(5)スキルの検証
管理層で考助と別れたソルは、すぐに里に戻るのではなく、ナナにお願いをして第八十一層の狼の拠点へと向かった。
用があるのは拠点ではなく、第八十一層に出てくるモンスターだ。
「――――――月光の裁き」
ソルが手のひらを相手に向けて、そう呪を唱えると対象に向かって一本の光が下りて来た。
「Gyaaaa!」
たった一度のその攻撃だけで、相手は右腕を失って苦痛の雄たけびを上げた。
そして、憎悪の視線をソルに向けながら突進してくる――――と。
「私にだけ注意を向けていていいのですか? ……あ」
自分の言葉が理解できているがわからないが、ソルが相手に向かってそう話しかけるのとほぼ同時に、相手の首がはじけ飛んだ。
勿論、ソルはなにもしていない。
相手の首を一瞬で刈り取った本人は、ソルの傍に寄ってきて尻尾を嬉しそうに振っている。
「ありがとうございます」
褒めてとばかりに舌を出しながらすり寄ってきたナナの頭をソルは撫でて上げた。
ソルがナナと一緒に第八十一層に来たのは、進化することで手に入った《月光の裁き》の効果を確かめるためだ。
ゴブリンの里がある階層で試してもよかったのだが、せっかくなのでいままでよりも格上の相手で使ってみたかったのだ。
「攻撃の力が高いのはいいですが、きちんと的を合わせるのが難しいですね」
「バウ?」
《月光の裁き》の使用感について、思わず呟きを漏らしてしまうと、隣にいたナナが首を傾げつつ見上げて来た。
ナナは、狩りができるのが楽しいのか、ソルのスキルの検証に付き合ってくれている。
何気にナナとソルが揃って狩りをするのは初めてのことなのだが、なんの違和感もなくモンスターの討伐ができていた。
あるいは、眷属同士であればある程度の連携ができるようになっているのかもしれない、などとソルは考えている。
それもスキルのことと合わせて考助に報告するつもりでいた。
ソルがナナと一緒にスキルの検証を行っていることは、考助も知っている。
その際に、検証がどうだったのかを知らせることになっているのだ。
どう考助に報告すべきかをソルが脳内で検証している間に、またモンスターが近付いてきたらしい。
ソルの注意を引くように、ナナが唸り声を上げた。
「おや。――――月光の裁き」
《月光の裁き》について考えていたためか、モンスターが視界にいることに気付いたソルは、流れるようにスキルを発動していた。
だが、今度は先ほどの攻撃とは違った効果が現れていた。
空から光が降ってくるところまでは同じだったのだが、対象になっているモンスターが突如として動けなくなったように固まったのである。
まるで、モンスターがなにかに縛られているようだった。
いや、現にそのモンスターは光の鎖で縛られているのだ。
これもまた、ソルが使った《月光の裁き》の効果のひとつである。
どうやら《月光の裁き》は、ひとつのスキルで複数の効果をもたらすようなのだ。
「いまのところふたつだけのようですが・・・・・・発動の条件がいまいちよくわかりませんね」
周囲に現れるモンスターを片手間のように倒しながらブツブツと呟いている姿は、見る者が見れば引くような光景だが、いまはナナ以外には誰もいないので、ソルはまったく気にしていない。
もっとも、周囲に誰かがいたとしても、ソルが気にするのは考助だけだろうが。
しばらくの間、ソルは第八十一層で《月光の裁き》の効果を確かめていたが、使用回数が二十を超えるころになって諦めたように首を左右に振った。
「これは駄目ですね。これ以上はもっと検証しなくてはわかりません。・・・・・・ナナ!」
発動条件がどうなっているのか、もっと回数をこなさなければわからないと判断したソルは、相変わらず喜んだままのナナを呼びよせた。
「これ以上は意味がないので、一度あの方のところへ報告に行きます」
そう言ったソルに、ナナが「いいの?」と言いたげに見上げて来た。
そのナナの首筋を撫でながら、ソルは小さく頷いた。
「発動条件については、もっと回数をこなさないとわからないようですから。この場での検証は終わりにします」
ソルがそう宣言すると、ナナは納得したのか戦闘モードを解除して、いつもの小さな姿に戻った。
それを見て、自分と一緒に考助のところに行くつもりだとわかったソルは、小さく笑いながら変化したナナの首筋を撫でるのであった。
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管理層に戻ってきたソルを見て、考助は目を丸くした。
「あれ? 案外早かったね」
「ハイ。わからないことがわかりましたから」
なんとも不思議な言い回しに、さすがの考助も首を傾げた。
それを見たソルは、すぐに先ほど行った検証を説明した。
「――――なるほど。あとの検証は強い敵じゃなくて、回数が大事だから戻ってきたのか」
「そうです。里で回数をこなせば、見えてくるものもあると思います」
「なるほどね」
ソルがスキルを使った感触では、数十回程度ではわからないだろうということがわかった。
あとは、それこそ回数をこなして発動のタイミングを見極めたほうがいいと判断したのである。
彼女の返答を聞いて何度か頷いていた考助は、ふとあることに気付いてソルのほうを見て言った。
「そういえば、ソル、気付いている?」
「?」
唐突な考助の問いかけに、ソルは首を傾げた。
「進化したとわかる前は、あれほど僕の神威に萎縮していたのに、いまはそうでもないよね?」
「えっ? ・・・・・・あっ!?」
考助から言われてようやく気付いたソルは、思わず口に手を当てた。
あれほどまでに考助から感じていた威圧が、いまではそよ風ほどにも感じなくなっている。
そのソルの様子を見て、考助は考え込むような表情になる。
「なるほどね。やっぱり気のせいじゃなかったのか。ということは、神族になれば神威の影響はある程度抑えられるのかな?」
シュレインたちの例もあるので、必ずしもそうとは限らないのだが、少なくともソルを見ている限りではひとつの正解といえるだろう。
だが、その考助の予想は、ソルにとっては別の問題を引き起こしていた。
「も、申し訳ありません! 決して、主様の威厳が無くなったというわけではなく・・・・・・!」
考助の考察を明後日の方向に解釈したソルが、慌てた様子で弁明を始めた。
それを見た考助は、内心で苦笑しつつ首を振った。
「いやいや。別にそんなことは思ってもいないからね。・・・・・・あ~。これは、僕から説明するより、シルヴィアに頼んだ方がいいかな?」
考助は、助けを求めるように、それまで黙って話を聞いていたシルヴィアに視線を向けた。
ちなみに、シルヴィアはふたりの会話を楽し気な表情になって聞いていた。
「そのほうがいいでしょうね」
「うん。それじゃあ、任せた」
これ以上は藪蛇になると判断した考助は、自分でソルに話をするのは諦めて、完全にシルヴィアへと投げてしまった。
勿論、いきなり考助がこの場からいなくなってしまえば、ソルがますますおかしな方向に解釈しかねないので、一歩下がってシルヴィアが話をするのを待つのであった。
その後、シルヴィアによるソルへの説得(?)は、五分近く行われた。
中途半端な状態で終わらせてしまっては、今後に影響が出ると判断されたためだが、話を終えたときのシルヴィアはそれなりに疲弊した様子を見せていた。
考助に対して忠誠に厚いソルだが、こういったときはそれが弊害になってしまうという悪い例である。
もっとも、シルヴィアの努力(?)の甲斐あって、ソルの誤解は無事に解け、当の本人は喜び勇んで里へと戻って行くのであった。
ナナがソルに懐いているのは、ジャルから貰った加護のお陰です。
同じ加護をもらっている効果ですね。




