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グレース・デュラメルの談話室  作者: 葛霧
グレース・デュラメル
13/14

グレースの結婚相談所10

エドガーの暴挙に晒されリュコスに救出されるという時間にしてわずか怒涛の10分間の事件から1か月が経った。




元次期王太子候補筆頭の婚約者であったグレースに次はラグランジェ王国に3つしかない公爵家…否、現在2つとなった貴族のトップの嫡男らに奪われ合っていると言う噂が広まり、ようやく収拾がつき始めた頃合である。噂にしては珍しくある意味事実であるが、一方は本人の同意を得ずに拉致…誘拐するという不名誉極まりない事実はクラウハウゼン家の総力を持って消されている。


現在未婚のフリーの女性の中では社交界一の花であるグレースではあったが、こうも立て続けに男女間の噂が広まるのはあまりにもよろしくない。とはいえ、グレースにしてはこの事件の収拾に少々出遅れたため、予想以上に噂が広まってしまったのは不本意なところである。

なにせ、彼女が噂が広まる前に手を打つ前にデュラメル家とクリスタの総力を持ってグレースを屋敷へと軟禁状態にしてしまったのだからどうしようもない。

グレースの両親にしてもクロードにしても、親友たるクリスタにしても、ようやく彼女のための人生が始まろうとすることに心から喜んでいたというのに、まさかそれ以前に生じていたグレースへの襲撃がクラウハウゼン家が主犯であるという事実が発覚したのだ。

最大限グレースの身の安全を守るため全力でグレースを守るべく恥も外聞もなく守ろうと動こうとした矢先。


この事件の収拾については『本来請け負うべき人間』たちで治めることとなった。



グレースの伝手を使えばさほどの労力もなく綺麗に隠せるだろう。事件の直後、彼女の周りの人間も“いつものように”、グレースが収集を治めると言う流れを待っていた。

要するに、『今まで友人であり、グレースを助けていた立場であるクラウハウゼン家と仲違いすることはない。これは何らかの誤りであった事実ではない』ということをグレースが対外的に自ら説明するということである。


だが、リュコスはそれを咎めた。


当たり前のように、グレースを通じてこの事件をなかったことにしようとする面々を公衆の面前で理路整然とその冷ややかな無表情に感情の消し去りきれず怒りの滲んだ声で。


『本来であれば、近衛隊、もしくは公安部員が彼を公安部へ送り取り調べ、王の下に議会を開き、彼の処遇を決めるのが筋のはずだ。なぜあなた方はその正当な手順を怠り、全て彼女に背負わせることを当たり前だと思っているのか。なぜ、何の非もない彼女が加害者である男のために頭を下げて説明するような立場になると、そういう思考ができるのか理解ができない。

彼女は紛れもなくただの被害者で、決して次期王太子妃ではない。ただの一人の令嬢だというのに。このような事件に巻き込まれた彼女によくそんな仕打ちができるものだ』


そして、それに追い打ちをかけるように彼の従兄弟(おうたいし)が微笑みながら続けたのだ。


『まったく嘆かわしいなぁ。さて、最近は仕事もできないと言うのに、派閥の力だけで職を得ている者も多いと聞くけども…。被害者にすら自分の仕事を押し付けるほどの無能なら、いないほうが余程国のためになるとは思わないか?』



この事件を契機に、かなりの人事異動が生じたという。


クラウハウゼン公爵家は唯一の嫡男の醜聞を消すことは出来た。

しかし、結果を見てみればこの人事異動により、長年人事院で顔を聞かせてきたクラウハウゼン家およびその派閥の人間が大幅に移動されることとなった。現在、クラウハウゼン公爵家当主であるエドガーの父は人事院総裁であったが、現在は総務局の副局長補佐に下げられた。一時的な措置という見方もあるが、次期国王であるハーゼが絡んでいる分、今後、クラウハウゼン家の繁栄は難しいだろう。


ハーゼ曰く

「フォーゲルライン公爵家の凋落を見ているんだから、そこからの“おこぼれ”に甘んじていればこんなことにはならなかったのにね?」

とのこと。


この機会にハーゼは王太子として、官僚については特に貴族主義ではなく実力主義に徐々に変えていくことになる。

この中で騎士団についても平民からも広く公募するとともに、貴族と言えども隣国の軍事訓練の一部を導入すると言うスパルタ式が盛り込まれ、多くふるいに掛けられたそうな。




******




ここ最近は王妃付の侍女になる予定がなくなったクリスタとの時間が減っていたグレースだが、先日の事件を受けてグレースの父であるデュラメル侯爵当主から直々にクリスタに卒業まではグレースの傍に極力付いてもらうよう取り計らわれた。

侍女と護衛を兼任できるような女性など早々見つかるわけもない。有能な侍女と護衛を選別するためにはまだ時間がかかりそうである。



そんな最近のグレースは


「あなたと一緒にいられるのは嬉しいのだけど、貴方だって次期騎士団長の妻になるのに私につきっきりというのはおかしいんじゃないかしら」


学園を卒業するまで、残り1年という時間しか残されていないのにとグレースが嬉しいような困ったような顔でクリスタに言うのだが、最近はクリスタも決まったように同じようにこう答える。


「グレースがグレースをちゃんと守ってくれる人を見つけて一緒になってくれるなら安心できるんだけどね。たとえば、軍隊育ちの長男気質な人とか」

「クリスタ…そんなピンポイントすぎるのは…」

「あれ?嫌なの?」

「いっ…嫌とか!そういうのは全然全くもってないのよ!?ただ、そんな、こんなご迷惑というかはしたないと言うか…決してリュコス様に不満はなくって」

「誰もシュバリエイト家の嫡男とは言ってないんだけど」

「!!?」


普通の令嬢のように恋に一喜一憂する親友(グレース)を楽しげに嬉しげにクリスタがにやにやと見守り傍にいるという、極めて平和な日常を過ごしている。


「す、好きとか、そういうのじゃないのよ多分?つり、吊り橋効果っていうのがあってね…ッ」

「うん、まぁ、いいよそういうの。わかるから」

「わ、わか…っ!?」


社交界でどんな美辞麗句で賛辞されても綺麗な作り笑顔で流していた自分はどこへ行ったのかと思わないでもない。しかし、そんな自分がいることを許せて楽しめるのがとても嬉しいと思うのだ。






「今、相談室は空いているか?」


軽いノック3回の後に少し緊張した声がした。

その声にグレースの顔がそっと赤くなるのをクリスタは見つけて口の端でそっと彼女に気づかれないように笑って、席を立った。わたわたと髪やら口元やらを気にする彼女を見やりながら、ドアを開いた。


「御機嫌よう、リュコス様。どうぞ、お入りになってください」


クリスタは小声で「まだ準備できてないのに!」と後ろで聞こえる抗議を聞き流しながら、公安部の制服に身を包んだリュコスを招き入れた。

ちなみに、公安部の制服はどこかの圧力によってベレー帽と詰襟のややシンプルな緑がかった黒地の軍服に似たような衣装である。まだ制服が支給されてさほど経っていないのだが、元々軍服慣れしているリュコスはさほど違和感もなく着こなしていた。

リュコスはクリスタを見て、少し口元をゆるめて会釈した。


「ありがとう、クリスタ嬢。グレース…嬢は」


呼び捨てにしようとして慌てて付け足した”嬢”に内心にやにやしつつも、珍しく表情に表わさずクリスタは何食わぬ顔でリュコスに教えた。


「グレースでしたら、そこにいますよ」


クリスタは後ろに下がり、目線でグレースを示した。

隠すまでもなく、談話室の中央のソファに座っているのだから即座に見つかるにきまっているだろうに、なぜかグレースは身を隠すようにそっとマナー違反にならない程度に身を縮めていた。

リュコスは難なくグレースを視界に入れると、柔らかな微笑みを浮かべてグレースの近くへと足を進めた。


「グレース!…嬢、お久しぶりです」

「リュコス様、御機嫌よう。お久しぶりです。あの、いろいろご迷惑をおかけしてしまったようで…申し訳ございませんでした」


リュコスに声を掛けられてようやく、グレースは立ち上がり礼と一緒に、はにかむ様に微笑みを返した。


あー相当気を許してる感じの顔だーとクリスタがお茶を入れる用意をしつつ二人をそっと見守る中、リュコスのグレースの目線が礼と共に下げられた瞬間の顔の緩みっぷりをしっかり目撃した。帰ったら速攻フレデリックに教えてやろうと心に決めた。


「いえ、俺の場合は仕事ということもありますから、気になさることはありませんよ。それよりも、なかなかお会いすることもできずに申し訳ありませんでした」

「そんな…リュコス様も国に戻られてしかも新しい職場に入ったばかりでお忙しいのに気を使っていただいて。私にはそのお気持ちだけで十二分にすぎるほどです」

「これに関しては俺がしたいからしているだけなので、貴女が迷惑でないといいと思っているぐらいですよ」

「迷惑だなんてそんな、思ったこともありません!」

「ならよかった。ハーゼからもあまりにも頻拍に行くと迷惑だし引かれると言われてしまっていたから、そういってもらえると嬉しい」

「私もリュコス様とお話しできるのは嬉しいですから」


恥じらうように頬に手を当てて微笑むグレースを見て、リュコスが紳士的に笑みを湛えつつも何かを耐えるように足に爪を立てるという構図はもはや定番である。


どこからどうみても相思相愛…とまではいかないにしても脈ありまくりな二人だというのに、どうしてこんなに進まないのだろう。


「それで、今日はどんなご相談ですか?」


グレースはクリスタから紅茶を出されるのを待って、リュコスに切り出した。

あの事件からリュコスがグレースの相談室に個人的に訪れるのはこれで3回目になる。


「あ、の、相談内容なんだが…」


リュコスが毎度のことながら言いづらそうにしながら、やや日に焼けた肌を少しばかり赤くさせて、意を決して言おうとするも、やっぱりちょっと待って、というような時間が約3分間ほど続き、葛藤した結果。


「……あなたの好みの男性は、その、どのような感じだろうか?」

「私の、ですか?」

「あのっ!その、いや、女性との!会話や好みがわからなくって相談に乗ってもらいたくて」

「そう、そうですか!そうですね、軍隊では女性は少ないですものね。こちらの令嬢の皆様とは違うことも多いですものね」

「そ、そう!社交界でも、女性の扱いが分からず、よくハーゼから小突かれてしまって!!」

「そうですか…こちらの、特に貴族のご令嬢は…」


(またあの嫡男言えなかったのか…グレース可哀そう)


グレースに今までのリュコスとの話を聞いた限りでは、かなり責めるタイプかと思っていた。世間でいう『肉食系』というイメージだったのだが…ふたを開けてみたら何このへたれ。

グレースを助けるとか守るだとかさほど深い中でも関係でも時間があったわけでもないのにそこまで言っといて、こんな初歩的な、言うなれば学園の初等部レベルのことすらできないってどういうことなのか。


相談室1回目の時は、まぁ、許した。その時点で「あ、こいつへたれ属性じゃね?」と思ったけど、あえてグレースの前で言うことでもないので黙っていた。

しかし2回目の時点で、グレースがリュコスが帰った後「やっぱり、人が言うほど私に魅力なんてないのね…」と涙目だったので、次回も同じような感じで終わったら殴るとクリスタは固く一人誓っていた。

たぶん殴ってもハーゼ殿下あたりが許してくれそうな気がする。


相談内容が何であれ、基本的にクリスタは相談室稼動中はグレースの身に危険が及ばない限りは空気なので、ひっそりとグレースの後方に待機しているだけなのだが、今回ばかりは話が終わって立ち上がった瞬間、お前の右頬を全治2週間程度は負わせてやると拳を握っていた。



「……私から言えるのは以上です」

「ありがとう。とても参考になった…隣国と言えども、文化が違えばここまで異なる対応が求められるのは…なかなか難しいものです」

「そうですね。私もあまりフリーデグリフの文化は明るくありませんから、逆の立場であったら難しいというのもわかります」

「本当に。ご令嬢に話しかける作法やら自分の気持ちを伝える方法にも様式があるのだから中々に難しい」

「そこまで難しく考える必要はありませんわ。相手が不快になることを避ければ、あとは相手のことを思ってすることであればそこまで深く考えることはありませんから」


リュコスが困ったように自分の頭をくしゃりと乱すのを見ながら、グレースは今日はもうここまでなのだろうと、最後に少し残った紅茶を飲みほした。

リュコスはグレースがカップをソーサーに戻すのを見て、ゆっくりと立ち上がった。


「今日は貴女も疲れている中、ありがとう」

「いえ、私でよければいつでも」

「そういってもらえると助かる。…そうだ、グレース嬢、手を出してもらえないだろうか?」

「え…?はい」


思い出したようにリュコスは仕舞っていた小さな箱を取り出し、親指の爪ほどの黒曜石と琥珀で作られた精巧な薔薇の宝石細工をグレースの手に乗せた。今にもこぼれそうな花弁はグリッターの琥珀は薄い黄褐色の強いシャンパンカラーで、どう見ても純度も高い。薔薇の周囲を囲むようなとげのない茨は黒曜石が艶やかに葉脈すら精巧にほられている。黒曜石も琥珀も宝石の中ではさほど高い方ではないが、大きさ・純度・細工の細やかさのいずれをとっても決して安いものではないのは明白である。


「リュコス様?これは…」

「家色って知っているか?」


リュコスはグレースの問いに被せるように問いかけた。

グレースは少し記憶を掘り返すもリュコスの言うようなものは知らないので、素直に首を振った。


「フリーデグリフでもその家を示す紋章はあるんだが、それと合わせて国における高位の家に対しては『色』が与えられるんだ。ちなみに、バヨネット家か授けられたのは『黒』、ちなみにシュバリエイトも隣国の古典でいうところの『黒』を指す意味合いになる」

「それは知りませんでした…国を象徴する色というのはわかりますが、家に対して色というのは初耳ですね」

「フリーデグリフでも一部の家しか持っていないから知らなくて当たり前だろうな」


そういいながらリュコスはグレースの手のひらに乗せられている琥珀の薔薇を指先でそっと撫でた。


「フリーデグリフでは、自分の瞳と同じ宝石細工を渡すんだ。もし受け入れてくれるなら、それを身に着けてもらう。拒否するなら何もしなくていい」


リュコスはそういってグレースの手を閉じさせた。

グレースは自分の手の中にある目の前の男の瞳と同じ色の宝石をぎゅっと握りしめた。


「………何を受け入れるの?」

「俺」


端的に返されたその答えに思わず目を見張る。

そんなグレースにはにかむ様に笑って、握られたグレースの拳にそっと唇を落とした。


「次に会うのは、2週間後のデュラメル家の夜会で」


そういってリュコスは急ぐように相談室を後にした。


グレースは足早で動揺を悟らせないような精一杯の背中に反して、耳が真っ赤に染まっているのを見落とさなかったけれども、それ以上に赤く染まっている自分の顔はどうすればいいのかさっぱりわからなかった。



「…ちゃんと言わなかったなあの野郎」


ただ一人、クリスタは中途半端にちゃんと言葉にできずに逃げ去ったへたれ(リュコス)を次回あった時は殴ると意志を固く決めた。




大変長らく長らくお待たせしました。

これにてグレースの結婚相談所は完結です。


予定よりだいぶ時間がかかってしまって最後あたりの無茶ぶり感半端なかったですが何とか完結できてよかった……。


余裕ができたらそのほかの登場人物の話を書ければと思います。


最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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