑張って守ってくれようとした(※むしろ余計な暴力を食らうことになった)人で、きっとゲームのとおり一生懸命虚勢を張って優しい自分を隠して努力する人なんだろうな。
嫌、だめだ!こんな吹けば飛ぶような子爵家(失礼)程度ではあのラスボスに敵うわけがない。
……でも本当に可愛かったなあ、あの天使っぷり。スチルの感じだとこれからどんどんかっこよくなっていくんだろうなぁ。乙女ゲームの声優さんのままだとしたら声も超好みなんですけど。あんな声で口説かれたらもうたまんないよね!!
いやいやいや、無理だって!私程度の能力じゃ太刀打ちどころじゃないよ、もうエンカウントした時点で「お前はもう死んでいる」レベルだよ!スライムよりきっと弱いよ私!!スライムがいるかどうかは知らないけど!
そんなこんなをゴロゴロと自室のベットの上で悩んでいたが、結局結論はでなかった。
だってどう頑張ったって、あんなの恋に落ちるしかないシチュエーションじゃないか!無理!!確かにちょっと頭の足りない感じとかしたけどこれからきっと、頑張る子だから学園が始まるころにはあの時のことを教訓にして本当にいい男になっているはず!という希望を捨てきれなかったところが敗因だろうね!
再会した時にやっぱり好き!になってお互い両思いになったら考えよう。もしかしたら違う将来もあるかもしれないし、もしかしたらグレースとラブラブになっている可能性もあるかもしれないし。攻略失敗とかでライバルヒロインとヒーローがいちゃいちゃしているとか、うん、よくあるよくある。………やだなぁ。
*********
…泣けど笑えど、本日、学園入学初日でございます。
えー飛び過ぎぃーとか思わないでいただきたい。コレットの心情としても正に光陰矢のごとしといった気持ちなのだ。ぐだくだ悩んでいる間も時間は過ぎるし、そもそもセルジュとグレースの婚約した年は7歳なのだ。あのとき騎士のローランドが言っていたようにあの時点でグレースと約束があると言っていたあたり、既に婚約がなされた状態なのだろうことは察した。それを知った時に若干のハートブレイクな感傷に浸りました。ふん、もともとそういう設定だって知ってるもん。
もう少し早く気付けばと思ったこともあったが、今はそんなことは思わない。侯爵家と子爵家では家格が違いすぎる。王妃となるには最低ラインが伯爵位なのだ。子爵家では歯牙にもかからない。だからこそのシンデレラストーリー、乙女ゲームというのだろうが現実ある程度知ってしまうとそれに立ち向かうの超怖いですママン。娘は玉の輿希望のつもりはないのですが、イケメンと恋に落ちるのはやはり乙女として捨てきれないので、ヒロインとして頑張ります。セルジュ殿下はイベント発生次第ということにしよう、うん。
そう強く心の中で決意表明をして学園へ一歩を踏み出した。
「君は……コレット?」
振り返ると天使が美丈夫にジョブチェンジしていました。
あまりの麗しさにスチル様ぁあああ!と叫びたい心を必死に押さえて、まず思うことは一つ。
………イベント、早すぎやしませんか?
**************
…初日どころか学園に足を踏み入れた瞬間から始まるラブストーリー☆でした。
なにこれ運命力とか強制力とかいうやつですか。まさかそこから始まるとは思ってもいませんでしたよ、さすがに。
それ以降もセルジュルートのイベントは次々起こりました。
2日に一度のペースで。色々前倒しし過ぎじゃない?と思うようなこともあったのですが、気が付けばセルジュからの告白イベントまで怒涛の勢いでした。
極力セルジュルートは回避しようとか思ってたこともありましたが、強制エンカウントでイベント発生だからこちらからアプローチ掛けるまでもなく好感度は勝手にガンガン上がるし、「選択:今日は休む」にでもしない限り回避は無理でした。それをしたところで既に一定の好感度があるから続けるとセルジュが心配してお見舞いイベントが発生してしまうし。やりたくしてたわけじゃないけれどもお見舞いイベントは王道の窓からこっそり忍び込む&おでこコツン&「あーん」の3コンボだったドン!
え?その他の攻略対象?
公爵子息だとか次期侯爵子息だとか騎士団長子息だとか豪商子息だとかもろもろですよね。
聞いて驚け見て笑え!あのイケメンたちとエンカウントなんてしたことないんだぜ…!!
合同授業の関係とかで少し話ができたとしても、なんだか反応が微妙だったり、露骨に迷惑そうだったりで心が折れそうになるので、途中でやめた。こんな調子でイベントが起きるなんてまったくもって思えないし。
何の強制力なのかはさっぱりなんですが、見事セルジュルート一本できました。
いや、うん。セルジュ様大好きだったんですよ、本当に見た目好みだし次期国王なのにちょっと抜けているところとかちょっとやらかしたときの涙目とか、本当にきゅんとする。
だあって!ドストライクなイケメンが囁くんだよ!?リアルで!!「僕の心を捧げるのは君じゃないとダメなんだ」とかべったべたなのにときめいてしゃあないんですよ!!!畜生、好きだ!
変な声出さない自分を全力で褒め称えたい。誰かほめてください。
うん、やっぱり恥ずかしいことを言われて喜ぶ私も恥ずかしいヤツになったようです。
そんな私が一番危惧することは無論、悪役令嬢グレース様です。
他の攻略対象のライバルヒロインとは格が違うし難易度も段違いな彼女をどうするべきか…!
すでに恋仲イベントは着々と発生しているので、いつグレース様に「人の彼氏で何やってんだコラ?」とか言われても仕方がないのです。いや、グレース様がそんな言葉使いするとは思ってもいませんよ。あんな超人令嬢がそんなこと言うわけないじゃないですか。ニュアンスですニュアンス。
セルジュ様とお忍びデートを終え花火デートを完遂し、気が付けば本来であればグレース様による報復活動が陰ながら進行していて、ぼちぼち取り巻きの皆さんから恐喝されている頃なんですが、全く何も起きません。
起きないほうが現実としては嬉しいんですが、そうもいきません。だってちゃんとシナリオ通り進まないとセルジュ様でトゥルーエンド迎えられないし。ここまで来たら腹は括ってます。セルジュ様の幸せのためにも私の恋愛成就のためにも、グレース様には動いていただかねばならないと!
決意を新たに拳を握る私に、セルジュ様は不思議そうに顔を覗き込んできます。当たり前みたいに私の髪を撫でるとかね、乙女ゲームひゃっほいです。前世ではこんなことされたら恥ずかしくて殴打して逃げちゃいますからね。
「コレット?どうかしたのか」
昔と同じ澄んだ瞳に私だけを映すセルジュ様はやっぱり天使。ピュアッピュアです。
ゲーム上では見えなかった色々面倒で失敗も多い人だけれど、私が支えてあげなければという保護欲?みたいなものが湧いてきている今日この頃です。
誤魔化すようにセルジュ様が褒めてくれた笑顔を向けました。
「何でもないよ、セル。私、セルが大好きだなって思っただけ」
「ぼくもだ。君ほど心優しく清らかな女性はいない。僕には君だけだ」
そういって私のほほに口づけをするセルは、やっぱり幸せになってもらいたいと強く思いました。
…………報復はめっちゃ怖いんですけどね!!でも愛のために、コレット、がんばる!
しかし待てども待てどもグレース様からも取り巻きからも何のアクションもありません。
グレース様とセルジュ様の婚約を解消しないことには、大手を振ってセルジュ様と付き合うことができません。この状態が良いとも思ってないし。
「このままだとバッドエンドになっちゃうのかな…」
セルジュルートのバッドエンドはセルジュとグレースの結婚式を影から見守るコレットの姿が描かれたスチルで飾られた結末で、コレットは日陰の身としてセルジュを支えることになるのだ。それは嫌だ。しかし、この強制力が働いている以上、他のルートに行くこともできないしそんなことするつもりもないし、バッドエンド一直線になる。
それだけは避けたい。セルジュも国も悪役令嬢の手に落ちるなんて考えたくない。
コレットはくたくたになった一冊のノートを開いた。
ゲームの攻略キャラクターのルートとその攻略方法、覚えている限りの小ネタ情報をコレットがコツコツ書いてまとめたものだ。何かヒントはないだろうかと何度も読み返すうちに、コレットは一つの結論を出した。
「これ、フレエドサンドルートの手を使えば……」
フレエドサンドルートとは、騎士団長子息のフレデリックと公爵子息のエドガーの好感度を同じぐらい高めた時に発生するルートだ。イケメン二人に言い寄れて「私のために争わないで!」みたいなルートだ。二人は学園でも有数の剣の使い手だ。コレットがどちらも選べないという選択肢をした時に決闘で決着をつけるというイベントが発生する。
この決闘イベントは他のイベントとは異なり止めることができない仕様となっている。ほかのイベントは「コマンド:逃げる」があるので敵前逃亡が可能なのだが(乙女ゲームでなぜそんな選択肢があるのかはわからないが)、決闘はそれを断ることは家の名誉を穢す行いとなるため、断るという選択肢はなく強制イベントになるのだ。
コレットが目を付けたのはここだ。
「グレース様が得意とするのは策を弄すること。物理はそこまで得意でないはず」
グレースがゲームのシナリオ上でコレットにしたことの全ては人の手を介しているため、直接コレットや対象に手を下したことはない。逆に言えば自分から直接動くことができないのではないかと思ったのだ。魔王だって人任せにして最後の最後でないと戦わないのがテンプレだし、逆にこっちから仕掛ければまだ間に合うんじゃなかろうか?
コレットの頭はグレースと比べるまでもなく人並みだ。だが、運動神経は貴族というくくりの中ではそこそこ自信がある。淑女の嗜みの類であればグレースに敵うことはないだろうが、それ以外のジャンルであればまだ可能性があるのではないだろうか?
「これなら…駆け引きなしで正々堂々セルジュ様を手に入れることができる」
清く正しく心優しいコレットが好きと言ってくれたセルジュに恥じないような形で彼の隣に立ちたいから。
シナリオとは違うことをすることは結構怖いけれども、それでも彼に恥じない生き方をしたい。そのために後ろ暗くないことならどんな手段も選ばない。
コレットはそう決意してしまうと、引き出しから一番質の良い紙を出して手紙を書き始めた。
それか一番良い方法だと信じて。