(1)国教
管理層にトワとココロが来ていた。
忙しいこのふたりが揃って来ること自体珍しいのだが、それが逆になんの用事で来たのかすぐに理解することができた。
「あ~。もしかして、準備が整った?」
対面するなりそう聞いてきた考助に、トワとココロは真面目な顔で頷いた。
「「はい」」
最近のふたりは、百合之神宮への一般客の受け入れについて忙しく動いていた。
それぞれの神社の管理人となる巫女も選んで、受け入れる態勢は整っていたのだが、百合之神宮自体が他にはない形態での参拝方法になるので、周知するためにトワが動いていた。
完全に周知することは不可能なのだが、ある程度の組織のところに百合之神宮の扱い方をココロの名を使って広めて行っていたのだ。
ただし、今回はできるだけ多くのところに周知できるように、国という組織を使って広めたのだが、それが原因で面倒も発生していた。
そのひとつは、国王であるトワにとっても厄介な問題になっていた。
「問題?」
トワからその話を聞いた考助は、なにも思い当たらずに首を傾げた。
それを見たトワは、小さく肩をすくめてから答える。
「話自体は簡単なものです。父上――――現人神を主神とした国教を作ろうという話が持ち上がっています」
「却下」
そう即答してきた考助に、トワは大まじめな表情で頷いた。
「私もそう言ったのですがね。いかんせん、いまの現人神の信仰の強さは、抑えることが難しいのです」
「国王であっても?」
「国王であっても、です。・・・・・・いえ。国王だからこそ、でしょうね」
僅かばかり苦みの走った顔で、トワはそう答えた。
そもそもラゼクアマミヤは、現人神からの信任を得てできた国なのだ。
初代王であるフローリアは特に、神の代理で国を治めていたという意識が国民たちの間では強く持たれている。
その流れを考えれば、現人神を国教の主神として仕立て上げることは別に不思議なことではない。
しかも、最近ではセントラル大陸全体が、現人神の聖域として認められている。
大陸に住む人々の信仰心が強くなることに伴って、国教を制定してはどうかという話が出るのは、不思議なことではない。
だからこそ、トワも断りづらく、対処に苦慮しているところがあるのだ。
苦い物を含んだような顔になっていたトワを見ながらココロがさらに補足してきた。
「正直に言えば、百合之神宮の噂と相まって、人々の期待はかなり大きくなっています。・・・・・・大きくなりすぎていると言ってもいいかもしれません」
これまで正式に巫女が入り現人神が祀られた神社や神殿といったものは、存在していなかったのだ。
それが、百合之神宮の噂とともに人々の信仰心が大きくなり、国教の制定も期待が大きくなっているのが現状だった。
「はあ。それは、トワが駄目だと宣言しても抑えられないほど?」
「いいえ。いまであれば、抑えることは可能でしょう。ですが、どこか必ず禍根を残します」
国王権限で国教の制定に待ったをかけたとしても、必ず人々の中にはしこりが残る。
そうなれば、今後の国王としての立ち位置にも微妙に傷を残すことになりかねない。
その程度の傷であれば、いまのトワの人気を考えれば大したダメージではないのだが、この先のことを考えればどうなるかは不明だ。
国家運営というのは、そうした小さなしこりが後々大きくなっていくこともあるのだ。
微妙な立場に立たされることになったトワに、考助は顔をしかめた。
「なんというか・・・・・・なぜ国教の制定が駄目なのか、本質的にわかっていない人が多いんだろうねえ」
そもそもアースガルドの女神たちは、公に許可しているわけではない。
国によっては国教を制定しているところはあるが、決してそれを認めているわけではないのだ。
敢えていうなら、認めてはいないが、わざわざ出張って(降臨して)まで潰す必要がないと考えている。
神々が実在するのに国教の制定を認めないのは、それが国同士の戦いに繋がることがあるためだ。
信仰というのがときに争いの建前として使われるということは、考助を含めた神々はよく知っているのである。
だからこそ、いまのような緩い多神教の教義のようなものが、いまの世界の主流となっているのだ。
「信仰が国同士の戦いの建前に使われることなど、ほとんどない世界ですからね。仕方ないことかと」
下手をすれば『神の怒り』が飛んでくることもあるので、宗教戦争が発生することはほとんどない。
だが、それはあくまでも「ほとんど」であって、絶対にではないのだ。
ため息をついてからのココロの言葉に、考助も同じようにため息をついた。
「仕方ない。その件に関しては、僕が・・・・・・あ、いや。コウヒかミツキを出そうか」
「「えっ!?」」
思ってもみなかった考助の言葉に、トワとココロが驚きの表情になった。
ふたりの予想では、いままで通り現人神の公式の神託をだすはずだったのだ。
まさか、考助自身から代弁者であるコウヒとミツキを出すと言ってくるとは考えていなかったのである。
驚くふたりに、考助は意外そうな表情を向けた。
「そんなに驚くことかな? どうせだったら最初から意思表示をした方がいいと思ったんだけれど?」
「意思表示・・・・・・それは確かに、これ以上ないほどのものになるでしょうが・・・・・・」
「影響も大きそうですね」
もし本当にコウヒかミツキが表に出て現人神の意思を公表すれば、それはセントラル大陸内だけで収まらず、世界中に広まる可能性がある。
それがどんな影響を与えるかは、未知数すぎて予測することは難しい。
顔を曇らせるトワとココロに、これまで黙って話を聞いていたシルヴィアが口をはさんできた。
「トワ、ココロ。いずれにせよ、神々が関わることになる以上、影響力を小さくすることは不可能なのですよ」
「いや、それはちょっと・・・・・・」
渋い顔になった考助に、シルヴィアは首を左右に振った。
「いえ。コウスケ様だけのことではありません。この件は、下手に引いてしまえば、他の神々が出てくることになりますから」
変に神の名を使って大きな戦になるようなことになれば、ほぼ間違いなく神々が表に出てくることになる。
シルヴィアが言っていることは、そういうことだった。
そのシルヴィアの言葉に、トワとココロはアッという顔になり、考助はコクリと頷いた。
「そういうことだね。だったらいっそのこと、コウヒやミツキを使ったほうがいいと思ってね」
「なるほど、そういうことでしたか」
神々が直接降臨してくるなんてことになる前に、代弁者で伝えておくというのは、確かにダメージが小さく済む。
考助やシルヴィアが懸念しているのは、大事に至ったときに神々が介入してくることなのだ。
頷くココロを見ながら、トワも覚悟を決めたような顔になった。
「そういうことでしたら、お任せしてもいいでしょうか」
その態度は、親子としてのものではなく、神の前にでた信徒としてのものだった。
部下との調整もなしにトワがこう言ったのは、神のやることを止めることなどできないという建前があるためだ。
また、だからこそトワもこういう態度になっているのだ。
その辺のことを察して、トワもいろいろと大変だなーと考えた考助は、特に茶化すことなく頷くだけにとどめておいた。
結局、久しぶりに人々の前に(顔がわからないように)姿を現すことになったコウヒとミツキは、きちんと考助の要求に応えて仕事をこなした。
現人神が国教として祭り上げられることを望んでいないという話は、その日のうちに大陸中に広まっていくのである。
ここでいう国教というのは、現人神を柱とした宗教を作り上げるという意味です。
わかりずらいですが、いままでのように主神を決めるとはまた違ったニュアンスになります。
要するに考助が懸念しているのは、それぞれの代表となる神をまつりあげて、その版図を広げると言った意味で戦を起こすといったことです。
まあ、地球上ではよくある宗教戦争ですね。




