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配分者・クロウス

 朝四時起きの安曇くん 


 第一話 配分者・クロウス


 通りは一面雪で覆われ辺りはしんとしていた。人家の隣を通り過ぎると、窓の中から賑やかな声が漏れてくる。今日はクリスマスイブ、誰もが隣人を祝福し、喜びを分かち合う特別な日なのだ。

 だが、彼にとっては違った。

 彼の名はエドガー・エヴァンズ、先日初めて人を殺した男だ。自分に繋がる証拠を残していなかったため、警察には捕まっていない。エドガーの予定では今頃恋人のキャサリンと七面鳥を喰っているはずだった。しかし――

「シット! 一体誰なんだ、あいつはっ! どこまで俺を追ってくんだよ!」

 彼は路地裏へ逃げ込んだ。吐く息は霧のように白い。肺が凍りそうだった。喜ばしいホワイトクリスマスはエドガーにとって致命傷になりかねなかった。

 何度も転びそうになるが、踏ん張って全速力で逃げる。地面の所所は凍っていた。

「――どこまで逃げようと、無駄なことだ。エドガー・エヴァンズ」

 エドガーの頭上から声が響く。追跡者の声だ。

「くっ! てめえ本当に人間なのか?」

「もちろん人間ではない。私は人間を超越した存在、配分者・クロウス」

「は、配分者、クロウスだと……!」

 その男は空から降ってきた。落下速度は速かったが、地面に達する瞬間は、雪のような静けさで降り立った。

 クロウスは全身を赤い服で包んでいるが、真紅よりも暗く、黒に近い。この赤黒い色の中には、エドガーの恋人、キャサリンの血液も混じっていた。

「畜生っ!」

 エドガーは追跡者に背を向けて脱兎のごとく逃げ出した。しかし体力は限界だ。躰の真が干からびる感覚にうんざりしていたが、一歩でも多く追跡者から離れたかった。キャサリンは驚くべき死に方をした。この足が止まるのを、クリスマスの死神がじっと待っている。

 後ろは振り返らない。ただ前を見て走り続ける。

「私から逃げても無駄だぞ、エドガー・エヴァンズ。今宵はお前の首を心待ちにしている人間がいる。私はその人の願いを叶えなくてはならない」

 クロウスの言葉は直接心に届いた。無心になって走っているつもりなのだが、クロウスの言葉の意味ははっきりと理解できる。理解させられているのだ。

 エドガーにとって最悪の事態が起こった。路はフェンスで行き止まりだったのだ。緑色のフェンスの上部には有刺鉄線が敷かれている。

 ――それでも行くしかなかった。

「う、うあああああ!」

 麻薬を注射された蜘蛛のごとく、狂ったように四肢をもがかせてフェンスを登った。迫りくる有刺鉄線をものともせずに、顔面から突っ込んだ。痛みなどなかった。今のエドガーの躰はアドレナリンで満ちていたからだ。

 全身を引き裂かれたあと、フェンスの天辺から落ちた。クロウスが降り立ったような華麗なものではない。頭から地面に激突した。

 躰の中で何かが折れた音がした。それきり、エドガーは動かなくなった。

「――終わったか」

 クロウスはエドガーの側に来た。不思議なことにフェンスをすり抜けたのだ。彼は逃走者の死体を眺めると、無表情で次の作業に入る。

「さあ、はやく彼女の家に行こう。夜が明ける前に」

クロウスは死人に呟いた。エドガーの死に顔は、死の瞬間を凍り付かせたような、絶叫と慄きに満ちたものだった。

 誰もいない路地裏。有刺鉄線の向こう側。誰も知り得ないやり取りだった。

 雪がしんしんと積る。エドガー・エヴァンズの血に染まった躰を隠すかのように。


 クリスマスの朝、まだ世界が夜の帳に隠されている頃、彼女は何者かの気配に気づき目を覚ました。だが、誰もいるはずなどなかった。最愛の夫は数日前に殺されていたからだ。

彼女は上半身を起こすと、妙なことに気づいた。暖炉が燃えているのだ。就寝前に確かに消したはずの暖炉が――

「もしかして……」

 彼女はふと振り返ってみた。枕元の上には霜だらけの窓、外からの青白く暗い光、そしてそこに影となっている物――今は動かぬ物体と化したそれを、彼女は見た。

 彼女は泣き出した。しかしそれは決して恐怖などではなかった。うれし涙であった。

「ああ、ああローグ。あなたの無念は晴らされました。この首はあなたを殺した男の物なのですね……」

 クリスマスの早朝、一軒の家から若い女性の泣き声が漏れた。その声を降り続く雪の静けさが包んみこむ。彼女が泣き止むそのときまで。

「素敵なプレゼントをありがとうございます、どこかの名も知らぬお方……いえ、私はあなたの名を存じております。あなたの名は――」


「サンタ・クロウス。仕事が遅かったじゃないか。宴会はもう終わってしまったぞ」

丸丸と太った中年男性は七面鳥を片手に、彼に話しかけてきた。

 街の遥か上空、雪雲の上。中年男は風船のように浮いていた。

対してクロウスは大きな橇の上に立っていた。

「ハンプティ・ダンプティ……私の仕事は今日が最も忙しいのだ。そんなこと、世界の誰もが知っていることだろう? ……それに喋るときくらい、喰うのを止めたらどうだ」

 ダンプティはお構いなしに七面鳥に喰らいつく。

「ではクロウス、一日くらい休んでもいいのでは? まあ、お前の仕事は毎年一日しかないだろうが」

 ダンプティは豪快に笑う。噛み砕かれた七面鳥のかすが飛び散った。七面鳥の肉片は雲を通過した後、雪と一緒に街へ降り積もるだろう。

「冷めた料理しか残っていないぞ?」

 地平線から新しい太陽が顔を出した。空が極彩色に染まっていく。

 クロウスはにやりと笑った。

「毎年のことだ。私の名はサンタ・クロウス。世界中の誰かのため、願いを運ぶ配分者――」



 おい……あ……み……あずみ……起きなさい!

「……はっ!」

「もうお客さん来ているわ。さっさと支度をしなさい」

「え……でも、配分者サンタ・クロウスやハンプティダンプティは?」

「配分者って……なによ、それ。寝ぼけてるの? 今何時かわかる?」

「え、朝の四時っすか?」

「もう七時よ」

 夢オチだった。

 クリスマスイブなので書きました。こんなサンタさんいたら怖いなあ。

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