(1)錫杖再び
シュレインは、くつろぎスペースにあるテーブルを前に、腕を組みながら首をかしげていた。
そのテーブルの上には一本の錫杖があり、シュレインはそれを見ながらなにかを悩んでいるのだ。
くつろぎスペースにはひとつの暗黙の了解がある。
それは、ひとりで悩みたいときには自室で行うということだ。
逆にいえば、誰かに相談したいとき、あるいは聞かれても構わないときには、くつろぎスペースで悩んでも構わないということになる。
考助がよくくつろぎスペースで悩んでいるのは、誰かに聞いてもらいたいという思いも多分にあるのである。
基本的にヴァミリニア城という場所があるシュレインは、こうしてくつろぎスペースで悩む姿を見せることはほとんどない。
その珍しい姿に興味を持ったのか、シルヴィアが話しかけて来た。
「珍しいですね。なにかあったのでしょうか?」
「・・・・・・ん? ああ、シルヴィアか。いや、特に理由はないのじゃが・・・・・・。訓練室で使ってみたはいいのじゃが、どうにも上手くいかなくての」
なにが上手くいかなかったのかは、シュレインの視線の先を見ればわかる。
「魔力の通りが悪くなったのですか?」
シルヴィアは以前シュレインから錫杖の効果について話を聞いていた。
儀式を行う際の魔力の使用量が段違いだということは聞いていたので、それに変化があったのかと考えたのだ。
だが、シュレインはシルヴィアのその問いに首を左右に振った。
「いや、そういうわけではないのじゃがの。・・・・・・この錫杖には、他にも使い道があるのではないかと思っているのじゃが、それがなにかわからないのじゃ」
「ああ、なるほど。そういうことでしたか」
シュレインの答えに、シルヴィアは納得の表情を浮かべた。
シュレインが持つ錫杖は考助が作ったものだが、どういう使い方をすればいいのか、全てを把握しているわけではない。
そう聞けば不思議な感じがするかもしれないが、この錫杖に関しては特定の仕組みを組み込んだわけではなく、使い手次第で変化するように作ってあるのだ。
そのため、シュレイン次第でいかようにも使えるようになっているのだが、それが逆にシュレインを悩ませることになっているのだ。
神具と呼ぶにふさわしい錫杖だが、使い手にとっては便利にできているわけではない。
それは道具としてどうなんだという話もあるが、神具とはそういうものだと思うしかない。
悩める顔をしたシュレインに、シルヴィアは考え込むような顔になって言った。
「これは私の経験上の話ですが、いいでしょうか」
「勿論じゃ。聞かせてくれ」
シルヴィアも水鏡の神具をどうにか使いこなそうと奮闘している最中だ。
その経験で得たことを話そうとしたシルヴィアに、シュレインは大きく頷いた。
「あまり深く考え込まずに、基本に立ち返って使ってみるのが良いのかもしれません」
水鏡の場合は、最初にピーチが変則的な結果を出したため、色々考え込んでしまったシルヴィアだが、結局普通の道具として使っている水鏡と同じような効果を発揮していた。
最初は神具だからといろいろ考えて、もっと派手な(?)効果を期待していたところもあったのだが、結局は地味なところに落ち着いた。
それを考えれば、あくまでも神具というのは、元ある効果の延長線上にあるのかもしれない、というのがシルヴィアの考えだった。
シルヴィアの話を聞いて、初めて錫杖を使ったときのことを思い出したシュレインは、顎に手を当てながら頷いた。
「なるほどの。それは確かにあるのかもしれん。・・・・・・初心に返って、か」
シュレインは、そう言いながらテーブルの上に乗っていた錫杖を手に取った。
その動きに合わせて、錫杖がシャラシャラと音を立てた。
錫杖の頭の輪の部分にある遊環が、互いに当たって音が鳴ったのだ。
その音を聞いてから一度目を閉じたシュレインは、一度深呼吸をしたあとに、再び目を開けてシルヴィアに頭を下げた。
「どうやら其方の言う通りかもしれんの。助かった」
「いえ、良いのですよ。この程度のことでしたら、いつでも相談してください」
「ああ、そうしよう」
自分の言葉にあっさりとそう返したシュレインに対して、シルヴィアはフッと笑顔を浮かべた。
そして、それを見たシュレインもまた、小さな笑みを返したのである。
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「初心に返って・・・・・・か」
シルヴィアと別れたシュレインは、場所をとある階層の山の麓に来ていた。
当然のように周辺はモンスターが出てくるが、シュレインは気にした様子もない。
それもそのはずで、この場所に着くなり錫杖を使って、自ら儀式を行って結界を張ったのだ。
この程度の結界を張ることは、別に錫杖を使わなくてもできる。
シュレインがわざわざ場所を移してまでここに来たのは、とある儀式を行うためだ。
ヴァンパイアというのは本来、契約を行い、守る者だ。
勿論、他にも種族を代表する性質はあるが、ほとんどのヴァンパイアたちは契約の種族としての誇りを胸に生きている。
血の契約もそのうちのひとつで、そちらの方が有名になっていることは否めないが、血の契約はあくまでも契約の一形態でしかない。
ヴァンパイアが守り、受け継いできた儀式の形式は数多くある。
長い歴史のなかで失われていったものもあるが、現在は北の塔の仲間たちが、散逸した情報を求めて世界中へ散っている。
いま、シュレインが行おうとしている儀式は、そのうちのひとつだった。
シュレインが持っていた錫杖を地面に突きあてると、シャラシャラと音が鳴った。
その音はシュレインがわざと鳴らしたもので、儀式の始まりを意味している。
周囲に鳴り響いた音に合わせるように、全ての音が静まり返ったように、辺りの音が無くなった。
それを意識しているのかいないのか、シュレインは特にその様子を見ることなく、儀式のための祝詞を唱え始めた。
シュレインが行おうとしている儀式は、大地との契約を行うためのものだ。
いちおう契約と仰々しい言い方をしているが、そもそもヴァンパイアが行う契約の儀式には、仰々しい大げさなものや単に祈りを捧げるような単純なものなど様々ある。
シュレインが大地との契約を今回の儀式に選んだのには、ヴァンパイアであればだれでも知る簡単なものだということが理由に挙げられる。
これこそ、シュレインが先ほどシルヴィアのヒントから得た「初心に返れ」だったのだ。
大地との契約の儀式は、ヴァンパイアであれば誰でも行える簡単なものであり、もっとも古くから伝わっている儀式のひとつである。
古くから伝わり、いまも途切れていない儀式というのは、なにかの意味があると考えての選択だった。
儀式の最初から多くの力を込めて儀式を行っていたシュレインは、普段気軽に行っているときとは違った手ごたえを感じていた。
特に、儀式を進めるたびに感じ始めた「気配」が、それを裏付けるように濃くなっていく。
いつも行っている形式であれば数分もかからずに終わるその儀式だが、いまのシュレインはゆっくりと時間を掛けて行っているため十分が過ぎようとしていた。
最後の祝詞を唱え終えて、最後の締めとばかりにその錫杖を地面に叩きつけて音を鳴らすと、周囲に漂っていた気配が急速にシュレインの目の前に集まって来た。
そして、一瞬で集まったその気配からシュレインに向かって声が聞こえて来た。
「合格よ。シュレイン」
その声と集まった気配は、まぎれもなく山の神クラーラのものであった。
山の神クラーラ登場!
何気にクラーラは、出番が多くないでしょうか?w
まあ、ヴァンパイアにとっては重要な神なので、仕方ないですね。(ですよね?)




