(5)古い儀式と古い一族
「・・・・・・上手くいかんの」
ヴァミリニア城にあるとある一室で、シュレインがため息をつくとともに肩を落とした。
いまシュレインがいる部屋は、色々な儀式を行うための場所で、ミスをして暴走を起こしたとしても周囲に影響を与えないようなつくりになっている。
管理層には訓練室はあるのだが、ヴァンパイアが行うような特殊な儀式を行うようにはできていない。
そのため、シュレインはこの部屋で、昔から伝わる契約の儀式を片端から試しているのである。
もちろん、片端から試すといってもシュレインにも限界はある。
体力と魔力の両方を合わせると、場合によってはあまり数をこなせないこともあるために、いい結果を出せない原因のひとつとなっていた。
ただ、こればかりはあせって仕方のないことなので、時間を見つけては古い儀式を行っているのだ。
そんな悩めるシュレインのところに、プロスト一族のイネスがやってきた。
「シュレイン様、よろしいですか?」
儀式を行っていないとわかったうえで、イネスは一応そう確認しながらシュレインのところに近付いてくる。
「イネス殿? どうされたのじゃ?」
「いえ。シュレイン様が古い儀式を探されているということで、文献をお持ちしました」
シュレインは、錫杖を使っての検証を行うために、ベネットを通して古い文献を探しているという通達を出していた。
城にも各地から集めた文献はあるのだが、それぞれの一族で保管しているものもある。
特にプロスト一族は、アルキスの神殿から持ち出した文献が数多くあった。
イネスは、その中でこれはという物を持ってきたのだ。
「おお、そうか。それは助かるのじゃ」
プロスト一族は、ヴァンパイアの中で最も古い一族と言われているだけあって、多くの貴重な文献を保管している。
一部とはいえ、それを見れるというのは、シュレインにとっても喜ばしいことなのだ。
笑みを浮かべながら書物を受け取るシュレインに、イネスが興味深げな顔になって問いかけて来た。
「・・・・・・古い儀式を復活させるということでしたが、なにか進展でもありましたか?」
「いや、進展というか、先ごろひとつの儀式を復活させることができての。他にもあるのではないかと思ったのじゃ」
「えっ!? それは?」
驚いた顔を向けて来たイネスに、シュレインは肩をすくめながら答える。
「大地への祈りじゃの。山の麓で行ったら、クラーラ神との契約ができたのじゃ」
先日行った儀式について、シュレインは隠すつもりは全くないので、イネスにもすぐに教えた。
「それは、また・・・・・・」
シュレインの言葉を聞いたイネスは、思わずといった表情でしばらく絶句していた。
日常で行われている大地への祈りが、伝承で伝わっているように、本当に神との契約に使われるなど、今のヴァンパイアは欠片も考えていないだろう。
それは、イネスのこの反応を見ればわかることだ。
それほどまでに、大地への祈りの儀式は、一般へ浸透しておりなおかつ日常で使用されているのだ。
だからこそ逆に、そんな儀式で神と契約ができるなんてことは思いもしないのである。
驚きから復活したイネスは、深くため息をついてからシュレインを見た。
「なるほど。だからこそ、古い儀式を調べ直しているのですね」
「まあ、そういうことじゃの。・・・・・・いまのところ全滅じゃが」
思わず愚痴をこぼしてしまったシュレインに、イネスは微笑を浮かべた。
「そんな簡単に古い儀式を復活されては、先人たちの苦労が浮かばれません。・・・・・・いえ、この場合は、長い時を経て、本来の意味を失ってしまったことを嘆くべきでしょうか」
古い儀式が復活したことを喜ぶべきか、きちんと儀式の意味を伝えてこなかったことを悲しむべきか、微妙なところだ。
複雑な顔になったイネスに、シュレインは苦笑を返した。
「過去のことをいつまでも嘆いていても仕方ないじゃろう。それよりも、もし正しく復活できる契約があるのなら、それを見つけるべきじゃ」
「それもそうですね」
前向きなシュレインの言葉に、イネスも大きく頷いた。
過去を捨てるわけではないが、いつまでもこだわっていては駄目だとイネスもよくわかっているのだ。
特にプロスト一族は、アルキス神殿に凄惨な過去を置いてきたという実績もある。
それが良かったことなのか悪かったことなのかは、まだまだわからないことだ。
シュレインの言葉を受けて、イネスは少しだけ考え込むような顔になった。
「それにしても・・・・・・大地の祈りですか。当たり前すぎてまったく気づきませんでしたね」
「それは同感じゃ」
ヴァンパイアが当たり前に行っていた日常の儀式が、まさか神と通じるための契約だなんてことは、ふたりともまったく考えていなかった。
勿論、たまたま多くの条件を満たしたためにクラーラ神を呼ぶことができたのだが、それがわかっただけでも大きな成果だ。
「シュレイン殿が大きな契約を復活させるということでしたら、私たちはそれこそ日常の儀式を見直してみましょうか」
「ああ、それはいいかもしれんの」
シュレインも体がひとつしかないわけで、全ての儀式に手を出せるわけではない。
ほかのヴァンパイアで手分けをして調べられるのであれば、随分と負担が減ることになる。
もっとも、先ごろの大地の祈りのように、シュレインだからこそできる儀式というのもあるだろうから、シュレインがまったく手を出さなくてもいいというわけではないのだが。
とにかく、今回シュレインが古い儀式を復活させたことで、それぞれのヴァンパイアがこれまで行ってきた儀式を見直すための良いきっかけになったことは間違いない。
その中で、本来の意味を取り戻すことができれば万々歳、そうでなくとも今ある儀式を継続していくということに対しての良い契機なのであった。
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イネスと別れたあと、シュレインは彼女が持ってきた書物を読んでいた。
さすがに現存する一番古い一族ということだけあって、イネスが持ってきた書物は、シュレインでも見たことが無いようなものばかりだった。
ただし、そこに書かれている儀式は、ほとんどシュレインが知っているような儀式についてだった。
とはいえ、まったく同じものではなく、歴史の流れで変わっていたものもある。
「・・・・・・さすがプロスト一族じゃの」
土地が変わることで、儀式のやり方も変わっていくことがある。
それを考えれば、儀式の方法が時間とともに変わっていくことも当たり前なのだが、プロスト一族はもっとも古い儀式のやり方を守ってきたということだろう。
プロスト一族が守り通してきた儀式にも興味はあるが、いまのシュレインはそれらの古い儀式を復活できるかが知りたいのだ。
いままで試した儀式と同じようなものは、どんどんと省いていく。
そんなことをしていくうちに、ある本に書かれた儀式がシュレインの目にとまった。
「・・・・・・これは?」
そこに書かれている儀式は、これまでシュレインがまったく見たことのないものだった。
加えて、大地への祈りに関連しているようなことまで書かれている。
以前のシュレインならともかく、いまはクラーラ神との繋がりもある。
もしかしたら儀式として成立することができるかもしれないと、シュレインはそこに書かれている文章を深く読み込むのであった。
プロスト一族は、塔に引っ越しをしてくる際に、古い文献なども持ち込んでいます。
勿論、そうなることを見越していたのもありますが、戦乱の最中に失われないように奥深くにしまってあったということでもあります。
それが今回役に立ったということでしょうか。




