(10)ソルの居場所
考助がくつろぎスペースに向かって廊下を歩いていると、ナナが飛び込んできた。
「ワフッ!」
「おおー、ナナ。戻ってきたのか」
ナナはここ数日、ソルの常識学習(?)のために、リクたちのパーティに混ざって冒険者活動をしていたのだ。
「お、やっぱりそうだったか」
嬉しそうに大きく尻尾を振るナナを撫でていると、会議室のドアからリクが顔をのぞかせてそう言ってきた。
そのドアからは、他にもソルとリクのパーティメンバーが出てきた。
「やっぱりって、なにかあった?」
「いや。単に、転移門をくぐるなりナナが駆け出したから、父上がいるかと話していたところだったんだ」
「ああ、なるほど」
転移部屋から考助のいた廊下までは、途中に会議室があるのだが、その間の壁をものともせず匂いをかぎ取ったナナは流石といえる。
しゃがみ込んでナナの首筋を撫でていた考助は、リクへと視線を向けた。
「それで? どんな調子?」
「一般的な常識に関しては問題ないと思うぞ? あとはまあ、父上がかかわることに関してだが、これは時間を掛けるしかないと思うが?」
「あ~」
リクの報告を受けて、考助は微妙な顔になった。
ソルが考助のことに関して沸点が低いということは、すでにリクから報告を受けている。
ただ、考助にとってはすでに身近な例がいるので、あまり問題に感じていないことも確かだった。
少しだけ天井を仰ぎ見た考助は、すぐに首を左右に振って言った。
「とりあえず、ここで話し込んでも仕方ないから中に入ろうか」
そう言いながら考助は、くつろぎスペースに入るためのドアを示した。
確かに立ち話を続けるよりは、まずは座りたいと考えたリクもそれに同意するのであった。
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考助たちがくつろぎスペースに入ると、そこにはシルヴィアとフローリアがいた。
「なんだ・・・・・・? ・・・・・・ああ、戻ってきたか」
一瞬だけ団体に戸惑ったフローリアだったが、ソルとリクたちの姿を見て状況を理解したようだった。
「リクが来たということは、ある程度目途がついたということか?」
「ああ。あとは、俺たちでは手に負えないな」
「ん? どういうことだ?」
意味が分からず首を傾げるフローリアだったが、考助に関することだという説明を聞いて、納得の表情になった。
フローリアは、一瞬だけ視線をソルに向けて、
「そうか。それならなんとかなるか」
一番苦労していたところをあっさりと言われて、リクはやっぱりという表情になった。
そのリクの後ろでは、『烈火の狼』の他のメンバーが驚いていた。
「普通はそこで悩んだりするところなんだがな」
「そんなことでいちいち悩んでいたら、ここでは暮らせないからな」
「・・・・・・そうか」
なぜか胸を張って答えたフローリアに、リクは諦めたようにため息をついた。
フローリアとリクの会話を聞いていた考助が、少し離れたところでぽつりと呟いた。
「慣れているんだ」
「それはそうでしょう。コウスケさんのことで暴走する代表格と一緒に住んでいますから」
考助の呟きに反応して、シルヴィアが頷きながら答えた。
勿論、代表格というのは、コウヒとミツキのことだ。
「代表格って・・・・・・」
ガクリと項垂れた考助だったが、なぜか当の本人たちは、誇らしげに(?)胸を張っている。
考助とシルヴィアを余所に、フローリアとリクの会話は続いていた。
「それはいいんだが、いまのままだと簡単に暴走しそうだから表には出せないぞ?」
「それなら心配はいらないな。簡単に抑える方法がある」
フローリアはそう言いながら、ソルへと視線を向けた。
「ソル」
「は、はい!」
「いままではナナやワンリで済んでいたが、もし本当に考助のことで迷惑をかけるようなことがあれば、あのふたりが出てくるからな?」
ちらりとその視線をコウヒとミツキに向けたフローリアにつられて、ソルも同じ方向を見た。
そして、視線の先にふたりを捉えたソルは、ブルリとその身を震わせた。
「か、かしこまりました!」
直立不動になって答えたソルに、フローリアは満足げな表情になって頷くのであった。
ソルの問題点についてはフローリアの一言で終わってしまったので、あとは雑談モードになった。
「一応世間知らずな冒険者として活動できる程度にはなったが、実際に活動させるのか?」
「ふむ。そこまでは私も知らないな。どうするんだ?」
最後の問いかけで視線を向けてきたフローリアに、考助は少し考える表情になった。
「うーん。・・・・・・常識を覚えたと言っても、この短期間では限度があるだろうからね。まだ冒険者としては活動してもらうよ」
「そうなると、長期の依頼は厳しくなるんだが・・・・・・」
顔をしかめて今後のことを考え始めたリクに、考助は右手をパタパタと振った。
「いやいや。リクたちへの依頼はここで終わりだよ。ここから先は、別の人たちに頼むから」
「別の人たち?」
揃って首を傾げるフローリアとリクに、考助はやっぱり親子だなと自分のことを棚上げしつつ頷いた。
「セシルとアリサだよ」
考助の口からさらりと出て来た名前に、フローリアたちは納得の表情を浮かべた。
セシルとアリサは、いまは冒険者としての活動は減らして、百合之神宮の立ち上げに奔走している。
立場的には神宮の護衛隊のリーダーといったところだろうか。
もしソルがふたりの下について働けるようになるのであれば、今後は百合之神宮の守護神的な立場になることもできる。
考助のことを第一に考えているソルにとっては、ちょうどいい役職(?)だろう。
「――――ただ、そうなるためにはやっぱり冒険者のランクが必要になるから、しばらくはランク上げも兼ねて三人で動いてもらったほうがいいかな?」
「ふむ。なるほどな」
フローリアは頷きつつシルヴィアへと視線を向けた。
現在、百合之神宮の計画で表向きの総指揮を取っているのはココロになるが、実際の最終確認はシルヴィアが行っているのだ。
フローリアの言葉に、少しだけ考える様子を見せたシルヴィアだったがすぐに頷いた。
「そうですね。それが一番いいでしょうね」
ソルの実力に関しては折り紙付きで、考助に対する忠誠心も誰もが認めるとことだ。
それがときには問題を起こすこともありそうだが、リクたちのお陰で周囲のフォローがあればなんとかなりそうなことにはなっている。
であれば、ソルが今後訪ねてくる人が増えて行きそうな百合之神宮の警護に付くことは、理に適っている。
気になることがあるとすれば、ソルの種族に「神」の名が付いていることだが、いちいち種族名を言う人はこの世界にはいないので大した問題にはならない。
万が一ばれたとしても、神宮を守る神族として敬われることはあっても、蔑まれることはないだろう。
この先自分はどうなるのかと不安気な顔になっていたソルに、考助が視線を向けた。
「というわけだから、とりあえずはセシルとアリサから仕事を教わってね」
「は、はい!」
相変わらず堅い返事だが、こればかりは慣れるしかないと考助は考えている。
「まあ、それは追々、かな?」
と、小さく呟いた考助の呟きは、しっかりと隣に座っていたフローリアに届いた。
そして、その呟きを聞いたフローリアは小さく首を振ったのだが、幸か不幸か考助はそれには気付かなかったのである。
研修中だったソルが、なんとか実戦配備(?)されることになりました。
といっても、相変わらず監視は付きます。
何かあれば、即コウヒとミツキに連絡が行くようになったぶん、より厳しくなったと言えます。




