グレースの結婚相談所9
あけましておめでとうございます。
今年も拙文ではありますが、読んでいただければ嬉しいばかりです。
皆様にとって良い年になりますように。
「グレースはシュバリエイト家の嫡男に決めたのか?」
グレースはカップに口をつけていた顔をゆっくりと上げた。
目の前にはエドガーが不貞腐れたような拗ねたような顔で頬杖をついてグレースを見つめていた。
何を急にと言うようにとグレースが眉をひそめると、エドガーは投げやりに続ける。
「この間家が主催した夜会」
エドガーの家と言えばクラウハウゼン公爵家である。
そこまで言われれば、グレースは何とも気まずくなりそっと目線を逸らした。
「何していたんだ?シュバリエイト子息とバルコニーで二人きりなんて、君が何の考えもなくするようなことじゃないだろ」
「別に…息抜きをしていたところにたまたま寄られただけよ。何もないわ」
「なるほど。グレースにとって、たまたまそこまで深い付き合いにまで至っていない男に縋るのは何もないことなのか」
「……見ていたの?」
「従僕がな。主催者側の僕が人の覗きなんてする暇はない」
それもそうだろう。リュコスと二人きりなんていう場を見たらすぐさま割って入ってくるような男ということは知っている。問題は直接見たとか見ていないとかいうものではなくなっているが。
「昔、一度会ったことがある方なのよ。といっても10年以上前でお互いにすぐにはわからなくって。色々あったから感極まってしまっただけ」
「そうか。じゃああの噂は違うということでいいんだな」
「ええ。ただ夜会で会えばお話するぐらいの仲だから」
「ではそのように伝えておく」
どこに、とはグレースは聞かない。
グレースが国で一番の人脈を持つようになった一角はエドガーにあるのだ。人事院に代々勤めているクラウハウゼン家の付き合いの広さは有名だ。先代の当主夫人の顔の広さは王族はもとより貧民層にまで及んだという。そんな家に生まれたエドガーは家の繋がりを通じてグレースへとその糸を結びつけた。現在のグレースを成り立たせる一翼であると、グレース自身はもとよりその関係者も承知している。
わざわざ確認したということは、エドガーが噂の火消をしてくれるということでいいのだろう。自分でするつもりはあったのだが、してくれるというのなら任せるべきだろう。一人で抱えてはいけないと言われたばかりなのだし。
「いつも悪いわね。今度何かお礼をさせて頂戴」
「気にしないでくれ。そんなことよりありがとうと言ってもらえる方が嬉しい」
「いつもありがとう、エドガー」
グレースが微笑みながらそういうと、エドガーも笑みを返して立ち上がった。
「すまないな呼び出して。話はそれだけだ。クリスタは待たせているのだろう?」
「いえ、今日は実家に呼ばれているようで家の侍女が別室で待っているわ」
実家へは寝る以外にはほとんど変えることのないクリスタだが、大事な話があるということで珍しく呼び出されたのだ。学園に通っている以上、侍女よりもクリスタを同伴する方が楽なので日ごろはクリスタがグレースに付き添うようにしている。とはいえ、王子の婚約者という立場から解放された今、ずっとクリスタを傍に置くわけにもいかない。今後は侍女を伴うことが増えていくことは想定されているので、その前段階としてグレース付きの侍女が今回は付き添うことになったのだ。
エドガーは訝しむように眉をひそめて隣室をそっと見た。
「よく僕と二人きりになることを許してくれたな」
「他にも誰かいると思っていたから…それにエドガーなら心配ないもの」
「信頼されているようで嬉しいね」
エドガーはそういって首をすくめてみせた。
確かに若い未婚の男女が二人きりでいるというのはあまりほめられたことではない。貞操観念すら疑われてしまいかねない状況であることはわかっている。しかし、グレースは個室に二人きりという状況は他の令嬢と比べて多く経験している。情報の保守のため、侍女やクリスタを同席させず、相談者と一対一で話を聞くことは多いわけではないが少なからずあるのだ。もっとも、その時は壁の薄い隣室に背中をつけ、何かあればすぐさま動けるようにはなっているのだが。
とはいえ、今グレースたちがいる部屋はそのような特殊な仕様ではなく、ごく一般的なサロンとして利用される個室である。ベルを鳴らせば侍女か学園に雇用されているメイドが来る程度の壁の薄さで、僅かに部屋の扉は開き完全に密閉された空間ではない。とはいえ、確かに一般的にはあまりよろしいシチュエーションではないだろう。
そんなことを思い、グレースは立ち上がり侍女を呼ぶべくベルに手を伸ばした。
その手はベルを手に取るより先に、エドガーに奪われてしまった。
「エドガー?」
「先に謝罪させてくれ、グレース。すまない」
エドガーが苦しげにそういうなり、グレースの視界は奪われた。
反射的に声を上げようとするも、口には布を噛まされ声はくぐもってしまう。
どこで習ったと問いただしたくなるような手際でエドガーはグレースを拘束してしまった。
「頼むから大人しくしていてくれ。そうすれば僕は君にこれ以上傷をつけることはしないから」
そういうエドガーは、いつか自分を襲った暴漢を返り討ちにした時と同じ口調と表情だった。悪いとは思っていない、必要だからしただけと言った。
背中に嫌な汗がじわりと流れるのを感じながら、どうやって侍女か、それか誰かに助けを求めるべきか瞬時にグレースは考える。
そんなグレースをよくわかっていると言うように、耳元にエドガーは口を近づけ囁いた。
「君が僕を受け入れたくれなかったから悪いんだ」
せっかく、婚約者だけでなく王家からも君を引き離したのに僕を選ばないなんて、何のために君の心を彼らから離れるよう今までのことを仕組んだかわからないじゃないか。
グレースは閉じられた視界のなかで目を見開いた。
他に驚愕を表すすべがなかった。
――自分と婚姻を結ばなければ王にはなれないセルジュが、自分よりもすぐれないと八つ当たりをするだけでなく暗殺まで企てるその成り立たない行動に疑問は感じていたのだ。
それでも「セルジュ第二王子だから」と理由にもならない理由に納得していた。
考えるべきだったのだ。誰が、最初にそういって、ずっとそう言って慰め続けていたのか。
唇を噛みたくても、噛むのは柔い布のみでどうすることもできない。
セルジュとの婚約破棄をきっかけに、今までグレースを襲っていた最悪はピタリと止んだ。それは王家との関係を断ったからだと思っていた。だけど、そうではなかったのだ。
もちろん、セルジュや王妃が差し向けたことが大半だろう。裏付けも採れている。でも、ほんのわずかなものについては、あの粗雑な対応しかできない王妃とセルジュとは思えない証拠隠滅具合や証拠が実に巧妙に隠されていたりしていたのだ。怪しいとは思っていた。でも、それについて第二王子派と断言したのは誰だったか。
「君はクラウハウゼン家に嫁ぐのが一番正しい。そのために僕は、僕たちはずっと君に手を貸し続けていた。…そろそろ利子と合わせて返済してくれてもいいだろう?」
そう言って、エドガーはグレースを布で包むと、そのまま抱き上げどこかへ歩き出した。
(やっぱり、利害関係を通さなければ、誰かの役に立たなければ私なんて何の価値もない。
以前よりも価値の減った私なんて、誰も好んで助けてくれるはずなんてないのに)
久しぶりの宜しくない事態に気持ちが暗くなる。こんな事態で明るくなるのはコレット嬢くらいだと思う(それもどうか)。移動中に誰かに助けを求められるならそのアクションを取るしかないだろうし、それができなかったらとりあえず落ち着いたら逃げられるようにしなければならない。侍女がエドガーの息がかかっていなければ、もう少しすれば異変に気づき、クロードと家に連絡が入るだろう。少なくとも、今日の呼び出しはエドガーからという話はクロードとクリスタには伝えている。状況を掴めなくてもエドガーと接触を図るのは間違いないだろう。
「大丈夫だ。君に求めるのは普通の婦人と同じようなものだ。理想を言えば僕の祖母か、それ以上になるよう、君が必要なんだ。悪いようにはしないし、今までとすることはそう変わらない。君ほどに優秀な女性がシュバリエイト家に嫁ぐなんて宝玉を溝に捨てるようなものだ」
布越しに告げられる声は真摯なのに、行動は全くと言って賊としかいえないそれに頭がクラクラしそうだ。今までそんな素振り一度も見せなかったのに。いや、確かに婚約破棄後に自己推薦されたけれどもまさか。
人に悟られないようにと、堂々とした歩調で歩くエドガーがどこに向かっているのか、大体の方向はわかるがあまりそれはグレースを落ち着かせることはなかった。そこまで方向感覚に優れているわけではないグレースなので、もしかしたら違うかもしれない。でも、階段を下りたり布越しに感じる音が、エドガーが外に出るための道を歩いているのは予想するに容易かった。
このまま誰にも気づかれず、エドガーの家についてしまえばグレースの負けだろう。負けと言ってしまっていいのかわからないが、少なくともグレースが逃れたいと望み続けていた結果は相手が変わったという程度だろう。負担は軽減されたとしても、その心は決して救われないまま、自分は死ぬだろうとキシリと心臓が傷んだ。元の場所に戻っただけなのに、どうして前よりも痛いのだろう。
半々の自分の救出される可能性を考慮しながらも、その心は絶望に染まりつつあった。
結局、自分の友人などいなかったのだと。そんなもの、存在するわけがなかったのだと。手を差し伸べてもらえる理由を提示できないのなら、結局私は一人なのだ。
「…クラウハウゼン公爵家のご子息だな」
エドガーの足が止まった。
エドガーが自分を持つ腕の強さを増した。
僅かな緊張を孕んだ声でエドガーは何もないように装いながら自分へ声をかけた紺瑠璃の髪の長身の男へ目の笑わない笑みを向けた。
「シュバリエイト公爵家のリュコス殿でしたね。先日は我が家の夜会に出席していただきありがとうございました。シュバリエイト家が夜会に出ていただけるだなんて思いもしていなかったので驚きました」
「あぁ。その節は招いていただき感謝する。是非とも今度は招待状は出さなくて構わない。しかし、予想以上に手の込んだ夜会で驚いた。だが、無害な特定のご令嬢に監視をつけるのはいただけない」
「参加していただいた方の安全を守るのは主催者の義務でしょう」
「徹底して男性との接触を最低限にするようにすることがか?」
「そこまで特定のご令嬢とやらに執着するのも紳士的な行為とは言い難いと思いますが」
皮肉の応酬が開始早々に始まるこの二人の関係は何なの。
助けを求めるよりも先にそんなことが思い浮かぶのはある種職業病に近い物なのだろうか。
そんなことを考える余裕などないはずなのに、急にグレースから恐怖感が薄れつつあることに気づいてはいなかった。
「ところでエドガー殿。その腕に抱えているものは何だ」
「貴方に説明する義務はありません」
「義務はある。俺は昨日付で国家公安部に所属するよう勅命がだされた。俺の質問を拒絶することはそれ相応の理由がなければ処罰の対象になる」
公安部の制服はまだ昨日の今日ということで用意はできていないが、辞令書ならある。
リュコスは冷ややかにエドガーに告げると、再び目線でグレースを包む布を指示した。
「もう一度問う。それは何だ」
「……絨毯です」
「公爵家の令息がわざわざ自らそんなものを運ぶのか?クラウハウゼン家がそこまで落ちぶれてはいないだろう。むしろ、フォーゲルライン家の凋落を受け、勢力を増しているはずだ。従僕の仕事を奪うような躾はされていないはずだろう。
…正しく申告できないようなら中身を改めさせてもらう」
「!やめろ!!」
リュコスから伸ばされた手から逃げるように距離を取り、そのまま反対方向へと駆けだした。
だが、人ひとり抱えた男と10年間にわたる時間を軍隊生活に費やしてきた男ではその根本的な鍛え方は雲泥の差だろう。5歩も駆けないうちに、あっさりとエドガーはリュコスに追いつかれ、その勢いのままその腕にある布にくるまれた「何か」を奪い取った。
「返せ!!」
必死の形相でリュコスから取り返そうと足掻くエドガーをリュコスは片足で払いながら、奪った布を払えばそこには目隠しをされ猿ぐつわを噛まされたグレースだった。
「やはりそうか」
呟きながらリュコスはグレースの息があることを確認するや否や、足掻くエドガーを蹴り倒した。
エドガーと距離が開いた隙に、すぐさま慣れた手つきでグレースの拘束を解いた。
「グレース、怪我は?痛むところは?」
「いいえ、拘束されただけで他には何も…」
咳き込みながらも何とか答えたグレースにほっとしたようにリュコスは微笑んだ。
気丈にも一人で立つことができるグレースに更に惚れ込むリュコスであるが、それはそれとして後ほど思い返してハーゼと一緒に盛り上がろうと決意する。まずは目の前の男の処罰が先だと倒れこんだままのエドガーに近寄り、その胸倉をつかみあげた。
「これはどういうことだ?」
「……うちに嫁ぐ予定の彼女を我が家へ招待する途中だっただけです」
「デュラメル家にはそんな話来ていないようだがいつの間にそんなことになったのか説明してもらおう」
「愛し合う二人がようやくどこぞの馬鹿を廃嫡させて結ばれようとする、しかも家格としても釣り合いが取れる。事後承諾だとしても何の問題がありますか?」
「暴力で女性や幼子に何かを強いるのは屑のすることだ。貴族に名を連ねる人間ならば、なおのこと振る舞うべきことではない。少なくとも、愛し合う男女が取るような家への招き方ではないだろう。これは誘拐にあたる行為だ。言い訳にしても雑なものだ。だいたい、クラウハウゼン家がデュラメル家と繋がりを持ちたいのは借金の返済の為だろうが」
吐き捨てるようにリュコスはエドガーの言葉を否定し、その身柄を拘束しようと手をかけた。
「…クラウハウゼン家に多額の負債があることは知っています。だけど私が嫁いですべてが良くなるわけではないことぐらい、貴方だってわかっているはずでしょう?エドガー、どういうつもりなの」
「僕は何一つ、リュコス殿の発言を認めても受け入れてもいない。君の質問には答えかねる」
困惑を隠せず問いかけるグレースをエドガーは一蹴した。
リュコスはその態度に苛立ちを覚えるものの、公爵家の嫡男という男を逮捕、処罰するなどという権限を持っていない今、現在取れる方法は侯爵家の令嬢であるグレースの監禁誘拐未遂を起こしたと上へ情報を伝え、急ぎ公安部へ連行することしかできない。
代々人事院に所属しているクラウハウゼン家の男が、刑罰関係の手続きの基礎が分からないとも思えない。
少なくとも、この学園内で取り調べをすることはできないだろう。
「とにかく。デュラメル家の令嬢を浚おうとしたのは事実だ。これから公安局へ行ってもらう」
「どうとでも。僕は方法を誤ったかもしれないが、目指した結果は間違っていないと信じている」
エドガーの揺らがない瞳を睨み、リュコスは後ろ手に手首を拘束させながら吐き捨てた。
「お前の考えも思念もどうでもいい。確実なことはお前がグレースを傷つけたことだ」
「そして、次は貴方が傷つけるのか」
「そこ、何をしている!?」
僅かに続いたにらみ合いは、巡回していた学園所属の護衛騎士が不穏な空気を察して駆け寄ったことで終わった。
リュコスは護衛騎士に公安局所属を証明するネームタグを見せ、応援を要請した。
すぐさま騎士は近くの壁に設置されている緊急通報装置を使用し、一気に場が慌ただしくなってきた。
その合間合間に、リュコスはグレースを気遣ってくれたが、それに対してグレースは言葉少なに返すことしかできなかった。リュコスとしては友人に誘拐されかけたことと、本人の同意のない婚姻を実力行使で仕掛けられそうになったことでショックを受けているのだろうと、ただただグレースを労わるのみだった。
学園外から公安部所属の騎士が到着し、簡単に引き継ぎをするリュコスをぼんやりとグレースは眺めていた。そのうちの一人の女性騎士がそっとグレースに近寄ってきた。
「デュラメル家のグレース様ですね。私は国家公安部捜査課のカミラ・コリンズと申します。リュコスが戻るまで、グレース様のお傍につかせていただきます」
「コリンズ様ですね。ありがとうございます」
「お気になさらず。部屋を用意させました。こちらへ」
この短い間で次から次へと事件に巻き込まれ精神的にも肉体的にもくたくたになったグレースはそのほっと顔をほころばせてコリンズとすぐそばのサロンへと場所を移した。
先ほどまでいた部屋と同じくらいの部屋ではあるが、はめ殺しになっている窓があった。人払いが済ませてあるのか、既にポットに湯が入った状態のティーセットが置かれていた。
グレースは倒れこむようにソファに座り込み、コリンズが淹れたお茶を少しぬるくなったころにようやく飲み、少しだけ心を落ち着かせることができた。
「私はドアの外に立っておりますので、何でも構いませんのでお声掛けください」
コリンズはそうグレースに言うと、部屋を出て行った。言葉のとおり、ドアの前に立って警護の状態に入るのだろう。正直に、グレースはコリンズの気遣いに大いに助けられた。
このまま座っていることも正直辛く、短い時間でも構わないから少しだけ横になりたかった。
ドアが閉まり、30秒を数えてグレースはぽてりとソファに身を倒し、突っ伏すようにソファの上に置かれていたクッションに顔を埋めた。
そのまま、外には聞こえないだろう声量で、呻くように呟いた。
「…吊り橋効果怖い」
恐怖や不安を強く感じる状態で一緒に過ごした人をその不安感による心拍数の上昇を恋だと錯覚するというような説だったか。全く別の物だろうとその時は呆れもしたその説を急に思い出してしまった。
「私を、本当に助けてくれるなんて」
救ってくれた。
手を伸ばすことも叫ぶことも諦めていた自分を見つけてその腕で絶望から奪ってくれた。
夢にも見たことがなかったそれを、このこみ上げてくる感情も、止まらない胸の高鳴りは何なのかグレースは知らない。
だから呆然とする中で真っ先に思い浮かんだのが「吊り橋効果」だった。
恋愛相談だって受けたと言うのに、その感想とか表現はどうなのかと自分でも思わないでもないが、そう思っていないとおかしくなりそうで。
「どうしよう」
エドガーに裏切られたということよりも、今はリュコスのことを考えると顔が赤くなっていそうなこの自分の変わりようの方が気になって仕方ない。というか、リュコスのことばかり思考が巡る。もっと違う、この事件について考えるべきなのに、どこをどう考えてもそこに考えが戻ってしまうこれはいったい何なのか。
これはコレット嬢に相談するべきなのかクリスタに相談するべきなのか判断に迷う。
そうやってぐるぐるとグレースが悩み始めて30分ほど経過した頃、コリンズの制止する声に混乱する思考から顔を挙げると同時に、ドアが勢いよく開いた。
血の気の引いた真っ青な顔と滴る汗をそのままに駆け込んできたクリスタに、グレースは慌ててソファから身を起こした。
「グレース!大丈夫!?」
「つ、吊り橋効果!!」
「え?つり…?」
「あっ…その、ちが、クリスタって言おうと思って」
「吊り橋…?」
飛び付かんばかりの勢いでグレースに近寄ったクリスタに、グレースははわはわと狼狽え、そんなめったに見せないグレースの姿にクリスタも狼狽えある種収拾のつかない事態になった。
―グレースが何とか落ち着き、クリスタに今自分の身に起きている自分の症状を訴え、何とも生ぬるい微笑を向けられるまでまだ20分はかかる。