(2)初対面
目の前にその存在が現れたとき、ソルはすぐさま膝を床に付けた。
「あらあら。貴方が膝を屈するのは、ひとりだけだと思っていたのだけれど?」
少しだけ揶揄い気味にそう言ってきた相手に、ソルはどうにか声を出して対応した。
「・・・・・・あの方は、私が貴方様に膝を屈したところで、お気になさらないかと存じます」
「あら。これは一本取られたかしら。確かにそのとおりね」
ソルの答えに、その相手――――月神は、右手を口元に持っていき、コロコロと笑った。
ひとしきり笑ったジャルは、右手を下げてからさらに続けた。
「さて、あまり時間もないことですから、すぐに本題に入りましょうか」
その前置きに、ソルは緊張で身を固くした。
「わざわざナナに頼んであなたにこの場に来てもらったのは、他でもなく、私の加護を与えたかったからなのよ」
別に加護を与える際には、本人(神?)が目の前に出てきて与える必要はない。
だが、ジャルがこうしてソルの前に現れる機会を持ったのは、ちょっとした理由があった。
「本来ならこうして姿を見せる必要もないのだけれどね。貴方の場合、言葉(神託)だけで伝えても拒否したでしょう?」
まさしくそのことを考えていたソルは、思わずといった感じでうめき声を上げた。
ソルは現在、考助からの加護を授かっている。
加護が複数神からもらえることはソルも知っているが、だからといって「はいそうですか」と別の神から加護をもらうつもりはなかった。
神託だけで告げられた場合は、ジャルの言う通り拒否することもあり得るだろう。
むしろ、そちらの可能性のほうが大きかったはずだ。
だが、こうして目の前に神本人が現れて頼まれれば、拒否することは難しい。
もちろん、ジャルが強制的に許可するように圧力をかけているわけではないが、直接その身で神威を浴びている状態では、否定的な感情を持ち続けることは難しい。
さらにいえば、次のジャルの言葉でソルのなけなしの反抗心(?)は立ち消えてしまった。
「私が加護を与えれば、貴方のさらなる飛躍に役立つと思うわよ。それは、考助も望むところだと思うのだけれど?」
「・・・・・・それは、どういうことでしょうか?」
考助の名前を聞かされれば、ソルとしても無視はできない。
もっと詳しい話を聞きたいと願ったソルは、ジャルから神威の圧力を受けつつ、どうにか問いかけることに成功した。
だが、そんなソルを見て、ジャルは目を細めながら小さく笑みを浮かべた。
「フフ。それは秘密ね。もともとこうして目の前に出てきていること自体、反則なのですから」
その返答を聞いたソルは、少し考え込むような表情になった。
そもそもジャルからきちんとした答えを得られると考えて問いかけたわけではない。
むしろ、先ほどの言葉をもらえたことのほうが、例外だということはわかっている。
それならば、いまある情報だけで判断するべきだということなのだ。
そうしてしばらく考えていたソルだったが、やがてジャルに頷きを返した。
「畏まりました。私に加護を授けてください」
「あら。いいの?」
「はい。最終的にあのお方のためになるというのであれば、私にとっても必要なことでしょうから」
首を傾げて聞いてきたジャルに、ソルはためらうことなく頷いた。
迷いは先ほどの時間に断ち切っている。
覚悟を決めてしまえば、あとは与えられた道に向かって突き進む覚悟なのだ。
ソルの返答に好ましいものを見たような表情になったジャルは、スッとソルに向かって手を伸ばした。
「そう。中々いい覚悟ね。それじゃあ、与えるわよ」
ジャルがそう言った瞬間、ソルは自身の中に何かが流れ込む感覚を覚えた。
それがジャルからの加護であることは間違いないのだが、不思議なことにそれ以外の力を感じ取ることができた。
その力は、ソルにとっては、ジャルからの加護以上に身近なものに感じられた。
不思議な表情を浮かべて首を傾げるソルに、ジャルが笑いながら言った。
「あら。きちんと感じ取れたのね。それがなにであるかは、自分自身で答えを見つけなさい。・・・・・・そうね。出来ればいますぐにでも考助に会いに行けばわかるかも?」
「あのお方に?」
ますますわけがわからずに首を傾げたソルだったが、それ以上はソルに対してなにかを言うことはなかった。
代わりに、ジャルはナナとユリのほうを見た。
「ナナ、ユリ。わざわざ手間をかけさせてしまったわね。感謝するわ」
「ワフ!」
「お役に立てたこと、嬉しく存じます」
ジャルからの言葉に、ナナとユリは簡単に言葉を返した。
そして、それを聞いたジャルの姿が、徐々に透明感を増していった。
「そろそろ時間切れのようね。次にこうして貴方たちの前に姿を見せられるのは、いつのことになるのかしらね」
ジャルは、最後にそれだけを言い残して、その場から完全に姿を消すのであった。
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ジャルが姿を消すのを見送ったソルは、思わずその場にぺたりと尻餅をついた。
いままではどうにか体勢を整えようと取り繕うことができていたが、ジャルが消えて緊張感がなくなったお陰で、体中の力が抜けてしまっていた。
「大丈夫かしら?」
そのソルの様子を見て、ユリが心配そうな顔でのぞき込んできた。
ナナは、珍しいことにソルの傍に近寄ってきて、その頬をぺろぺろとなめていた。
「お恥ずかしいところをお見せして申し訳ありません。・・・・・・ですが、今しばらく時間を頂けませんか?」
「勿論よ。好きなだけいるといいわ。しばらく誰も入ってこないように、言ってありますしね」
「お気遣い感謝いたします」
固い返事をするソルに、ユリは首を左右に振った。
「いいのですよ。別にあなたのためだけにそうしたわけではないですから」
「え? ・・・・・・ああ、なるほど」
一瞬意味が分からずに首を傾げたソルだったが、すぐにユリがなにを言いたいのかを察して、納得の表情を浮かべた。
三大神のひとりが降臨するというのに、不用意に必要なもの以外をこの場に近付けるわけにはいかない。
言葉での忠告は勿論、魔法的にも対策を取ったのだと理解できたのだ。
ソルが落ち着くまではその場にいることを決めたのか、ユリはすぐには姿を消さずに残っていた。
「それにしても、今すぐに考助様に会いに行けとは、どういうことでしょうね?」
ジャルの言った意味が分からなかったのはユリも同じだったのか、そうソルに聞いてきた。
だが、意味がわからないのはソルも同じだ。
「さすがにあれだけのヒントでは、まったくわかりません」
「そうよね。会いに行くのかしら?」
「あそこまで言われてしまっては、行かないわけにはいかないでしょう。報告することもありますしね」
ジャルが加護を与えたことを考助が知っているのかどうかはソルは知らないが、たとえ知っていたとしてもソルからは伝える必要があると考えている。
それを理由に考助に会いに行けばいいだけだ。
案外、ジャルはそれを見越して、あんなことを言った可能性もある。
ジャルがどういう意図をもって、先ほどの言葉をソルに言ったのかはわからないが、この時点で考助に会いに行かないという選択肢はソルにはなかった。
そのソルの考えを見抜いたのではないだろうが、ユリは小さく頷いた。
「そうですね。そのほうがいいでしょう」
ユリとしては、ジャルに請われてこの場を準備したが、考助に話を通していなかったことも確かだった。
もっとも、考助が拒否したとしても、いま彼女たちがいる神社はジャルとのつながりが強いため、来訪を阻止することはできなかっただろう。
ただし、ジャルが来たいと言っていることを、わざわざ考助が拒否することも考えにくいのだが。
そんなことを推測できる程度には、ユリも考助との繋がりがあるのであった。
ソルがジャルからの加護を授かりました。
今後どうなるかは・・・・・・まずは考助と会ってからですかね。
それは次話になります。




