(10)儀式の成功
初期の宝玉作成に必要な工程は、大きくわけてふたつになる。
ひとつは、宝玉と大地母神の権能を結びつけること。
そして、もうひとつは宝玉とヴァンパイアの関係をはっきりさせることだ。
そのふたつ目のヴァンパイアとの関係を結ぶこととは、結晶石を宝玉に取り込ませることにある。
ふたつ目は勿論、ひとつめも称号を持っているシュレインであれば、どうにかすれば宝玉を作ることができるのだ。
ただし、そのどうにかすればというのが問題で、なにをどうすればいいのか、シュレインにはまったく見当がつかない。
「――――お手上げじゃの」
シュレインは、両手を上げながら考助を見た。
「まあ、それはね。いきなりやれって言われても無理か」
考助もヴァンパイアがどういう儀式を持っているかなんてことは詳しくわかっているわけではない。
あくまでも宝玉の完成形から、その結果を導くためのなにかが行われているという、極めて曖昧な工程が想像できているに過ぎない。
「ただ、まあ・・・・・・あ、いや。やっぱりなんでもない」
突然言葉を区切って首を振った考助に、シュレインが先を促すように視線を向けた。
「なんじゃ? そんな言われ方をすると、余計気になるじゃろ」
「ん~。シュレインにとっては昔からある物だからというイメージがあるせいかもしれないけれど、別にシュレインが独自に新しい儀式を創りだすなりしてもいいのじゃないかと思ってね」
過去にこだわる必要はないと言ってきた考助に、シュレインは戸惑いの表情になった。
少なくともシュレインにとっては、ヴァミリニア宝玉は昔から存在している物だ。
作り方が伝わっていると考えることは当たり前なのだ。
「そうはいってものう。吾には宝玉の作り方なぞ、さっぱり思いつかないのじゃが?」
「うーん。・・・・・・あ、そうか」
腕を組んで少しだけ考えた考助は、なにかを思いついたような顔でシュレインを見た。
「シュレインだったら、いまある宝玉と結晶石を使ってなにをどう作る? ヴァミリニア宝玉を抜きにして」
「なんじゃと?」
「別に、できあがる物がシュレインや僕の知っている宝玉でなくていいじゃない。・・・・・・どうする?」
そんなことを言ってじっと見て来た考助に、シュレインは少しだけの驚きと戸惑いの表情を浮かべた。
「この宝玉と結晶石を使って、なにをする、か・・・・・・」
そう呟いたシュレインは、考助に言われたとおりに、なにをするべきか考え始めた。
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考助からの助言(?)を受けたシュレインは、数日の間城にある書物を読み漁っていた。
勿論その中には、以前イネスが持ってきてくれたものもある。
これは、宝玉を作るための古い儀式を探していることもあるが、それ以外にも宝玉に行うための儀式(契約?)の参考になりそうなものが無いかを探しているのだ。
いくら契約のエキスパートを自認する種族とはいっても、簡単に新しい儀式が思い浮かぶわけではない。
なにか参考になりそうなものが無いかをいろいろと当たっているのである。
とはいえ、ヴァンパイアが結ぶ契約のほとんどは、当たり前だが生きているものか、以前に生きていたが亡くなったものを対象にしている。
宝玉のように無機物を対象にしている儀式は、まったくといっていいほどなかった。
「・・・・・・さて、困ったの」
数々の儀式を知っているシュレインとはいえ、なんのヒントもなしに無機物相手に契約を結ぶような儀式は思いつかない。
かといって、行き当たりばったりに儀式を行っても上手くいくとは思えなかった。
そんな悩めるシュレインのところに、イネスがやってきた。
「なにやらお困りですか?」
「む? ああ、イネス殿か。困っておるというか・・・・・・ふむ。ひとつイネス殿に聞きたいのじゃが?」
「シュレイン殿が、私に? なにかありましたか?」
これまでシュレインが直接イネスに質問をしてくるようなときは、たいていが重要なことを考えているときだった。
その経験から少しだけ身構えたイネスに、シュレインは苦笑を返す。
「いやなに。そんなに難しいことではないのじゃ――――」
そう前置きしたシュレインは、さきほどまで考えていた新しい儀式のことについて、イネスに意見を求めた。
シュレインから話を聞いたイネスは、真顔で「なるほど」と頷いたあとで、苦笑を返した。
「それにしても、コウスケ様は中々に厳しいことをおっしゃる」
「フフ。やはり、そなたもそう思うかの?」
イネスの言葉に、シュレインは笑顔を浮かべた。
現人神となった考助だが、いまでも自己評価が低いところがある。
特に道具(神具)作成に関しては、ほぼ隣に並ぶ者はいないという状態になっているのに、ときとして同じレベルを他者に求めることがある。
普通であればあり得ないのだが、自己評価が低い考助は、簡単に要求してくることがあるのだ。
今回もそれに近いものがあった。
「じゃがの――――」
笑顔を浮かべたままのシュレインは、そこでわずかに区切ってから、さらに言葉を続けた。
「不思議とコウスケは、無茶なことを言っても、無理なことを言ってきたことは一度もないのじゃ。ただの偶然かもしれんがの」
「それは、コウスケ様の神としての権能・・・・・・いえ。のろけでしょうか?」
思ってもみなかったイネスの反撃(?)に、シュレインは目を丸くした。
そして、クククと笑ったあとに、少しだけ困ったような顔になって遠くの方を見た。
「――――そうかもしれんの」
その返答に、イネスは眩しいものをみるような顔をしたが、視線を外していたシュレインは、それには気付かなかったのである。
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イネスとの会話のあと、結局シュレインはこれならいけるのではという儀式を考えついた。
成功するかどうかはわからないが、まずは試してみようということで、城から場所を移して儀式の準備を行った。
今回の儀式は、シュレインにとっても初めてのことで、力の使い過ぎで倒れる可能性もある。
そのため、見守り役としてシルヴィアについてきてもらっていた。
シルヴィアを見守り役として選んだ理由には、大地母神への祈りも儀式に含まれているためだ。
シュレインは、儀式を始める前にシルヴィアに視線を送ってから祝詞を唱え始めた。
その手には、考助の助言の通り結晶石が握られていた。
今回の儀式は、大地母神への祈りと結晶石が要になるので、最初から手に持ったままにしている。
右手に結晶石、左手に錫杖を持ったシュレインが祝詞を唱えると、途中からその両者に変化が訪れた。
右手に持っている赤い結晶石が、高熱にさらされているように溶け始めて、赤い光となって錫杖の先端に付いている球体に吸い込まれたのだ。
そして、起こった変化はそれだけではなく、一度錫杖に吸い込まれたはずの赤い光が再び外に出てきて、今度はまっすぐ宝玉に向かって吸い込まれていった。
その赤い光が完全に宝玉に収まるころには、シュレインの祝詞も完全に止まっていた。
赤い光が消え去って、少しの間シュレインは様子を見るように動かなかったが、宝玉はなんの変化も起こさなかった。
それを確認したシュレインは、ようやく笑みを浮かべつつ大きなため息をついた。
その顔を見れば、シルヴィアにも儀式が成功したことはわかる。
「おめでとうございます」
「ああ、ありがとう」
自分に近寄ってきて祝福を述べて来たシルヴィアに、シュレインは笑顔のままそう答えるのであった。
シュレイン覚醒! の、回でしたw
ちなみにこのときのシュレインは気付いていませんが、錫杖をきちんと使いこなしているからこそできた儀式です。
そのことに気付くのは、考助と話をしてからになります。




