(8)初舞台
その日、第五層の街にできた新しい劇場の落成式は、大盛況のままプログラムが進んでいた。
劇場の落成式は、きっちりと決められた時間、お偉いさんが集まって式をやるのではなく、一日かけて様々な出し物を行うようになっていた。
この劇場は、ラゼクアマミヤ王国が王立劇場として建てた本格的なものであり、その初めての公演も国の威信をかけて行われている。
次々に出てくる演者はその道で名のある者たちばかりであり、観客たちもいい感じに盛り上がっていた。
それもそのはずで、集められた演者は、ラゼクアマミヤが公式に募集した者たちであり、国で名のある者たちが自慢のお抱えの演者を出しているのだ。
そんな演者たちが、観客たちを退屈させるはずもない。
さらには、最後の演者として、王家お抱えの演者が登場すると噂されていた。
これまでラゼクアマミヤ王家(というかトワ国王)は、有名な演奏者を集めてパーティを開くことはあっても、特定の演者を用意することはなかった。
いわゆるパトロンとなることが無かったのだが、いよいよ王立劇場の完成に合わせてそれが発表されるとあって、観客たちの注目を集めているのだ。
その中には、自分たちが抱えている者たちに敵うはずがないと考えてみている者もいる。
別にそれは根拠のない自信ではなく、これまで噂などでも一度もそこまで素晴らしい演者がいるという話を聞いたことが無いからだ。
この場に出てきて、いきなり誰もが認めるような凄い演奏ができるのであれば、どこからか必ず噂になっているはずなのだ。
そうした根拠をもとに、さて王家が選んだのはどんな演者なのかと、いささか上から目線で最後の演者を待っているのだ。
そんな自信を簡単に打ち砕くことになる演奏を目にするとは、最後の演者が出てくるまで、彼らは欠片も考えていないのであった。
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いよいよ最後から二番目の演目が終わったところで、場内の照明が落とされた。
これまでも演目の合間や演出で照明が落とされることはあったので、騒ぎ出す観客はほとんどいなかった。
それよりも、いよいよ国王が選んだ演者が出てくるということで、観客の注目は幕の下りたステージ上に集まっている。
そしてついに場内の照明が付き、幕が上がり始めたところで、場内の観客たちの声が静まり始めた。
初めての国立劇場の上演とはいえ、演目中に声を出すのはマナー違反だということはわかっているのだ。
幕が上がるにつれて、ステージ上に一人の演者が立っていることが観客からも確認ができた。
だが、その演者の顔を確認することはできなかった。
なぜなら、その演者の顔には女性を模したお面が被さっていたためである。
その演者の着ている服が、体型がはっきりとわかるドレスだったので、女性だということはすぐにわかった。
そして、ステージ上に用意された拡声器で、その女性の声が会場内に響くと、一部の者たちから騒めきが起こった。
なぜなら、ステージの中央に立っていたその女性は――――――。
「皆、王立劇場の初公演によくぞ集まってくれた。この劇場を建てることを決めたのは現国王であるトワだが、前女王である私もこの劇場の完成は嬉しく思う」
ラゼクアマミヤ建国の母であり、現国王の実の母であるフローリアだったのだ。
フローリア前女王は、引退を宣言してトワ国王に王位を譲ってからは、ほとんど表舞台に出てくることはなかった。
勿論、人々の記憶から薄れるほどに表舞台から離れていたわけではないのだが、観客からどよめきが起こるほどには珍しい存在になっていたのは間違いない。
とはいえ、一度は国の頂点に立って人々を導いてきただけあって、会場のどよめきにも動じず右手を軽く上げてそれを静めてしまった。
人々が完全に静まってからフローリアは、再び話し始めた。
「本来であれば、引退した身でこうして表舞台に立つのはどうかと思ったのだが、そこは子に弱い親として勘弁してほしい」
トワに頼まれてこの舞台に立っているのだと告げたフローリアは、さらに続ける。
「――さて、ここで僭越ながら私が舞おうと思うのだが、私の小さな相方を紹介させてくれ」
フローリアがそう言って舞台の袖口に目をやると、そこから小さな女の子がストリープを抱えて出て来た。
その姿を見た観客たちは戸惑いの視線をその子に向けた。
フローリアが舞を行うと言い、ストリープを持って出てくるのだから伴奏者だということはわかるのだが、こんな小さな子供がこの大舞台に出てくる理由がわからなかったのだ。
変に深読みした観客の中には、失望の表情を浮かべる者もいた。
すなわち、王家は自らの趣味のために王立劇場の落成式を利用したのだと。
ただ、常識で考えればそう思うのは無理もないのだが、彼らの前に立つその小さな女の子は、その常識からは外れた存在だった。
観客たちは、このすぐあとに自分の持つ常識が崩れるのを感じることになるのであった。
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舞台の中央に立ちながら横目でミクがストリープを構えて座るのを見ていたフローリアは、顔には出さないように内心でホッとしていた。
ミクにとっては、これほどの大舞台に立つのは初めてのことなので、どうなることかと考えていたのだが、どうやら緊張で上ずっていたりすることはないようだった。
この図太さは両親のどちらに似たのかとどうでもいいことを考えたが、すぐにそれを打ち消した。
折角ミクがいい感じで舞台に上がってくれたのに、自分がとちっては意味がないと思ったのだ。
フローリアがちらりと舞台袖に視線をやれば、そこではシュレインが満足気な表情で頷いていた。
シュレインは、この会場を覆うようにミクが発する魅了の力を打ち消すような結界を張っている。
とはいっても、完全に打ち消すものではなく、会場を出れば魅了の影響から脱するようにしてある。
それが、先日シュレインが提案したミクの魅了の力を抑える方法だった。
観客の注目が集まる中、いよいよふたりの演目が始まった。
まず初めに動いたのはミクで、その子供の手でストリープを奏で始めた。
その音が数音なると、これまで子供だと嘲っていた観客たちの顔色が変わった。
中には、すでにその音に魅了されたようにウットリとするものまでいる。
最序盤の導入を弾いただけで、ミクは観客たちの心をつかんだのである。
ミクが前奏を弾き終えたあとは、いよいよフローリアの登場となる。
ミクが弾く音に合わせて、フローリアが舞い始める。
ここでも、前女王の余興と考えていた者たちの視線が変わった。
いや、それだけではない。
これまで舞台に上がっていた演者たちも、ふたりの演目に引き込まれるように見ていた。
演奏が中盤まで行く頃には、観客たちは完全にふたりに魅了されていた。
そして、それに合わせるように、舞台の中央にたくさんの小さな光が漂い始める。
その光は、ミクが弾く音とフローリアが舞う踊りに合わせて、明滅したり上下左右に動き回っていた。
観客の中には、その光が精霊たちのものだと勘付いた者もいた。
普通は見ることができない精霊が、人の目に合わせて光を出しているのだ。
普通ではありえないその幻想的な光景に、観客たちはもはやこの時間が終わってほしくないとまで思うようになっていた。
だが、残念ながらどんな音楽にも必ず終わりというものは訪れる。
ミクがストリープの演奏を終え、その余韻に合わせるようにしてフローリアが舞いを終えると、会場は静寂に包まれた。
会場からの反応が無いことにミクは戸惑っていたが、フローリアは気にすることなくミクのところまで近寄っていき、手を取って立ち上がらせた。
すると、それに合わせるかのように、会場から割れんばかりの拍手が沸き起こるのであった。
フローリアとミクの表舞台へのデビューシーンでした。
もっとも、今後もあるかどうかは不明ですが。(特にフローリア)
会場の観客たちは完全にミクの演奏に魅了されておりますw
ただし、外に出ると夢から覚めたような感覚になって、魅了から解けるという仕様です。




