(8)考助の嘘?
クラーラの説明を聞いたシュレインは、まじめな顔になった。
「クラーラ神の権能というのは?」
『ああ、それは簡単なことよ。貴方が儀式を行った際に動いていた精霊は、私の眷属のようなものだから』
「ということは、地の・・・・・・?」
『まあ、そういうことね』
クラーラ神は大地母神である。
大地に関わる権能を持つクラーラは、当然のように地の精霊とも関わりが深い。
宝玉を作った精霊たちが、クラーラ神の眷属だといわれてもなんの不思議もないことなのだ。
よく聞けばクラーラの返答は言葉を濁しているように聞こえるが、シュレインはそこには触れなかった。
わかりやすい言葉使いなのに、敢えてそう言ういい方をしてきたということは、クラーラが聞くなと言っているように聞こえたためだ。
それよりもシュレインには別に気になることがあった。
「宝玉の作成に地の精霊が関わっておるのは良いとして、そこにヴァンパイアが関わっておるというのは、どういうことじゃ?」
『あら。あの契約をするために、私との契約が必須とは思わないのかしら?』
シュレインの場合も、クラーラと契約をして称号を得てから宝玉作成の契約ができたのだ。
クラーラとの契約がヴァンパイアのみのものであるならば、たしかに宝玉作成はヴァンパイアだけができるものとなる。
だが、シュレインはあの儀式だけが、宝玉作成のために必要な条件だとは考えていない。
それがなぜなら、
「思いませんの。コウスケが、それだけで諦めるはずがないからの」
『・・・・・・プッ』
シュレインの返答に、クラーラから短く吹き出すような音がした。
そして、さらに今度ははっきりとした笑い声が聞こえて来た。
『クスクスクスクス。即答ね。考助にだって作れないものはあるでしょう?』
「それは、勿論ですじゃ。ただ、少しも確かめようともせずに、あっさりとクラーラ神を頼るように言ったことが腑に落ちませぬ」
シュレインがクラーラ神と交信する前、宝玉を見せたときに考助は、少しも自分で作ろうともせずにクラーラ神に話を聞くように言ってきた。
あのときは納得していたシュレインだったが、よくよく考えてみれば考助の態度は少しおかしかった。
そもそも考助は、ヴァミリニア宝玉を自分の手で作ろうと、昔からいろいろと考えていた。
それにも関わらず、あっさりとクラーラ神に判断をゆだねたのだ。
これはあくまでもシュレインの想像だが、考助はちゃんとした作り方を知っていたうえで、クラーラ神に話をするように言ったとしか思えない。
それは、ヴァミリニア宝玉やアルキス神殿の宝玉が、クラーラ神の手を絶対に必要としているということだ。
そんなことを考えていたシュレインに、クラーラからの制止が入った。
『あら。あまり先走って考えすぎては駄目よ? 考助のことを疑うのかしら?』
まるで心を読んだかのようなクラーラの言葉に、シュレインはハッとしてそれ以上、考えることを止めた。
「・・・・・・確かに、本人に確認もせずにこんなことを考えるのは失礼じゃの」
『まあまあ。それに、考助があんなことをシュレインに言ったのは、別にあなたを騙そうとしてのことではないわよ』
「そうなのかの?」
考助を疑うようなことを考えていたシュレインは、多少後ろめたさもありつつ首を傾げる。
『そうよう。貴方は近くにいすぎて忘れているかもしれないけれど、考助はこっちに来てからまだ十数年しか経っていないのよ?』
「は? はあ・・・・・・」
シュレインは、なぜクラーラがそんなことを言い出したのかわからずに首を傾げた。
だが、クラーラは気にせずに話を続けた。
『確かに考助はいろいろと作り出しているけれど、作れるものしか作っていないともいえるわ』
「えーと、なにをおっしゃりたいのか・・・・・・」
わからぬのじゃがと続けようとしたシュレインを遮るようにして、クラーラが答えを返した。
『つまり、どうやっても年月がかかるような道具は作っていないということ』
「・・・・・・はあ」
当たり前といえば当たり前のことに、シュレインは意味がわからずに、もう一度首を傾げる。
『塔の精霊石もそうだけれど、宝玉も作るのに時間がかかるのよ。だからこそ考助は、自分では作れない・・・・・・というか長い時間がかかると言ったの。勿論、ヴァンパイアが関わっていることも確かだけれどね』
確かに考助は、宝玉を作るのには時間がかかると言っていた。
だがシュレインには、それが先ほど言ったクラーラの台詞と繋がるのか、わからなかった。
『要するに、考助にはそういった長い月日をかけて作るような道具に関しては、経験が足りていないのよ。・・・・・・と、ここまで説明しても、まだわからない?』
「はあ、すみません」
『うーん。まあ、貴方が謝る必要はないわよ。お互いの認識が不足しているだけだから』
特に怒った様子もなく、クラーラはさらに続けた。
『簡単にいえば、考助は勘違いしているのよ。長い間宝玉に蓄えられた地の力が、私の権能そのものだって』
「クラーラ神の権能と? ・・・・・・と、いうことは?」
シュレインは、ようやくクラーラがなにを言いたいのか理解した。
考助は、宝玉の作成にクラーラが関わっていると考えていたからこそ、シュレインに話を聞いてみるように言っていた。
だが、考助が勘違いした宝玉が持っている地属性の力は、クラーラ(大地母神)の持つ権能の一部ではなく、あくまでも自然発生的にできた大地の力なのである。
長い間力を蓄え続けた道具は、ときとして神に近い力を持つことがある。
クラーラは、経験が少ない考助はそれを忘れていると言っていたのだ。
『勿論、その宝玉が長い時間を掛けて持つ力が地属性である以上、私とまったく関係ないとは言えないけれどね』
大地母神が大地に関わる神である以上、地属性の力とは切っても切れない関係にある。
そういう意味では、考助が言っていることも間違いではないのだ。
「・・・・・・なんともややこしいことになるもんじゃの」
思わずそう呟いてしまったシュレインの耳に、クラーラのため息の音が聞こえて来た。
『ほんとうにね。まあ、そんなわけで、前置きが長くなってしまったけれど、考助がだましたとか嘘ついたとかは、気にしなくていいわよ』
そう締めたクラーラに、シュレインは目を閉じながら心の中で礼を言った。
神であるクラーラには、それで十分通じているとわかったうえでの行動だった。
「そういえば、考助はいまの宝玉を作り替えるのにもヴァンパイアが関わっていると言っておったが、クラーラ神はなんのことかわかるかの?」
『あら。やっぱりそっちもわかっていなかったの?』
質問に質問で返されたシュレインは、意味がわからずに戸惑いの表情を浮かべた。
少なくともシュレインの一族には、宝玉の作り方など伝わっていないのだからわかるはずもない。
「宝玉の作り方など伝承にもなかったと思うがの・・・・・・」
『そんなことはないわよ。というよりも、いま現在も権利者である貴方が行っているじゃない』
「・・・・・・は?」
クラーラに言われたことがわからずに、シュレインは思わず呆けてしまった。
シュレイン自身には、思い当たりなど全くないのだ。
『別に難しく考える必要はないのよ。いまのヴァミリニア宝玉を維持する為に行っていることはなに?』
「ヴァミリニア宝玉を? ・・・・・・あ」
『わかったかしら?』
シュレインがヴァミリニア宝玉に行っていることといえば、結晶石を与えることだ。
それはまさしく、血を扱うことに長けたヴァンパイアにしかできないことだった。
「この宝玉に結晶石を与えれば、考助の言った状態の物になる?」
『さて、それはどうかしらね。やってみればわかるんじゃない?』
今更になって口を濁したクラーラに、シュレインはなにも言わずに笑みを見せた。
クラーラに対しては、それで十分だと判断してのことである。
少しずつ宝玉についての謎が解けてきました。
次は、シュレインが言った通り、結晶石を与えてみます。




